プロローグⅡ
これの前を書くよりも先にこっちを書いていたので、少し不自然なところもあるかもです、
―すまない、あの方を頼む――
本当は誰かに託すなど、ましてや俺に頼むのは筋違いだと分かっているのだろうそれでも
――あの方を頼む――
そう、無念と焦燥を浮かべた顔で力強く俺に訴えている。
男の死を看取った俺は、愛用の短剣を鞘から抜き、燃え盛る森へと眼を向けた・・・
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日が射すのと共に目を覚まし、泉から水を汲み、獲物を狩って捌き、書物を読み漁り、武器や体術の稽古を受けて、水を浴び、、眠る。
脱いだ服が溜まれば川で洗濯をすることもあったし、獲物も動物の時もあれば魚の時もあった。
日毎に多少の違いはあれど、これが俺、ルシオ・スドウの日常であり、これからも続く日常だと思っていた。現に今から俺は今日の昼と夜の分を狩りに行こうと思っていた。
桶に冷たい水を張り、そこに映る我ながら平凡な顔をバシャバシャと擦る。適当に伸びた黒髪を濡らし、適当に寝癖を整え、少しシワの寄ったシャツを着込む。後ろ腰に短剣を2本差して準備完了だ。
能力を使い、目の前に地図をイメージして今日の獲物を物色する。いつも思うがこの能力というものは便利だ。幾つかもつ力の中ではこれが一番日常で役に立つ。何せ獲物を探す手間がない。
俺は爺さんと二人で暮らしているので、猪型なら二頭も狩れば間に合う筈だ。きっと。
丁度そう遠くない所に赤い点があったので、そこに向かってみる。
小屋を出て鬱蒼と草木が生い茂る森へ足を進める。――いた――
木々の隙間からギリギリ視認できる黒い影を見つめる。
「流石に見えないか・・・」
視力を強化し瞳を獲物へ向ける。黒い影は、熊型のものだった。呑気にお散歩中のようだ。これは良い、一頭狩れば明日の朝の分まで賄える。
まずは強化を切って、出来るだけ気配を殺しつつそびえ立つ木々を避けながら後ろ側へ走り込む。
真っ直ぐに切り込める角度まで登り、腰から短剣を抜き逆手に構え、飛ぶように枝を足場に突進する。
勢いのまま心臓があるであろう位置に右手の柄で押し込むように、左手の短剣を突きたてる。
GRUAAAAAAAAAAAAAAAA!!!
熊型の咆哮が森を突き抜ける。背後にいる何者かに炎を纏う左爪を振りかぶる。
俺は左手の短剣から手を離し、右手の短剣で脇の下を切り裂きながら潜るようにして避ける。噛み付こうと牙をたててきたのでバックステップで距離をとり、額・の・角・を構えての突進を飛び越えながら背中の短剣を抉るように引き抜く。
獲物が振り替える前に左右の短剣で首を突き刺し翔ぶように距離をとる。
心臓、左脇下、首、そろそろ大丈夫そうか
いい感じに血が抜けてきたところで先ほど短剣を抜くときに刻んでおいた魔力刻印を発動し、熊型に巡る瘴気を中和する。つ
これで血が足りなくなり瘴気を最後の動力にしていた魔物も動かなくなる。
……熊だなんて誰も言っていない、熊の手は燃えていないはずだし、角も生えていない筈だ。実物は見たこと無いが・・・
仕留めるにしても普通は一息に頭を潰したり心臓潰してすぐ止めを刺せば良いのだが、(猪型レベルであれば心臓を潰せば終わるのだが)大型になるとなかなか死なないし、如何せん食べるとなると臭みがどうにも・・・
何はともあれこれで食事を調達できた。短剣の血糊を払い鞘に仕舞う。獲物を近くの沢に運びながら途中にある香草野草も集めていく。木漏れ日の感じから正午間近といったところか、地図にある青い点が小屋へと向かっている。おそらく爺さんが帰って来てるのだろう。
熊型の皮を剥ぎ近くに放る、ここで革にするような技術は持って無い。
次は足の早い内臓を抜き、肝臓と小・大腸を残して皮で巻くようにしてまとめる。
「揺らめく灯火」
俺でも初級詠唱魔術は扱えるので、松明の魔術で内臓を燃やす。皮はこの程度の魔術では燃えないからついでに燻せる。皮や角は爺さんに渡せばどっかで何かと交換してくるだろう。
肉と皮を引き摺りながら小屋へ向かう。すると旅装を下ろしている小柄な人物が目に入る。
「お帰り爺さん」
「遅かったのう遅かったのう、ただいま帰ったぞ~い」
この背が低くて髪も髭も真っ白、何故だか腰は曲がっておらずたまに両目が金色になる爺さんが、同居人の爺さんだ。
名前は無いのかと思ってるかもしれないが、物心ついた時から爺さんと読んでいたし、本人も自分を爺さんと言っているのだ。爺さんでしかない。
この爺さんが俺の育ての親であり、諸々の師匠であり、先生だ。
「今日の土産は、ほれっ」
「おぉ!胡椒と塩か!丁度無くなりそうだったんだ!」
俺たち二人はこの森の見た目小屋、中は広々(昔知り合いに空間を拡張?してもらったらしい)な家で暮らしているのだが、足りない物資もあるので、ちょくちょく爺さんが森を出て仕入れてくる。特に塩はこの森では手に入らないので残数に気を付けなければならない。
「丁度獲物を狩ってきたから、飯にしよう」
そう言って俺はキレイに洗ってある肝臓と腸を小屋のなかに持ち込む。
「シオよ、実はこれからまた出掛けてくる。三日ほどで帰るかの」
「なんだ爺さん、珍しい。いつもは三日位じゃ黙って行っていつの間にか帰ってきてるだろ?」
ゆっくりと座りながらそう言う爺さんへ調理しながら背中越しに答えると
「本当はもう少し後に出る予定だったのじゃがな。さっき寄った村でな、グレアスト王国の騎士がここに向かっているという噂を聞いたのじゃ。」
グレアスト?騎士?なんだか中二臭い名前が出てきたな・・・
「そのせいで早めにすませなければいけなくなったのじゃ」
何を当たり前のように語っているのか
「あと二日もあればここまで着くじゃろう。しかしな、爺さんが帰ってくるまでは騎士達に絶対、接触するのではないぞ?」
「何でだよ爺さん、どうせ森の霧で迷うんだ、別に良いじゃないか案内するくらい。どのみち爺さんに用があるんだろ?」
俺は物心ついてからこれまで、この森での生活しか知らないのだ。俺に用があるはずもない。
「どうしても、じゃ。お、この臭いは。シオ、熊を仕留めてきたのか」
そう返してくる爺さん。どうにも誤魔化されてる気しかしないが
「あぁ、しかもこいつは中和以外じゃ身体強化と魔術を使わずに仕留めたんだぜ?」
「そうか、もうそこまで腕を上げるか・・・流石……じゃな」
最後はボソボソとしていて聞き取れなかったが、そう言われて少し、いや大分気が良くなる。騎士の話は何処かへ飛んでいった
「この前は爺さんに初めて魔術抜きの組み手で勝ったし、俺もそろそろ独り立ち出来るんじゃないか?」
そう冗談混じりに言ってみるが
「お前が森を出る条件は、魔術ありの組み手で勝つこと、じゃろ?まぁだまだ独り立ちには早すぎるのぉ~!」
そう爺さんはのたまう。
「くぅ!悔しい!悔しいが何も言えない!というか何で見えてもいないのにそんな的確に動けるんだよ!」
「やはり修行が足らんのぉ、ほっほっほっ」
そう、長く生きたせいだと本人が言っているのだが、爺さんは目が見えていない。味もほとんど分からないそうだ。
なのにも関わらず俺は本気でやりあって勝った試しがない。
何だかんだ話すうちに食事が出来上がり、テーブルに並ぶ。
味は俺好みに、薫りは爺さん用に強めにしてある。
「シオ、地下の本はあらかた読み終わったかの?」
「あぁ、子供用の絵本から、よくわからない科学の本まで全部読み終わった」
この小屋は中が魔術で拡張されているらしい、外から見るよりだいぶ広い。そして、この小屋の地下にはかなりの量の蔵書があり、俺はこの16年間定期的に本を読み進めていた。
「ふむ、そうか……なるほどじゃな」
「なんだよ爺さん、何がなるほどなんだよ」
「いやなに、そろそろ伝えてもよい頃なのかと思ってのぉ」
そう勿体ぶるように、目を薄く閉じながら答える
「わしが帰ったら、最後の授業としてこれまで教えてこなかった、外の話とわしの秘密の武器を教えてやるぞい」
最後、とは要するにそれが終わったら何も教えることは無いということだろう。
「その後は自分で考え、自分で磨く事じゃな。そしてわしを倒して独り立ち、じゃ」
片目を開け、挑発するようにニヤリとこちらを見てくる。
俺は箸を音をたてて落とし、しかしそれすら耳に入らないのだろう呆けた顔で目の前の師・匠・を見る。
「なんじゃいつまらん。跳んではしゃぐかと思ったんじゃがな」
その一言で我に帰る
「な、なんだよ急に!しかも最後って・・・」
動転して言葉数が少ないが、お構い無しに聞き返す。
「最後は最後、じゃよ。三日後帰ったらじゃぞ?」
そういって旅支度を始める爺さん
「だからな、シオ。騎士達、特に、もし地図上で黄色以外の点があったら、絶対に近づくのではないぞ?」
未だに少し呆けていた俺は、その言葉を真剣に受け止められずにいた。
では、また色々考えながら書かせていただこうと、思います