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04

「――じゃ、暖かくして寝るのよ?」

「うん、送ってくれてありがと」


 こっちへと帰ってきた。

 雪は車内からこちらを見て微笑んでいる。

 これがずっと見られればいいなってちょっと寂しくなったのは内緒にしておこう。


「別にいいわよ。千捺ちゃんにはこれを」

「え? あ、ありがとうございます」


 ドーナツ6種が入った箱を丸ごとプレゼントとは凄いな。

 ひとつは200円くらいだけどそれでもあたしにとっては十分高いし価値があると思うから。


「迷惑をかけてしまったから。明希と仲良くしてあげてね」

「はい! それは任せてください!」


 母は車内に戻り扉が閉じられる。

 けれど走り出すという前に雪が降りてきて、あたし達を抱きしめた。


「今度は私がお泊りに行きます」

「待ってるよ雪さん!」

「はい。明希ちゃんも……いいですよね?」

「うん、雪さんが来たいならいつでもいいよ」

「ありがとうございます! それではまた……」

「気をつけてねー!」

「気をつけて」


 今度こそ走り出す準備が完了して目の前から車は消えた。


「は~いいなぁ、あんないいふたりと家族で」

「違うよ」

「え?」

「千捺がいてくれたからだよ、ありがと」


 千捺がいてくれたから勇気が出た。関わると怒鳴ってばっかりいてしまったあたしがあそこまで普通に対応できたのは間違いなく彼女のおかげだ。


「も、もー……いいよお礼なんて。これ、分けて食べよ?」

「うん」


 結局つぐみさんと出会ってしまったことでろくに散策もさせてあげられなかった上に、あんな現場を見せてしまって迷惑をかけてしまったのが気になるところだった。


「明希ちゃーん、早く扉開けてー」

「あ、うん、いま行く」


 まああたしにできる範囲で少しずつなにかをしてあげられればいいなと考えて、家の中に入った。




「鳴海さんそれっ!」

「えっ?」


 あのうざったい男に絡まれなくなったと思ったら椿木先生があたしの腕を掴んで空き教室へと移動させる。


「顔の傷、やられたわけではないですよね!?」

「あー……はい、自宅で転んでしまって」

「そんなに痣になっているのにですか?」


 そんなこと言ったらあたしはあいつをボコボコにしたし今頃には痣だらけになっていると思うけど。


「あー……け、化粧?」

「そんなところにですか!? はっきり言ってくださいっ、誰にやられているんですか!」


 な、なんだろう、いつもは遠慮してる感じなのに今日はグイグイくる……。


「あー……じゃあ父に、ですかね!」

「自慢気にしないでください! お電話した方がいいですかっ? 児童相談所に!」

「う、嘘ですからっ、気にしないでください椿木先生っ」


 なんか自分が千捺みたいになっている感じがした。

 こういう冗談(本当)を言ったりするのは実に私らしくない。

 以前までの自分なら例えいい先生であったとしても適当に対応して踏み込ませなかったことだろう。


「い、いえ、私分かるんです、だってそんな怪我単独じゃ有りえない……だったら他の子か方がやっていると考えるのが自然……なら教師として動くのが普通――」

「大丈夫ですからっ、心配してくれてありがとうございます!」

「え……」

「え?」


 またこれだ、あたしがお礼を言うと皆引っかかる。化け物を見た人間みたいに固まって困惑して沈黙する――自分の振る舞いが原因だとは分かっているがなんかモヤモヤするのは確かだ。


「な、なんでもないですっ……なにかあったら言ってくださいね、私はあなたの担任なんですから」

「はい、ありがとうございます」


 別に椿木先生は嫌いじゃないけど朝のゆったりとした時間が微妙なものになってしまった。


「椿木先生の用事はなんだったの?」

「あー、この頬の痣が原因かな」

「それって……」

「千捺は気にしなくていいの。自業自得なんだから」


 やられる覚悟のない人間が人を殴るべきではない。

 だから殴られたことについては文句を言うつもりはなかった。それ以上にボコボコにできたしとりあえずは雪を守れたから満足している。


「それより鳴海さん」

「ん?」


 いきなりやって来たクラスの女子に話しかけられそちらを向くと、名前も知らないし顔も見たことないそんな子だった。


「髪の毛なんで切っちゃったの?」

「それはあれだよ、洗うのが面倒くさかったからかな」

「なるほど……でもいつもポニーテールだったし気に入ってそうだったのに」


 あの嫌味な男に文句を言われるから切っただけなんだけど。言うと面倒くさいことになるから口に出すことはしないが。


「もしかして髪が長い明希ちゃんが好きだったの?」

「うん、だって格好良かったもん」

「はわっ!? あ、明希ちゃんは人気だねぇ……」


 格好いいなんて言われたの初めてだから自分はなにも言えなかった。

 ただ大きいだけの貧相な体つき、ただ長いだけの綺麗でもない髪、面倒くさいから後ろで縛っていただけの髪型、文句を言われることばかりだったので褒めてくれたのを素直に捉えることができない。


「なんていうのかな、怖そうに見えて実はそうじゃないって感じでさ」

「そうそうっ、明希ちゃんはなんだかんだ言って優しいんだよ」


 よく目の前で大人をボコボコにした人間を優しいなんて褒められるな。まず間違いなくソーシャルネットワークとかあったら優しい(笑)ってなるはずのことなのに。


「それに我妻さんと関わるようになってから雰囲気も柔らかくなったし」

「え、えーっ、そうかなあ? 実は私が役に立っちゃってたりー?」

「きっとそうだよ。私はいまの鳴海さんが好きだなー」


 自覚がなかったようだ。

 あたしにとっては十分に役立っているため、彼女の頭を撫でておく。


「むぅ、私が好きなんじゃないの!?」


 しかし彼女にとっては自分が好きだと言われなかったことが引っかかってしまったようだ。ま、最近のあたしほど引っかかることだってないだろうし、普通に元気でいてもらいたい。


「え……嫌いじゃないよ?」

「それはいい評価じゃないでしょー?」

「だ、だって話をしたの今日が初めてだし」


 どうやら友達ではなかったらしい。そう考えたらこの子も十分勇気があるし関わったことのない人間を好きだと言えるのは凄いと思う。――最近は凄いと思いすぎなのはあるけど、少なくとも自分にはできないことなので羨ましいことのような気がした。


「けど、明希ちゃんと話しはじめてからやっと1週間とちょっとなんだよ?」

「そう考えたら我妻さんが凄いね、なんかもうお泊りとかしてそう」

「しちゃったよん」

「もしかしたらもう鳴海さんの妻だったりして?」

「あ、うん! 私は明希ちゃんの妻だよっ」


 ま、お互いに裸を晒してしまったりもしたしあまり間違っているような感じがしないのは問題だろうか。

 とはいえ、仮にそういう関係になるのだとしても雪の問題が解決しない限りはできないだろう。

 あの子は泣き虫であるし……なんで側にいてあげられないんだろうってどうしても気になってしまう。

 ただ、自分が側にいることで泣いてしまっているような感じもするから判断が難しいところではあった。


「ねえ、ちょっといい?」

「え、私? うん、いいよー」


 千捺が呼ばれて教室から出ていく。いまさっきまで盛り上がっていた子も席へと戻って行き、夏休み前までと同じくあたしの周りからは人が消えた。

 なんとなく新鮮なような不思議なような曖昧な気持ちになる。こうして同じ空間には30名近くの人間がいるというのにひとりになれるのも才能かもしれない。


「千捺……?」


 でも、だからこそだろうか、話し合いから戻ってきた彼女の表情が暗くて引っかかった。どれだけ引っかかるって話だが、いまにも泣きそうなそれはただごとではないことを物語っている。

 先程千捺を呼んだ人間は普段一緒にいる人間と楽しそうに話をしているだけだし……。


「どうしたの千捺」

「う、ううん、なんでもないよ」


 苛めか? それとも告白されて振ったらズタボロに悪口を言われたとか?


「千捺――」

「いいよ、明希ちゃんには関係のないことだから」

「そ……っか」


 ただただ惨めな感じで席に戻って突っ伏す。

 それは本当のことかもしれないけど、そういう言い方をされたらあたしは傷つく。結局口先だけで力になれないのだって分かってる。あたしが動くことで逆にその相手を苦しめるだけって雪の件で学んでいるから。

 

「さあ、HRを始めますよー」


 その日は放課後になるまでずっとモヤモヤを抱えることになった。



 

 あれ以降、千捺の付き合いが悪くなった。

 あたしのところのは当然のこと、目が合ったら慌てて逸らすなどの行為たくさん、おまけに「最近、鳴海さんといないね」などと気になったクラスメイトに言われた場合は「だって友達じゃないから」と説明するようになってしまったという形になってしまった。

 ま、暴力女な上に優しくないしで友達扱いされなくなるのはおかしくはないが、気になるのはそう言ってる時に苦そうな表情を浮かべることだ。

 仮に誰かに脅されているのだとしても短慮を起こしてぶっ飛ばしたら余計に千捺への負担は増すだろうし、椿木先生に言ったらこれもまた面倒事を引き起こすことになるため半ば詰みのようなもの、どうすればいいのか分からないあたしは近づかないことを選択するしかできなかった。そうすれば少なくとも千捺の苦しい思いのレベルは減ることだろう。


「鳴海さん、我妻さんのことなんだけど」


 話しかけてきたのは格好いいと言ってくれた女の子。

 どこに敵がいるか分からないし、この子だってそうかもしれないから、一旦完全にふたりきりになれる場所に移動する。


「へえ、ひとり暮らしなんだ」

「うん。あたしね、義理の姉をボコボコにして実家を追い出されたんだ」


 当たり前のように「え……」と表情を強張らせた女の子。

 でもいい、あたしは平気で手を上げる人間だと捉えてもらっていた方が万が一裏切られた場合に対応が楽だから。


「で、千捺のことがどうしたの?」

「あ……最近、なんか無理してないかなって思って……」

「千捺がでしょ? あたしもそう思うけど、いい手が思いつかないんだよね」


 何度も言うが雪の時と同じで迷惑しかかけないんじゃないかって考えてしまう。なによりあの子を泣かせてしまうようなことになるのが1番嫌だった。


「椿木先生に相談したらどうかな」

「うーん、それも考えたんだけど、エスカレートしそうだなって」

「我妻さんが仮に脅されて離れていた場合はそういうリスクもあるのか……」


 んー、この子どうなんだろう……単純にあたしの考えすぎ?


「先日私も見てたんだけどさ、様子がおかしくなったのは天門さんが話しかけてからだったよね」

「あ、あまかど?」

「うん、あのクラスでは結構味方がいる子……かな。だからもしやらかしちゃったりすると孤立する可能性がある……かな」

「あー、あたしがそうなる分にはどうでもいいんだよ。だけどそれが千捺も対象になるってなったら許せないわけ。もしなにもしていないのに千捺を苛めてるのを発見したらひとりひとり潰す! けどね」


 嫌われる分にはどうでもいい。けれど物を隠されたり、物理的攻撃によって骨を折られたり、処女を散らされるなどの致命傷でなければ全然耐えられる。ま、とにかく健康に生きられれば大丈夫だってことだ。


「明日動くよ、そろそろ見てられないし」

「もうちょっと様子見した方がいいんじゃない? 純粋に我妻さんが……あの鳴海さんのことを嫌ってる……って可能性も否定できないし」

「それならそれでいいんだけどさ。ただ、誰かの手によって無理しているということならあたしはやるよ」


 この子はそのあまかどってやつに仲間がいることを恐れているんだろう。正しい意見も多数の前には負けてしまうということを過去に見てきたからかもしれない。


「ま、今日はありがとね、送るからもう終わりにしよう」

「うん」


 外に出るともう薄暗くなっていた。いまの千捺の気分もこんな感じなのかと考えたら早くなんとかしてやりたいって思う。


「あ、ここなんだ」

「そうなの? あ、変に味方をしなくていいからね、ひとりで動くから」

「う、うん、でも困ったら言ってね?」

「ありがと、それじゃあね」


 さて、いきなり物理的手段に出るのはあれなので慎重に動こう。




「椿木先生、少しいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 いつもみたいに今度はあたしから椿木先生を空き教室に呼び出した。

 なんだかこんな時だってのに雪に先生がどことなく似ているな、なんて思ってしまう。


「あの、我妻千捺さんのことなんですけど」

「ああ……最近、あまり一緒にいないようですね」


 担任だからなのかあたしの印象が悪いのか、最近は髪を切ったり顔の怪我などで目をつけられているのかもしれない。けれど担任の先生が把握してくれているというのは大きいしこの先やりやすいので、ありがたさしかなかった。


「はい、それでどうすれば仲良くできるでしょうか」

「仲良くですか……そればかりは一緒にいようとするしかないと思うんです――あっ、すみませんっ、教師なのにこんなことしか言ってあげられなくて」

「いえ、あたしも結局はそれしかないと思いますから」


 変に恐れず近づくのが1番だろうか? 雪の側にはいてあげられない分、彼女の側にはいてあげることができる。そして彼女といられればいつだって対応できるわけで。


「ありがとうございました、大変参考になりました」

「い、いえ……困ったらまたなんでも言ってきてくださいね」

「そうですか……椿木先生が担任の先生で良かったです」

「えっ、あ、あのっ!?」

「失礼します」


 よし、これで少しだけやりやすくなった。

 文句ならいくらでもあたしに言ってもらおうじゃないか。

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