サステナビリティ④
地下101階で待っていたのは老人。小田爺とは全く異なる容姿であったことは救いだが、杖を突き、腰は曲がり、蓄えた顎髭は真っ白だった。いわゆる第二形態という奴か。大魔王が真の姿を現した。しかしながらとても戦えるとは思えない。先程までの黒騎士とのギャップにいささか戸惑ってしまった。他の3人も構えてはいるが、仕掛けられない。嫌な空気。誰も動かず、喋らず、視線を外さず、気を抜けず。然う斯うしている内に動いたのは魔王。持っていた杖でコツンと地面を叩いた。戦闘の再開を告げる小さな区切り。
唐突に体が重くなった。仕種から見て他の3人も同様。重力魔法だ。効果は素早さの低下と、体力が最大値の4分の1削られる。続けて魔王の杖の先がこちらを向いた。今度は黒い風が俺達を急襲、4人ともに後方へ吹き飛ばされてしまった。情けないことに、この2発だけでヒットポイントがそこそこピンチなのである。
「このクソ爺、ぶん殴ってやる!」
「待ってクォーダ!回復が先。それとスピードを戻すから。まだ体が重いでしょう。」
怒りに身を任せて駆け出そうとしたクォーダを蓑口さんが制止した。なんだかんだ、クォーダって人の話をちゃんと訊くというか、物分かりがいいよな。それだけ運び屋と蓑口さんのことを信用しているのだろう。
「俺も手伝います。」
俺と蓑口さんで全体回復魔法を唱え、ヒットポイントを全回復。蓑口さんの重力魔法で体の重さも取れた。魔王の戦闘能力が格段に上昇した、過剰なまでに。黒騎士とは中身まで別人だ。戦い方がまるで異なる。動揺が走った。少なくとも俺は頭が働かなかった。何をすべきか考えられなかった。それを瞬時に食い止めたのが運び屋だった。
「蓑口さんと如月さんが回復、クォーダは攻撃。俺も攻撃中心で行きますが、状況を見て攻守を判断します。それと蓑口さん、隙を見て幻獣を召喚してもらえると助かります。くれぐれも無理のない範囲で。」
「了解。でも多少は無理するからね。」
「はいはい。ほどほどで・・・・・・それとクォーダ。武器の耐久値には気を配っていて下さい。1でも残っていれば修復できますが、ゼロになったらお釈迦ですからね。」
「ああ、分かっている。」
「如月さん、蓑口さんにマジックポイントを分けて頂けますか、可能であれば500ほど。」
「分かりました。」
風が変わった。運び屋が変えた。反撃開始だ。前衛で運び屋とクォーダが並んで剣を構える。そういえば2人が共闘するのを初めて見る。実は楽しみな半面、不安だったりもする。
「大丈夫なんですかね、あの2人。息が合うのかどうか―」
といいつつ、蓑口さんの左手を両手で握った。ふっくらと柔らかくて、ちょっとひんやりしていて、容易に包み込める小ささだった。誤解なきよう断っておくが、マジックポイントを分けているだけだ。
「私が加わる以前、2人が何て呼ばれていたか知っていますか?」
「え?いや、訊いたことありません。どんな異名だったんですか?」
「神殺し。」
運び屋とクォーダが標的に向かって突進、無数の剣撃を繰り出した。俺には速過ぎてはっきりとは見えなかったのだが、クォーダはその場で、運び屋は細かく移動を繰り返しながら攻撃しているようだった。ラスボス、魔王とはいえ、防ぐ術はないはずだった。剣が届けば大ダメージは必須だった。けれども剣は届かない。薄っぺらなバリアに全ての斬撃が弾かれてしまった。
雨のような攻撃がすっと凪ぎ、2人が同時に距離を取る。デカいのを打つ気だ。息ピッタリ、2人同時に遠距離攻撃の特技を発動した。さすがにこれは防げまい。バリアを破壊して魔王に届く。もしかしたら勝負が決まる、致命傷を与えられるかもしれない。そこまでいかずとも状況が好転する。そう思った俺を嘲笑い、運び屋とクォーダを小馬鹿にするように、魔王が姿を消した。無論、攻撃が当たる前に。終着駅を失った神殺しの攻撃は奥の壁を毀してなお突き進んでいった。問題は魔王の転送先。奴はどこだ!?どこに消えた。
「上だー!上にいるぞー!!」
声の限りに叫んだ俺の声に狙われている2人が天井を見上げた。魔王はどんな表情で空から勇者と戦士を見下ろしていたのだろうか。仰ぐ彼等の目には老人の姿がどのように映ったろうか。さぞかし小憎たらしく浮いていたに違いない。その老人がそっと杖を離した。ゆっくりと落ちていく杖。誰もいない床にちょんと突き刺さる。刹那、広範囲に渡って火柱が立ち上った。一瞬のことだった。え・・・と思った時にはすでに炎が勇者と戦士を飲み込んでしまった。声も出せず、茫然と火柱を見上げながら力の差を痛感していた―あの2人で通用しないのならば打つ手なしだ―のは俺だけだったらしい。
「クソがっ。あのクソバリアは俺の特技でぶっ壊してやらぁ。いい気になるなよ、くそ爺が!」
「ほらほらクォーダ、言葉遣いに気を付けて下さい・・・って、壊せるのなら最初から破壊して頂けると有り難いんですけれど・・・」
「バリアに負けたみたいで気に食わん。」
「そんなことないと思いますけれど。」
俺と蓑口さんの後ろから運び屋とクォーダの能天気な会話が聞こえてきた。
「2人共、大丈夫なの?」
「問題ありません。転送は魔王様の専売特許というわけではありませんからね。それに仕事柄、俺も瞬間移動は得意なんですよ。ね、如月さん。」
「1度うちの店の屋根に突っ込んだことがありますけれどね。」
「あちゃ~、覚えてましたか。」
2人共に無傷で帰ってきた。そしてそのまま歩いて魔王に向かって行った。
運び屋とクォーダが再度仕掛ける前に動いたのは、蓑口さんだった。幻獣の召喚。蓑口さんのすぐ横にいた俺は数歩離れ、歩き始めていた運び屋とクォーダは立ち止まり、振り返った。気になるし、ちょっとビビっている。果たして再びエメラルドドラゴンが呼び出されるのか、それともさらにデカい奴か。息を呑んで様子を窺った。要請があれば俺の残りのマジックポイントも振り分けようと思っていたが、現状で間に合うみたいだ。
パチンと指を鳴らす蓑口さん。随分と軽い挙動だな、と感じるより早く「ミュー!」と元気に鳴きながら現れた召喚獣。それを目視するまで数秒かかった。周辺を探しても何もいない。空ではなく地でもない。現れた場所は蓑口さんの肩の上。ちょっと大きな白いハムスターみたいな動物がちょこんと座っていた。飼い主がおでこ辺りをちょんちょんと撫でている。
「クルルと言います。」
安心よりも、正直に言って拍子抜けして近付く俺に蓑口さんが召喚獣を紹介してくれた。召喚獣というよりペットだな。
「えっと・・・随分と可愛らしい召喚獣…なのかな。その・・・・・・ドラゴンと比べると迫力が減ったと言いますか、何と言えばいいか・・・」
俺の失言にも蓑口さんは笑いながら応じる。クルルの頭を撫でながら。
「失礼なお兄ちゃんですね~。うふふ・・・この子は回復専門なんです。しばらくは私達は休憩。回復関係は全てこの子に任せて大丈夫ですよ。」
「そこまで、ですか。」
「はい。」
自信を持って断言した。そして俺は知らなかった。クルルにかかるマジックポイントがエメラルドドラゴン以上であることを。
それから数ターンの間は、俺と蓑口さんは戦況を見守るだけだった。自由気まま、好き勝手、やりたい放題に攻撃を行う2人。観戦していても気持ち良いくらいにテンポ好く剣撃を繰り返した。当然、魔王も反撃するのだが、幻獣クルルは蓑口さんの言う通り有能だった。最前線で戦う運び屋とクォーダがどんなダメージを受けても、またステータスに異常を来しても、即座に回復してくれた。「クルル~」何て場違いな可愛い鳴き声を発しながら、完璧な回復役をひとり(一匹?)でこなしてくれた。その間、俺は蓑口さんとマジックポイントを分け合い、持っていたマジックポーションを全て使って次に備えていた。
7ターン目。2人の息が切れ始める。運び屋の武器が2つ、クォーダのそれが3つ、耐久値がほぼゼロになった。魔王の壁は依然壊れず、崩れず、道を譲らず。運び屋は魔法攻撃も数回試していたが、やはり効果は薄いようだった。
「さすがの伝説人も息が切れ始めたか・・・フゥォ、フォッ、フォッ・・・強い武器ばかりに頼るからそうなるんじゃよ。武器が強ければ強いほどに強度の上がるバリア。どうじゃ、見事なもんじゃろう。攻撃力50以下の武器なれば少しは役に立つじゃろうが、主等の武器は強いの~。攻撃力は400か、500か、それ以上か。それではまだまだかかるぞい。」
嫌味ったらしい言い方だった。そりゃ運び屋でなくともカチンとくる。
「そうですか。種明かしご苦労様。お礼にお見せしますよ、俺のとっておき。」
空気が変わった。もちろん今までも手を抜いていたというわけではなかろうが、本気の全力という所までは力を出し切っていなかったのかもしれない。様子見の延長。だが、改めて構え直す運び屋の前に、でんと立ったのがクォーダだった。
全く、空気を読まないにも程がある。ゆっくりと魔王に向かって歩いていくクォーダ。表情を変えずに待ち構える魔王に、構えたまま固まる勇者。心なしか表情が緩んだか。
「貴様の言う通り、俺達の装備品は全て最強クラス。何を隠そう、お前を倒す為に揃えたモノだ。それを見越しての特技だか魔法だとしたら大したもんだ。」
「・・・・・・・・・」
「だが、分からんもんだよな。お守りにって渡されて、情けないことにずっと持っている訳よ、こんな小さなカタナを―」
クォーダの娘さんがお守りにと父親に祈りを込めて―早く帰ってきてね―小さな小さなカタナのお守り。それがクォーダを、俺達を救ってくれた。
クォーダがツンとバリアをつついた。すると潮煙が上がるように障壁が消失した。散々魔法や剣撃を防ぎ、俺達の前に立ち塞がった忌まわしき障害がいとも簡単に。同時に高々と飛び上がるクォーダ。
「柳ー!!」
「分かってますよ~。」
以心伝心。コンビネーションばっちりだ。こういう感情を期待に胸躍る、と言うのだろうな。次の瞬間、すぐ先の未来が楽しみで仕方ない。その攻撃だが、運び屋に派手な動きはなかった。ただ一度、剣で正面の空を薙いだ。すると魔王の周辺で無数、無限の太刀筋が繰り出された。今度はちゃんと、まともに入った。
さらに追撃。飛び上がっていたクォーダが雄叫びと共に降ってきた。そして俺は見逃していなかった、クォーダが飛び上がっている最中に蓑口さんがひょいと魔法をかけたことを。おそらくは重力魔法。力任せに大剣を振り下ろしたクォーダ。普通に考えれば真っ二つ、というか木っ端微塵のはずだ。それでも追撃する運び屋。お次は魔法の様だ。法力を溜めている。そしてクォーダが離れたのを確認してから発動させた。
属性は雷。運び屋から発せられた雷撃は女性の姿をしていて、すーっと浮遊しながら魔王に近付いていく。そして優しく魔王に抱き着いた瞬間、視界全てが閃光に襲われ、真っ白な世界になった。
勇者専用の攻撃魔法。とはいえ、敵は大魔王の最終形態。一撃で決まるとは思っていなかった。いなかったが、こんなに長引くとも思っていなかった。




