義理の息子はニンジンが嫌い
思いついたので勢いで書いてしまった。
(因みに、ネタはTwitterからいただきました。)
グランドール王国のミロタ公爵家の食卓は殆ど、私と義理の息子の二人だけだ。
朝早くから夜遅くまで王宮に出仕している旦那様とは食事の時間がずれているらしく、新婚だと言うのに滅多に顔を合わせることはない。
夫婦なのに寂しいとは思うものの、文句を言うつもりも無いし、その資格も無い。旦那様は傷モノになった私を引き取ってくれた寛大な人だ。
それに、まだ五歳の義理の息子とのおしゃべりも、寂しい気持ちを吹き飛ばしてくれる。名前はヴィトと言い、まめまめした顔にくりくりした利発そうな目があり、大変可愛いらしい。
ヴィト君のお母さまでもある、旦那様の前の奥様はヴィト君が物心つく前に亡くなったそうだ。そのためかわからないが、始めてきた新米の母親でも慕ってくれている。
そんな食事の時間だが、一つ問題がある。
「ヴィト君の大好きな犬さんの形にしてみたの。どうかな?」
今日のメニューはニンジンのコンフィ。子ども受けするように甘い味付けにしてある。
ヴィト君はニンジンが嫌いらしくよく残す。公爵家は王家にも縁がある由緒正しい家柄。名門に相応しい、何でも食べる強い子に育てなければ。
「うん。おいしそうだね。でもおれの好きな味じゃないからおかあさんにあげるね」
止める隙も無いくらい自然に、ヴィト君はニンジンを私の皿に移した。
「どう、おいしい?」
「うん……?」
何かおかしいとは思いながらも、フォークで突き刺し、口に運ぶ。
ニンジンは、普通に美味しかった。
食事を終え、一人で反省会を開く。
完全に五歳児の手玉にとられている。このままではいけない。私は新たな作戦へ移行した。
「ヴィト君、良い天気だし、お出かけしない?」
「するー」
お出かけと言っても、単に庭を散策するだけだ。でもこの公爵家の庭は森と言っても差し支え無いほど、果てしなく広い。
二人でお揃いの帽子を被り、ヴィト君と手を繋ぎ、昼下がりの庭園を歩く。
コナラの木陰を十分ほど歩き、目当ての場所にたどり着いた。
「おや、何だろうあれは」
コスモス畑の隅にある緑のギザギザの葉っぱの植物を指さし、台本通りの台詞を吐く。
「なあに?」
「何だろう、わからないね。抜いてみる?」
「庭師のおじちゃんががんばって育ててるんだよ。かわいそうだよ」
使用人を思いやれる義理の息子が良い子過ぎる。
だがヴィト君、安心して欲しい。庭師のおじちゃんはグルだ。私がおじちゃんに頼み込んでここに植えてもらったのだ。
「でもコスモスとは違うみたいだよ? 雑草かもしれないし、抜いてあげようよ」
「ざっそうも生きているんだよ。かわいそうだよ」
「う、うん」
雑草を思いやれる義理の息子が(以下略)。
「でもねでもね、雑草は他のお花から栄養を奪っている悪い奴なんだよ。やっつけないと」
「だれをやっつけるかじゃない。だれを守るかだ」
「う、うん」
どうしよう、正論だ。義理の息子が(以下略)。
「わかった、そうだね。お母さん、コスモスを守りたい。助けてあげたいな」
「ならしかたないね」
私の必死の抗弁にようやく折れ、雑草(?)を抜くことに同意してくれたヴィト君に根元の方を持ってもらい、私は葉先の方を持つ。
「いっせいのーで」
掛け声とともに力を入れれば、たちまち、土のついたオレンジの塊が顔を出す。
ヴィト君が、引き抜いたものを片手に目をぱちくりさせた。
切って皿に盛ったものばかりで、畑に生えているものを見たことなかったのだろう。
「おお、これはきっと伝説のニンジンじゃ!」
私は突然猿芝居をはじめた。
「この色、このフォルム、この香り! 間違いない、コスモス畑に百年に一度生えると言われているのじゃ!」
爺さん口調で適当なことを言っている私に突っ込むことも無く、素直なヴィト君は目を輝かせる。
「でんせつのニンジン」
その後、私たちは料理長に厨房の隅を借りた。
貧乏子爵令嬢の私の唯一の特技が料理である。と言っても、お給金が払えず使用人が居なくなってしまったため、仕方なく包丁を握ったのだが。
皮むき等の危ない作業は代わりに行い、ヴィト君にも一部手伝ってもらった。包丁も初めて握る彼が切ったニンジンは不格好だったが、本人は嫌いな敵をぶった切れ満足そうだった。
火を使っている時は特に目を光らせつつ、椅子の上に立ったヴィト君に小麦とバターを木べらで炒めてもらい、少しずつ牛乳を足していく。
そんなこんなで、私一人で作るよりだいぶ時間をかけて、できあがったシチューはその日の夕食に出た。
「ヴィト君の手作りだからとーっても美味しいなー」
私は散々褒めちぎりながらシチューを頬張る。あまりニンジンと言う名称を出さず、意識させないようにしたが、ヴィト君はやはり、手をつけない。
これもダメだったか、と内心がっかりしていると。
「おかあさん、ニンジンたべられる男のほうが好き?」
ヴィト君が突然尋ねた。
「え?」
びっくりした。
私は好き嫌いの無い子にするため、あの手この手で執拗にニンジンを食べるように圧力をかけていた。それは認める。
でもそれはヴィト君にストレスを与えていたのかもしれない。
ニンジンを食べない自分は認められない、新しくできたお母さんに嫌われるかも、と不安になったのだろう。そんな思いをさせていたのか、と胸が潰れる思いだ。
思わず『ニンジンなんか食べなくても良いよ、ヴィト君が大好きだよ!』と叫んでしまいたいのを堪え、「ヴィト君のことは好きだけど、ニンジンを食べられるヴィト君はもっと好きになっちゃうかもしれない」と答えた。
我ながら良い答えではないだろうか、と自画自賛したが、ヴィト君の追及は続く。
「どのくらい好き?」
「どのくらい……ぎゅっとするくらいかな」
「そんなに」
ヴィト君は私の顔とシチューを見比べて、ついにニンジンをスプーンですくい、ぎゅっと目を瞑ったまま口に運んだ。
「すごいすごい! ニンジン食べれたね、ヴィト君、えらい!」
「たいしたことなかった。ニンジンよりおれのほうがつよい」
わかるようでわからない結論に達したヴィト君は急に席を立ち、私の前に立ったかと思うと、手を広げた。
「ぎゅってして」
言うまでも無く、思う増分抱きしめた。
続くかどうかはあなた(の感想)次第