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死神の休暇は一筋縄ではいかないらしい。

「休みが欲しい」


 至極真面目な調子で、黒衣の男が言う。

 フードを被っていて顔立ちはハッキリと見えないが、どうにも顔色が悪く、やつれているように見える。

 背は170センチほどで、漆黒の大鎌を杖替わりにしている様は老人のようだ。

 されど視線は鋭く、先程の言葉と共に目の前にいる美女へと投げなけられていた。

 この言葉は俺の要望であり、心の底からの叫びだった。


「……まぁ、確かに貴方は休みを取れていませんよね」


 状況は理解していると見える彼女は、男に肯定の意を表すように頷く。

 何せ、彼はーー


「ーー俺が死神だからって年中無休365日働き詰めとかおかしいからなっ!? 俺だって疲れるしやりたいことはあるし疲れてるんだからなっ!?」


 泣きそうなほどの剣幕で自らの悲惨な現実を訴える彼は、数多と存在する世界に赴き、【生】と【死】を司る死神なのだ。

 彼の仕事は、死にゆく者を見届けることと、輪廻転生に適さない魂を“殺す”こと、そして死ぬ運命ではない命を“生かす”ことだ。

 それ故に休みを作ろうものなら各所の神から白い目で見られる為に、こうして毎日毎日せっせと働いてきたのだが。


「……もう無理だ、限界だ。なぁ……システィナ、お前さ、人が死ぬ瞬間って見たことあるか?満足して死んでいくなら別にいいんだよ。でもな、「死にたくない死にたくない!」……って言いながら泣き喚いてるやつに鎌を振り下ろす虚無感って知ってるか? あれ、一度見たら夢に出るぜ…………」


 虚ろな漆黒の双眸でシスティナを眺めながら、俺はあの時の苦痛を思い出す。

 それを聞いているシスティナは顔を顰めて気分が悪そうにしているが、そんなことはお構い無しだ。

 俺がこうなっているのも、システィナがこうなっているのも、元を辿れば彼女のせいなのだから、これくらいの嫌がらせ…………もとい仕事の報告をするのは仕方がないことだろう。


「あぁ、もういいですから。苦労しているのは知っていますから」

「……なら代わりのヤツを寄越せよっ!? マジで過労死一歩手前って言うか半歩くらいだぞ!?」

「ですから、貴方にはお休みをあげることにしました。漸く代わりの死神が見つかったので」

「…………マジで?」

「マジです」


 突然告げられた「お休み」というフレーズに反応して、僅かに黒玉の瞳に生気が宿る。

 システィナもそれを肯定しているということは……


「死神アルマウト。これより貴方に休暇を言い渡します。期限はこちらからの通知がある迄ですが、長期間なのは保証しますよ」

「ひぃやったぁぁぁぁあ!」


 念願の休みに、黄色い歓声をあげて天を仰ぐ。

 システィナがなんかゴミを見るような目で見てる気がするが、そんなことはどうでもいい。

 なんたって休みだぞ!?

 この仕事をしてきて何年だか忘れたけど、多分初めての休みなんだぞっ!?


「それで、場所は? 【次元転移】で行けるとこでいいのか?」

「好きに選んでくれていいですよ。住みやすい世界でもいいですし、殺伐とした戦争世界でもいいですし……」


 どうやら何処でも好きなとこへ行っていいらしい。

 それなら楽しくて退屈しないような世界がいいか。

 確か俺が仕事で行った世界でそんなとこがあったような…………。


「……ダメだ、思い出せない」

「何がです?」

「いや、俺が行ったことがある世界で楽しそうなところの話だよ」

「世界は星の数ほど存在しますから、無理はないでしょうね。それなら、私が適当な場所を見繕いましょうか?」


 それは確かにいいかもしれない。

 システィナは5人しかいない管理神の一人であるならば、それくらいのことは造作もないだろう。

 今回のことも一応は考えてくれているようだし、丁度いいか。


「なら頼む。希望は俺でもやっていけそうな場所で、飯が美味くて、気候が穏やかなとこだな。戦争中とか魔王がどうとかの世界には飛ばさないでくれよ?」

「…………チッ」

「おい、今舌打ちしたか? したよなっ!? 何押し付ける気だったんだよおい!」

「……………………気の所為ですよ」

「ならその間は何だよっ!?」


 休みで行く世界なのに、そんなのに構っていたくはないんだよ。

 俺はただ平穏に、グダグダと過ごしたいんだよ。

 ……任せたのは間違いだったか?

 でも、自分で一から探すのもダルいし、俺ならどこに行ってもそれなりにはやって行けるからな。

 結局極端じゃなきゃいいんだよ。


「アルマウト、この世界はどうですか?」

「ん?」


 半透明のディスプレイを受け取り、システィナが見繕った世界の詳細を見る。


「なになに……気候は穏やか、飯は美味い、魔物とかはいるものの俺からすれば脅威にはならない…………よし、ここにするわ」


 もう色々と見て決めるのも面倒で、それよりも早く休みたいという欲求が押さえられなかった。

 結果的には即決になったが、特に悪そうな場所でもなかったので問題は無い。


「わかりました。それでは、よい休暇を」

「おー、じゃあな」


 適当に別れの挨拶をして、俺は【次元転移】を使ってその世界へと跳んだ。




「眩しっ…………」


 陽の光が眩しくて、俺は光を遮るように目元へ手を翳す。

 職業柄、ずっとフードを深く被っていたせいか、昔に比べてもさらに日光に弱くなっているらしい。

 だが、それで死ぬとかどうとかの話ではないので、これからは慣れることにしよう。

 個人的には日光は好きなのだ、暖かくて、日向ぼっこをしていると気持ちがいいらしいから。

 ようやく視覚が慣れてきたところで、俺は視線を上へと向けた。


「空、広いな」


 青と白のコントラストが、無限と思えるくらいに広がっていて、思わず感動して笑みが漏れる。

 立ち尽くす俺を優しく風が撫でて、ふわりと長めの黒髪が揺れる。

 全て今日という日の前に一度は見たことも、聞いたことも、感じたこともある光景なのに、そのどれもが新鮮なものだった。

 きっと“休み”というスパイスが効いているのだろうけれど、それでも素晴らしいものだ。


「…………俺は、自由だっ!」


 溢れ出る感情をどうしようかと悩んだ挙句、俺は叫ぶことでその発散をした。


「あぁぁ、マジで生きてて良かったぁ。まぁ、仮にも神だからあんなクソスケジュールの仕事でも死ねなかったけどな」


 ついこれまでの事を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になってしまう。

 ……ダメだ、嫌なことを思い出した。

 精神の保養としても極力考えないようにしよう。


「…………あれ、そういえば今の俺ってどういう扱いになってるんだ? ……神格の剥奪はされてない見たいだから、あっち的には死神のままなのか。その方が都合がいいから言うことはないけどな」


 少し自分の状況を確認して、問題は無いと結論を出した。

 神格が剥奪されれば俺は晴れて死神卒業だったのだが、それだと色々と不都合が出るので、そこは嬉しい現実だった。


「さて、これからどうするか……」


 初めての休みなのだ、何をしようか迷う。

 一先ず辺りを見回すと、自分がいる場所は小高い丘にある木の木陰で、辺りには道のようなものと、それなりに深そうな森の2つしかなかった。

 何だか選択肢が少なすぎる気がするのだが、まあいいだろう。

 時間だけは無駄にあるのだ、多少ここで無駄にしても困ることはないだろう。


「…………どうすっかな。いきなり動くのもなんかめんどくせぇし…………あっ」


 休みの初めにするべきことを考えて、俺は一つの結論に達した。


「ーー取り敢えず、気が済むまで寝るか」


 俺は慢性的な寝不足なのだ。

 平均睡眠時間が3時間くらいのマジのブラックな仕事だっただけに、常に俺の目元には隈が見えていた。

 それに、この気温、陽の光の温かさ、木陰の涼しさ、時折吹く微風。

 絶好の日向ぼっこ日和だと気づいてしまったのだ。

 俺はすぐさま草の絨毯へと身を投げ出し、大の字になって瞳を閉じた。

 すると、すぐに意識が遠のくのを感じたが、ぬるま湯に浸かるような心地良さと、溜まっていた疲労がさらに拍車をかけて、ものの数分で眠ってしまった。

 規則正しい寝息をたてて、アルマウトは睡眠を貪った。

 それはもう、幸せを体現した時間だった。

 夢も見たのだ、中身は自分が天使が操る雲に乗せられてどこかへ運ばれていくという凡そファンタジーで理解不能なものだったが。

 彼の睡眠はどれだけ続いただろうか、少なくとも丸一日以上は寝ていた。

 そして、ようやく彼は目覚めた。


「…………ふぁぁ、よく寝た」


 身体を伸ばすべく、何時ものように立ち上がろうとして、身体に違和感を感じた。

 同時に、ジャラリと金属が擦れるような音が、手脚から聞こえて、何かと思った俺は視線を動かしてみるとーー


「何だ、これ。鎖か? それにここって……」


 靄のかかった思考を精一杯に働かせて、俺は自分がいる場所を理解した。

 周りは鉄格子に囲まれて、出られる場所が見当たらない。

 手脚には鉄の鎖がついていて、いつもよりは身体が重く感じられる。

 これは、つまり。


「…………なんで牢屋にいるの?」


 どうやら、俺の休みは一筋縄ではいかないらしい。

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