私達姉弟は特殊なようで
私には2歳下の弟がいる。小さい頃の弟は体が弱く、よく体調を崩しては病院へ行っていた。
「愛佳はお姉ちゃんなんだから弟とは仲良くするのよ」
家で二人で仲良く遊んでいると母が嬉しそうな顔をする。体が弱いだけで性格は明るい弟は、よくはしゃぎすぎては熱を出していた。
「おねぇちゃんいっしょにあそぼ」
「おねぇちゃんだいすき」
はっきりいって幼稚園に通っている弟はすごく可愛いかった。私が小学校から帰ってくると嬉しそうに抱きついてくるし、下から笑顔で見上げてくる姿は天使のようだった。
それは弟が小学生になり、それから中学生になってからも変わらず、母は父が居ないなか働きながら私達を育てていたので、忙しい母に変わり弟の世話をするのが自然と私の役目になっていた。
そして3年後……
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「直也〜、一緒にゲームしよ〜」
「部活から帰ってきたばかりで疲れてんの。夕飯も作らないといけないし姉さんの面倒なんて見てらんないから」
「ひっど!それが姉さんに対する態度?」
私は高校3年生となり、直也も高校1年生になった。夕飯を作って二人で母親の帰りを待つのは今まで通りの日課であるが、最近弟との会話が前より減ってきた気がする。それに私への態度がよそよそしくなってきたと思うのは気のせいだろうか。
「最近、直也がかまってくれない」
「部活で忙しいんだよ」
「学校違くて会える時間少ないのになんで部活なんてすんの!」
「女子校がいいって言って近くの学校に行かなかったの姉さんだろ!」
「だって制服が可愛かったんだもん」
白一色のセーラー服に大きな赤いリボンと紺色のスカート。
近隣の学校がブレザーの中、この学校だけが憧れのセーラー服。制服が可愛いからという理由のみでこの女子校に決めたという人が、きっと私の他にもいるはずだ。
夕飯を作り始めようとする直也へぎゅっと抱きつく。
体力作りのために中学からスポーツをはじめた直也は、見違えるように健康になった。“お姉ちゃん、お姉ちゃん”と甘えながらついて来た弟は、あんなに小さかったのに今では私の背を追い越して普通の男の子になってしまっている。
私は抱きついたまま弟の顔を見上げる。
(やっぱうちの弟はかっこいいな)
姉の目から見ても直也はかっこいい。顔は整っているし真面目で頭が良くて、優しくて頼りになる。自慢する事しか出来なくて自分でも弟バカだと笑ってしまうが、本当にそう思うのだから仕方ない。
こんなに出来た弟なのだから、私が知らないだけで彼女がいるかもしれない。モテないはずがないのだ。なんで今まで気づかなかったのだろうか。
「もしかして直也って彼女いる?」
「何、急に」
「んー……あのね、もしいたとしたら、もう私だけの直也じゃないんだなって」
「はー……まじで姉さんが可愛いんだけど」
「ちょっと!質問の答えになってない!彼女いるの?」
弟の服を引っ張りもう一度質問する。私がじっと見つめると直也は顔をそらした。私に見つめられるのが苦手としている事はこれまでの態度から分かっている。
「いないよ」
「え、嘘だ!」
「……なんで嘘って決めつけるんだよ」
「直也は私の自慢の弟で、いつも優しくてかっこいいのに彼女がいないとかありえないでしょ!」
「ほめてくれんのは嬉しいけど……彼女が出来ない原因は姉さんにもあるんだぞ。俺の友達がからかって言いふらすんだよ、俺と姉さんは危ない関係だって。そんなんで彼女なんて出来るわけないだろ」
「何よそれ、変なのー。姉弟なんだから仲いいの普通だしそんな事あるわけないのに。それで直也は何て言ったの?」
「俺?」
私の質問に対し、直也がニッと笑う。それは昔から見慣れている笑顔で、いたずらを思いついた時のそれと同じだと私は頭の中で思った。
「“羨ましいだろ”って言ってやった。知らないだろうけど姉さん人気あるんだぜ」
「え〜、恥ずかしいからやめてよ、余計に怪しまれるじゃない……ばか」
「嫌だった?」
「べっつにー。嫌じゃないけどさ」
私は更にぎゅっと抱きつき直也の胸に顔をうずめる。嬉しくて頬が緩んでくる。これじゃぁ直也に何を言われるか分からない。ただでさえ最近、弟の前で姉らしく振る舞えてないのだ。しっかりしなくては。
「直也、すきー」
「はいはい」
「だいすきー」
「はいはい」
「今日の夕飯なにー?」
「姉さんの好きなハンバーグです」
「姉さんも直也と一緒に作っていい?」
「まさか一人で作らす気だったの?もちろん一緒に作ってもらうよ」
「じゃあさー、どっちが上手く作れるか競争しようよ。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くとか!」
「別にいいよ。姉さんには絶対負けない自信があるから」
母が帰ってくるまでもう少し。わいわい騒ぎながらも急いで夕飯を作る。直也が姉離れしたかと不安になっていたが、それは私の気のせいだったようだ。
「もし学校で何かあったら相談してね!直也は私の大切な弟なんだから」
「……弟じゃなくて、少しは男として見てほしいんだけどね」
「何か言った?」
「ううん、何でもない」
今日も一日、私たち姉弟は仲良しです。
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「姉さん!もう朝練の時間に間に合わないから先行くよ!」
俺は玄関で靴を履くと、キッチンに居るであろう姉に向かって大きな声でそう言った。
「あと少しー!あともうちょっとで準備できるから!」
それから暫くして、バタパタと大きく足音を立てながら姉さんが走ってくる。
その手にもっているのはランチバッグに入ったお弁当
「直也、ちょっと待って!はい!これ今日のお弁当」
「ありがと。でも朝早いんだから弁当なんか作らずにゆっくりしてればいいのに」
「私が作りたいの。」
毎週水曜日はバスケ部の朝練がある。姉さんとは高校が違うこともあっていつもは別々に家を出るのだが、この時だけは一時間早く出て一緒に駅まで行く。
ただでさえ朝早いんだから弁当なんて作らなくていい。
姉さんの負担にはなりたくない、そう思うのに、俺のために作ってくれたって考えるだけで嬉しい気持ちでいっぱいになってしまう。
隣を歩く姉さんをそっと見る。
緩くウエーブの掛かった長い髪に白い肌、整った顔……弟の自分がいうのもなんだが、姉さんは美人だ。
歳が近いこともあって、二人で仲良く歩いていると付き合ってるいるのかとよく勘違いされる。そんな時、「姉弟なんです」と笑いながら答えるのだが、その度にすごく驚かれるのが、なんだかむず痒い。
「くしゅん!」
「姉さん、風邪?」
「ん〜、どうなんだろ?最近、急に冷えてきたから……」
「体は大切にしてね。姉さんが寝込んだら俺も母さんも心配するから」
自分のマフラーを姉さんの首に巻いてあげる。マフラーだけじゃ心許ないが、これで少しは寒さを凌げるだろうか。
「へへっ………直也のマフラーだ。ありがとう、優しいね」
マフラーをぎゅっと握り嬉しそうに微笑む姉さん。
今から学校へ行くというのにこれは何の試練だろうか。
「なに、それ。可愛すぎるんだけど……俺、今日学校行きたくない。姉さんも学校休んだら?」
「?……だめだよ、ちゃんと学校行かなきゃ。直也がそんなわがまま言うなんてめずらしいね」
姉さんは俺の体調を心配して額に手をあててくる。
二人の距離が縮まり、シャンプーの香りが鼻をかすめる。俺は熱をはかる姉さんの手を握りそっと、離れるように促す。
「体調が悪いわけじゃないから」
「あんまり無理しないでね」
体調を気遣ってくれるのは嬉しいが、姉さんが親身になればなるほど、離れ難くなってしまう。
俺は高校生になった今でも姉離れ出来ていない。
極度のシスコンだという事は自分でも分かっているし、むしろ小さい頃より悪化しているといっても過言ではない。
「姉さ……」
「あれ?直也じゃん!おはよー」
気にしすぎだからと言おうとしたその時、後ろから声を掛けられる。
振り向くとそこには同じ部活をしているメンバーがいた。
「おはよー……って、直也、彼女いたの?」
「まじで?すっげー可愛いじゃん」
「違うよ。前に言っただろ。こいつに姉貴がいるって」
「ああ、噂の。でも実際に見ると想像より……」
はっきりいって今はこいつらと会いたくなかった。
俺達二人を差し置いてダチ同士で会話を始められて、何だかめんどくさくなりそうだと思ったその時、姉さんが俺の腕に触れ、コソッと話しかけてきた。
「直也の友達?」
「あー、うん。同じバスケ部でクラスも一緒……別にこいつらの事なんて気にしなくていいから」
「そんなわけには行かないでしょ……直也の姉です。直也と仲良くしてくれてありがとう」
いつもは甘えてきたり抱きついたりして子供っぽい部分がある姉さんだが、人前ではしっかりした姿を見せる。
そんな姉に、爽やかに微笑み返すのは、小学校の時からずっと一緒にいる気心の知れた親友。
「いえ、お礼を言われるほどのことでは……お姉さんの話はこいつ……直也から聞いています。美人で優しいお姉さんがいるって」
「え、ほんとに?」
「はい。自慢の姉だって……」
「真、お前は黙ってろ」
一番の親友である真に向かって睨みつけながら言う。
こいつは誠実そうな顔をしていながら人の困っているところを見て楽しむところがある。真に喋らせていたら、ある事ない事言い出しそうでこわい。
「姉さん、電車の時間やばいんじゃない?俺は皆と一緒に行くから」
「あ、ほんとだ!そろそろ行かなきゃ……直也、部活頑張ってね、今日の弁当はいつもより愛情込めてつくったから」
名残惜しそうに手を振りながら走っていく姉さんを見つめる。弟である俺にそんな顔を見せるんじゃない!と怒りたくなるが、この自分だけの特権を手放せないのも事実。
……それにしても、隣で一緒に手を振り返しているこいつらが憎い。
「手、降ろせよ。お前らには振ってないから」
「お前一人抜けがけかよ」
「俺もあんなお姉さん欲し〜」
「愛情弁当とかなんだよ!姉弟だろ?」
「だから直也の家は特殊だって言ったろ。実際にお姉さんと話したのは今日が初めてだけど、小中学校の時に二人で登下校してたり仲良く話してるとことか見てるからな」
真の言葉に「まじか〜」「最高だな」と皆で騒ぎ立てる。
これだから、一緒にいるところを見られたらくなかったのだ。
「直也のお姉さんって彼氏いないの?」
「あんな美人が姉って反則だよな」
「俺が弟だったら、膝枕してほしい!」
「ご飯食べる時、あ〜んってしてもらったり!」
「一人で寝るのが怖いからって、一緒に寝たりしてな!」
「……お前らいい加減にしろよ、姉さんで想像するな」
俺がイライラした声で言うと、それが皆に伝わったのか、しーんと静まりかえる。不機嫌さをあらわにした俺を見て、からかい過ぎたのだと気づき、ぎこちない空気がその場に流れる。
そして、そんな空気を破ったのは真だった。
「はい!この話は終わり!俺らも時間やばいんじゃない?瀧本先生に怒られるよ」
「…ああ。そう…だな。先輩達も待ってるだろうし」
「電車間に合わねーんじゃないの?俺、先行くから!」
「待てよ!俺も……」
先生の名前が出たことで皆急いで走り出す。遅刻したら最低でもグラウンド5周させられることは確実だ。
「態度に出すぎ」
「うるせー」
「お姉さんの事が大切だったら、こういうのも簡単にかわせる事が出来ないとダメないんじゃない?」
「……わかってるよ」
「……まあ、俺も直也の立場だったらキレてるかもしれないけど」
苛立つ感情をぐっと抑えつける。真の言葉は正しい。俺が過剰に反応したら姉さんのことまで悪く言われかねない。
「ありがとう」
「どういたしまして」
俺は真と顔を見合わせると、急いで皆を追いかけて駅へと向かった。