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05

「天門さん、ちょっといいかな?」

「へ? あー、まさか鳴海さんの方から話しかけてくれるなんて思わなかったけどー」

「ま、廊下で話そうよ」

「おっけー。あ、でもちょっと先に行ってて、空き教室だともっと助かるよ」

「――? 分かった」


 放課後を選んだのは正解だったかもしれない。

 いまからならどれだけ時間がかかっても問題ないわけだし、なによりなにかをされても道連れにできる。

 ふふふ、空き教室に来た時点で負けてるんだよ天門さんよぉ。


「お待たせー。ごめんね、時間かけちゃって」

「あ、うん、別に大丈夫だけど。で、あたしが言いたいのは――」

「我妻千捺ちゃんのこと、でしょー?」

「そう」


 あたしは逃げられないようにどっちの扉も鍵を閉めてから言う。


「千捺になにかをしてるならやめてくれないかな」

「うーん、それは誤解というものだよ鳴海さん」

「でも、天門さんと廊下に出た後から様子がおかしくなったから」


 暗い顔をしていたしなんなら泣きそうだった。

 普段笑顔を浮かべてばかりの彼女にしてはおかしい様子だったんだ。

 あんなの周囲からの接触がなければ起こるはずがない。


「んー、じゃあ私の要求を呑んでくれたらいいよ?」

「やっぱりなにかして――」

「違うけど、どうかな?」

「……自分のできる範囲でのことならやるつもりだよ。だから千捺に意地悪をするのはやめてあげてくれないかな!」


 おかしい、仲良くなるつもりはないとか言っていたくせにこんなに必死になって動いてる。

 あの子にとってはただ気まぐれで話しかけてきたに過ぎないのに、痛い人間じゃないか。

 たまたま困った人を見捨てられなくて心配してくれただけなんだ、それ以上でもそれ以下でもない。 

 なのにあたしときたら……ははは、ちょっとどころかかなり恥ずかしいな。


「分かったっ。じゃあこうして、それからこっちを挟んで――じゃーん、猫耳鳴海さん!」

「えっ……」


 鏡に映った自分は物理的に痛い女だった。

 一応女子にしては長身で、けれど胸も全くない、可愛気もない人間がやるには最悪すぎる。

 千捺が装備したら似合うだろうな……雪が装備してもギャップで萌えるかもしれない。

 でもあたしは駄目だ、こんなところを見られたら精神的に死ぬ可能性すらある。


「にゃーって言ってくれたらやめてあげるよ。勿論、周りの子も説得してあげる。まあ、私は本当になにもやっていないんだけどね」

「え、えっと……や、やめてくれにゃ……」


 ぐっ……あいつにベタベタ触れられることよりはマシだけどキツすぎるでしょこれ。

 千捺に見られたらそれこそこちらが物理的に距離を置いてしまうくらいの厳しさがあった。


「きゃー! 最高っ、けど……髪の毛切っちゃったのが勿体ないなあ」

「それはあいつが面倒くさくて」

「あー、あいつね、言ってくれれば社会的に殺したのに」

「こ、怖いよ……」


 なんか彼女ならやりかねないと考えてしまったのは失礼だろうか。


「じゃあここでネタバラシするけどさ、私はただ『鳴海明希さんのことが好きなの?』って聞いただけなんだよ。そうしたら必死に否定して、何故か友達認定もやめちゃったってわけ」

「そっか、じゃあ単純にあたしが嫌いだってことか。なんだ良かった……苛められてるとかじゃないならいいかな」


 それなのに慌てて馬鹿みたい。昨日あの子が言ったことをきちんと聞いておけばこんな醜態を晒すこともなかったわけだ。ちなみに天門さんは「えぇ……おかしいよ鳴海さんも」と微妙そうな顔をしていた。


「ま、あたしがあんまり人を好きになれるタイプじゃないから。ごめん、疑って」

「いや、私も先に説明しておけば良かったから。じゃ、そのまま帰ってね!」

「は!? そ、それは無理っ!」


 彼女は「冗談だよーん」と言って空き教室を出ていった。ついでにどんな裏技を使ったのか閉じ込められる形となった。

 一応自分達の教室の横だからベランダを経由すれば戻れる……けども。


「連れてきたよーんっ、きらきらりーんっ」

「ちょ、ちょっと押さないでっ……って、ええ!?」


 あたしと千捺を閉じ込めてガチャリンコ――じゃ、ない!


「あ、明希ちゃんそれ猫耳っ、猫尻尾!」

「あ、こ、これはちがっ……もしかしたらくるかもしれない文化祭でのコスプレ――」

「可愛いっ、私、猫明希ちゃん好きぃ!」

「ちょっ、だ、抱きつかないでよ……ち、近いから……」

「あひゃぁ! そういう照れる感じも可愛いですよぉ!」


 なんだこれ、真剣に重く捉えたのが馬鹿みたいじゃん。

 じゃあ最初からちゃんと天門さんと話してこの格好をしていればストレートだったってこと?

 というかあたしがただただ痛くて人を疑う最低な人なんですがそれは。


「あ、そうだっ、今日雪さんが家に来るって!」

「何気に交換してたんだ?」

「うんっ、だって仲良しになったもん! もー、ずるいよ、あんな綺麗で可愛い人が義理の姉ならちゃんと紹介してくれないと!」


 ずるいよって……ぶん殴った人を紹介とか頭がイカれてるでしょ。

 流石にそんなことできるわけがない、いまだったら簡単に説明できるけど。


「ついでに、私もお泊りしますっ」

「あのね……千捺があたしから距離を取ってたんでしょうが!」


 こちらは真剣に動いていたのにこれじゃああんまりだ。

 

「えっ、珍しいね、そんな必死な顔」

「だって……あんたが危ない目に遭っているかもしれないって思ったら居ても立っていられなくて……」


 今日まで迷惑をかけるかもとか思って行動できなかったんだけども。


「もう……好きー」

「それってどういう意味で?」

「友達としてー、明希ちゃんが良ければ親友になりたいくらい」

「あははっ、そっか、それならもう帰ろ」

「うん! 雪さんも待ってるかもしれないしね!」


 あ、というか閉じ込められるもクソもないじゃんと今更気づく。

 だって中から普通に開けられるんだから開けて出ればいい。

 で。できる限り急いで帰ると荷物を持った雪が家の外に立っていた。

 なんかやけに張り切っていて、「今日はごはんを作ります!」と森がってたんだけど、


「あぅ……ま、まさかここまで作れないとは思わなくて……すみません」


 肝心の料理スキルが残念という美少女にありがちな展開に。

 けれどこういう時に呆れて全てを作ってはいけないと考えたあたしは、色々と教えながら一緒に作ることにした。千捺は当たり前のようにのんびりしていたけど。


「できました! 美味しそうなシチューです! ちなみに明日はお鍋にするつもりですからね!」

「まだ早くない? せめて11月に入ってからじゃないと」

「少し早めのお鍋もいいじゃないですか! とにかく、お鍋です! そしていまはこの出来たてシチューを食べましょう!」


 というわけで早めの夜ごはんをいただく。

 市販のルーを使っているから失敗するなんてことは一切ないけど、大きく切られたじゃがいもや人参が逆に微笑ましかった。


「美味しいよ、雪さんが作ってくれたから」

「そ、そんなっ……大袈裟ですよ、だって明希ちゃんも一緒に作ってくれたのですから」

「初めての共同作業だね」

「共同作業……つまり奥様ですよね!?」

「それは飛躍しすぎ……」


 血は全く繋がっていないしそういう関係にもなれるけども。

 でもなんだろう、どうせそういう関係になるのならもっと甘えてきてほしいなとあたしは思う。

 すぐ抱きついてくるとかだったら秋のいまとなっては温かくていいし。


「というかさー」

「ん?」

「どうしましたか?」


 やっと喋ったと思ったらスプーンであたしの頭上を指差して言う。


「いつまで猫耳つけてるの? 案外気に入っちゃっていたり?」

「あっ!?」


 いまもなおつけているということは下校中もそのままだったというわけだ。

 恥ずかしい……というか気づいてるなら千捺も雪も言ってくれれば良かったのに……。


「ふぅ……けど、千捺が苛められてなくて良かったよ」

「なんで急にそんなこと思ったの?」

「はぁ!? あんたがあたしから離れるからでしょうが!」


 いや、ただそれだけならあたしだってここまで気にしていなかった。

 けれど友達でないみたいなことまで言われたら引っかかるでしょうが! って話だ。


「えぇ、ちょっと離れただけでそんなに寂しがるなんて、私より寂しがり屋さんだね」

「あーもう! 千捺なんて嫌いっ」

「拗ねないでよぉ、心配してくれて嬉しかったんだから……」

「おふたりだけで仲良くしないでください!」


 食べ終わったらすぐに洗い物を開始。

 こうしておかないとこびりついて大変になるためこれが最善だ。


「私はごろごろりー……」

「もうっ、すぐに転んだら駄目ですよっ」

「あぁ……雪さんに怒られると癒やされる……料理ができないところも可愛かったし」

「もう! 千捺さんの馬鹿!」

「きゅんっときたぁ!」

 

 ――楽しそうで結構だがなんとなく寂しい。

 雪が千捺にばかり構うというのも気になるところ。

 ……全員の分を洗い終えるとすぐにふたりのところに向かって、


「雪を取らないでよ千捺!」

「ふっふっふ、早いもの勝ちですよ小娘さん」

「あの……」

「「勝負だ!」」


 くすぐり、頬の引っ張り合い、くすぐり、頭の撫で合い。

 傍から見たらとても勝負のようには見えないけど、こういう時間も楽しかった。


「「はぁ、はぁ……さあ、どっちが勝ちなの?」」

「それより明希ちゃんが呼び捨てで呼んでくれたことが嬉しいです」

「よっしゃっ」

「ちぇ……」


 いや、だけど疲れる……お風呂に入ろう。


「ふぅ……」

「気持ちいいですね」

「んー、だけど本当の明希ちゃん家の方が広くて気持ちいいかな」


 でも平日なのに大丈夫なのだろうか。

 泊まることは賛成だし、純粋にあたしが雪といたいから大丈夫ならいいんだけど。


「雪、今日泊まるみたいだけど大丈夫なの?」

「はい、今日から日曜日までお休みなので」

「そっか、ならいいんだけど」


 ならとりあえずいま気をつけておかなければならないのは千捺が何故家に帰らないのか――その理由を探ることである。

 けど彼女が素直に言うようにも思えない。それかもしくはあまりにも他人の家に泊まりすぎて親に怒られてしまったとか?


「ん~? なんで私を見てるの?」

「いや、胸が大きいなって」

「もー……あんまりジロジロ見ないでよ……」


 いや違う……ここははっきりとぶつかるべきだ。


「千捺、どうして家に帰らないの?」

「家に帰らないとはどういうことですか?」

「この子、あたしと知り合ってから毎日泊まってるんだよ、最近を除いてだけど」


 自分が嫌われる分にはどうでもいい。

 けれど、家になんらかの問題があるのならそれを聞いてやるだけでも少しは楽になるはず。

 家族問題ってのに本当は踏み込むべきではないし、踏み込ませるべきではないのだが千捺の答えは?


「もしかしてなにか理由があると思ってるの? 特にないよ、強いて挙げるとすれば私が単純に明希ちゃんの家を気に入っただけ」


 ま、そうだよねと内心で呟きたくなるくらいには想像通りの答えだった。

 気に入ってくれるのは嬉しい、それってあたしのことも同じくらいそう思っているということだし。

 それでも頻度が多すぎる、寧ろ親があたしに文句を言ってこないのがおかしいくらいにはだ。

 あたしがもしこんな家でまがいのことをしていたら母は止めてくるだろうし、なんだったらあの屑男だって同じように追いかけてくるだろう。

 なのにそれがされてない……本人が無理なら椿木先生を頼るか?


「先に出るね、のぼせちゃうから」

「それなら私も出ます」


 こちらはひとり残って考え事を続ける。

 このタイミングで出るということは触れられたくないことがあるって自白しているようなものだ。

 そんなあからさまな態度を無自覚に取っているというのならヤバイということには変わらない。

 どんな人間性だろうが家族とは切って離せない存在だ。

 屑親から親切な親まで、向こうが選べないようにこちらも選べない。


「明希ちゃん」

「どうしたの?」

「先に千捺さんと寝ててもいいですか?」

「うん、暖かくしてね、風邪引いちゃうから」

「はい、明希ちゃんも長時間入るようなことはしないでくださいね、おやすみなさい」


 おやすみと返して立ち上がる。


「雪に協力してもらうのはズルいよね」


 あたしが気になって動くのだからその責任は全て自分が取るべきだ。

 ならいまのうちに雪に癒してもらっておけばいい。

 幸いふたりは仲良しなので敢えてなにかを言うまでもなく彼女といようとするだろう。

 あの子は踏み込み、慣れるまでのスピードが化け物くらいに早いので問題はない。

 後は……今回は遠慮なく大人を頼るしかなさそうだな――って、前回も頼ったんだけどね。

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