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02

「お、お邪魔しまーす……」

「ふふ、そこまで緊張しなくても大丈夫ですよ、モンスターがいたりもしませんから」

「で、ですよねっ」


 車から降りると千捺と雪は先に中に入った。

 しかし、あたしは母に用があるので、外で降りてくるのを待つ。


「入りなさい」

「……あの人は」

「いないから安心しなさい。もう3ヶ月近く帰ってきていないわ」


 って、6月から帰ってきていないってこと?

 ……でもそれなら雪だっていいだろう、あいつは最低野郎だったから。


「それより友達ができたのね、良かったわね」

「うんまあ……なんで一緒にいてくれてるのかも分からないけど」


 中に入ってリビングに移動すると、何故か千捺が雪に膝枕をしてもらっていた。ふたりに近づけないとか考えたあたしが馬鹿だったのかもしれない。


「あ、凄くふかふかなんだよ~、雪さんの太もも!」

「やんっ、あんまり動かないでください千捺さん!」

「あ、ごめんなさいっ」

「ふふ、オイタをする子にはこうですっ、うりうりうりー!」


 こんなに楽しそうにしている雪は初めて見た。あたしが出ていったことでストレスとは無縁の生活を送れているということ? それならたまには自分もいいことをしたなと褒めてあげたい気分だった。――ちなみにその間「あーはっはっ、ひゃはっ、く、くすぎゅったいよぉ」と千捺は物凄く笑っていた。


「楽しそうね」


 それに母も乗っかって楽しそうな笑みを浮かべている。外面だけはいいから基本的にはこんな感じだ。けどもし3人だけだったらすぐに帰りたくなるくらいの対応だったかもしれない。油断してはいけないんだ。


「はっ!? す、すみませんでしたぁ! 人の家で私ったら!」

「大丈夫よ、泊まってもらうつもりだし自宅だと思ってくつろいでね」

「はいっ、ありがとうございます!」


 千捺はやっぱり凄い。

 なんでそんなに普通に対応できるんだ? ふたりと一緒にいて楽しそうにできるんだ? あたしにはできないことを当たり前のようにできてるこの子が眩しくて視線を逸らした。


「明希、ごはんは食べたの?」

「うん、親子丼」

「そう、アイス食べる?」

「あ、じゃあ千捺にはあげて」


 あの子は甘い物が好きだしいつも嬉しそうに食べてくれるからホッとするのだ。


「分かったわ。千捺ちゃん、アイスどれがいい?」

「えっとですねー――」


 私はその間に部屋に向かう。


「え、なんか綺麗……」


 しかし出てきた時とは全然違った整ってる感を前にしてつい声を漏らしてしまった。


「私が掃除しておきました」

「え、ありがと……」

「え」


 いきなり現れたことにも驚きはせず自然とお礼が出る。最近のあたしの口や胸、脳はおかしいのかもしれない。


「な、なに?」


 雪は顔を両手で覆うとそのまま泣きはじめてしまった。

 そんなに酷いことしたかと悩んでいると、何故か今更「おかえりなさい」と雪が言う。


「あのー……あんまり来てはいけない感じでした?」

「別に気にしなくても大丈夫。どうしたの?」

「あ、荷物を置かしてもらおうかなって」

「いいよ、適当に置いてくつろいで」


 でもその前にお風呂へと誘って千捺と一緒に入ることに。


「ぷはぁ……大きいお風呂ですなぁ」

「そう? あんまり考えたことはないけど」


 この家は元々母親、久美子のものだ。

 つまりまあ元夫との家でもあるわけだけど、それを維持し続けたってことは頑張ってくれたということなんだろう。

 というかいまはそのことなんかよりも……、


「ん? そんなに見つめてどうしたの?」

「胸が大きいんだ」

「ひゃっ!? あ、あんまり見ないでよぉ!」


 身長は多分150センチくらいだろうけど学校で見た巨乳女子よりも大きい気がする。普段は目立たないのにどうなっているんだろうか。

 需要のないことを言っておくとあたしは170センチあって胸がAくらいだった。ちなみに雪も千捺ほどではないにしてもあるし、見た目も整ってる。


「ね、ねえ、それよりなんで雪さん泣いてたの?」

「分かんない。お礼を言ったら泣いちゃったから」


 あんなの初めて見た。見た目通りに美しく笑う彼女や、悲しそうに泣く姿なんて……いつもは遠慮して変にぎこちない笑みだったから。


「なら良かった、喧嘩とかだったら私も悲しくなるから」

「……千捺がいる時は絶対にそんなことさせない。神に誓う」

「お、大袈裟だよ」


 いや、絶対にそんなことはしないしさせない。


「それより……ありがとね、出会ってから一緒にいてくれて」

「え……も、もう、今日の明希ちゃんはなんかおかしいよ」

「いや、いまだって付いてきてくれて、喧嘩せずに済んでるのは千捺がいてくれてるおかげだから」


 出会ってから2週間も経っていない子と一緒にお風呂に入って言うのはまだ早いかもしれないけど、言えなくなる前に言っておきたかった。


「明希ちゃんは分かってない」

「うん、そうだろうね、あんまり周りに興味示さないから」


 こちらが仲良くしようとしたって届かないことはままある。特に母や雪なんかがそうだ。……あいつだけは絶対に許さないけど。


「なんで一緒にいてくれてるのか分からないって考えてるんじゃないの?」

「なんで一緒にいてくれてるの?」

「ひみちゅー」


 彼女は楽しそうに肩を揺らし人差し指を唇に手を当てそう言った。


「はぁ……そんな千捺にはこうだね」

「あひゃっ、ひゃっーくすぐったいよー!」

「はははっ、ざまあみろっ」


 この子には笑顔が似合う。それを曇らせる人間がいたら例え捕まってでもボコボコにしてやると決めたのだった。




「先程はすみませんでした……お見苦しいところをお見せして」

「いや……うん、大丈夫なの?」


 廊下に出たら部屋の前に雪が立っていた。

 先程のそれが気になったので聞いてみると「はい、私は大丈夫ですよ」と答えてくれて安心する。なんか千捺といると不思議と上手く雪や母といられるような気がして何度目かは分からないが凄いなとまた思った。


「千捺さんはどうしましたか?」

「お風呂入ってすぐに寝たよ。雪……さんは寝なくていいの?」

「あの、少しベランダで話しませんか?」

「いいけど……」


 あたしの方のではなく雪の部屋のベランダで話すことになった。


「月が綺麗ですね」

「告白?」

「ふふ、そうかもしれません。あの……」

「……ごめん、まだ謝ってなかったよね」


 良かった、今日は月や星が綺麗で。そうでもなければ彼女を直視する羽目になったから。


「そんなっ、明希ちゃんが謝る必要はないですよ!」


 雪は急にこちらの両肩を掴んで自分の方に向けさせる。


「私のためじゃないですか……」

「違う……雪さんのためなんかじゃない。あたしがストレスを解消させたくてあんなこと……そのせいで中学最後の大会に雪さんは出られなくてっ」

「あなたのせいではないです、ですからそれ以上悲しそうな顔をしないでください」

「けど、出られてたら優勝――」


 彼女は首を振って「そんなの分かりませんよ、参加する全員の方が努力をしていたのですから」と泣き笑いを浮かべて言った。案外泣き虫なのかもしれないって今更分かった。


「雪さんこそ泣かないでよ、そんなの見せられたら苦しくなるから」

「ごめんなさい……自分勝手ですよね」

「別にいいけど、あたしの前で泣かないでほしい」


 普通に会話できてる……なんで?

 これも彼女が大人の対応をしてくれてるからできてることなの? それとも千捺に悲しい思いはさせないという思いからきてるから?


「ほら、全然止めてない」

「ご、ごめんなさい……」


 指で彼女の涙を拭ってそれを握りしめる。それはいまのこの気持ちと一緒でどこか暖かいような気がした。


「明日、一緒にお出かけしませんか? 近所の駄菓子屋さんにでも」

「いいよ、千捺も連れてこ」


 思えば彼女は県外からこっちへ来ているわけだし色々回ってあげても面白いかもしれない――とまで考えて、千捺の言うようにおかしいなとあたしは思った。


「私、今日は元気そうなあなたが見られて良かったです」

「そんなこと言ったらあたしだって……家族、なんだし」

「は、はいっ、凄く嬉しいです!」


 いや、いちいち大袈裟すぎる。ちょっとムカついて頬を引っ張ったら「いふぁいれす!」と結局涙目になっていた。


「あ~……ふたりだけで……仲良く、してる……ずるい」

「ふふ、3人で寝ましょうか」

「えっ、さ、3人で?」

「たまにはいいですよね?」

「ま、まあ……いいけど」


 でもまだ抵抗があるため真ん中に千捺を配置し寝転ぶことにした。


「おやすみー……」

「おやすみなさい」

「お、おやすみ」


 自分も向こうも普通すぎて逆に違和感を感じたあたしなのだった。




「明希、起きなさい」

「……え、うわっ!?」

「はぁ、なんでそんな慌てるの」

「だ、だって、母さんが起こしに来るとかなにかあるってことじゃん」


 こんなこと小学生時代が最後だった。

 なにを企んでいる? どうやら千捺と雪はもういないようだが。


「朝ごはんを食べなさい」

「あ、え……それだけ?」

「はぁ……親が起こしに来るのがそんなにおかしい?」


 慌てて首を振ると「早く来なさいよ」と残し母が出ていく。

 髪についても文句言われないし、これが本当にあの母親か? となる。

 とにかく雪の部屋をあとにして1階に行くと、千捺が朝からアイスを食べていた。こちらを見て「おあふぁよぉー」なんて言って呑気に笑う。こちらはよくあのふたりに囲まれて楽しそうにしていられるなと苦笑。


「雪さんおはよ」

「お、おはようございます……」

「――? 熱でもあるの? なんか顔が赤いけど」


 おでこに触れても特に熱が出ているというわけではなさそうだった。彼女は「ひゃ……だ、大丈夫ですから」と少しだけ後ずさり顔を俯かせた。あ、やっぱり引っかかっているということなのかもしれない。それで怒ってて、けど本人が来てしまったから無理やり抑え込もうとしたということか。

 とりあえずごはんを食べる。久々に食べた母親のごはんの味というのはなんとも新鮮さがあって、気づけばすぐに全てを食べ終えていた。


「あ、明希ちゃん、今日は……」

「あ、出かけるんだったよね? それならちょっと休憩してからでもいい?」


 現在時刻は9時を既に越えているが駄菓子屋さんに行くのなら多少は空腹感がほしい。で、久しぶりにただただ甘いだけのコー○を買いに行くと決めていた。


「し、しまったぁ!?」


 ふたりでびくりと肩を跳ねさせる。

 急に大声を出した千捺は「駄菓子屋さんに行くのに朝からいっぱいに食べちゃったよ!」とこちらの両肩を掴んでゆさゆさゆさり。


「どうせたくさん食べられるでしょ?」

「だけどさ……太っちゃう、じゃん?」

「はぁ!? あんたそれだけ胸があって普通に細くて可愛いのに贅沢言うんじゃないよ!」

「へにゃぁ!? いふぁいいふぁいっ、ひっぱりゃにゃぃでぇー!」


 それにもちもちふわふわしていてもっと感触を味わっていたいくらいなのに多少太ったくらいでなんだって話だった。


「私は仕事に行ってくるわね」

「あ、気をつけて――って、なにその顔」


 気をつけてくらい言うでしょうが家族なんだから。

 なのに「え、この子がこんなことを!?」みたいな顔しちゃってさ。


「い、いえ……い、行ってくるわ」

「お気をつけてくださいね」

「行ってらっしゃいです!」


 しかし母はリビングから出ていく直前で足を止めた。


「あ。明日まで泊まってもらうつもりだけどいいかしら、千捺ちゃん」

「はい! 初めて来た場所なので色々回ってから帰りたいですから!」

「ええ、それなら良かったわ」


 今度こそ母は出ていき私達子どもだけになる。

 

「ふにゃぁ……緊張したぁ……」

「分かるよ、千捺の気持ち」

「だから雪さんに抱きついて癒やされるー!」

「きゃ!? も、もう、危ないですよ?」

「いいのいいのー!」


 でもまあ、雪が楽しそうにしているのなら千捺を連れてきて良かったなとあたしは心から思ったのだった。

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