始まりの発端
「ねぇ、佐江川。」
「んー?」
俺は眠たい目を擦りながら返事をした。
「私達、入れ替わらない?」
「はぁあ!?」
そして、一瞬で覚めた。
「どゆこと?」
改まって聞き返す。
「私さぁ、美里のこと好きなんだよねぇ。」
「あぁ、入江さん。………、って女じゃん!?」
「女だよ?」
平然とした顔で言うなよ。俺がおかしいみたいじゃん。
「でもあんたが言えんのー?三和のこと好きなくせに。」
その言葉を聞いた瞬間、体が跳びはねた。
「へ!?は?…はぁあ!?三和、男じゃん!!……やめろよその目。なんで分かったんだよ。」
俺は諦めて頭をかきむしった。よりによって兄弟同然のように育てられてきたデリカシーの欠片もない女にバレた。
「幼馴染の勘ってやつ?これでも腐れ縁なもんで。」
ニヤニヤすんな。気持ち悪い。
「で、何で『入れ替わる』なんてファンタジックなこと言い出したんだよ?」
「だって、美里が佐江川のこと好きなんだもん。」
「は!?俺?マジで!?」
「マジで!…で、あんたは言わないけど三和は私の事好きでしょ?」
「……男の守秘義務ってやつだよ。肯定したこと絶対に言うなよ!」
「はいはい。分かりました。…そんで、入れ替わらない?って訳よ。」
「だからどうしてそんな非現実な話になるんだよ?」
「なにも本当に入れ替わるわけじゃないのよ。正確には入れ替わったことにしないってこと。」
…何となくこいつが言おうとしていることが分かった。つまりだ、俺と芹川が入れ替わったって馬鹿なことをアイツラに説明するんだ。アイツラ素直で馬鹿だから、それを信じて普段と何ら変わりもない俺たちにドギマギするという寸法だ。
「流石にバレるだろ?」
「絶対バレない!!」
「その自信はどっからくる?」
「私の内なる欲望がそう言っている!」
「…。信じていいやつなのかよ。」
はぁ。何でこんな馬鹿なこと考えつくんだろ、コイツは。しかも、馬鹿なのに何故か説得力がある。
「美里も美里だよ!!なんでこんなやつに惚れた?ちゃらんぽらんなくせに。」
「それ、三和にも同じこと言ってやりてー。親友のましてや好きなやつなのに俺本人に「美里、あんたのこと好きだって」って言ってくるようなクズだって。」
「それは仕方ないでしょ。付き合ってほしくないんだから。」
「素直すぎて逆に引くわ。それ、俺に「美里はあんたの事好きだけど絶対に付き合わないでね」って言ってるようなもんじゃん。」
「言ってるよ。だって、本気で好きなんだから。」
急に真面目な顔をして言った芹川の言葉は俺の胸にグサッと刺さった。惚れた相手が同性だから諦めるのは当然だと思っていた俺にとってその真っ直ぐで透き通った目は少し…いやかなり俺を苦しませた。
「…なんで、そんなはっきり言えんだよ。」
ぼそっと呟いた発言に対してバッチリ聞いていた芹川は「あんたのように諦めらめようとできたら苦労してないよ。」と疲れたように笑った。
あぁあ!もう!!分かったよ!!
「いいか、失敗したら残るもんは俺らのこの腐れ縁の関係のみだ。三和の親友である立ち位置も、逆に言って俺に対する入江さんの好意もきっと消える。言わば全部崩壊する博打だ。それは芹川、お前も同じだ。」
きっとコイツと一緒じゃなきゃこんなおかしな話、馬鹿馬鹿しいと言ってとっとと茶化して終わらす。
「それでもやるのか?一生、俺として生きていかないといけないかもしれないんだぞ?」
どうして、こんな確認をとるのか。それは多分俺の背中を押してほしいという甘えでもあるし、やっぱり冗談だと言って芹川が笑って諦めてくれるのを期待しているのかもしれない。
「もちろん。最初からそのつもりだよ。」
…そもそも最後のはこいつ辞書に諦めるって言葉があればの話だが。
「…お前ならそう言うと思ったよ。」
「佐江川なら、きっと折れてくれるって信じてたよ!」
満面の笑みで肩を叩いてくるアイツはまるで悪魔のようだ。…俺はこいつと契約してしまったんだな。三和をドキマキさせれるうえに付き合える可能性が上がるという欲望につけ入れられて。
「で、具体的にどうするんのさ?」
「特訓!!」
「特訓!?」
それは予想だにしない言葉だった。大体、特訓って何をやるんだよ。
「さっき、私は絶対にバレないって言ったじゃん?それはあくまでも私であってアンタじゃない訳よ。」
「俺はバレると?」
「だって、私になりきるなんて不器用な佐江川には絶対に無理じゃん?」
なんとでも言えや。確かに俺は不器用だよ!悪かったな!
「だって…フフっ!絶…対に…オネエにしか…っハハ…聞こえない…アハハハっ!!」
「笑いこらえるなら最後までこらえろや。」
「はぁ。だから佐江川が私になりきれるようにします!私だって早く入れ替わりたいのに特訓しなきゃいけないんだから…スパルタで行くよ?」
笑いが落ち着いたのか涙目を擦る。最後をドヤ顔できりっと言っても格好つかないからな。
「分かった。お願いします!先生。」
「よろしい!」
俺のだるそうな発言を吹き飛ばすくらい元気よく返事が返ってきた。信用していいのかよ、ほんとに。…しゃーない。こうなりゃとことん付き合ってやる!!