西集落救出編 中編
「待っ、待ってくれ!!私は君に害なす為に来たのでは無い!!」
「…ん?」
『…アレ?』
『……?』
声を聞くなり同時に首を傾げるカイル達。
つい最近どこかで聞いたことのある声だったのだ。
カイルとキョーコは顔を見合わせて頷き合うと、少し場所を移動してキリン(仮)と対峙している声の主を見てみることにした。
思わず目にした途端、カイルは指差しながら目を見張る。
「あーーーーっっ!!セイラさん!?」
そう、対峙していた人物は赤い髪を後ろにくくり 迷彩服の様なものを着た姉御肌の美女、セイラ・ハイネスその人だった。
そして、今度はキーーンっと耳鳴りがするとカイル脳裏にはまた情報が溢れ出す…。
(には
アルバート・ハイネス……
魔物ハンターである彼はしかし、それは表の職業であり実は魔法研究機関「ザッハ魔獣遺伝子研究所」の対抗組織「魔獣保護対策部隊」の一員である。
しかしながら、彼の実の親が敵対する組織の幹部であった。
情の厚い好青年で真面目ではあるが物事にこだわらないタイプ。
ヒロインとはある事件がきっかけで知り合う。
(え……?アルバートって?彼ってこの情報は男だし!?…いやいや、セイラさんには豊かな二つの膨らみが…て、いやいや!!何だろう…?何か誤差でも起きてるのか…?)
男女の違いはあるが情報は概ねセイラと似通っている。
…ちょっと重要なモノも含まれているが…今は置いといて。
そんなふうにカイルがボーっと頭の中で会議をしている間に、キリン(仮)がセイラに襲い掛かろうとしていた!
そしてそれを見たキョーコが彼らに向かって走り出す。
『まって!!』
セイラは以前ザカルーンの時に使用した麻酔銃(?)を腰に下げてはいたが、ソレには一切触れず両手を上に上げていた。
自分は害意が無いとの意思表示だ。
「あっ!君!危ない!!」
突然、自分の前に躍り出たキョーコを庇う様に手で制するセイラ。
だがその時、キョーコの首に下げていた魔石が一瞬眩いほどの閃光を放った。
すると、今にも襲い掛かろうとしていたキリン(仮)がピタリと動きを止める。
『!?』
「な、何だ!?」
一方、カイルはリンゼから『キョーコが!!』と言われて我に返ると、「くっ!!」と言いながら彼女たちの元へ急いだ…が。
いざその場に着いて見ると…
「アレ…?どうしたんだ…?」
「あ、ああ…。先ほどから動かないんだ…」
困惑しながら緩く首を振るセイラ。
何やら1人と1頭が微動だにせず、固まったままらしい。
そして何故か、目と目で通じ合っているようだ…色っぽくないけど!!
それはさて置き、カイルはセイラと目が合うと「何なんですかね?」とそろって首を捻ったのだった。
そのころケモノと対峙しているキョーコはと言うと…。
とっさにセイラの前に踊り出たものの、いざとなると思ったよりも大きく、立ちはだかってるキリン(仮)に萎縮してしまったキョーコ。
しかもかなりいきり立っている。
威圧感もハンパない。
ソレは馬のような白銀の鬣と皮膚の鱗が光に包まれて輝き、両目は怒りのためか赤くぎらついているが、その佇まいは風格があり神々しいほどだった。
キョーコは今更ながら足がすくんで動けなくなってしまっていたが、突然首に下げていた石がパシーーンっと一瞬眩いほどの強い閃光を放つとスッと消えた。
すると、いきり立っていたキリン(仮)の眼が目に見えてスーッと落ち着きを戻しピタリと動かなくなる。
パチパチを目を瞬くキョーコ。…と急に頭の中で声が響いた。
「オイ!!キサマ!!」
『!?』
「ソノイシ(石)ハ、キサマノカ?」
『は?はい…。』
キリン(仮)は金色と青色に光る両目でキョーコを睨み付けながら彼女に語りかけてきた。
男とも女ともとれるような、しかし威厳のある声だ。
キョーコはおっかなびっくり頷きながら返事をする。
キリン(仮)は目を細めると、更に語りだした。
「ホウ…。ココデソレトアイマミエルトハオモワナンダ。
ソコナニンゲンモワレニタテツクヨウニハミエヌシ…。ヨカロウ。
コンカイハソレニメンジテ、ミノガシテヤル。シカシ、ツタエテオケ。ココハワレラノリョウイキ。
ナンピトタリトモ、オカスコトユルサヌ…トナ。デハマタアオウ。クロキヒトミト、カミヲモツショウジョヨ…。」
キリン(仮)は一度大きく嘶き、より一層光を全身に纏い浮かび上がったかと思うと、一瞬のうちにパッと消え去った。
「あっ!?」
「消えた…。」
『…。』
キョ−コは未だに呆然としていたが、ソロソロと近づいたカイルの「キョーコ?大丈夫か?」の声にハッと気づく。
「キョーコ。あのキリン(仮)と何か…話してた…のか?」
カイルはキョーコとキリン(仮)が微動だにせず見詰め合っていたのを見て、彼らが会話をしているように見えた。
なので質問を投げかけてみたのだ。
その通りだったので、キョーコはコクっと頷きながら、先の会話を思い出す。
『うん…。
なんか、ここのもりはじぶんたちのリョウイキだから、何人たりとも入るな…みたいなことは言ってた。』
「そうだったのか…。」
要するに知らずにセイラはあのキリン(仮)の領域に入り込んでしまったらしい。
そして警告または排除の為に現れたのだろう。
だがキョーコの話しているのを側で聞いていて、何故かハテナ顔をしていたセイラはカイルに質問する。
「…すまない。彼女は何と言ったんだ?」
「…あ。」
キョーコの顔を見ながら、眉を八の字にしているセイラ。
そうだった。彼女は翻訳機能内蔵の魔石を持ってないのでキョーコの日本語が解からないのだ。
慌てて訳すカイル。
すると、カイルの説明を聞いたセイラは大きくため息を吐いた。
「なるほど…。それであの獣は私を排除するために現れたのか…。
彼らの縄張りと知らなかったとは言え、申し訳ないことをしたな…。」
とガックリ項垂れたセイラだったが、あることを思い出すと顔を上げてカイル達を見据える。
「そういえば、幼い君たちが3人も…何故ここに…?迷子なのか?見れば、この国の者でもないようだが…。
しかも、そこの君は私の名を呼んでいなかったか…?」
『え…?』
『…?』
(あ!ヤバっ!!)
後半の問いかけは、カイルを見つめながら首を捻るセイラ。
しかし、今度はキョーコとリンゼが首を傾げている。
普通に考えれば、セイラとはすでに顔見知りのはずだからだ。
一度ザカルーンで会っているわけであるし。
なので2人はセイラの初対面のような対応に戸惑っているようだ。
カイルは慌てて2人の手を取ると、「ちょっと、すみません!!」と言って愛想笑いを貼り付けながら、セイラと距離を取った場所へ彼らを連れて行く。
そして、しゃがみ込みコソコソ話す。
『カイル?どうゆうこと?』
『(コクコク)』
「あ〜〜。たぶん、私は何となく解ったカモ…。」
訳の分からない2人はカイルに詰め寄る。
カイルはポリポリと頬を掻きながら、自論を語った。
カイル達は現在、セイラに初めて会った時より過去に来ている。
恐らく、セイラの時間軸ではザカルーンで出会った時よりも6ヶ月前の今現在、この場所で初めてカイル達に遭遇したのだ。
ザカルーンでは2度目の再会だったわけで。
するとキョーコが『あっ!?』っと声を上げた。
「どした?」
『そういえば、ザッハではじめてセイラさんにあったとき、わたしたちのかおをみて すぐになまえをいいあてたんだった…。』
「へえ?」
『あと、あのばしょにはいなかったカイルとフレディのなまえもだしてきて…。』
要するにカイル達がセイラと出会った時の様に言い当てた訳だ。
『でも、わたしとアンジェさんはきみがわるがったんだけど、リンゼが…。』
と言いかけてチラリとリンゼの方を向く。
「うん?」
『…いやなニオイしなかったから…』
とリンゼはカイルの手のひらに書く。
なるほど。
となると、その時もリンゼの野生のカンもとい鼻で事を運んだらしい。
無言でウンウンと頷いていたカイルにリンゼが尋ねる。
『…で、こんかいはどうするの?』
どうやら今の状況をセイラに説明するのか問うているようだ。
ウッと詰まるカイル。
この複雑な状況をどうやって話せ、と言うのか…。
カイル自身も未だ解らない部分がある上に、現在は作戦の最中でもある。…うん!
「うやむやにしよう!!」
『えーーーーっ!?』
『…(ガク)』
キョーコはあからさまに冷たい視線を投げ、リンゼはガックリと肩を落としている。
カイルはワタワタと弁明する。
「い、いや?ほら、あの(ザカルーン)時のセイラさん私達の事情を知らないようだったし?
と言うことは前回(前の時空)でも話してなかったって事だろ?それにホラ!セイラさん、考えるの苦手だし!」
何となく冷たい視線にさらされながら、自論を語るカイル。
『ホントにうまくいくの〜?』
『……。』
キョーコは目を細めて疑いの眼差しだ。リンゼも無言ではあるが、何となく視線の温度が低い。
カイル達が作戦会議とも言えない話し合いから一向に帰ってこないのが気になったのか、セイラが声をかける。
「君たち、どうかしたのか?」
「!!」
カイルは2人の視線を断ち切るようにバッと立ち上がると、スタスタとセイラの所へ戻った。
「お待たせしました!」
「ああ…」
「えっと…私達は迷子ではなく、現在仲間とある作戦を遂行中でして。あなたを呼んだ名前は…え〜〜。ぐ、偶然かなぁ〜?スゴイナ〜ワタシ〜」
『……。』
『……。』
偶然かよ!!ひねり無しか!リンゼとキョーコの視線が突き刺さる…。
最後のほうは後ろめたさがそうさせたのか、明後日を向きながら棒読みになっていたカイル。
いやいやいや。
流石にセイラはいぶかしむだろう…と思いきや、彼女の思考回路は斜め上をいっていた。
「そうか!!そんなに小さいのに、特殊任務こなしているとは凄いな!しかも、カンで私の名前を言い当てるとは…素晴らしい!!」
『……。』
『……。』
「…えへ。」
彼女はカイルの言葉通りに受け取り、目をキラキラさせながら褒めちぎる。
ここまで素直過ぎると、心が痛い…。リンゼとキョーコは更に表情が抜け落ちていた。
それを貼り付けた笑顔で横目に見つつ、
(いや…本当に大丈夫なんですかね、この人…。もっと人を疑うとかした方がイイヨ…?私が言うのもなんだけど。)
と、やはり生暖かい目でセイラを見るカイル。
だがしかし…本来、普通の10歳以下の幼児達が狡猾な考えを持つとは思わないんじゃないか…?
その場は1人瞳をキラキラしているセイラ以外、ビミョーな空気が流れたのであった…。
「迷いの森」南集落側入口…
フレデリクとバルタ弟は長距離を走らせ過ぎた馬がバテて動けなくなってしまったので、
西集落へと続く、「迷い」の森の入口付近にあった泉の木に馬を繋げて彼らを休ませる事にした。
だが、自分たちはゆっくりしている暇は無い。
少しでも早く西の集落にたどり着かねばならないのだ。
本来ならば、ギリギリ西集落までは馬で行ける計算だった。
しかし途中の通り雨が馬たちの体温を急激に冷やし、残っていた体力を根こそぎ削られてしまった。
仕方なく自分たちが走って向かわねばならない。不運は続くということだろうか。
走りながらフレデリクは考える。
(この森から西の集落までほぼ一直線…。俺がフルで走ったとしても、一刻(一時間)強くらいか…。)
彼は雨でぬかるんだ道をバシャバシャと一人黙々と走り抜ける。
バルタ弟は側には居ない。
すでに先程の激しいスコールは止んでいたが、未だ生乾きの服と髪の毛が、肌に張り付いて気持ちが悪い。
フレデリクの視界は、普通の人間ではあり得ない速度で周りの景色が流れていく。
(…にしても、バルタは大丈夫か?)
フレデリクは先ほどのバルタ弟の様子を思い出していた。
最初はバルタに合わせて速度を落としつつ、共に走っていたフレデリクだったが、走り始めて10分もしないうちにバルタ弟の速度が落ち始めた。
「…つか、アンタ…はぁ…マジで…はぁ…化けモンだな…はぁ…。」
「…まぁ、一応軍に所属してるからそれなりにはな…。」
フレデリクは先程の豪雨で髪は濡れていたものの、涼しい顔をして走っている。
片やバルタ弟は、既に汗だか雨だか脂だか解らないモノが顔に張り付いていた。
「…クっ!!オ、オレだって、ハァハァ…本とはもちっと…ハァハァ…走れるんだぜぇ〜〜ハァハァハァ…。」
「〜あ〜カモな…。」
フレデリクは肩で荒い息をして強がるバルタを横目に、視線を逸らして遠い目をした。
特にシュヴァイツェルの軍人は皆特殊なのだが、それは黙っているフレディ。
と言うか、コレは国家機密事項なのでおいそれと話すことは禁じられているのではあるが。
因みに、2人の体型の違いも挙げられると思われる。
フレデリクは体脂肪が1ケタ以下の、脂肪を極限にまでそぎ落とした必要な筋肉のみのアスリート体型。
そりゃ腹筋もバッキバキでしょうね!
…対してバルタも体脂肪は低そうであるが、こちらは見るからに余分な筋肉がムッチムチで明らかに体重が重そうである。
「…ダ…ダメだ…もう…走れ…ねぇ…」
完全に立ち止まり、膝を地に付いてしまったバルタ弟。
フレディは足踏みをしながら彼を見やる。
「…解った。取りあえず俺が先に西へ行くから、後から来てくれ!!」
と言い捨て、地面に突っ伏すバルタを見た後早々に走り出した。
しかも更に速度を上げたようだ。最後の気力で少し地面を見上げたバルタは
「マジかよ…あのヤロー…更に(速度を)上げやがった…クソっ…(バタっ)」
と言って、今度は本当に事切れたのだった。(死んではいない。多分…)
「迷わせの森」、西側…
カイル達にとって嬉しい事があった。
何と!セイラはこの国に車で来ていたのだ!
セイラは、単身このダルスク帝国の魔獣について調査に来ていたらしい。
そして調査の結果、この森に高位の魔獣が住むらしいと聞きつけた。
居てもたってもいられなかった彼女は一人で森の途中まで車で来て、その後は降りて近辺を調べていたのだが、
持っていた方位磁石が狂い、随分と道に迷っていたということだ。
迷った末、あそこで運悪く(?)あのキリン(仮)に遭遇。
あわや訳も分からずキリン(仮)に襲われかけていた所をカイル達と出会った…と言うことを駐車していた車に戻る道すがら話してくれたセイラ。
そして、
「おおー!今度は一発で車の所まで戻れた!何刻もウロウロしてたのが嘘みたいだ!」
『『「…。」』』
(いや…魔石持ってなかったら、誰でも磁場狂わされて迷うってバルタさん言ってたし…。
そもそも地元民も慣れた人じゃないと無理だって…無謀と言うか考えなしと言うか…てか、逆にある意味、勇者なのか!?)
などと失礼な事を考えていたカイルでしたが。
手を繋いでいたキョーコとリンゼが同時にカイルを呼ぶ。
『『カイル?』』
「おお!?どした?」
『わたしたち、バルタさんにいわれて西にいそいでるよね?』
『(コクコク)』
「ハっ!!」
『『……』』
そうだった!!衝撃的な出来事ですっかり忘れていたが、作戦遂行中だった!!
今思い出したかのように気づくカイルに又もや2人の視線が痛い…。
彼女はダメ元でセイラに頭を下げながらお願いをしてみた。
「セイラさん!!」
「ん?どうした?」
「お願いします!!我々を西集落まで連れて行ってください!!」
西集落付近…
「はぁ…はぁ…最悪ネ…。」
流石のバルタ兄も肩で息をするほどに疲弊していた。
最初に応戦していた盗賊達は何とか倒したものの、間を置かずして援軍が到着してしまったのだ。
なので形勢は逆転されてしまった。しかも使える魔石の魔力残量もほとんど無い状態。
言うまでもなくピンチである。
「見た所、ざっと10名くらいかしラ…?」
バルタ兄が前方を見据えれば、全く見覚えのない盗賊達だった。
別に顔見知りの盗賊だったとて容赦するつもりは全くないのだが、戦闘能力が未知数なのが余計な不安を煽る。
先程の倒した盗賊達も今までとは勝手が違い、随分と魔石の魔力を消費してしまった。
(と言うか、考えてる暇はないわネ)
と一人ごちる。
多勢に無勢なのは承知。
こちらから先制攻撃を仕掛けて時間稼ぎをするしか手が残っていない。
後はお子ちゃま達と、弟たちに頼らざるを得ないのが情けないところだった。
(てか。時間稼ぎしてる間に来なかったら、来なかったら!!どうなるか覚えてるんでしょうネ〜〜〜?)
と、どす黒い顔をしながら一点を見つめ、念(呪い?)を吐くバルタ兄さん…。
多分、いや恐らくどこかの空の下で同じ顔をした人物が
「ンギャーーーーーーっ!!!アレ!アレだけは勘弁してくれぇぇぇーーーーー!!!」
と言っているであろうことは想像に難くない…。
「さてと…。」
バルタ兄は一度大きく息を吐きだすと、今まで温存していた魔石で(風)(土)を合わせ技で使う合体魔法を使う事にする。
一度に大ダメージを繰り出せる強力な全体魔法だ。
だがしかし唯一の弱点はこれにはかなりの集中力と時間が必要だった。
バルタ兄はそれぞれの杖を握りしめて、集中するために目を閉じようとした。が、
「オイオイ。危ねーなぁー?これ以上、テメぇの好きにはさせねーぜぇ?」
「なっ!?アンタは!!」
慌てて目を開き後ろを見ようとしたものの、彼女(?)の首元にガチャリと大剣を添えているためそれが出来なかった。
その人物はいつの間にかバルタ兄の背後に忍び寄っていたようだ。
だが顔は見えずとも、それは彼女(?)が良く見知った者の声だった。
その時!
『バルタさん!!しゃがんで!!』
風の魔石の通信回線がバルタ兄の耳に届く。
彼女(?)はすぐさま音声の言う通りにした。
すると、直径1m大の火の玉が頭上をものすごいスピードで通過した。
あ、危なっ!!
「!?」
「どわーーーーっ!!んだコリャーーーーー!?」
バルタ兄の背後を取っていた人物も、ギリギリ火の玉は逃れたらしい…(ちっ)
無駄に反射神経だけは良い様だ。
特大火の玉はそのまま直進して、援軍に来ていた盗賊団に突っ込む。
(キャーーー!!)っと散り散りになる彼ら。
乙女かよっ!!
そうしている間にセイラさんの車に乗って来たカイル達がキキーーっとバルタ兄さん達の前に止まった。
「バルタさん!!」
「アンタ達!?なんで…逃げなさい!!」
セイラさんのジープ(四輪駆動)から降り立ったカイル達は息を飲んだ。
青ざめた顔で立ち上がったバルタ兄さんの首元には、変わらず剣が突きつけられていた。
どうやら剣を突きつけていたこの人物も体勢を立て直して、改めて彼女(?)を捕らえたようだ。
「フン!そうはいかねーなぁ?コッチも色々大打撃喰らったんだ。その落とし前付けさせてもらわねーとワリ合わねーなぁー?」
「…カヤック…」
盗賊元頭領…カヤックは片眉を跳ね上げながら、歯ぎしりしていそうなバルタ兄の言葉を遮った。
彼の身長はバルタ兄さんと同じくらいか。
バルタ兄弟が筋肉バカと言うだけあって筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)である。
髪の長さは肩までと長めで天然なのか、クルクルうねっている。
口ひげをはやし、鉤鼻で目はギョロリとした悪人顔。
しかし何と言うか、コレで片手が義手だった日には…カイルは思った。
…まんま…
「…フック船長じゃん…」
「「「……。」」」
ってダレ!!!!
その場にいた誰もがカイルに振り返ってそう突っ込んだ!!
相変わらずカイルの思考回路は今日も通常運行だった。
リンゼの火の魔石による先制攻撃は仕掛けたものの。
残念ながら、カイル達は成すすべもなくカヤック達に拘束されてしまっていた。
まずバルタ兄さんを人質に囚われていたので自由に動けない、が1つ。
2つ目は助けに来たとは言え、カイル含む非戦闘員のお子様Sだったので戦闘はまず無理だった。
そして最後に、車でここまで乗せて来てくれた事件に関係ないセイラさんまで囚われてしまったのだ…。
ホントに申し訳なさでいっぱいのカイルである。
『コレで全員ですかね?』
『イヤ…コイツの双子の弟が見当たらねぇ。』
『本当ですか?!』
カイル達とセイラはバルタ兄さんと離された所で手足を縛られ、地面に転がされていた。
しかもカイルは魔石を残さず取り上げられて、翻訳機能が使えず彼らの言っていることがサッパリ解らなくなっていた。
片方だけ持っていても意味がないのだ。
当然ではあるのだが。だが辛うじてセイラさんが片言だけ彼らの言葉を解すらしく、大体の意味は解った。
セイラさん曰く、奴らは随分と計画は狂ってしまったが、予定通り西の集落を襲撃するらしいとのこと。
だが、カヤックが「コイツの弟の方が見当たらねぇ。」「もしや何処かに潜伏しているのでは?」
と盗賊の部下と今話していて、その対策を練っているようだった。
まぁ、カヤックは「問題ねぇ!コッチにゃ人質がいるんだ。アイツも手も足も出ねえさ!カッカッカッ!!」
…と笑っていたらしい。
全く頭脳労働の苦手な、脳筋(脳まで筋肉)なのは本当のようだ。
周りの部下達は冷たい視線を送っていたようだったけど。
その後、襲撃の邪魔になるからとカイル達は移動させられ、「迷いの森」近くの木に皆纏めてグルグル巻きに縛られていた。
しかしながら、今ここにはリンゼだけが居ない。なぜなら…
「ほう!!!気づかなかったが、コリャまたエライべっぴんがいるじゃねーか!」
「「「!?」」」
「はは…。」
ココにいるのは、カイル、リンゼ、キョーコにセイラ。
カイルとリンゼを覗いた女子2人は「わ、私のこと!?」と色めき立つ。
しかし、カヤックの視線は真っすぐリンゼに向けられていた。
それはそうだろう。
多少薄汚れていても、不機嫌な顔を晒そうとも彼の美しさは全く損なわれはしない。
何んと云っても彼は稀に見る超絶美少女なのだから!!
カイルは解ってはいたものの、乾いた笑いを漏らす。
だがリンゼは正真正銘の男。
カイルも実は結構な美少年カテゴリーに入るが、リンゼの美貌の次元が余りに違うためスルーされたらしい。
キョーコもこの世界に稀に見る黒目を持っているが、(髪は茶髪のウイッグ着用)顔は平たんなアジア系なので同じくスルー。
セイラさんは妙齢の美女のはずなのに、「歳が行き過ぎだ」と放置だった。
ココで最低でもオンナ2人の逆鱗には触ったらしい。
フッ…カヤック…短い人生だったな…。
故に、リンゼは破格の待遇でカヤック達の側で座らされていた。
さて、それは置いといて。
カイルは縛られ続けた手が擦れるのを「イタタ…」と言いながら、ついにブチブチっと縄の手枷を小刀で切った。
今現在カイル達を見張っていた盗賊が一人を残してカヤックと囚われのバルタ兄さんの所へ行ったからだ。
恐らく襲撃の要員になるためだろう。
よし、見張りが減った!チャンス!
とばかりにカイルは靴の底に仕込んでいた小刀を取り出して手に巻かれた縄を何とか切っていたのだ。
それに気づいたキョーコとセイラはそれとなくもう一人の見張りからカイルを隠してくれた。
そして縄を切ったカイルの手を見て2人は「おお!!」と小さく声を上げる。
「…そろそろかな…?」
カイルが言い終わらない内に、カイル達の見張りに付いていた若い盗賊が
「うっ!!」
と声を上げドサリと倒れた。
ナイスタイミング!
そしてカヤック達には見えないよう素早く森の中の草むらに引き込んだ。
あ、鮮やか…。
姿は見えないが、その気配はカイルの側にやってくる。
そして彼女の耳の近くで囁くような声がした。
「ご無事ですか?カイル様」
「ああ。なんとか」
「リンゼ様が居ないようですが…?」
「あ〜。あの子のビボウは万国共通ラシクテネ…」
「…なるほど。」
声の主はフレデリク。
彼はカイル達と合流した後、彼女達が持っていた風の魔石を譲り受けて隠形を使い、第三者には見えなくして隠密行動中だった。
カイル達が然したる抵抗もせず、大人しく捕まったのもココにある。
実はカイル達がセイラさんの車に乗せてもらってからそんなに時間を置かずに目の前をあり得ない速度で走っているフレデリクを発見したのだった。
「フレディ!!」
「カイル様!?」
思わぬ主の声に振り向いたフレデリクは驚きを隠そうともせず、その場に立ち止まると、近づいてくる車を待っていた。
「コレはいったい…って、セイラ!?」
「え!?」
「あ〜これは話せば長いというか、ややこしいというか…」
フレデリクはどうしてカイル達がこの国で車に乗っているのか、そしてその運転席にはザカルーンで出会ったセイラが座っている。
サッパリ訳が解らないと目を見開いていた。
一方セイラの方も初対面の男にどうして自分の名前が呼ばれたのか、訳が解らないと口をあんぐりしていた。
それをそれぞれ横目で見ていたカイルは
(さっき誤魔化したしたばっかだったのに…)
と苦笑いをしたのだった。
そして、またもやセイラにはうやむやにし(それを納得してしまうセイラって一体…)車に乗り込んだフレディだったのだが、
彼から聞いた敵の情報はあまり嬉しくないものだった。
魔法陣にて魔石の魔力を奪われた事と云い、その後の火事騒ぎと云い、足止めする為に2重3重にも罠を仕掛けられていたのだ。
フレディはカイルからの話を聞いて眉間に皺を寄せる。
「そうですか…西集落側に残党が集まっていると…」
「うん。でもそれからバルタさんと連絡取れなくて。取りあえず、セイラさんの車でソッチに向かってる途中だったわけだけど。」
まぁ、その後も怪しい小屋やら神獣騒ぎやら色々あったのだけれど。
時間が無いのでザックリとした部分だけフレデリクに説明をした。
フレディは一瞬沈黙すると、ククク…と小さく笑った。
「…解りました。フフフ…よくも短時間にここまで罠を張ったものですよ…」
「いっ!?」
『げっ!?』
出ました!!
あくどさが滲み出た様なフレデリクの黒き微笑!!
それを目の当たりにしたカイルとキョーコは顔を引きつらせた。
てか、何かここに来てからフレディのこの変化にさほど驚かなくなってきている自分がイヤなカイル。
因みにカイル達はセイラさんの車の荷台部分に乗って移動中だった。
座席は運転席とその隣の助手席しか無いためだ。
助手席にはリンゼが乗っていた。
…そんなことを自分の従者に思っているカイルを知ってか知らずか、フレディは続きを話す。
「いいでしょう。俺に一つ提案があります。」
「……一つ、オンビンな方向でヨロシクオネガイイタシマス。」
『…イタシマス』
いやですね〜!俺、軍部ではまだ温厚な方なんですよ〜とフレデリクはハハハっと爽やかに笑っていましたが。
「これで、温厚〜〜!?」ってか、シュヴァイツェルの軍てどんだけ…。
もう、もう!!絶っっっ対に騙されないンダカラ!!と決意を新たにしたその他2名なのでした…。
「バルタ弟さんは?」
「…今、バルタさんがいる側に忍び寄ってます。」
「そっか。これからどうすればいい?」
「…そうですね…」
戻って、未だ拘束中のカイル達。
フレデリクとバルタ弟という動ける駒はいるが、カヤック側には囚われのバルタさんとリンゼが居る。
まだまだ迂闊には動けない。
しかも間もなく襲撃の準備に入るという。そんなに考えている時間も無かった。
実はカイル達が車でカヤック達に突っ込む前、バルタ弟が風の魔石の飛行で状況を偵察していたのだ。
(バルタ弟もカイル達と何とか合流していた)
なので、バルタさんが一人で盗賊達に応戦していたのを知っていた。
そして彼女(?)の背後に忍び寄っていたカヤックの姿も。
フレデリクは恐らくバルタ兄が人質に取られるだろうことを予想し、攪乱させる目的でリンゼの特大火の玉と、
そのままセイラさんの車で奴らの前に突っ込む事を指示した訳だが。
結果は先の通り、特に状況改善には至らなかった。
そして更にリンゼという人質が増え、状況は悪くなっている。
フレデリクはそのまま考え込んでしまったらしく、一言も声を発さない。カイルはリンゼ達が居る前方を見据えた。
「ちょっといいだろうか?」
「セイラさん?」
「今まで話を聞いていたんだが…私も手伝わせてはくれないだろうか?」
「え?」
「ええ!?」
カイルとフレデリクの会話に割り込んだセイラは、未だ手足は拘束されたまま真剣な瞳をカイル達に向ける。
しかし、それを聞いたカイルはとんでもない!と慌てて首を横に振る。
「でも!!これ以上ご迷惑はかけられません!!」
「いや?迷惑と言うか、こちらこそ願ったりかなったりなんだが。」
「え?」
「どういう事ですか?」
彼女曰く、最近ダルスクを牛耳っている盗賊団が代替わりして更にあくどい事に手を染め、それが魔獣の乱獲にも携わっているらしいとのことだった。
(あ…なるほど。セイラさんの所属している「ムサイ」関連の事な訳ね…)
彼女の真の仕事は魔獣の保護である。
乱獲などもっての外!という事だろう。
恐らく魔獣の調査と共に、コチラの調査もあったのだろうか。
カヤックはその盗賊団の首領格ではないが、捕まえれば何かしらの情報を吐かせることは出来そうだ。
フレデリクはセイラに声をかけた。
「解りました。では貴女にも動いてもらいましょう。」
「了解した。」
フレデリクは一度深呼吸すると、(姿はカイル達に見えないが)作戦を纏めたらしくカイルに向き直った。
「時間が無いので迅速な行動が必要です。」
「わかった。」
『うん。』
神妙な顔をして頷くカイルとキョーコ。
するとセイラが「あ!」と言った。
「どうしました?」
「ああ。車の座席の下に隠した、煙弾が幾つかあったはずなんだ。」
「ほう。使えそうですね。」
「…しかし、わたしの車はあいつ等の近くに置いてあるから、取りに行くのが難しいかと。」
「いや。問題ないでしょう。このことをバルタに伝えて、そのまま持ってきてもらいます。」
要するにすでにあちら(カヤック)側で潜伏しているバルタ弟に取ってもらう、という事らしい。
フレデリクはすぐさま魔石通信にてバルタ弟にそのことを伝える。
「おお。あの鉄の塊の椅子の下かぁ〜?」
「ああ。運転席の座椅子が開けられる。その下に煙弾がいくつか入っている。」
「わかったぜ〜後はどうすりゃいい?」
「俺もそちらに向かう。バルタは俺が行くまで待機していてくれ。」
「了解だ」
セイラは魔石越しにバルタ弟に説明をする。
そしてその後の指示を伝えたフレデリクは通信を切り、カイルに向き直った。
「カイル様とキョーコはココで待機していてください。」
「…うん。」
『…はい。』
「取りあえず煙弾で向こうの視界を悪くした後、リンゼ様とバルタさんを救出します。
リンゼ様は途中でセイラ、君に受け渡すので引き受けてもらえますか?」
「了解した。」
流石にこの状況では子供の出る幕は無い。
大人しくジッとしているしかなかった。
「お〜い!椅子の下の弾と銃をみつけたぜ〜ってか、そろそろ魔力切れ起こしそうだ!早く来いよ!」
というと、バルタ弟からの通信はブチリと切れる。
どうやら隠形を使える魔力も残りわずかのようだ。
フレデリクはニヤリと笑った。
「では、報復…ゴホン!救出戦の開始です!」
カヤック陣営側…
バルタ兄さんは手足を縄で拘束されたまま、地面に転がされていた。
一方リンゼはというと、どこから持ってきたのか木箱の上に座らされて、手は後ろで拘束されてはいるが 明らかな待遇の違いである。
「まったくもう!失礼しちゃうわネ!!レディを地面に転がすなんて!!」
『……。』
と、バルタ兄さんはいたくご立腹だった。
リンゼは未だ目は見えないものの、声のする方向からバルタ兄さんの場所を割り出し申し訳なさそうに眉をハの字に下げる。
「あ〜〜!リンゼちゃんに言ってるんじゃないのヨ?すべてはアイツらがわるいんだかラ!」
ギッとバルタ兄さんが睨んだ先には、カヤックとその部下達がいた。
「それに…」と言うとバルタ兄さんはワントーン低く声を出す。
「弟がさっきコッチに来ているのを確認したワ。ワタシ達を救出する為に動いてるようヨ?だから安心して?」
リンゼはコクリと頷いた。
先ほどバルタ兄さんの側から穏形の魔法で身を隠した弟の声が聞こえてきたのだ。
しかし、リンゼとバルタ兄さんの側には見張りの盗賊が2人いた。
(え?会話聞かれるんじゃ?)
とリンゼは焦ったが、どうやら風の魔法は穏形、飛行のみならず、防音までしてくれるらしい。
ホンっっト使えるな!風!!
しかし、カヤック達もそろそろ襲撃に向かうと先ほどから言っていた。
時間はもう…無い。
「リンゼ様!!伏せてください!!」
と、突如セイラさんの車が置いてある側から声が上がった。
時間を置かずして、何かを外す音がしたかと思うと何かがコチラに飛んできた!!
バシュっっっーー!!
フレデリクが放った煙弾は大量の煙を纏わせてカヤック達のところに着弾した!
更に立て続けてもう一発飛んでくる。
「ウワっ!!なんだコレはーーー!!!」
「敵!?敵襲だーーーー!!!」
完全に視界は煙で見えない。
カヤック達は突然の煙幕に視界を遮られてパニック状態になっていた
。混乱に乗じてすばやくフレデリクがリンゼの元にまで来た。
「お待たせいたしました、リンゼ様。カイル様の下へお連れ致します。」
『…あうあ!!』
「え?どうされましたか?」
リンゼはフレデリクに手の縄を切ってもらうと、フレディに『まて!』と言った。
フレデリクは何となくリンゼから制止の言葉らしきものを聞いて、一瞬立ち止まる。
するとリンゼは煙幕などものともせず、ピンポイントである盗賊を襲った!
「ええ!?リンゼ様!?」
「うおっ!?な、なんだーー!?」
突然背後から襲われたらしい盗賊は、体中をまさぐられ
(いやーーー痴漢よーーー!!)
と思ったかどうかは知らないが、なんかムカついたリンゼはバシッとその頭を叩いておいた。
そしてその盗賊からあるものを奪い返すと、リンゼはフレデリクに言った。
『あう』
「は、はぁ…」
フレデリクは恐らく、『行くぞ』って言ってるのか?
と首を傾げつつ今度は大人しくなった彼を、ココから連れ出す為に抱きかかえたのだった。
「迷いの森」カイル陣営…
カイル達はカヤック陣営の周辺が煙に包まれるのを確認すると、皆が完全に縄を切った手足で立ち上がり逃げる準備をしていた。
「よし!では、私はリンゼを受け取りに行ってくる。」
「はい!よろしくお願いいたします」
言いながらカイルはセイラにペコリと頭を下げる。
セイラは頷くと、その場をザッと走り去った。その後姿を見送った後、カイルは振り返る。
「さて…私たちに出来ることはほとんど無いけど…」
『でもさ、さすがにこれだけハデにやっちゃうと西の人たちも気づくんじゃない?』
「…ダヨネ〜」
カイルは、フレディが気絶させた見張りの男が動かないよう、先程自分たちを縛っていた縄でグルグル巻いていた。
一方キョーコはやっと自由になった手首をさすっている。
そして、幼いながらもこの状況を冷静に判断していたようだ。
カイルはう〜ん、とため息を吐く。当初は西集落の人たちにバレないよう、事を運ぶつもりだった。
だが二転三転してしまった今の状況を考えると、何がどうなろうととりあえず皆無事で!!…になってしまうのは仕方が無い。
『カイル?』
「ん?」
『むしろ、西のひとたちにキョウリョクしてもらったら?』
「協力!?ん〜そう、だな…」
『カイルはここでリンゼのかえりをまたないといけないし。うごけるのってわたしくらいでしょ?』
カイルは眉根を寄せて、両腕を組んだ。
確かにここまで来ると、誤魔化せないくらいには西の人々も何かしら察しているだろう。
西集落の入口とカヤックが今いる陣営は、辛うじて近くにまばらな木があるものの、目と鼻の先なのだ。
そして何より時間は無いし、作戦はもう始まっている。カイルは一人頷くとキョーコに指示を出した。
「解った。じゃあ、キョーコは西の人達の協力要請をお願い。」
『はい!!』
キョーコは仕事をもらえたのが嬉しかったのか、ニッコリ笑うと首を縦に振る。
そのまま走りだそうとしたが、カイルはハッとあることに気付き
「待った!待った!待ったーーー!!」と引き止める。
振り返ったキョーコは出鼻を挫かれて不機嫌そうである。
『なに!?』
「あっと今、魔石持ってないし、言葉は大丈夫なのかと…」
『……。』
先ほど、拘束された時に杖と手持ちの魔石は残らずカヤックに取り上げられたのだ。
なので、彼女も当然首飾りに嵌った自身の魔石を取られたと思っていたカイルだったのだが。
キョーコはジットリとカイルを流し見ると、着ているワンピースの胸元から自分の魔石をジャラリと取り出す。
「あ……。」
どうやら彼女の魔石ははく奪を免れたようだ。
故にカイルを見る目は冷たい。
西集落のテルトには連絡用に魔石を1つ預けている。
キョーコが日本語しか話せなくとも、両側持っていれば通訳は問題ない。
ちんまりと小さくなったカイルは「はい…すみませんでした…」と、しおしお引き下がるのだった。