ダルスク帝国編
「一人で留守番?」
アンジェとキョーコはどうしたのか。
カイルの疑問が顔に出ていたらしく、すぐに質問に答えるセイラ。
「なんでも、アンジェの実家がこの近くにあるとかで。あの子…キョーコか。顔だちの珍しい…と一緒に出掛けていったんだ。リンゼはまぁ無理そうだったから留守番してもらっている、というわけだ。」
成る程。確かにアンジェの実家はここザカルーンの男爵家だ。
ザッハにあったのは別邸だったはず…。
恐らくそこに行ったのだろう。
ならば、アンジェがここに来た目的は実家の帰省もあったのか…?
などとつらつら考えていたカイルだったが、退屈していたエドに頭突きで背中をドンっとどつかれた。
応接室の扉側に立っていたフレデリクは、
(あんのクソガキ、また!!)
と睨みつけている。
よく見ると帯剣にも手を伸ばしていた。
「おうっふ!!」
「!!」
「おい!!時間ねーんだから、いーかげんお前の弟連れて帰るぞ!!」
「…。」
…至極もっともだったので何も言えないカイル。
だが、背中は痛かったのでエドの頬はつねっておいた彼女。
そして何故か静かに怒るフレディを宥め、
(フレディの怒りポイントわからん)
と思いつつエドと2人で2階のリンゼのいる部屋の前までぎゃいぎゃい言いながら来た。
しかしノックをして扉を開けた途端、これまた今度は前から何者かに突進された。
「どうっふ!?」
「カイル、痛ってーな!何だよ!!…えっっ!?」
カイルに突進してきた何者か…ガッチリとカイルの腰に腕をまわし、ウルウルの目で見上げていたのは件の弟、リンゼ。
本日は薄いオレンジのワンピースにプラチナシルバーの髪の毛はストレートにそのまま流している。
キラッキラのエメラルドの瞳はエフェクトかかってるんじゃね?というくらいに眩い(まばゆい)。
相変わらず美少女度MAXだ。
どうやら歩いてくる足音と、エドと騒いでいる声でカイルと解ったらしい。
そして、彼女の後ろに付いてきていたエドはすぐ前にいたカイルにぶつかった抗議がてら覗き込み、そんなリンゼを見てしまった。
彼は一瞬で硬直する。
顔を見ると顔面はもちろんのこと、耳まで真っ赤っかだ。
(あーねー。この子の女装姿だと疑う余地なく完っ璧な、超―絶美少女だもんなー。)
カイルはエドを横目で見て同情する。
しかし説明しないと先に進めないので、断腸の(?)思いで真実を告げる。
「あー、エドワード?この子が私の弟のリンゼフェルトだ。リンゼ?ご挨拶は?」
カイルは腰に巻きついているリンゼに問いかける。
リンゼは(なんでこんなヤツに…)と思い眉を顰めながらも、渋々カイルから腕を放し 一歩離れてスカートの裾をつまみ淑女の礼を取る。
(一応女の格好をしてるので)しかし、彼は挨拶は済んだとばかりにすぐさまカイルに抱き着いた。
カイルは苦笑しながらリンゼの頭を撫でる。
そしてエドを見たが…。
「おーい…エド?大丈夫か?」
「あ?は、ははははー?だ、だ、だろーと思ったゼ!何となくお、お、男臭いと思ったんだ!オレ〜」
リンゼが男だと告げられた後、限界まで目を見開きポカーンと口を開けた彼はハッと意識を戻した。
そしてフラフラと部屋の隅っこに行き、
「いやー、ホントうん。男だよナー。お、男…オト、コ…?」
とブツブツ言いながらしゃがんでズーンと落ち込んでいるエド。
リンゼの容姿を十分過ぎるほど解っていたカイルは、彼がリンゼに会った時の予想はしていたが、思った以上に真実を知らされた事にはショックだったみたいだ。
カイルは何とも言えない顔になる。
(…わかりやす…どもってるし、動揺し過ぎ…)
取りあえず、エドの初恋が瞬殺で砕け散った訳だが。
んー、なんて言うか 生きろ?
階下にリンゼと共に降りてくると、アンジェとキョーコが外出から戻ってきたらしく、応接室ではにわかにざわついていた。
階段を降りてくる間、カイルにしがみついているリンゼをチラチラ見ながら、
(なーマジでー?マジでその子、男なんー?)
と言う、エドのウザい視線を浴びながら見てない振りしたカイル。
一応セイラにはリンゼを連れていく事情は説明したが、応接室に入ると改めて自分でキョーコとアンジェの2人に説明をした。
そして、今までずーっと静かだったフレデリクはアンジェ達が帰って来た途端、厳しい顔つきになる。
(…フレディ?)
フレディの顔は気にはなったが、それよりも今は不満げなキョーコが気になったカイル。
どうやらリンゼだけを連れていく事で、1人のけ者にされていると感じているようだった。
「…すぐ戻って来るから。ココで待っててくれないか?キョーコ。」
と、キョーコのそばにしゃがみこんで頭をなでる。
唇を噛んでカイルとリンゼを見つめるキョーコは納得していないのは見え見えだった。
が一応はコクリと頷いてはくれた。
「いい子だ。」
「…はや…く、かえっ…てきてね?」
たどたどしくこちらの世界の言葉をしゃべる。
しかしカイルの服の端を持っている手が震えていた。
置いて行かれる事に何かあるのか…。
カイルは安心させるようにふわりとキョーコに笑うと、スッと立ち上がった。
早く事を終わらせるに越したことはない。
そして、元来たときのメンバー+リンゼで移動転移した、アジトの地下に向かうのだった。
先程の転移でやって来た倉庫の部屋には、すでにエドが来ていて簡易的な魔法陣を床に描いていたところだった。
カイルには全くチンプンカンプンだが、エド曰く公式さえ覚えてしまえば後は法則に従って書き足すだけらしい。
数学みたいなもんか?うーん。やっぱり、錬金術師!!
魔法陣を描き終え、転移する4人が中央に立つ。
倉庫の部屋には、見送りにとキョーコ、アンジェ、セイラが来ていて事の次第を見守っていた。
「…では、エド。お願いする。」
ああ、と返事をしたエドはちらりとカイルに抱き着いているリンゼを見ながら、いいなー、という視線をカイルによこす。
そしてフレデリクはというと、眉間に皺を寄せたまま扉側にいる誰か(?)を見据えていた。
エドはブツブツと言葉(呪文)を紡ぎ始めると、彼の手に持っていた魔石が光を帯び始める。
その光が徐々に転移するメンバー全員を覆った瞬間、その光めがけて突っ込む人影があった。
「ちょっ!!待ちなさい!キョーコ?!」
気づいたアンジェがすぐさま彼女の腕を掴もうとしたが間に合わず、そのまま彼女は走り出し、その眩い光の渦に飛び込んだのだった。
感覚にして、エレベーターに乗って上昇を始めた途端、誤作動が起きたみたいな感じだろうか。
大きな光に包まれたと思ったら、いきなりガクンっと強く縦に揺れ 更に横揺れしたかと思うと、衝撃と共に弾き飛ばされた。
そして現在。
放り出されたカイル達は見知らぬ、見渡す限りの草原地帯に倒れていた。
「イタタタ…。え…?ココどこ…?」
尻もちをついた形で座っていたカイルは、目を開くと見慣れない光景に呆然とする。
360度見渡しても草原。そしてすごーく遠くに山脈らしき山々が。
こんな景色をカイルはこの世界で見たことがなかった。
ハッと気づいて周りを見れば、斜め前に青い顔で口元を押さえ四つん這いになっているフレディ。
更にカイルの両腕にそれぞれしがみ付いているリンゼとキョーコがいた。え!?
「キョーコ!?」
彼女はアジトで留守番をする約束だったが…?驚きに目を見張るカイル。
キョーコはカイルの声にビクッと反応すると、恐る恐る彼女を見上げ 目に涙をブワッと溜めて泣き出した。
『う、うわぁぁぁぁん!!ゴメンナサイィィィー!!』
一番近くにいたリンゼはキョーコの突然の泣き声に耳をふさぐ。
『わ、わたし!やっぱり!カイルに!ぇぐ、おいてかれるの、いやなのぉぉぉー!うああああーん!!』
「あー。そ、そっか…ご、ごめんな…?」
『……。』
「うっぷ」
地面に突っ伏して泣きわめくキョーコを彼女をなだめる為、頭を撫でながら慰めるカイル。
一方リンゼは冷ややかな眼差しをキョーコに向けていた。
フレディはキョーコの大声でまた気分を悪くしたのか、更に顔を青くしていた。
しかしやはり幼い年齢であるキョーコはまだまだ親が恋しい年ごろだ。
それでなくとも、異世界に一人放り出され、奴隷として囚われていたのだ。
唯一意思疎通のできるカイルに依存をしてしまうのは仕方のないことだった。
カイルはキョーコを宥めながら、一つの仮説を考えた。
恐らくキョーコが時空転移に加わったことで、重量オーバー(?)になったのではないだろうか。
最初にアジトへ転移する時にフレディが加わることで「魔石」が足らない、と言っていたエド。
魔石に蓄えている時空魔法の容量が足りずに弾き飛ばされたのではないだろうか。そこでハッと気づく。
「エド!?」
カイルは周りを見渡すがエドの姿はない。
「え、ちょっとどこ行ったの!?」
もしかして、1人だけ違う所に弾き飛ばされたのか。
焦るカイルはふとキョーコを見た。
彼女は少し落ち着いたのか、顔を上げて赤くなった鼻をスンスン啜り上げている。
すると今まで隠れていて解らなかったが、彼女の着ているワンピースの胸元がナニかでピカピカと光を点滅させているのが見えた。
(何だ?)
「キョーコ、ちょっといいか?」
彼女の了承を得てカイルはキョーコの首に下げてある紐を表に取り出す。
(魔石?)
確かにいつもキョーコが首から何かを下げていたのは知っていたが、詳しくは聞いたことがなかったカイル。
ソレは球体で直径4,5センチ程の透明度の高い紫色の結晶だった。
しかも外気に触れると急速に点滅していた光が無くなり普通の石に戻った。
(オイ!!ラ○ュタの飛行石かい!!)
と、思わず突っ込んだカイル。
いや、表面に模様は刻まれてませんが!ためつすがめつ色々な角度から見ていたが、何とも不思議なこの石を疑問に思ってキョーコに尋ねた。
『キョーコ?この石は何?』
詳しい話を聞きたいので、カイルは日本語で質問する。
キョーコは涙声でたどたどしくも質問に答えた。
『しらない…グスっお、お父さんが、おまえがもってなさいっていった…。』
『じゃあ、日本にいた時から持ってたんだね?』
『うん。』
コクリと頷くキョーコ。
(うーん。何だろう?この石はキョーコ自身の異世界トリップと今回のと、関係あるのか…?)
カイルは今までキョーコが首に下げていた飛行石(?)のような石を彼女が持っている事すら知らなかった。
そして、光を放つ事も。
今回のコレは明らかに転移に反応したとしか思えない。
カイルは腕を組み、頭をひねらせる。そこへようやく青い顔から復活したらしいフレディが上体を起こしつつ、カイルに話しかけた。
「…その石がどうかしたんですか?」
「ん?ああ。てか、大丈夫かフレディ。」
大丈夫ですよ、とフレディは苦笑する。
しかしカイルは信じず、疑いの眼差しを向けた。
プッと噴出したフレデリクは、今度は柔らかく彼女に笑いかける。
安堵したカイルはそれなら、とキョーコの持っていた石が点滅していた事と、キョーコの話を彼に説明した。
「では、今回の事とキョーコの今現在の経緯とがこの石に関係しているかも知れない…と?」
さすがにこの世界の住人であるフレディに異世界トリップの事や、キョーコが異世界人である事は伏せたカイル。
言っても混乱させるだけだと思ったからだ。
なので、キョーコはこの世界にある極東の島からやって来た、と以前に説明している。
この国は未だこの世界でも未知の国だったので、何かとこじつけるのに都合が良かったせいだ。
実はカイルだけ知っている情報があり、この極東の国の文化は前世のアジア圏に類似しているらしい…。
「うん…。あくまで仮説だけど。」
カイルの答えに、そうですか…。
とキョーコを見て更に俯いて考え込んでいたフレディだったが、ハッと周りを見回して言った。
「カイル様、ココでこうしていても仕方ありません。移動して人なり街を見つけなければ…。」
確かにそうだ。
カイルが空を見上げると突き抜けるような青空に、ギラギラと照りつく太陽が高い位置あった。
そして、見下ろす。
相変わらず見渡しても草原。草は青々と生い茂り、爽やかな風がその中を吹き抜ける。
しかし木陰の一つ、人っ子一人自分たち以外見当たらない。
だがまずココがどこだか解らないし、またリンゼの魔石による治療も済んでいない。
早くザッハに戻らねばならなかった。そしてまたハッと思い出す。
「そうだ!エド探さなきゃ!」
と、提案したカイルだったがフレディは先ほどから気になっていた事を彼女に質問した。
「…さっきから疑問だったんですが。…そのエドって誰のことですか?」
「え?エド?エドはエドワード・エルリック」
突然の質問に目をパチクリさせながらも答えるカイル。
「…もしかして、あのクソ生意気なチ…ゴホン。彼の妹さんのシャナリアは、メルキオールって言ってましたよね、彼のことを古の賢者の名前で。」
「うん。」
「彼に本名を聞いたんですか?」
カイルは首を横に振る。
「ううん。聞いてないよ。」
「じゃあ、何でその名前なんですか?」
「…似てるから。」
「…だから、誰に。」
「エドワード・エルリック」
「…もういいです…。」
はぁ…っと疲れたようにため息を吐くフレディ。
たまに、カイルは独自の思考回路で発言することが多々あった。
今までもよくあったので、もう深くは突っ込まないフレデリク。
彼は、さっさと頭を切り替えた。
「…で、話を戻しますが。大丈夫ですよ。あのクソガキ…ゴホン。あの少年は魔石の所有者ですし、魔法陣でしたっけ?も描けれる。どこか違う所に落ちたとしても自力で帰れますよ。」
やはりフレディはエドに対し思う所があったのか無表情で、バッサリと切って捨てる。
無言の圧力に あ?そ、そう?かなー?とちょっと流されるカイル。
隣を見ればリンゼは退屈なのか、座ったまま足元の草をブチブチ千切って遊んでるし、キョーコは周りをキョロキョロ見て首をひねっている。
あらー。誰もエドの心配してないー。
なのでカイルは心の中で手を合わせる。
(ゴメン。エドワード!私、民主主義なんで。んー、ガンバレ?)
サクッと切り捨てたカイルが どことも解らない方角にエドの無事を拝んでいると、キョーコがツンツンと彼女の服の裾を引っ張った。ん?
「どうした?」
「わ…たし…しって…るここ…」
「「え!!??」」
たどたどしくこの世界の言葉で言ったキョーコに、目を見開くカイルとフレデリク。
リンゼはピクリと反応すると、キョーコの声のする方へ顔を向けた。カイルは日本語で彼女に問う。
『ココはどこなんだ?』
『たぶん…私がさいしょにおちたところ…かなって。』
『最初?』
キョーコは縦に頷くと説明を始める。
曰く、彼女がこの世界に初めてやって来た所がココと似たような所だったらしい。
そして馬に乗ったこの国の人たちに助けられて、彼らの村にて過ごした事があったそうだ。
ここまでキョーコはカイルに話すと、突然眉を顰めて頭を押さえた。
『…っ!!』
『大丈夫かっ!?』
カイルが顔を覗き込むと弱々しく笑う。しばらくして…うん、大丈夫…。と言うと、キョーコは更に続きを話す。
『…でも、この国のことばがわかんないからココがなんてところか たすけてくれたおじさんたちも何してる人なのかはわかんないの…。ゴメンナサイ…』
自分の持つ情報が余り役に立たないと、項垂れるキョーコ。
カイルは皆にキョーコの話を訳して聞かせると、いやいや!でもこの世界のどこかだって解ったんだから!なっ?と慰めとも言えない言葉をかけた。
その間フレデリクは無言のまま、顎に手をあてて俯いていた。カイルは不審に思って問いかけた。
「フレディ?」
フレデリクはハッと我に返ると、目を瞬いて彼女に向き直る。
「ああ、すみません…。ちょっと考え事をしてました。…キョーコは馬に乗った人たちに助けられたって言ってましたよね?…恐らく、ここがどこの国かは解りました。」
「どこだ?」
「ダルスク帝国です。」
「…!?」
カイルは思った。…また白昼夢だ……頭に情報が流れてくる。
ダルスク帝国……
北方に位置する、国家の業態を持たない騎馬民族の国。
主に狩猟と遊牧にて支えており、多数の豪族(先住民)が部族を形成し、それぞれの首長が統治しているようだ。
首都アルハンには、更に首長達を束ねる長一族が住んでいる。
彼らは自分たちがこの大陸の英雄イズラハーンの直系血族だと信じて疑わず、虎視眈々と世界を狙っている、という噂があるらしい。
目を開いたまま放心していたカイルはクイクイっと服の裾を引っ張られる。
ハッと気づいた彼女はすぐ隣を見た。
リンゼは視線は合わないながらも彼女の手のひらに「大丈夫?」と書く。
カイルは相好を崩すとリンゼの頭をぽんぽんと軽く叩いた。
そしてフレディに向き直る。
「…恐らくそうだな。ダルスク帝国だろう。そして、キョーコの言う初めて来た場所もココならば そう遠くない場所に村か集落があるかもしれない。」
突然確信めいた言葉を発したカイルに少し驚いた顔をしたフレデリク。
自分の言葉を信じてくれるのは嬉しいが、それだけではないような気がした。
一方、希望が見えたカイルはもう一度キョーコに問いかけた。
『キョーコ?』
『なあに?』
『キョーコを助けてくれた人達がどの方向に行ったか解るか?』
キョーコは目をパチパチさせて、頭を横に傾けながらうーんと考え込む。
、
『んー。どっちに行ったかはわかんない…見わたすかぎり、草げんだったし…。』
『だよな…。あっ!太陽!太陽はどこから差してたか覚えてるか?』
キョーコがカイル達と過ごすようになって3か月余り。
どの位あの人身売買の店にいたかは定かでないが、少なくとも今より4か月ほど前か。
太陽の角度、位置でおおよその方角が特定できるとカイルは思い出す。
キョーコは硬く目を閉じてさらに唸りながら答える。
『……たぶん、助けてくれたおじさんたちのお馬さんにのせてもらったとき…前がとってもまぶしくて目があけられなかったきおくがあるから…お日さまは前にあったのかな…?』
カイルは直ぐにキョーコの言った事を皆に説明する。
カイル訳の説明を聞いたフレディは顎に手をあてながら自分の見解を答えた。
「…キョーコの言った「太陽が前方にあった」に間違いがなければ、だいたいココから南、南西、南東の方角と言うことになりますね…。」
「…この子が初めに来た所と、今が同じ場所同じ時刻かは別として…その方向に村があるのは間違いないとは思うが…。」
カイルはキョーコの頭を撫でながら答える。
キョーコは何となくカイルの言った、この世界の言葉を理解すると、今度は役に立てたかも!と目をキラキラさせて彼女を見上げていた。
しかし、とカイルは思う。せめて今いるココの正確な方角が知りたいが…。
「あ!?」
「どうしました?」
カイルはキョーコの頭を撫でていた手を止めると、何かを思い出すように声を上げた。
そしてゴソゴソとズボンのポケットや上着の内側を探し出す。
そんな彼女を訝しがるフレディ。
「うん〜。あ!!あった!」
カイルは目的のものを見つけると、それを手に取った。
「懐中時計…ですか?」
カイルはコクリと頷いた。
掌に収まるほどの小型な時計だ。
素材は確か銀だった様に思うが、プレゼントに贈られたので詳しくは知らない。
ロケットペンダントのようにチェーンが付いていてパチリと開ければ文字盤が見れるタイプのものだった。
その表面には精緻な意匠が施してある、中々高そうな逸品である。
…と今はそれどころでは無く。
『でも、そのとけいの時かんと、いどうしてきたここのばしょの時かんがいっしょとはかぎらないよね?』
「ふふふ〜。時間じゃないんだな〜。」
「どうゆうことですか?」
『?』
キョーコはザカルーンから移動してきた時間と今では、若干のズレがあり必ずしも同じではないのではないか、と言いたいようだったがカイルはニヤリと笑う。
「コレで、南北の方角が解るんだ。」
「時計で方角ですか!?」
『へー?』
カイルは得意げに胸を張ると、懐中時計を掌に置いたまま、時計の短針を太陽に向ける。
昔何かでアナログ時計で方角を知ることができる、と言うのがあったのを思い出したのだ。
要は時計の短針を今現在の太陽に向け、「短針」と文字盤の「12」で作る角を2等分する線が、南北いずれかの方角になる、というもの。
しかし、雨の日や曇りなど、そもそも太陽が出ていないと使えないので注意が必要だ。
懐中時計を持ち、嬉々として太陽を向く主を見ながらフレディは思う。
この世界にも方角を測るコンパスは存在しているし、無い時の為の空の星を見て方角を知るやり方は知っていた。
が、時計を使ったやり方は知らなかった。
やはり彼女は自分達の知らない情報を当たり前のように持っている。
彼女が女性であることと、守るべき主なのは承知しているが、まだまだ我々には言っていないだろう謎が多いのも事実だった。
この世界も元世界と同じく、太陽は東から昇って西に沈む。
恐らく自転していて、太陽を中心に年間を通してその周りをこの惑星は周っているはずだ。
見た事ないけど!
なので地球と同じように考えると、太陽は東から南の方向よりに進んで西へ落ちる。
そして、時刻によっても南東、南、南西と場所を変える。よって、キョーコの言った「太陽が前方」に間違いがなければ助けてくれた人達の馬を走らせた方向はココから南東、南、南西いずれかという事だ。
…選択肢は多いが、こればかりは運を天に祈るしかない。
確か、ダルスクの気候は前世で言う、モンゴル辺りと同じようだったとコチラの地理の勉強で習った気がする。
だとすれば大陸性気候…のはず。
カイルは1人頷くと、勢いよく振り返り皆に言った。
「よし!!南はコッチだな。…となると、差しあたってこの方向に進めばいいんじゃないか?」
「そうですね…。かなり大雑把ですけど。」
『…。』
『…。』
ムぅ〜と眉を寄せたカイルは「一言多い!!」と言いながら、フレディの脛を蹴る。
さして痛くもなさそうに「イテテ…」と言ったフレディは「カイル様…足癖悪いですよ…」とたしなめている。
一方キョーコとリンゼは無言を貫いている。
片やカイルの大胆さに呆れ、片やじゃれる2人に不機嫌になっていたのだが。
まぁ、結局の所カイルが大雑把なのはフレディに同意だった。
ともかく、行き先を決めた彼らは早々に移動を開始するのだった。
それから2刻(2時間)ほど歩いた所で、丘の上に登り運よく山脈からの雪解け水からなっている小さな川を見つけ、各自のどを潤した一行。
だが随分と太陽は傾き、肌寒くなってきている。
大陸性気候は、朝晩の寒暖差が激しいのが特徴だ。
しかも今は初秋にあたる時期。
夜はさぞかし冷え込むことは想像に難くない。
「…もし、このまま村が見つからなかったらどうする?」
小休止していた小高い丘の上で、腰を下ろしていたカイルはフレディに話しかけた。
移動中、何となく嫌がる目の見えないリンゼを無理やり説き伏せて背負って歩いていたフレデリクは 彼をカイルの隣に降ろすと同じく彼女の反対側に隣座り、カバンの中から携帯食(なぜか持っていた)をカイル達に配りながら答える。
「そうですね…もう少し歩いてみて見つからないようなら野宿でしょうね。」
「うわー。マジですか…サバイバル経験ってないんだけど!」
カイルは受け取った携帯食(干し肉?)をリンゼに渡しながら、唸る。
フレディは、さばいばる…?と言って首を傾げる。
リンゼはカイルの隣で手渡された携帯食をクンクン嗅いでいて、キョーコはこの場所ではなくもう少し先の見晴らしの良い所へ移動していた。
「あーっと、こういう遭難した場合の…生き残る手段…だったか?」
カイルもいまいちこちらの言葉に変換しきれず、首を捻りながら答える。
フレディは眉をよせながら、何とか理解を試みる。
また知らない言葉を…と思いながら。
「んー?野戦の時の行軍みたいなものですかね…?」
(…いや、そんな物騒なイミではないが…)苦笑いしながら、曖昧に頷くカイル。
「なら、大丈夫ですよ!シュヴァイツェルの軍事行軍は半端ないほど過酷で有名ですからね。私も血反吐を吐くほど鍛えられましたから!なるほど、訓練と思えばいいですよね!」
「っゲホっ!ゴホっ!」
「んっぐっ!!」
すごくにこやかに答えるフレデリク。
カイルとリンゼは口に入れていた携帯食を同時に詰まらせた。
…流石は軍事大国でも狭き門と云われる近衛軍所属のエリートの言葉である。
しかもこの年齢で王子付の侍従ともなればスーパーエリート様だ。
…普段あんまり気にしないけど!おそらく顔もイケてるし、実家も確か子爵家の跡継ぎだったはず。
結婚相手の引く手はあまただろう。が!
「…忘れられがちだけど…。私とリンゼは一応、王族なんだが…?」
(まあ、私自身(元)庶民なんで庶民オーラ漂ってるんだろうけど!)
思いながらリンゼの背中をさすりつつ、水を飲ませていたカイルは胡乱気にフレディを見やる。
フレデリクはなーにをおっしゃる!と言わんばかりに両手を広げながら外人張りにHAHAHAと笑う。(外人だけど!)
「何言ってるんですか!シュヴァイツェルの王族の方こそ軍事に従事しなければならない筆頭でしょう?貴女のお父上も、前国王も騎士籍をお持ちです。…貴女は何故、頑なに騎士になろうとしないのですか?」
「うぐっ!」
しまった、藪をつついてしまった と渋面になるカイル。
そうなのだ。
シュヴァイツェルは軍事大国故に、軍事産業で国の5割もの収入を得ている。
国民も強い者に憧れる気質か、兵卒は募集をかけなくとも常に若者に人気の職業だ。
代々の国王もフレデリクの言った通り、騎士籍の肩書きを持つ者が多く また彼らが治めた時は良く栄えていた時代が多かった。
それもあって、国王に騎士の肩書きを持つ者を国民も望んでいるのだ。
しかし、カイルは頑なに騎士としての修行をしようとはしなかった。
そもそもは彼女が偽の王子(性別)という事もあったが、女性でも普通に騎士籍を持っている者がいるし 歴代の女王の時代もあった。
彼女には彼女なりの理由があるらしいのだが…。
そこへ運よく(?)見晴らしのいい所で村を探していたらしいキョーコが、息せき切って戻ってきた。
『カイル!!あったかも!!』
少しホッとしたカイルは「見つかったか!?」と言ってすぐに立ち、キョーコと共に確認しに行く。
フレディは「チッ。また逃げられた。」と苦い顔をした。
いつもこの手の話を振ると、のらりくらりと逃げるのだ。
一方キョーコと一緒に丘の上に立ったカイルは見下ろす眼下に、林の奥に見える平地になんとなく集落跡らしい痕跡が見えた気がした。
『キョーコ?あそこの事?』
カイルは隣のキョーコに、場所を指差しながら確認を取る。
彼女は大きく頷いた。
しかし、見た感じその集落には人が住んでいそうな雰囲気は無い。
「…どうしますか?カイル様」
いつの間にか音もなくカイルの背後に来ていたフレデリクが、隣に並びながら彼女に問いかける。
「うーん、フレディはどう思う?」
「…そうですね、あそこ以外に集落跡は見当たりませんし、行ってみる価値はあると思います。」
「だよねー。そろそろ、冷え込んできたし。移動するなら早くしないと。」
「…はい。もし、キョーコを助けた人々が遊牧民ならすでに違う場所に移動したと考えるべきでしょう。」
「あそこに行って、何かあるかな?」
「どうでしょうか。まあ、集落に選ぶくらいの場所なら 最低限の生活はできると思いますから。」
遊牧民は様々な場所に移動している、と思われがちだが夏と冬と 定住する場所は決まっている。
その場所を年間を通して移動しているのだ。
彼らの移動する一番の理由は家畜の餌になる草の不足による為。
遊牧民にとって家畜は大事な食料であり、交易品であり、栄養源でもある。
彼ら(家畜)を飢えさせないために、移動生活をしていると言っても過言ではない。
「そうだな…飲み水とか食料…はわからないが、森と林が近くにあるから食べられそうな木の実とか探せばありそうだし。」
「木の実…ある…」
「え?ホント!?」
カイル達の会話をヒアリングしていたキョーコが、食料の話が出ているのを理解すると自分が知っている情報を提供する。
それを聞いたカイルが目を輝かせるのを見て、
「わかりました。では。」
フレディは踵を返すと、すたすたとリンゼがいる場所まで戻りカバンとリンゼをおぶった。
そして集落跡地の方向へと歩き始める。カイルとキョーコも慌ててその後に続いた。
更に1刻(1時間)ほど歩いてやっと集落跡の近くにあった林の中を歩いていたカイル達。
だが、目的の場所に近づくに連れて カイルと手を繋いで歩いていたキョーコの顔色が目に見えて悪くなっている。
「キョーコ?」
「……。」
カイルが彼女を覗き込んで、「大丈夫か?」と声をかけようとした時 先頭に立って林を抜けた先の集落の入り口に着いていたフレデリクが、こちらを振り返り声をあげた。
「カイル様!先客がいるようです!しかし……。」
「先客?」
フレディの言葉も気になるが、キョーコも心配だったカイルは近くの木に彼女を寄りかからせて座らせる。
しかし、かなり顔が青褪めている。
熱中症?いやいや水分と塩分は十分にとっていたし…。
そもそも顔は熱っぽくない。
そしてキョーコは頭が痛むのか、顔を顰めつつ時折こめかみを押さえていた。
不安だったが「ちょっと、見てくるからココで待ってて?」と言った。だが…
「…。」
キョーコは少し目を開くと不安げにカイルを見上げ、いやだと言うようにフルフルと横に振る。
しかしまた痛みが走ったのか、ううっと言いながらうずくまってしまった。
カイルは自分の上着を脱ぐと、キョーコをその上に横たわらせる。
「すぐ戻るから!」と言いながら心配気に何度も振り返りつつ、林を抜けてフレディのいる集落入り口まで走って近づいた。
が、カイルは近づくにつれ目の前に広がる光景を見て唖然とした。
「こ、れは……。」
「…ええ…。」
カイルとフレディは無言で立ち尽くす。
リンゼはフレディに背負われたまま、クンクンと周りの臭いを嗅いでいた。
到着した集落跡地は、遊牧民が移動した後というよりあきらかに焼け跡だったのだ。
夜盗か、山賊にでも襲われたのか…。
ここにいた人々は無事なのだろうか。
カイルは焼け跡を見つめながらフレディに声をかけた。
「フレディ…」
「…はい。」
「さっきから、ここに近づくに連れてキョーコの具合が悪くなっていたんだ…。」
「ええ。私もキョーコの様子を見てました。…恐らく…何かあったんでしょうココで。」
「……夜盗とかに襲われて 囚われたキョーコは奴隷商人に売られた…?」
「……。」
フレディは無言で返したが、厳しい顔つきは言葉に出さずとも如実に語っていた。
カイルはやるせない気持ちで周りを見ると、集落中央付近に人影があった。
フレデリクが言っていた先客とは彼らのことか。
とその時、カイルの背後から悲鳴が聞こえた。
「いやぁぁぁぁぁーーーっ!!!」
振り返ったカイルは、いつの間にか付いて来ていたキョーコがしゃがみ込んで目を見開き絶叫していた。
彼女は具合は悪かったがカイル達に置いて行かれるのが嫌で、すぐに付いて来ていたのだ。
そして目の前の光景が彼女の視界に入った途端、凄惨な記憶がフラッシュバックした。
すると、キョーコの首に掛けていた魔石(?)が彼女の感情に反応して、強い光を帯び始める。
これは!?
「フレディ!!」
「はい!!」
何となく予感がして、カイルはフレディを呼び一緒にキョーコの元へと走る。
そして彼女に駆け寄った途端、魔石から閃光が放たれ一瞬の内に彼らは光に飲み込まれ その場から跡形もなく消え去った。
カイル達は強い光に包まれて、陽炎のようにユラリと視界が揺れた後 世界が元に戻った。
キョーコを庇うようにして抱きしめていたカイルは、閉じていた目を開くとほうっと一息つく。
さらにカイルはフレディに抱え込まれていて、リンゼは彼の正面に片腕で抱っこされていた。
しかし先に周りの異様な雰囲気に気づいたフレデリクは、目を見張ったあと声を上げた。
「!?カイル様!ちょっと、見てください!!」
フレディから開放されたカイルは言われた通りに周りを見渡した。
カイルも目を見開いたまま固まる。
「人が、いる……?」
先ほどの焼け野原だった集落跡に、まるで何事もなかったの如く住居があり人々が立ち働いていた。
彼らは常に移動しての生活の為、すぐに組立てられ 解体できる家という住居で暮らしている。
円柱状にドーム型の屋根がついたような住居だ。
見た先の村はその家が幾つも建てられていた。
彼らがキョーコを助けた遊牧民なのだろうか…?すると、フレディに抱えられていたリンゼがカイルの手を探り手のひらに書く。
『さっきみたいにコげたニオいしないよ?』
「…そうなんだ…。いったいどういうことだ…?」
カイルはリンゼの頭を撫でながら、眉間に皺をよせた。
フレデリクは「ちょっと、すみません。」と断ってリンゼを地面に降ろすと、同じく先の村を見据えながら答えた。
「…わかりません。しかし確実に言える事は、今の集落に先程見た焼け跡は見受けられず、一瞬の内に人が現われた と言うことですね…。」
「……。」
カイルは今起きた、前世では考えられない超常現象を目の当たりにして戸惑った。しかしもう一度良く考えてみる。
(そっか!!忘れがちだけど、ココって乙女ゲームの世界なんだっけ!!)
…本当に今更である。
カイルは片手をポムっと手に打ち付けると、更に考える。
(となれば、こんなあり得ない事こともあり得なくは…無い…のか?いやいや、待てよ…。これってもしかして、王道中の王道展開ってやつ!?)
そう。コレは正にマンガアニメテレビ小説映画のみならず、ありとあらゆるSFに起こり得る鉄板の!
カイルは更に口に手を当てながら考え込むと、若干ニヤニヤする顔を抑えながらポツリと今思った事を言ってみる。
「…突拍子ないかもしれない可能性としてだけど…3つ。一つはさっきいた場所より未来に来た事。二つ目は過去に来た事。三つ目の最も可能性が低いのは…同じ時空でも良く似た違う場所…。」
三つ目のはパラレルワールドと言いたかったのだが、説明し辛いので諦めたカイル。
「どれだと思う?」とカイルは視線でフレディに問いかけた。
フレデリクは「過去と未来ですか。…時間を飛び越えて来たと…。本当に突拍子もないですね…ってなんでニヤニヤしてるんですか?」とジト目になりながらも答える。
カイルはパンパンと自分の顔を叩きながら、「や〜?気にしないでくれ。」と言うが今度は目が笑ってしまうのはご愛敬か。
なぜなら、
(や〜〜〜!!時空超えとか、超ーーー憧れてたんですけどーーーー!!!)
…と言うことらしい…。
カイルいや、ゆり子は漫画にしても映画にしても果てはゲームにしてもタイムトラベル展開が一番の大好物だったからなのだった。
相変わらず顔の緩みが治らないカイルを横目にフレディは淡々と答える。
「私としては、一番目希望ですが。」
即答したフレディに驚き、目をパチパチさせたカイル。
が、すぐに疑問を投げかける。
「え。なんで?」
「…面白そうじゃないですか。」
カイルは片眉をゆがめながらフレディを見やる。
「面白そう…。そうか〜?1、2年ならいいけど50年とか100年とか経ってたらどうすんの?周り知らない人ばっかじゃないか。」
「…それがいいんですよ。」
それに対し何時になく無表情に答えるフレデリク。
彼が表情をなくす事は珍しい。
いつもは胡散臭いほど笑顔を貼り付けているのにだ。
カイルの秘密が彼にばれてからこっち、フレデリクも感情を隠さなくなってきていた。
だが、カイルはまだまだ彼の事を詳しくは知らなかった。
(あっそ…。なんか抱えてる訳ね…。)
少し目を眇めつつ思ったカイルは、深く追求する事はしなかった。
とはいえ、浮かれてばかりもいられない。
アニメやゲームならば二次元の出来事だが、今は違う。
現実にカイル達に起こっている事なのだから。
カイルは切り替えるように一度息を吐き出すと、フレディにお願いした。
「…ここでこうしてても仕方ない。ココが未来かそうでないか。あの人たちに聞くのが確実だろう。すまないが、あの集落の様子を見てきてくれるか?」
すぐさま「わかりました。」と答えたフレディはカイルに目礼すると、集落へ足早に歩いて行く。
カイルはフレディを見送ると抱えたままだったキョーコの状態を見るため、顔色を窺う。
目を閉じて、ぐったりはしていたが 命に別状はなさそうだった。
彼女の首に下がっている魔石も光を放ってはいない。
すると、カイルの隣に立っていたリンゼがおもむろにキョーコの顔をベタベタ触ると、その後カイルの手を持ち手のひらに書いた。
『キョーコは無事?』
流石の喧嘩仲間も、この状況には心配が勝ったらしい。
カイルはふっと笑うと、リンゼの頭をポンポンと軽く叩く。
「ああ。ぐったりはしてるが、その内目が覚めるんじゃないか?」
『そう。……カイル?』
「ん?」
『オレたちは、ジカンをこえてきたの?』
「ん〜。可能性として…だけどね。」
『…カコにきたかもしれないってこともあるよね?』
「そうだな。今の状況だけでは何の判断もできないけど。」
『…』
リンゼは俯くと、何かを考えているのか秀麗な眉をひそめた。
「リンゼ?」
リンゼに対しては親バカならず、兄溺愛バカなカイルはどうしたのか心配になって彼を覗き込む。
するパッと顔を上げたリンゼがカイルを見つめる。
『オレは、カイルのソバをはなれないからね?』
「!!!!」
(視線は合わないが)超絶美少女顔をコテンと首を傾げながらウルウルの眼でカイルの掌に書く。
当然のことながら、心臓にドスドスっと槍を刺されたカイル。
(くぉーーー!!カ、カワユイーー!!やっぱ、うちの子…)
と、カイルがリンゼの可愛さに悶絶していると 村の様子を見に行っていたフレデリクが戻ってきた。
だが、何となく顔が不満げ…?
「戻りました。」
「うん。どうだった?」
「…はい。カイル様の推測通りでしたよ…。彼らが嘘を吐いていなければ、の話ですが。」
「…と言うことは?」
「ええ。彼らの話を聞いてみて…少なくともあの場所にいた時よりは過去、のようですね…。」
「……。」
『…。』
なるほど。カイルの推測云々はともかく、ソコが御不満だったらしい。
カイルは乾いた笑いを漏らした。
「あはは。…で、あの時からどれ位の過去にいる?」
「そうですね…。彼ら、数名に聞いた話を総合すると 多分5、6ヶ月ほど前になりますかね…。」
「6ヶ月前…か」
カイルは、まだ目を覚まさないキョーコを見る。
彼女を人身売買の店から引き取って、3ヶ月近く経つ。
考えるまでもなく、6ヶ月前となれば 多分キョーコがあの店にいる前となるはずだ。
またはまだキョーコがこの世界に来ていなかった可能性もある。
「…じゃあ、あの集落がキョーコの元いた場所に間違いなければ 集落が何者かに襲われてキョーコが売られる前、にいるって事…?」
「…襲われて、売られたかどうかはキョーコ本人に確認しないことにはわかりませんが…可能性は高いですね…。」
(マジか!!ホントに時空超えて…とか、なんかゲームの主人公みたいじゃん!!…ってそうじゃん!!)
などと、興奮しつつ一人突っ込みをしていたカイル。
やはりココは乙女ゲームの舞台なのか。
(※本編始まる前)…だが残念ながら、カイルは主人公クラスではないからかゲーム知識が全くと言っていいほど役に立たないと言うかほとんど知らない。
(…あーあ。多分本編始まる前だからしかたないけどさー。しかも私なんて考えてみたら、全然チートキャラじゃないただのモブだし…それも始まる前に死んでる設定とか…。)
因みに、(チート)とは「ズル」や「騙す」という意味の英単語だ。
しかし(チートキャラ)となると、和製英語となりゲーム世界やアニメ、漫画の登場キャラクターながらその世界観を壊しかねない程に能力が突出している超人的キャラの事を指す。
逆にモブキャラとは名前すら与えられない場合がある、その他大勢のこと。
当然、能力?何それ、オイシイノ?ってな具合だ。
自分でそんなことを考えて、ズーンと落ち込むカイル。
そこへリンゼが解らないながらも空気を読んだのか、カイルの頭を撫でなでしてくれる。ほんにええ子や…。
カイルは目をウルウルさせながら、兄弟愛を噛み締めていると 正面に立っていたフレデリクが真面目な顔をして彼女に問いかけた。
「……で、どうしますか?」
「…どうしますも何も……って、フレディ。そー言えば、ココの言葉しゃべれるの?」
彼を村まで様子を見させておきながら、今更な質問にガックリうな垂れるフレデリク。
しかしカイルのこういうところは今に始まった事ではなかったので、律儀に答えてくれた。
「今ソレですか…。…以前、騎士訓練生時代に海外演習したって話を覚えていますか?それがこの国だったんですよ…。」
なるほど。魔獣騒ぎの時にそんな話を聞かされた気がする。
どうやらその訓練生時代の時に言葉を覚えたらしかった。
カイルもこの世界の母国以外3カ国は話せるが、ダルスク帝国の言葉は習得していない。
この国は長く内乱が続いていた事と、戦による他民族の流入により 言語が多数存在して共通語が未だ無い状態だからだ。
そうしていると、カイルが抱えていたキョーコが瞼を振るわせた。
「ん……。」
『キョーコ?大丈夫か?』
キョーコはゆっくりと瞬きを繰り返してカイルを見上げると、コクリと頷く。
『ここは?』
『さっきいた所よりも、過去にいるらしい。』
『そう……。』
特に驚くこともなく、やっぱり……とキョーコは言った。
やっぱり、と言うことは何故この状態になっているのか 理由を少なからず知っていると言うことだ。
カイルが彼女に聞いてみるとコクッと首を縦にふった。
『日本からココに来たときとおんなじかんじだったから……。前のときは日本からココにきたから、じかんをとんできたかまではわかんない……。』
キョーコは首元の魔石をいじりながら答える。すると、フレディがカイルの側に近づいて耳元で囁いた。
「キョーコはなんて言ってるんですか?」
カイルは今のキョーコの話をフレデリクに説明する。
フレデリクは少し遠い目をした後、口を開いた。
「……今の話を聞くに、恐らくキョーコの持っているその魔石(?)は時間に干渉する力を持っていると仮定できます。しかも発動するには、持ち主の精神状態にも関係しているのかもしれません…。」
「…だな…。」