西集落救出編 後編
一方カヤック陣営では…。
バルタ弟が兄を見つけるのに苦戦していた。
今までこのような煙幕などに頼って戦闘をしたことが無く、勝手が違うのもあった。
「クソっ!!アニキ!どこだ?!」
「ディアガ!!」
「!?」
周りにはカヤック達がいるので余り大きな声は出せない。
しかし、何度か声をかけるとすぐ側で兄の声がした。
バルタ弟→(本名ディアガ)は自分の名を呼ばれて視界の悪い中、必死に目を凝らす。
すると彼の足元でモゾモゾする塊が見えた。
「アニキ!?」
「ァイタっ!!アンタ!アタシの髪の毛踏んでるわヨ!!」
「おお!?すまねぇ!」
ディアガは慌てて足を退けると、手探りで兄を発見した。
そして拘束されていた兄の縄を素早く切る。
拘束を解かれたバルタ兄は立ち上がりながら、砂埃を払うように左右に頭を振った。
「ふぅ〜。やっと自由になったわネ。」
「アニキ!時間がねぇ!!」
「解ってるワっ!」
そう言ってるそばから、兄弟の周囲の煙が晴れ始めていた。
煙幕の持続時間は一分半から2分と聞いている。
消える前にココからはサッサと離れたいところだ。
だがしかし、そんな願いも空しく一陣の風がどこからともなく吹いて来て、立ち去ろうとした兄弟の前にある人物の足元が現われた。
「ゲッ!!」
「アララ…」
2人は同時に嫌な声を上げる。
そしてサーっと完全に晴れた視界の先、一番会いたくないオトコが兄弟を待ち構えていた。
カイルは西集落に応援要請に行ったキョーコを見送った後、そのまま「迷いの森」の入口で待機していた。
「ん〜?あんまり見えないな…」
作戦が始まって一分くらいは経っただろうか。
セイラから煙幕の持続時間は一分から2分の間と聞いていた。
もう間もなくだろうか。
すると、そろそろ時間だったようでじょじょに煙が薄くなり、効果が切れ始めていた。
セイラも全速力でフレディとの合流地点に向かっているのが見える。
もう少し良く見えないかとピョンピョン跳ねたり目を凝らしていたカイルは、木々の背後から忍び寄っていたモノが近くまで来ていたのに気づかなかった。
「「「ガサガサガサッ」」」
「…ん?」
後ろから木だか、草だかが大量にかき分けられる様な音に片眉を跳ね上げたカイルは、不審に思い後ろを振り返った。
フレデリクは救出したリンゼを軽々と抱えた後、一寸先も見えない煙の中、取り敢えずセイラと合流予定の方向へと走り抜ける。
大丈夫かとは思うが、リンゼが煙を吸い込まないよう、呼吸の妨げにならない程度に自分の体に密着させる。
そしてやっと視界が開けた前方には、タイミング良く彼女が走ってきていた。
これでリンゼ様をカイル様の元に安全に送れる、とホッと息を吐いたフレデリクはセイラを呼ぶために声をかけようとした…が!
「いっ!?」
『!?』
「んん?」
一方、セイラは煙幕の中から抜けて来たフレデリクとリンゼを見つけると、安心したようにフッと顔を綻ばせる。
しかし自分を見るなり驚愕し、双ぼうを見開くフレデリクを不審に思った。
だが、彼の視線は自分を通り越してはるか後方を見ているのに気づき、「何だ?」と振り返ると。
「なッ!?」
「ンギャーーーーーーーっっっ!!!!たーすーけーてーーー!!!!」
……それはそれは、涙目で必死の形相になりながらこちらに向かって走ってくるカイルと、
その後ろからは全長3,4mもある前の世界で言う8つ足と8つの眼を持つ蜘蛛(?)のような魔獣が十数匹、
カイルを追って来ていたのだ!!
先程彼女が振り返った先にいたのがソノ魔獣だった訳だ。
フレデリクはその場に固まったまま、叫ぶ。
「なっ、何なのだ!アレは!!」
「…アラクネ(蜘蛛)の魔獣だ。」
魔獣に詳しいセイラは、目を眇めながら冷静に答える。
「あんな魔獣もいたのか!くそっ!数が多すぎる…!」
「彼らは群れで行動をする。しかし、元々は大人しい性質で普段人を襲うような魔獣ではないはずなんだ。
…ということは、ここでも何らかの方法で狂わされたか…」
後半は自問自答するように答えていたセイラ。
多分これもザカルーンで遭遇した狂った魔獣と同じ状態なのか。
見れば彼らは全身を毛でおおわれていて、しかも粘液の様なものを纏っているのか表面がテカテカと光っている。
フレデリクは舌打ちをした。
「アレは剣で倒せるのか!?」
「…いや。残念ながら、彼らの鋼の様な甲殻と、ヌラヌラの粘液が普通の剣では通さない。」
即座に否定するセイラ。
フレデリクは何となくそんな予感はしたが、外れてはいなかった事に内心ホゾを噛む。
「普通の剣では…!?普通でないならいいのか!?」
「…ああ、弱点は火だ。火そのもので焼き殺すか、火を使った武器で急所を突けば倒せるはずだが…」
「火…。」
流石は魔獣の生態にも詳しいセイラだが、彼らの弱点である「火」を生み出すものが現在フレデリク達の手元には無い。
ギリリと唇を噛むフレデリク。
「もう!!無ーー理ーーー!!!!」
流石に体力も限界というカイルの悲痛な叫びに、ハッと我に返るフレデリクとセイラ。
見ればカイルがこちらに来るまで十数mの所まで迫ってきていた。当然、その後ろにはアラクネの魔獣が
「「「「ギチギチ!ギチギチ!」」」」
と言いながら追って来ている。
考えている暇は無い!カイル様を救わねば!
と思ったその時、抱えたままだったリンゼがフレデリクの腕をバシバシっと叩いた。
「!?どうしましたか?」
『あうっ!』
驚いたフレデリクは、慌てて自分の腕を叩いた主…リンゼを見る。
彼は自分の服のポケットから、先程奪った戦利品をフレデリクに見せた。
「あ!?」
「火…の魔石か!!」
セイラとフレデリクは目を見張る。
そう。
先ほど彼が襲った盗賊から魔石の嵌った杖を奪い返していたのだった。
(おれだって、やる時やるんだ!)
と少し得意げにに胸を張るリンゼ。
…イヤ、フンっと胸を張ったどころで、ただただ超カワイイだけなんだけど…。
だが、フレデリクは渋い顔をした。
「…これで火は使えるが、火魔法だけであの数を倒せるのか?」
リンゼの火の魔法の熟練度は知っていたが、あの魔獣の数となると…と不安になったフレデリクであった。
がしかし、
「いや!火と剣を組み合わせれば、何とかなるかもしれん!」
と目を輝かせながら以外にもセイラから可能性を示唆されて即座に決断する。
「…解った。やるだけやってみよう。リンゼ様よろしいですか?」
『あう』
了承の意を示したリンゼを横目で見て、フレデリクは頷く。
そして2人キッと前方を見据えた。
彼は腰に佩いていたいた愛用の剣を抜刀すると、片腕にリンゼを抱えたままカイルと魔獣がいる方向へと突っ込んでゆく!
フレデリクは叫んだ!
「セイラ!!そちらにカイル様が行ったら、ここから離れろ!!」
バルタ兄弟は逃げる間もなく、元頭領のカヤックに見つかってしまっていた。
彼は拘束を外されたバルタ兄を見ると、唸り声を上げながら剣を振りかざす。
「ドゥルーガーー!!また貴様がジャマするのかーーーー!!!」
…どうやら、バルタ兄→(本名、ドゥルーガ)というらしい…は、なんとか奴の最初の猛攻撃をかわした。
「うるっさいわね!てゆーか、世間的にはアンタ達の方が悪者デショ!!」
ドゥルーガは言いながら、「アニキっ!」と呼んだ弟から呼ばれて振り返りもせず中型の剣を受け取ると、すぐさま応戦する。
こと剣に関しては、ほぼ互角な2人。
ガキンっバキンっと、激しく剣戟が打ちかう。
何度か鍔迫り合いながら打ちかった後、ザザっと間合いを取る。
最初に口火を切ったのはカヤックだった。
「フンっ!テメーとはいずれ決着を付けねーといけねーとは思ってたが、ちょうどいい!ここがキサマの死にっ…!?」
「…あん?」
言葉の途中で固まってしまったカヤックを、訝しげに見やる。
見ればこれでもか!と言うくらいに両目が見開かれていた。
ついで、近くで戦闘を見守っていた弟が「マジか!!」と声を上げる。
眉根を寄せた彼女(?)は(いったい、何なのヨ…)と思いながら振り返えると。
「ギャーーーーーー!!!」
すっかり煙が晴れたドゥルーガ達の背後では、アラクネの魔獣が大挙して押し寄せて来ていたのだ!
それを見たカヤックは素早く剣を仕舞うと、「ヤロウ共!引き上げだ!!」と怒鳴り声を上げた。
「ア、アンタ!!ちょっと、待ちなさい!!」
「テメー、逃げる気か!!」
手のひらを返したように背を向けたカヤックに、兄弟は噛み付くが本人はどこ吹く風だ。
「へっ!命あってのモノダネだ!…それに今のアイツラ(魔獣)は厄介な事になってるしな。
いつも世話になってるテメーらにくれてヤルゼ!あり難く受け取りナ!あばよ!!」
カヤックの背後に居た盗賊の部下達も彼の号令でワラワラと動き始める。
そして彼らと共にスタコラと逃げていくカヤック一味を横目に、顔を見合わせてハアっとため息を吐く兄弟2人。
「…たく、だからアイツは何時まで経っても小物の域から脱せないのヨ…」
「ハハ…確かに。てゆーか、今日はマジで厄日かぁ〜?」
弟は自分の不運を嘆き、頭を掻き毟る。
一方、兄は自分達の前方でアラクネ達に立ち向かっているフレデリク達を見た。
どうやら、リンゼの火の魔力を使って応戦しているらしい。
彼女(?)はフッと笑う。
「さぁ?…でも、厄日でも何でもアタシ達は今まで色々乗り越えてきたデショ?なんとかなるワ。アノ子達もいる事だしネ!」
と視線でフレデリクを促す彼女(?)それを見た弟は、胡乱気に見て諦めたようにため息を吐く。
「…だぁな。」
「さて!こーしちゃいられないワ!アタシ達は皆の(お守り様)なんだから!」
「おう!」
兄弟はお互いに拳を付き合わせると、ニヤリと笑いあう。そして、どちらとも無く魔獣に向かって走り出したのだった。
「ゼ、ゼイラざ〜〜ん!!!」
「おお!?だ、…大丈夫…じゃないな…。」
「うぇぇ〜〜〜ん!!!」
セイラは迷いの森から休みなく全速力で走り込んで来たカイルを、身体の正面でガシっと受け止めた。
カイルの顔は恐怖と涙と汗でグチャグチャだ。
肩で息をしながら、エグエグとセイラの胸に抱き付いているカイルは本当に怖かったのだろう。
未だに全身がガタガタと震えていた。
セイラは優しく抱きしめながら安心させるように背中をポンポンと叩く。
しかし申し訳なさ気にカイルに言った。
「…すまないが、じっとしてる暇は無いんだ。
今は何とかフレデリクとリンゼが魔獣を食い止めているがそんなに時間は無い。
我々はすぐにココから離れるように言われている。」
「…うぅ。はい。」
先程、フレデリクとすれ違った時に「カイル様はセイラと一緒にココから離れて下さい!」と指示されていたのだ。
その時は走るのに夢中過ぎて完全にフレディの言葉をスルーしていたが、少し落ち着きを戻した今はやっとその意味を理解する。
カイルは息を整えつつ後ろを振りかえった。
僅か数m先ではリンゼを抱えたまま、彼の火の魔法を纏わせた剣でアラクネ達の急所である脳天部分を一撃で仕留めているフレデリクの姿があった。
「え…すごい!!魔法剣だ!!」
「まほうけん?」
魔法剣とは色々な言葉の使われ方があるが、カイルが言っているのは魔法と剣技を組み合わせた技を言っている。
リンゼが生み出した火の玉をそのまま剣に纏わせて、アラクネの急所を一突きにしていた。
急所を刺されたアラクネは
「ギシャーーーーーっっ!!」
という断末魔を上げた後、
ドスンっとその場に倒れ絶命したのち、サラサラと砂の様になって消えてゆく。
セイラはカイルから聞いた事の無い言葉に首を傾げるも、時間が無いと思い直し逃げるためにカイルの手を握る。
と同時にもう片方のカイルの掌にあるモノを乗せた。
カイルはハッとそれを見る。
「コレは!?」
「ああ。先ほどリンゼから預かったのだが…何かの役に立つのかな?」
「アンタ達ーーーー!!無事ーーーー!?」
「「!?」」
突然の声に2人は背後を見ると、こちらに向かって来ているバルタ兄弟が走りながら叫んでいた。
「あ!!バルタさん達だ!」
どうやら上手くカヤックから逃げ出せたのか…?と思いきや、遥かその後ろではその盗賊一味が西集落の方向でも無く、逃げ出しているのが見えた。
…恐らくこの狂った魔獣達を見て面倒ごとをこちらに押し付けた、というところだろう。
全く、小物め!!
出来ればカヤック達を捕らえたかったのだが、今の状況では厳しい。
西集落に応援要請に行ったキョーコがうまく村人を説得できればいいんだけど…とカイルが思っていると、バルタ兄さんがこちらに到着して一息吐いた。
「アンタは無事だったみたいだけど、アッチはやばそうネ…」
「アニキ!オレは先にフレデリクんとこ行ってるゼ!」
「ええ!!頼んだわヨ!」
弟はそのままフレデリクの元へと走ってゆく。
「しかし、そろそろリンゼの持ってる火の魔石だったか?それが底を着くかもしれん」
「あら。そういえば、アナタは…?」
セイラは火の魔力の残量を懸念している。
彼女も魔法に関しての知識があるようだ。
一方、カイルの隣に立っているセイラを見て首を傾げるバルタ兄。
先程カヤック達に捕まっていた時に顔は合わせたのだが、自己紹介はしていなかったセイラとバルタ兄であった。
「私はセイラ。訳あってこの子達に協力している者だ。」
「…そう。ありがたいわネ。で、時間が無いから手短に話すワ!申し訳ないんだけどそのままカイルを連れて西集落の人達に応援を要請してもらえる?」
「あ!!」
なるほど、と頷いただけでセイラの事情を深くは聞かなかったバルタ兄。
そして時間もない事だし、と早速指示を出す。
元々協力する気だったセイラはその兄の要請に了承の意を示そうとした時、カイルが遮った。
「どしたの?」
「先程、キョーコに西へ(要請に)行ってもらったんです。」
「アラ!だからアノ子が居なかったのネ。じゃあ、話は早いワ!アタシ達はアノ魔獣を食い止めなきゃだけど、セイラ。アナタはどうする?」
「そうだな、ならば私は車の所に戻ろう。使える武器があるかも知れない。それを取ってこようと思う。」
「助かるワ!じゃあ、カイルも彼女の方について行って?」
「了解です!」
カイルは頷くと、セイラと一緒に走りだす。
片やバルタ兄はフレデリク達の元へ走り出していた時だった。
バシっっ!!
「ぐぁっ!!」
「フレデリク!!」
『!!』
「「「ギチギチギチ……」」」
カイルの背後では終にリンゼの火の魔法が無くなってしまっていた!
そしてフレデリクが隙を突かれてアラクネの足で吹っ飛ばされた所だった。
アラクネ達は仲間を消滅させられて、かなりいきり立っている。
辛うじて身を挺してリンゼを守ったものの、彼は自身はどこか負傷したのか、肩を押さえていた。
「フレディ!!!」
それを見たカイルは顔を蒼褪めさせて悲痛に叫んだ!
バルタ弟はフレデリクを一端下らせると、自らが囮となって魔獣に突っ込んで行った。
カイルは「リンゼは!?」と不安になったが、フレディの下からモゾモゾと彼が出てきたところを見ると、特に怪我はしていないようだった。
ホッと安堵のため息を吐くカイル。
だが、今まで自分の周りで人が傷つくのを見た事がなかったのだ。
カイルの頭の中で、ここはゲーム(仮想)世界だから大丈夫。
だから皆は大丈夫、と思い込んでいた。
いや、思い込もうとしていた。
しかし、実際にカイルはこの世界で両足を着いて立ち、息をして生きている。
そしてフレデリクもリンゼもまぎれもなく生身の人間。
ゲームのセーブなんてできないし、リセットボタンなんてものも当然ある訳が無い。
生きている人間ゆえ、1人で対処できる戦いに限界があるうえに、斬られれば怪我をするし最悪死に至ることもあるのだ。
(ホントにバカだ…私は…)
「カイル!!早くこの場を離れた方がいい!」
「ここはアタシ達が踏ん張るから、早く行きなサイ!」
大人達がカイルを急かす。
バルタ兄は言いながら弟を加勢するため走り去ってゆく。
セイラはここから早くカイルを逃がす為、更に強く手を握った。
しかし彼女は悔し気に唇を噛んだ。
カイルはここに来て初めて生かされている大切さと、背中合わせの死の恐怖を感じて身を震わせた。
あれだけ自分の死のフラグを嫌がっていたのに、やはり頭のどこかでは他人事のような気持ちもあったのだ。
そしてまだ幼き身の自分は皆に守られている。
何も力のない自分がただただ口惜しかった。
(今の私は本当に役立たずだ…)
カイルは悔し涙が零れそうな目を歯を食いしばりながら、必死に見開く。
…と、先程のアラクネの攻撃でフレデリクに守られつつ戦線離脱したリンゼが、こちらに向かって走って来ていた。
『あうう!!(カイル!!)』
「リンゼ!?」
慌てて少し零れた涙を拭うと、大丈夫か!と言って両腕で抱き留めるカイル。
リンゼは抱き込まれたまま彼女の顔辺りを見上げると、言った。
『カイル!マセキツカッテ!』
「え!?」
耳からではなく、直接頭に言葉が入り込んで来た。
驚いたカイルは慌ててリンゼの顔を見るが、彼の口元は走って来たからかゼェーゼェー息を吐き出している。
それにまだ口を使って話せない…はずだ。また頭の中で声がした。
『モウ、カイルノマセキシカナイ!!』
恐らく、魔石による念話なのだろうか?とはカイル思ったがそんなことを言っている暇は無い。
彼はカイルの持つ水の魔石しか手が無い、と言っているらしい。
そう、実は先程セイラから手渡されたのは、リンゼが盗賊から奪い返した「水の杖」だったのだ。
(いや、水の魔石って…)
言われたものの、ギュッと眉根を寄せるカイル。
そして尻ポケットに入れていた杖を取り出してソレを見た。
残念ながら自分の能力では、リンゼのようにあの裏庭での練習だけでたいした力にはならなかった。
しかもアラクネの弱点は「火」。
「水」では逆の性質だし、意味はないんじゃないのか?
そこでカイルは首を傾げる。
ん…?いや、待てよ。逆…?今まで水を放出する事しか頭になかったけど、水を出すんじゃなくて吸収もアリ…なのか…?
カイルはグルグルと考えていたが、少し逡巡した後頭を左右に振って、納得するように小さく頷いた。
(いや。これが私に今出来ることだ!)
もう深く考えている暇は無い!
「解った。やってみる!手伝ってくれるか?」
『ウン!』
「お、おい?カイル…?」
「セイラさん、ゴメン!ちょっと待って!」
カイルの一方的な会話(セイラにはリンゼの魔石念話は聞こえない)で訳の分からないセイラは遠慮がちに彼女を呼んだ。
多分早く車に戻って武器を持ってきたいだろうに、子供たちだけで危険なココに置いとけない、と思っているのだろう。
そんなセイラをすまなそうに見るが、もう少しだけ甘えさせてもらうことにする。
カイルは改めてアラクネ達の居る方向に向き直った。
そして、魔石が嵌った杖を両手で握りしめる。
水色の魔石は残量を示すように、淡く光っていた。
…実はカイルもとい、「ゆり子」は前の世界で「蜘蛛」が大の苦手だった。
当然、今も見るのも鳥肌モノで足もガクガク震えるほど恐怖に怯えている。
しかし前方を見ると、バルタ兄弟と体勢を持ち直したフレデリクがアラクネ達と格闘していた。
だが、「火」という確実に仕留める攻撃手段な無いために、ドンドン押されていて明らかに劣勢であった。
仲間が戦っているのに、大切な人たちがいるのに!
(ただただ見守るだけなのは、もう嫌だ!!!)
それに自分に出来ることがあるのなら逃げたくは無い!そしてもう、本当に時間が無い!!!
カイルは落ち着ける為に一度深く息を吸い込むと、雑念を取り払い目を閉じてイメージに専念した。
(それにしても…吸収…吸収のイメージってなんだ…?吸収して、吸い取る…吸い込む…?
吸い込むのは呼吸…空気…。ジュースをストローで吸う…うーん。何か吸引力弱いな…。
他にガーっと吸い込むモノ…うん?ゴミ?…あっー!掃除機!?)
コレだ!!と思ったカイルはカッと目を開く。
前世で使っていた掃除機の吸引のイメージを即座に頭に思い浮かべた!
そしてアラクネ達を見据え、魂を込めた言葉と共に魔力を放つ!!
「吸ーーー収ーーー(きゅうしゅう)!!!」
「「「「!?」」」」
一瞬、カイルの周囲の音が途切れた。フレディ達もカイルの大声に「何事か!?」と振りかえる。
一方セイラは少し待ってみたものの
「ん?何も起こらないぞ?」
とキョロキョロ辺りを見回している。
カイルはまだ杖を握ったままプルプルしていた。
…と水の魔石が急に瞬いて、強い光を帯び始めた!
すると、前方にいたアラクネ達の身体から湯気の様なゆらゆらと白く、キラキラしたモノが出始め、煙のようになって徐々にカイルの所に集まり始める。
「「「なっ!?」」」
「「「ギ?ギギギギ?」」」
『オレモヤル!!』
カイルの言葉で何となく状況を理解したリンゼは、カイルの持つ手に自分の手を重ねると集中する為に目を閉じる。
それに反応したかの如く、水の魔石が一層輝きを増した!
そして今度は掃除機どころか、小ブラックホール並に勢いを増した吸引が
「グォォォォォーーーーー!!!」
と辺りを爆引し始める!その白くキラキラしたモノすべてが水の魔石に吸い込まれていた。
「な!なんなノ!?」
「何だぁ〜〜!?」
「カ、カイル様…?」
アラクネと対峙していた3人は何が起こったと、目の前の光景を呆然としたまま見つめている。
爆引によっていきなり巻き起こされた強風に、立っているのもやっとだった。
すると、彼らの一番近くにいたアラクネが急所を刺してもいないのにいきなりドスンっと倒れた。
「「「ええっ!?」」」
ソレを皮切りに、次々と倒れるアラクネ達をポカーンとした顔で眺める3人。
終に最後のアラクネもドスンっと倒れた。
辺りがシーーーンと静まり返っている。
3人は余りの許容範囲外のことに固まって動けないようだ。
しかし、その静寂を破った者がいた。
「ドゥルーーガーー!!」
「「「「!!」」」」
「ああん?」
それはさっき、スタコラ逃げたはずのカヤックだった。
今度はなんだ!?と皆がそちらに振り返る。
その声で金縛りを解かれたドゥルーガが、胡乱気に彼を見る。
魔獣達が次々倒れた異常事態を見ていたのだろうか。
「キサマーー!!また、なんか…やりや…がった…」
ドサっ。
「「「「……。」」」」
こちらに怒鳴りながら走って来たカヤックはドゥルーガのところに着く前にバタっと力尽き倒れた。遠い目になって、皆が同時に思う。
((((テユーカ。コイツハ、ナニガシタカッタノ…?))))
はい、ともかく終了〜〜。
それから数刻後。
カヤックを始めその子分達を捕らえたカイル達は、彼らをこの国の自衛団(警察機構のようなもの)に引き渡した。
一方倒れた魔獣達はセイラさんの仕事の管轄だったので、全面的に彼女にお任せした。
ところで、西集落の人たちはキョーコから事情を聞くまでもなく今回の内容(西集落襲撃計画)を察していたようで、
キョーコが西に行く前後には行動を起こしてくれたらしい。
カヤック覗く盗賊達を捕縛したのは、西集落の人々だったのだ。
そして取りあえず事件が解決した後、少し遅れながらも通常通り西の祭りは行われ、完全に今回の凶事は退けられたのだった。
今更ながら、過去を変えてしまったカイル達。
今の所、特に身体の異変が何もない所を見ると、過去を改変する事で自分たちの存在までが消えるわけでは無い、ということらしかった。
(うぅ……。本っっ当に、良かったーーーーーっっ!!!)
ソコも含めて改めて安堵のため息を吐くカイルなのだった。
すっかり日も落ちて円もたけなわ。
英雄扱いされていたカイル達も、質問攻めの人たちからようやく解放されて村の中央に組まれているキャンプファイヤーを離れた所で見ていた。
勢い良く燃え盛る火の周りにいる人々は酒を酌み交わし、ある人は陽気に歌い、ある人は楽し気に談笑している。
功労者でもある、バルタ兄弟の姿もあった。
その側には南のチバルとテルト少年の姿も。
そして共通して言えるのは、皆の表情は明るいという事。
(ホント。状況が二転三転し過ぎて、一時はどうなるかと思ったけど…)
今更ながら頬を緩ませるカイル。
色々あったが、改めて行動を起こしてよかったと思った彼女なのだった。
そして中央から離れたベンチのような木材の長椅子に座って、ボーっと今日起こった事を反芻していた。
彼女の両側にはカイルの膝枕をして静かに眠っているリンゼとキョーコがスヤスヤと眠っている。
すると、中央からこちらへとやってくる人影があった。
背の高いそのシルエットは、今回一番に活躍したといっても過言ではないだろう人物であった。
フレデリクは祭り用に設置された端の方のテーブルと椅子にカイルを見つけると、飲み物を片手に歩き出す。
そして近づいた彼は、彼女の膝枕をして眠っている2人を見て苦笑いをした。
「相変わらずですね、カイル様。」
カイルはこちらに歩いてくる人物がフレディと認めると、目元を和らげる。
そして視線を落とし、お子様2人の頭をそれぞれ撫でた。
「今日は2人とも大活躍だったしな。…それに子供は寝る時間だ。」
フッと笑いながら「貴女もでしょう?」と言って手にしていた酒を煽るフレデリク。
そしてコトッと空の容器をテーブルに置きつつ、カイルの前の席に座った。
そのままじーっとカイルを見つめる目は少し酔いが回っているのか、目元が赤い。
ちょっと、ドキっとするカイル。
「な、何?」
「ええ…。蒸し返すようで申し訳ないのですが今回の襲撃、結局首謀者が捕まっていません。」
「……。」
カイルは顔を顰めた。
フレディの言う通りだった。
確かにカヤックとその他の盗賊は捕らえたが肝心の頭領は逃してしまった。
これでは体勢を立て直したソイツの指揮のもと第二、第三の悲劇がそう遠くない未来、起こり得る。
元凶が残っている以上、まだまだ油断はならないのが現状だった。
「このことはバルタさん達と自衛団にも伝えて、防衛を強化するようにとは言ってありますが…。」
「うん…。出来ればシュヴァイツェルからも応援を呼べればいいんだけど…。」
「そうですね。我々が介入出来るのは、ダルスクとシュヴァイツェルの国境までが限界。それ以上は外交が絡んでしまう。」
とは言え、下手にシュヴァイツェルの国境を強化するとダルスク側が「すわ、開戦準備か?」
と色めきたちかねない。こと、外交は面倒くさいのだ。
「そうだな…。それに…。」
「それに?」
「今回その頭領が逃げたか、何か事情があって消えてくれたおかげで解決が早まったとも思えるし…。」
「そう…ですね…。」
これだけの策を立てた人物が全くと言っていいほど表に出てこなかった。
だからこそ黒幕とも言えるのだろうが、明らかにカヤックとその部下達は切り捨てられた。
それこそトカゲの尻尾切りだ。
今の所、カヤック達も頭領の情報だけには口を割らないらしい。
「今回の凶事は避けられましたが、予断は許さない…という事ですね。」
「…だな。」
重い沈黙が2人の間に落ちる。
フレデリクが手持無沙汰に空の容器でもてあそんでいると、何か思いついたのかニヤリと笑った。
カイルはソレを見て嫌な予感が走った。
「ど、…どした?」
「いえ。シュヴァイツェルに戻った時、時間はかかるでしょうが正式にダルスクとの国境強化の名目の元、
防衛隊を派遣できれば色々と…ええ、色々とアチラに恩が売れるな…と。」
「!!」
(やっぱりかーーーーー!!)
案の定な答えにカイルは顔を引きつらせる。
彼は口を歪ませながら、クククっと黒い微笑みをたたえていた。
(確かに外交はギブアンドテイクですけど!明らかに、ギブが1(いち)でテイク9(きゅう)な気満々な顔がヤダーーー!!)
カイルは内心ビクビクしながらフレディを仰ぎ見る。
フレデリクは本当にここに来て黒い感情を隠すことをしなくなったようだ。
まぁそれだけ心を許してくれているのだろう、と思えば多少は嬉しくもあるが、その腹黒さがこちらに飛び火するのではと気が気でないカイル。
…そういえば少し前にフレデリクをどう思っているのかリンゼ達に聞いたことがあった。
『…オッサンクサイ』
「お、オッサン臭い〜〜!?」
『…。』
リンゼは眉間を寄せたまま、カイルの掌にそう書いた。
いやいやいや。確かにリンゼからしてみれば20代前半でもオッサンかもしれないが、
前世のアラフォーの記憶持ちのカイルからすればまだまだ彼は青二才。
でも前途有望な若者だ。
そりゃないでしょう!と思っているとキョーコがカイルの服を引っ張った。
「ん?どうした?」
『たぶん…うさんクサイっていいたいんじゃ?』
「おお!!」
カイルはポチリと掌を打つ。
なるほど!確かにここ最近のフレディは黒さが滲み出てるしな!
というか、どうやらお子様2人はフレデリクに対して油断ならないオトコだと認識しているらしい。
納得するようにウンウン、と頷いていたカイルの隣でまだ考え込んでいたキョーコが『あと…』と続ける。
「すごい、ジソンシン(自尊心)がたかいとおもう。じぶんがミトメたあいてイガイにはヒザをオラない…みたいな。」
「……。」
キョーコはフレデリクの人となりを良く見ているらしい。
カイルは黙り込んでしまった。
(そう…なのかな。)
確かにカイルを試すような言動はしてくるし、主を主と思わない態度ではあるが。
ただの護衛ではあるし、彼は上(国王)に命じられてカイルを守っている訳であって。
なのでカイルは主従関係というよりも、バカを言い合える頼れるお兄ちゃんくらいな感覚だった。
精神的には自分の方が遥かに年上なのは、この際置いておく。
…にしても、やっぱりここでも2人はツーカーなのね…。
とまた落ち込んだカイルなのだった。
などと思いに耽っていたカイルに、「そういえば…」とフレディが質問して来た。
「最後の魔石を使った魔法って、何したんですか?」
不思議だったんですよね〜アレ、と首を傾げながら言う。
カイルは目をパチパチさせた後、ふわりと笑った。
そのままカイルは後ろに両手を着いて、天を仰ぎ見る。
空気が澄んでいるうえに、現代の様なネオンや街灯が無いせいか満点の星空が今にも降ってきそうだった。
カイルは目を細める。
たった数刻前の怒涛のような出来事が嘘の様な静けさだ。
フレデリクはその様子をジッと見つめている。
カイルはフーっと息を吐きだすと、
「私もあんなに上手くいくと思わなかったんだけど…」と上を向いたまま前置きして続きを話す。
「…人間のというか、生物の身体はほぼ半分以上が水分で出来てる。」
「は?水分?」
カイルはコクリと頷いた。
まぁこれも前世からの知識な訳だが、フレデリクに説明をする。
「そう。汗とか、涙とかその他諸々。血液だって水分が含まれる。」
「…それが今回のとどういう関係が…ってまさか!?」
「多分フレディの思った通り。その水分を水の魔石で吸収したんだ。」
カイルは天を向いていた顔を元に戻すと、フレディを見つめてニコリと笑った。
要するに、意図的に脱水症状を起こしたのだ魔石を使って。
あの時咄嗟に逆の発想をしたわけだが、最善な方法だったとおもう。
放出するだけの魔法ではいくらリンゼが協力してくれても、あの数の魔獣は倒せなかったはずだ。
でも吸収に変えたことでリンゼの協力の元、力が倍以上になったことは言うまでもない。
ダ〇ソン掃除機どころか、小ブラックホール並に爆引したのだから。
しかしこの吸引がアラクネ達に有効か否かは賭けでもあった。
セイラさんと違い魔獣の生態に詳しい訳ではない。
だが、生きとし生けるもの多少の水分は体内に有しているだろう、と思ったからだった。
結果は見事正解。
セイラさん曰く、アラクネが纏っていた粘液が無くなると干からびて死ぬ、とのことだった。
粘液はほぼ水分。十分脱水症状を起こすことができたらしい。
因みに。カヤックがカイル達の所に来て、何もせずただ倒れたのはまんま脱水症状を起こしたからだった。
カイル達に近づいて来たため、魔石の力に巻き込まれて。
つか、ただのアホや…
さて置き。
それにしてもリンゼの力、と言うか集中力は半端ない。
流石は未来のチートな攻略対象というとこだろうか。
でも、まぁ今回は私の逆発想のお陰もあったよねーと少し自画自賛していたカイルは、フレディが急に自身の顔を両手で覆ったのに気づけなかった。
「……くっ!」
「…ん?」
「くっくっくっくっ!!アーーっハっハっハっハっハっ!!!」
「えーーーーっ!?」
いつもはニヤニヤぐらいしか笑わないフレデリクが、両手を膝に打ち付けながら大口を開けて爆笑している。
それには流石に驚いたカイル。
「あ、貴女はクっクっ本当にハハハっ面白いっ方っだアハハハハハっっ!!!」
「……。」
(…笑うか喋るかどちらかにしてクダサイ…。てゆーか、フレディの笑いのツボがホント謎…)
カイルは目を細めてジトーっとフレデリクを見る。
「イヤー、こんなに笑ったのって初めてですよ〜。」と言ったフレディは涙を拭いつつ
(涙まで出たんかい!)一通り笑ったあと、
ふと真面目な顔になりカイルに向き直る。
彼は「恐らく…」と前置きしてから言った。
「貴女のその柔軟な発想や行動はこれからの世界にとって貴重な存在となり得るでしょう。
その時には必ず私を側に置いてください。と言うか、側にいます。
貴女は俺が認めた唯一無二の主です。」
と、カイルの両手を握りしめながら真摯に彼女を見つめる。
彼の瞳が熱く潤んでいるように見えたのは、酒に酔っていたからかそれ以外なのか…。
(あ、あれ?何か、今までと雰囲気が違う…ような?)
カイルは微妙なフレデリクの変化に目をパチクリさせる。
「ぇえ!?って、うおっ!?」
急に自分の手を取り熱く語り出したフレデリクに目を白黒させていたカイルだったが、更に自分の二の腕を握り絞める2つの手に驚いた。
見れば側で寝ていたお子様2人が目覚めていて、カイル達の会話を聞いていたらしい。
ムクりと起き上がったリンゼとキョーコは威嚇するようにフレデリクを睨みつけている。
彼らを見たフレディは「ああ。」と言った後いつものニヤニヤ笑いをすると、お子様達に宣言する。
「今度こそ本当の好敵手なんで宜しくおねがいしますよ?」
『『……。』』
「ちょ、ちょっとーー!!」
リンゼとキョーコの眉が同時にピクリと跳ね上がる。
そしてとばっちりを喰ったらかなわん、とキッとフレディを睨みつけたカイル。
しかし彼から今までにない、甘い笑顔で返されてしまった。
グヌヌ!
ソレを見て眉をハの字にしたカイルは、
(もう!ホントに、ホントに!面倒はコリゴリだから〜〜〜〜!!!)
という声にならない叫び声をあげた。
そしてその声は未だ興奮冷めやらない集落の夜空に溶けていき、祭りの夜は更けていったのであった。
まだまだ転生王子の受難は続…く?