表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

01

読む自己で。

会話のみ。

 私には秘密がある。

 それは過去――中学生時代に女子を本気でぶん殴ったこと。

 そしてその女子とは義理の姉であること。


「はぁ……消すことはできないよね」


 顔を洗って気分をスッキリさせる。

 どんな理由があったにしろ人をぶん殴るなど有りえないことだ。

 現在はひとり暮らしをできているから問題ないが、いまでも実家に戻るといづらくて吐き気がしてやばいそんな場所となっていた。


明希あきちゃん行こ?」

「いま行く」


 はぁ、明るくも希望もない自分が明希だなんて面白すぎる。


「というかあんた、当たり前のように家に泊まるな」


 制服に着替えて、髪も適当なところで縛る。

 切るのが面倒くさくて伸ばし続けた結果、腰辺りまでになってしまっていた。


「えー、いいじゃん別に、減るもんじゃないしー」


 はぁ、真面目に対応しようとするだけ無駄というものだ。


「そういえばさ、隣のクラスの男の子が男の子を殴ったんだって」

「ふーん」


 ちなみにこの子――我妻千捺がさいちなつは私の秘密を知らない。

 高校はわざわざ県外を選択し、家もこちらに借りさせてもらった。

 そのため高校からの中であるし、自分が絶対に踏み込ませないためこの先知ることもないだろう。

 バイト禁止のためいまは世話になっているが、働けるようになったら少しずつ返していくつもりだ。


「ふーんって怖くないの? 暴力的な人が側にいるんだよ?」

「別に」

「沢尻エ○カ?」

「うるさい、さっさと行くよ」

「はーい」


 暴力的と言ったらあたしの方がそうなんだけど。

 こいつが知ったらどこかに行くのだろうか。

 試してみるか。


「ね、あたしも義理の姉をぶん殴ったことがあるんだけど?」

「へ」


 答えは「またまた~」と笑うでもなく、「そんな人といたくない」と怒ることもなく、ただただ沈黙し固まるだけだった。


「あんたはそんな暴力的な人間といて怖くないの?」

「あ……う、嘘だよね? いつもみたいに適当に対応しているだけだよね?」

「さあ。ま、ここから先は勝手に判断すればいいよ」


 それで右腕骨折させて、中学最後の部活に出れなくした。

 で、実の母親と再婚相手の男がマジギレ、高校になったらひとり暮らしをしろと言われたから県外を選択。

 なぜ県外を選択したのかは中学生の後輩、同級生、先輩にも全部バレたからだ。それくらい義理の姉というのは周囲に影響力があったから。


「元はと言えば……」

「な、なに?」

「別に」


 そもそも母親と仲が良くなかったところに再婚からの義理姉贔屓だ。ま、だから殴ったというわけではないけども。


「が、学校着いたね」

「まあね」


 ふっ、たったあれだけの情報でここまでぎこちなくなるとは。

 これなら家に居座られることもなくなってマシになるだろう。




「鳴海明希! 何度髪を切れって言ったら分かるんだ!?」

「あー、すいません」


 これから昼ごはんを買いに行こうとしたらこれだ。

 だから嫌なんだ、大人ってやつは。

 別に自分にとってなんら不都合ないくせにあれこれ直せと言ってくる。

 お手本にならなければならないのに○○しなかったら○○だぞと平気で脅す。

 あの時義理姉ではなく母やあのクソ男を殴っておくべきだった。

 

「すみませんだろうが! ――いや、そんななんも気持ちがこもっていない謝罪など聞き飽きた! 明日までには切ってこい、切ってこなかったら流石にお前でも分かるな?」

「なんですか?」

「出席しても欠席ということにする」

「はぁ、それなら校長に言うんでいいです。校長が無理なら教育委員会、あんまり調子に乗らないほうがいいですよ」


 よくこんな奴や他の大人なんかに千捺はニコニコと接することができるなと不思議に思った。

 自分の言い分が通らなかったら認めるまでガミガミ騒がしくするのなんて子どもと変わらないじゃないか。


「焼きそばパンひとつ」

「はいよ、350円ね」

「はい」

「いつもありがとね」


 焼きそばパンを受け取って近くのベンチに座った。

 いつもありがとねなんて言う必要はない。

 何故ならこのパンを作っているのは購買の人ではないからだ。


「なに自分の手柄みたいにしてんのって感じ」


 こちらはお金を払ってどこかで作られたこれを買う権利を得ただけ。

 そしてあの人はお金を受け取りこれを渡しただけ。

 なのに――って、無駄か、ごはんが不味くなるからやめよう。


「なーにぶつぶつ言ってるの?」

「別に、つかなにしに来たの」

「明希ちゃんを探してたんだよ、駄目なの?」

「駄目じゃないけど」

「ならいいじゃん、ほら寄って寄って」


 溜め息をついてから横にずれると勢い良く彼女が座ってくる。

 なんでか知らないけどベタベタくっついてくる子なのであまり好きではない。


「千捺、あたしに関わるのやめた方がいいよ、本当にぶん殴るかもよ?」

「え、えー、明希ちゃんはそんなことしないよ」


 なにを根拠にそんなこと言えるんだろう。

 しかも話すようになってから1週間しか経っていないというのに。


「それにそんなこと言ったら私も――だし」

「なに? あんたもぶん殴ったの?」

「ううん、違うよ。でも、言えないかな……」

「別に興味ないし。あむ、んむ……ん、はぁ、美味いのが救いだね」

「私も購買派になろうからな」

「やめておきなよ、お金、もったいないから」


 人差し指を咥えてこちらを物欲しそうな顔で見ている千捺の口に残りを全部詰め込んでおいた。


「わぶっ!?」

「あげる、先に戻ってるから」


 彼女と別れて教室までの廊下を散歩。


「鳴海明希!」

「まだ言うんですか? 全員を説得したら従ってあげますよ」

「言うことを聞けっ、この!」


 鬱憤が溜まりすぎたのかこの教師(名前知らない)はあたしの髪を掴んで自分の方へと引っ張った。

 あたしにだって痛覚くらいある、それはもう痛くて思わず涙が出たくらいだが自分に叫んで無理やり止めた。

 向こうへ行こうとすることは避け、奴に向き直るといやらしい笑みを浮かべている。


「そろそろ従ってもらうぞ?」


 それはあいつと一緒の笑みだ、その瞬間に思い出す過去の忌々しいこと。

 もうこのままこいつを殴ってしまえばスッキリするだろうか。

 あいつにするとうるさい母親に文句を言われるからこいつを代わりにするのが最適だろう。


「おい、なんだその反抗的な目は」

「死ね」


 あたしを痛めつけてくれたこの腕を過去の義理姉みたいに折ってやろうとしたら、


「だめー!」


 間に千捺が走ってきて既のところで手を止める。


「な、なにやろうとしてたの明希ちゃん!」

「別に、先生の腕に埃が付いていたから取ろうとしてあげただけ」

「え? あ、本当だ、しかも大きいの」


 絡まれるとウザいししょうがないから髪切るか。

 自前のハサミを持ってトイレに移動。

 それからバッサリと切ってゴミ箱に捨てた。


「って、え、えぇ!? なんで髪の毛切っちゃったの!?」

「あいつに絡まれたくないからだよ。千捺は気にしなくていいから」


 流石に教師だし体にベタベタ触れてくることはしないだろうがああいう顔を見たくない、なんのために県外を選んだと思ってるんだ。

 教室に戻ったら皆千捺みたいに驚いていた。中には不揃いすぎとかって笑ってるやつもいる。しかしなんら気にならない、あいつに絡まれないと考えたら全然マシだ。

 しかし、


「鳴海さんちょっと」


 担任の女教師、椿木先生には引っかかったらしく放課後になったタイミングで空き教室へと呼ばれる。


「その髪、苛め……ではないですよね?」

「はい、自分で切りました」

「な、なんでこのタイミングでなの?」

「特に理由はないです」


 変に告げ口されても困るし躱すだけ。


「そ、そうですか、苛めではないのなら良かったです、すみませんでした」


 なんで椿木先生はこんなに腰が低いんだろうか。

 教師なんだからもっと堂々とすればいいのにといつも思う。

 まあ、あいつみたいになったら嫌だし消したくなるけどね。


「あーきちゃん」

「あんた待ってたの?」

「うん、今日もお世話になります!」


 ……この子も家が嫌なのだろうか。

 ま、いまの家は聖域だし別に来てもいいんだけど……。


「あ、帰りに食材買っていくから」

「はーい、お供しますよ!」


 しかしまあこの髪のままだと笑われてしまうか。

 必要な食材を買って再び帰路に就いた際、千捺にお願いすることにした。

 来てほしくないとか好きじゃないとか言っておいて利用するのは母親みたいで嫌だが、自分じゃ上手くできそうにないから頼るしかない。


「千捺、髪を揃えてくれない?」

「私でいいの!? それなら任せてっ」


 ここで予想外だったのはごはんを作る前にそれがなされたことだけど、世話になったのできちんとお礼を言っておいた。


「できたよ」

「わぁっ、美味しそう!」


 今日作ったのは親子丼だ。

 親子丼と言ったら普通汁なしだけどあたし達の家は汁ありだったのでそれが引き継がれている。


「いただきまーすっ、あむっ! ん~! すっごく美味しいよ!」

「それなら良かった。いただきます……んー、まあ普通だね」


 空腹状態に陥らなければ一切問題ない。

 けれど千捺が家に来て食べるということならできるだけこの笑顔を引き出したいと思った。

 でも、なんとなく恥ずかしくてつい反応が素っ気なくなってしまう。


「あ、今日はありがとね」

「へ? あむあむ……」

「ほら、殴らせなかったこと」

「あぁ~、気にぃしにゃくていいよぉ」

「ならいいけど」


 食べながら話すところは母親みたいで嫌だがそれ以外は嫌いではない。

 とはいえ、仲良くしようとは思わない。

 そんなの一方的に思ったところで意味はないからだ。


「ん……そういえばね、殴った子は謹慎だって」

「よく知ってるね、そういうディープな情報」

「うん、だってなにも知らないままだと怖いでしょ?」


 ならもしあたしのそれがバレた場合には朝の反応が本格的になるのか。

 幸い中学生時代の人間がこっちにいるわけではないから一切問題ないはず。


「あれ、誰か来たね、私が出てくる――」

「危ないからあたしが出るよ」


 こんな中途半端な時間に誰だと出てみると、


「こんにちは、お久しぶりですね」

「なっ!?」


 あたしがぶん殴った義理の姉、雪がそこにいた。




「お友達ですか?」

「は、はいっ、我妻千捺ですっ」

「私は鳴海雪です、よろしくお願いします」


 同じ~きという名前なのも嫌なところだった。

 後はアホなくらい人を信じてしまうことだろうか。


「鳴海ということはあなたが義理のお姉さん……ん!?」

「――? どうしましたか?」


 朝にあんな冗談交じりに言わなければ良かった。

 秘密は内緒にしておかなければ秘密とは言えないじゃん。

 雪は自分の右上を優しく撫でて笑みを浮かべる。


「もう大丈夫なので気にしないでくださいね」


 このアホも千捺の前で意味深なことを言いやがって。

 これじゃあたしが殴ったこと確定になってしまう。

 いやまあ本当にそうなんだけど千捺に怖がられるのは――って、今日のあたしはなんかおかしいぞ、なにが怖がられたら嫌だ、だよ。


「何故今日来たのかは分かりますか?」

「いや……」

「あの……私は帰った方がいいですか?」

「いえ、構いませんよ、ここは明希ちゃんのお家ですから」


 良かった、この子に悪い対応するようならまた殴るところだった。


「久美子さんが家に来てほしいと言っていましたよ」

「あいつが? はっ、行かないって伝えておいてよ」

「ちなみに、行かない場合はひとり暮らしをやめさせると――」

「あのやろう……」

「そんなこと言ったら駄目です、私達は家族ではないですか」


 なにが家族だ、あたしのことなんてなにも見ていないくせに。

 それに出ていけと言ったのはあいつらなのに、なんでここまで屑が揃うんだあの家は。


「あ、あの」

「はい、どうしましたか?」

「明希ちゃんが殴ったって……本当ですか?」


 駄目か、でも、この子が悪いわけじゃない。

 冗談で言ってしまったことと、実際に勢いに任せて殴ってしまった自分が悪いんだ。


「いえ、そんな事実はありませんよ。明希ちゃんはそんな悪い子ではありませんから、安心してくださいね?」


 なんでこんな嘘をついた。

 あたしは確かにあの時、雪を殴って怪我させた。

 腕は折ったし、額から血だって流させるくらいにはしたのに。


「そ、そうですよねっ、明希ちゃんがそんなことするわけない! って、思ってたのに引っかかってしまって……」

「どうして急にそんなことを思ってしまったんですか?」

「い、いえ……ごめんなさい」

「謝らなくてもいいですよ。私こそ急に来てしまってごめんなさい、そろそろ帰りますね」


 千捺は凄いな、初対面でもこんな喋れるなんて。

 しかも相手を怒らせることなく、自分が怒ることもなく普通に対応ができるなんて羨ましい。

 あたしはどうしたってすぐに怒ってしまうから。


「え、だけどいまからじゃ危ないんじゃ……」

「大丈夫です、久美子さんが外で待っていてくれていますから。それではきちんと暖かくして寝てくださいね」

「待って」

「はい」


 雪の骨折させた方とは逆の腕を掴む。

 別に意識したわけじゃないけどはっとしてすぐに手を離した。


「あたしも乗ってく。千捺、一緒に来てくれない?」

「え、えー!?」


 わざわざ電車を使って行かなければならないなんて面倒くさすぎる。

 だったら多少どころかかなり嫌でも乗って行ってしまった方がマシだ。

 けど馬鹿だった、千捺なんて誘うんじゃなかった。

 あんな家族に会わせたら駄目だから。


「ごめん千捺、忘れて」

「い、行くよっ、だって来てほしいんでしょ? 一緒にいてほしいんでしょ?」

「それはまあそうだけど……」


 いまのあたしの唯一の味方と言ってもいい。

 それこそあたしみたいなガサツな人間とよくいてくれるものだなと思う。

 

「なら行くっ、お世話になります!」

「ふふ、分かりました、それなら行きましょうか」


 しっかりと鍵を閉めてから1階に下りると、


「久しぶりね」


 見たくない、声も聞きたくない、仲良くないの母が確かにいた。

 

「……この子もいい?」

「大丈夫よ」

「我妻さんは真ん中に座ってください」

「あんたは助手席に乗ればいいじゃん、あたしと千捺は1番後ろね」

「わ、分かった」


 会話なんてごめんだし、近いことも嫌だ。

 なによりふたり及びあいつには絶対に千捺を近づけないと決めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ