独りじゃない⑨
1日空けて、ラビが転倒した翌々日の朝。オリベイラの出入り口に付いている鈴の音もどこか鈍く聞こえた。整理のつかない自分の感情に振り回されて、いまいち疲れが取れていない。ラビが休んでいたって店は回る。これまでだって独りでやってきたのだから。ラビは大丈夫だろうか。怪我の状態は分からないが、完治してから出勤して欲しい。決して無理しないでくれ、気を遣わなくていいから。けれどもラビの性格からして痛みが残っているにもかかわらず出勤するのではなかろうか。隠して、堪えて、我慢して働きはしないか。俺の心配はそれだけだ。昨日、見舞いに行こうかとも考えた、が、余計に気を遣わせる結果となることは目に見えていた。俺のやるべきことはラビが戻ってきた時に、働きやすい環境を作ってやることだ。
重くゆったりとした足取りが速歩きにシフトした。遠目からでもすぐに分かった、店の前に立っているのはラビだ。
「お、おはようございめすです。このたびは、たいへんにごめいわくをおかえしめして、めいしわけありめせんです。」
深々と頭を下げながらしっかりと噛んだ。多分、家でこのセリフを何度も何度も練習したのだろうな。けれどもどこかでリズムが崩れて、なんだか知らんがやたら『め』が多かった。
「おはよう、ラビ。大丈夫なのか?って言うかお前、出勤は9時からだろうに。」
「えへへ・・・こしはなおりましたです。あさ、めがさめてしまって―」
そんな簡単に治るものか。黙っている分には平気でも、動き始めたら痛みが再発することも十分考えられる。
「病院には行ったのか。骨に異常があったら大変だぞ。」
「きさらぎさん、しんぱいしすぎです。もういたみもぜんぜ―」
チュドーン!!
突然の爆音に思わずラビが抱きついてきた。ぼちぼち頃合かなと、俺は構えていたが。瞬発的に動いても痛みはなさそうだ。とりあえずは様子を見よう。
「お・・・おみおみ・・・おみせになんかおちてきたですっ。」
俺もはじめは驚いたっけ。
「ああ、運び屋だ。2階に納品することになっているんだ。」
ぽかんと張り付いているラビを剥がして入店、2階へ向かう。ラビもついてくる。やれやれ、ビニールシート
を開けていない。運び屋の奴、突っ込みやがったな。
仕事のやり方を変えてみた。高い所には極力在庫を置かない。その日の内に出そうな商品はラビの届く位置に保管する。高所のモノを手の届く高さに移す作業は17時以降、店を閉めてから。
それと、『商品組合わせ値段表』とでも言うべきか、ラビ用の価格表を作成。どういうことかと言うと例えば、「毒消し草3+鋼の鎧1=18+2,000=2,018」みたいなものを、できる限りたくさんのパターンを作ってみた。カードにしておけばさほど嵩張らないし、ラビも俺を呼ばず、気を遣わずに接客できる。ラビの自信と負担軽減に結びついてくれれば仕事もやり易くなる。
そんなこんなで、俺とラビの店物語は軌道に乗ってくれた。
「ラビ、お疲れ。15分休憩入っていいぞ。」
「はいです。休憩頂きますです。」
仕事を円滑にこなせるようななると会話もスムーズになり、無駄が削減される。効率、能率が上がり、業務上のストレスが軽減される。我ながら良い傾向だと自負して―
「如月さん、チョコレートです。どうぞです。」
「お、サンキュー。」
客のいない時を見計らって、ラビがお菓子をくれた。ラビの趣味はお菓子作りだそうで、女の子らしい、可愛い一面を覗かせてくれる。最近はチョコレートを使った菓子に凝っているようだが・・・
「ラ、ラビ・・・これは何チョコだ?」
「梅チョコです!おうちの梅干と混ぜてみました。どうですか!?」
「う、うん・・・独特な味だな。」
「はいです!」
ラビの味覚は、その・・・一言で言えば味覚音痴。そこに人並みならぬ好奇心が合算されると、今日のようなチョコレートが完成する。普通でいいのだが、どうして梅とチョコを混ぜちゃうんだろうな~。ちなみにその前はトマトチョコ、その前がカレーチョコで、その前が味噌チョコだったか。それを考えると今日の梅チョコは美味しい、よな。
強いて問題点を挙げるならば、運送料が倍に値上がりしたことかな。生活や経営に支障が出ない程度なので気にはしないが。他には、特に気になる問題は無し。それはすなわち、準備が整ったということ。
「じゃあ、ラビ、宜しくな。行ってくる。
「はいです。行ってらっしゃいです。」
金銭的にも経営的にも万端ということで、ラビに留守番を頼み、教会に向かった。神父様には運び屋から話を通してくれていて、日時の調整は運び屋が取り計らってくれた。




