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03

「はぁ、いっぱい買って食べちゃったー」

「それでも500円以内なんですからいいですよね」

「そうそう!」


 久々に訪れた駄菓子屋さんだったがおばあちゃんも商品も全然変わっていなかった。そのため、懐かしさと新鮮さを同時に味わえて中々に悪くない時間だったと思う。


「この後どうするの?」

「そうですね……千捺さんはここら辺りのことは知らないでしょうから、色々歩いてみようと考えていますがいいですか?」

「さんせーい! 雪さんは見た目だけでなく中身も素敵ですなぁ」

「ふふ、大袈裟ですよ」


 移動を開始し、本当なら行くはずだった雪の通ってる高校とか、駅とか、お店とかを見て回った。

 その間も千捺はハイテンションを続けており、雪もそれに影響されてか凄く楽しそうで一緒にいるだけでこちらも楽しかった。


「ちかれたぁ……」

「おんぶしてあげるよ」

「え、ありがとー!」


 こういうところだけでは彼女に勝ちたいし、こういうことで世話になった分返していきたいと思う。

 背おられた彼女は「ひゃー、高いねー」なんてこれまたハイテンションで、ついつい「元気なら下ろそうか」なんて冗談を言ってしまう。


「雪? あ、やっぱり雪じゃん」

「あ、つぐみさん!」


 しかし、あたしが楽しかったのはそこまでだった。

 この人はあれだ、中学生時代雪のパートナーだった人。


「んー? 明希ちゃん震えてるの?」

「千捺、行くよ」

「え、雪さんは?」

「雪さんは友達と――」

「待ちなよ」


 腕を掴まれてあたしは固まる。

 どんな理由であれ骨折させて欠場させたのはあたしだ。

 恨みたい気持ちは分かるが、せめて千捺のいるところではやめてほしい。


「よく普通に雪といられるねあんた」

「……えと、い、いまはテニス、やってるんですか?」

「は? まあね、今度はあんたに相棒が怪我させられることもないし安心してできてるよ」

「ちょっとつぐみさん!」


 まあ重要な大会だったしな、初めてこのテニス部で全国大会に行けるかもってみんな盛り上がっているところだった。そこにあれが起きて雪が怪我、利き腕の骨折により参加できずという流れ。言い訳はしないしするもりもないが、あたしがつぶして事実だ。


「事実でしょ? この子が雪を怪我させたせいで最後の大会出られなかったんだから」

「すみませんでした……」

「ふんっ、自分のための謝罪なんてやめてよ。謝られたってあの頃はもう戻ってこないんだから」


 当時、謝罪していたとしても同じような返しになっただろう。だからあたしにできるのはなるべく顔を合わせないようにってするだけ。そういうのもあって県外を選んだのは正解だったと思う。


「はぁ……休日なのに嫌な気分になっちゃった。私はもう帰るね雪、月曜日からまたよろしく」

「……はい、よろしくお願いします」


 あたしは一応考えて県外を選んだが、向こうはなんで逃げたと気になっていたのかもしれない。ただ、あたしもあの人も雪も他の人間も、過去のあれから逃げられずにいるということだ。


「……蒲焼さん○郎食べる?」

「いいよ、それは千捺のだから。それよりごめん、あたしのせいで嫌な気分にさせて」

「全然大丈夫だよ、けど、いつか教えてくれると嬉しいな」

「うん……」


 けど、あたしの選択したことは間違ってないと言える。暴力よりも良くない噂が響く最悪の事態は免れることができたからだ。


「雪さん」

「は、はい」

「そろそろ帰ろ、お金もあんまり使ったら勿体ないからさ」

「そう……ですね、千捺さんもお疲れのようですし帰りましょうか」


 あいつが帰ってこなければ自分がどれだけ悪く言われたってどうでもいい。雪が楽しそうならそれでいい。

 でもまあ、こういうことを願うとフラグを立ててしまってものなんだろう、


「やあ、ふたりとも」

「お父さん……」


 奴が帰ってきてしまったのだ。




「あんた、3ヶ月もなにしてたの?」

「なにって、仕事だよ、仕事」


 今朝までは穏やかだった母もどこか険しい感じに見える。

 接触されては嫌なので千捺には悪いが部屋に行ってもらうことにした。

 家族問題に巻き込むわけにはいかないし、こいつに話しかけてほしくないから。


「でも、明希が帰ってきているなんて思わなかったな」

「たまたまだよ」


 母に呼ばれたということは言わないでおく。

 別に殺されるというわけではないが、隙を見せたら駄目だ。


「そうか。雪も元気にしてたか?」

「はい」

「ならいいんだ。久美子は?」

「普通よ」

「良かった、みんな元気で」


 あんたがいなければずっと一生元気でいられるけどね、そう言いたかった。


「それよりあの子は明希の友達だろう? 可愛い子じゃないか」

「近づいたら許さないからっ」

「おいおい、僕が変なことをするみたいな言い方をしないでくれよ。ただ挨拶をしたいと思っただけなのにさ」

「余計なお世話っ、どうせ今日帰るんだから!」

「え、今日?」

「……帰るっ、千捺だって慣れないところで過ごすのは大変だろうしね!」


 母が悲しそうな顔をしていても仕方のないことだ。こいつが側にいるのなら千捺の前であたしは変なことになってしまう。それこそ目の前でぶん殴りかねない。


「ならたまには僕が送ってあげよう」

「いいからっ、電車で帰るし!」

「はぁ……なんでそんなにハイテンションなんだい? あ、もしかして久しぶりに僕に会えて嬉しいってことかい? そうだったら嬉しいなぁ」

「このっ!」

「落ち着きなさい。あなたもなにしに帰ってきたの」


 母に止められすぐに奴と距離を作る。挑発に乗せられて段々と近づいていた自分をぶん殴りたい気分になった。


「なにしにってここは僕の家でもあるだろう? 久しぶりに実の娘と話がしたくて来たんだよ」

「雪と?」

「雪、久しぶりにふたりきりで話さないか?」

「え、あ、あの……」


 困っている雪の方に奴が1歩、また1歩と近づいていく。ただ歩いているだけなのにそれすら気持ち悪く感じて、あたしは今度こそ背後からその背中をぶん殴った。


「な、なにするんだお前! 金も自分で用意できねえガキのくせにっ!」


 奴が叩いてくるならあたしはその倍の数ぶん殴る。このままボコボコにしてなんなら一生近づけないように殺しても良かった。雪に悪さをするなら許さない。


「明希ちゃ……え……」


 千捺が現れたことによってあたしも奴も固まったが、それを利用して最後に奴の顔を全力で殴った。手が奴の血で汚れていたため、ティッシュで拭いてゴミ箱に投げ捨てる。


「母さん、雪さん、ごめん、もう帰るね」

「あ……お、送っていくわよ?」

「いいよ。あたしはこいつを捨ててくるから」


 首根っこ掴んで外に放り出す。


「おい」

「ひ、ひぃ!?」

「次に雪や母さんになにかしたらぶっ殺すからな!」


 奴は声にならない悲鳴を上げながら向こうへと走り去っていった。

 これでなんとか解決だけど、その場凌ぎでしかない。

 あたしが他県を選んだのは失敗だっただろうか。

 いつでも助けに行けるわけじゃないって考えると、短慮を起こしてしまったのかもしれないと後悔する。

 だってこれで済むのなら警察をいらないでしょ?

 あたしがいない時を狙ってまた雪に近づかれるかもしれないって考えたら、その重さに吐き気がこみ上げてきて近くに吐いた。


「おぇ……」

「明希ちゃん……」

「部屋にいてって言ったでしょ」

「だけど大きな音が聞こえてきてたから……」


 しかしいま気になるのはこの子か。

 はぁ、完全に怖がられてるよなあたし。


「やっぱ母さんに送ってもらおうか」

「う、うん……」


 家に戻ると泣き崩れた雪と、それを黙って見ている母さんがいた。


「大丈夫なの?」

「まあ……ごめん、余計なことをしたかも」


 昔はこれができなかったんだ。

 いや、正確に言えば奴を本気で殴ろうとした時、以前の千捺みたいに雪が間に入ってきて拳が当たりそのまま階段から雪が落ちた。

 勿論、最初は母もあたしを責めた。だって母にとっては旦那なんだからそりゃ怒る。将来有望な雪が怪我をしたというのも大きかったんだろう。

 悪く言われることに辟易として県外の高校を志望したのも、県外に住むことを願ったのも全部自分だ。

 

「……いいわよ、とりあえず今日は泊まっていきなさい。明日、送ってあげるから」

「うん……」


 雪を殴ってしまったことや骨折させてしまったことは悪いと分かってる。

 それでも、あいつは実の娘である雪やあたしの肌にベタベタ触れてきたり、やめてと言っているのに裸で近づいて来たりと最低野郎だったんだ。


「はぁ……」


 鏡に映った自分の顔はいまにも人を殺しそうだなって感じがする。

 これはあれだ、犯人の映像が出て「あ、確かに犯罪しそう」となる心理と同じかもしれない。


「大丈夫?」

「ありがと、けどそっちこそ大丈夫?」


 千捺は悲しそうな表情を浮かべつつタオルをこちらに渡してくれた。

 そりゃ嫌な気分にもなるか、なんたって恐れていた暴力人間が近くにいたんだから。おまけにすぐに帰りたくてもその母親が送ってくれなければ無理となれば、どうしたってそのような顔になるだろう。


「うん……私は見てただけだし……」

「ならいいけど。あ、千捺……は雪さんといてあげて、雪さん千捺のこと気に入ってるから」

「うん、分かった」


 あたしはやれて満足だけど毎回毎回雪を泣かせてばかりいるなって。けれど千捺なら彼女のそれを癒せると思って頼んでみたが……。


「明希」

「あ、母さん……」

「夕飯作るの手伝ってくれない?」

「分かった」


 ひとり暮らしをするようになってから嫌でも覚えることになったスキルをいま披露してみせよう。


「千捺ちゃん、大丈夫かしら」

「あー……謝っておいたけど」

「もう長いの?」

「いや、1週間前から話し始めただけ」


 休日にのんびり散歩していた時だった。

 あたしが馬鹿みたいに転んでそこに千捺が来てくれて「あれっ、同じクラスの鳴海さん!?」なんて展開になって、何故かあっという間に名前で呼ぶことになった+名前で呼ぶことを強要されていまに至る。


「それで来てくれたの? 凄いわね、あなたって少し怖いところがあるのに」

「いや、母さんに比べたら全然――」

「は?」

「い、いや……た、確かに千捺は優しいよ」


 いまだって雪と一緒にいてあげてるし、頭を撫でたり背中を擦ってあげたりしている。


「ごめんなさい……」

「え!? か、母さんがあたしに謝罪ぃ!?」


 あまりに驚きすぎて包丁を落とすところだった。母があたしに謝罪をするなんて雨が降りそうだ。季節的に寒くなるためやめていただきたい。


「む……はぁ、私が止めなきゃいけなかったに全然気づけなくて」

「あぁ……いいよ、雪さんのことを見てあげて」

「ええ、約束するわ」


 あたしだけがのうのうと安全な場所で過ごしているって考えると引っかかるけど、これからはこうして時々帰ってきてはあの屑が来ていないかチェックすればいいんだ。


「あなた、意外と上手なのね」

「うん、だってもうほぼ5ヶ月はひとりでやってから」

「そうよね」

「うん」


 どうやら切っている材料的に肉じゃがのようだ。

 正直に言って自分は牛肉より豚肉派なので牛肉を選んでいるところはちょっと気になるが、誰かが作ってくれた料理を食べられるというのはかなり大きい。普段はあたしが作って千捺に振る舞うということが当たり前だったからかなり嬉しかった。

 

「明希ちゃん」

「あ、うん……」


 雪はもう涙を流してはいない。それだけでホッとしたあたしに彼女は抱きついてきた。


「お体は大丈夫ですか!?」

「う、うん、別に大丈夫だけど」


 あれからめちゃくちゃ筋トレしたし多分あの男に負けないくらいの強さはあると思う。でも、胸筋があるだけだからそれがなくなったらあたしの胸は……か、考えるのはやめよう。


「ああいう危ないことはやめてください」

「でも誰かがしないと駄目なんだよ、これは大丈夫だって思わせたら駄目」

「……けれど嫌なんです、また明希ちゃんが悲しむのは」

「いや、それはこっちのセリフだから。というか包丁持ってるから離れて」

「はっ……す、すみませんでした」


 やれやれ、年上なのに心配性すぎてこちらが心配になるくらいだ。

 ――雪には引き続き千捺と遊んでもらっておいて、あたし達はごはん作りに励む。

 それができたら皆で食べて、順番にお風呂に入って。


「先に部屋に行ってて」

「うん、雪さん行こ!」

「ひ、引っ張らないでください」


 ふたりに苦笑し、あたしは母の正面に座った。


「家は大丈夫?」

「ええ、大丈夫よ。最悪、離婚するわ。勿論、雪は引き取るけれど」

「やっぱり結婚する前は普通だったの?」

「そうね……支え合えるって思ったんだけれどね」


 別に全員が全員悪いと言うつもりはないけど、あたしの中で異性のイメージが下がっていく。

 だが、あんな感じなのに何故雪を引き取ることができたんだろうか。

 以前の妻はどんな気分で娘を……。


「ふぅ、とりあえず心配しなくていいわ、あなたは学業に専念しなさい」

「うん」

「千捺ちゃんと仲良くね」

「うん、それはもう本当にね」


 こちらが動こうとすると逆効果だからしないけれども。

 これからも苦労をかけるだろうから内心で謝っておいたのだった。

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