始まりの受難は嵐と共に2
に彼女が生活の世話をすることになってしまったのだ。
まぁ、教育係を任されている訳ではあるし、信頼関係を築くという第一段階は難なくクリアだった。
そしてカイルは彼にトイレを教え、手づかみではなくスプーンとフォーク(ここは前世と同じ)を使った食事法。
この辺りは元々躾けを母親から受けていたのか、さほど苦労はなかった。しかし…
「…つっかれたーー。」
部屋の扉を開けた途端に漏らした言葉に、そばに控えていたアンジェも苦笑を浮かべる。
「…お疲れ様ですわ、カイル様。しかし、本当に面倒見の良いお兄様ぶりですわね。」
「そう見える?」
「ええ。…普通は一国の王子が、兄弟とはいっても調教…いえ生活指導などしませんもの」
「デスヨネー。」
そもそも乙女ゲー(?)の攻略対象であり、直接の原因ではないかもしれないがカイルの死亡に何かしら関与があるかも知れない人物。
どーして自分が育てにゃならんのか!…と思わなくもない。
だがカイルが彼を教育することで信頼関係を築き、死亡回避が高くなると考えれば必要事項なのか、と諦めた。
カイルの死因が兄弟不仲ではなく、外的要因の死亡ならばまた別問題なのだが…のは建前で、ただ単にカイルがリンゼの容姿にメロメロなって当初の目的はどうでもよくなっただけだった。まぁ、建前は全くのゼロではないものの。
(今、調教とか言われたけどそれでも随分ましになったほうよ?確かに最初はスプーン投げられたりとか、髪の毛引っ張られたりとか、噛まれたりとか!癇癪ありましたけど!)
やはりそこはまだまだ未熟な6歳児。しかも障害を背負っているとなると、色々思うこともあるのか。
彼は感情がストレートに表情と行動に現れた。
(まあ、虐待されてたからね…極端に怯えられて触れることも許さないよりはましだけどサ。)
などと思いながらカイルは 行儀悪くも中央に鎮座しているベッドに近寄ると、ボスンと突っ伏した。
いつもは躾けにうるさいアンジェも、今回ばかりは不問にしてくれるらしい。
苦笑いをしたまま何も言わなかった。
リンゼの日常生活における介助はまだ必要だが、まぁ問題は無くなっている。
唯一誤算だったのがあの子がカイルに懐き過ぎたこと、だろうか。
彼女の何が気に入ったのか。
まさにタマゴから羽化した雛の如く、カイルから全然離れない。
彼女がトイレに行くため離れようとしても、イクナ!とばかりにしがみつき不満の声を漏らす。
夜も同じく彼女が自分の部屋に帰ろうとすると、イッショニネロ!という様に自分のベッドの隣を叩いて腕を掴み、放さない。
結局カイルは2Fに用意されていた部屋を引き上げ、リンゼのいる1Fの隣の客室に移っている。
ところでリンゼは風呂があまり好きではないようで、毎回格闘だ。
今日もつい先ほど戦闘を終えたばかり。しかも本日はこちらに来て初めての外出をした。
外の空気に触れさせ、庭に流れていた小川ではしゃいだせいか彼も大変疲れたらしく、風呂の後早々に眠気が襲って今は夢の中だ。
カイルは実に20日ぶりに用意された部屋へ戻ってきたのだった。
ベッドの上から首だけ振り返る。
「ところでアンジェ、アレはどうだった?」
カイルはここ最近、考えていたことを実行に移すことにした。
それはリンゼに言葉を教える事。
かつて彼がまだ健常者で母親も生きていた頃。
…恐らく簡単な読み書きは教わっているだろうと思い数日前、リンゼの手のひらに前世で云うアルファベットを指で書いてみたのだ。
ちなみにこの世界の文字は前世のアルファベットより少し多い30文字が基本である。
それも言語は前世のドイツ語に近かった。
…しかし遊んでるのかと思われたらしく、くすぐったがって相手にされなかったのだった…。
昔見た「ヘレン・ケラー」の本では、サリバン先生が特殊な指文字を使ってヘレンにモノには名前がある…という事を教えた。
残念ながらこの世界は全盲の人の為の教育がまだ発達しておらず、カイル自身で指文字をこの世界用に変換するには骨が折れる。
よって、単純に凸に彫ったアルファベットを教材にして手で触れさせながら覚えさせようと思ったのだ。
自分で造る事も考えたのだが、なかなかいい案が浮かばなかった。
そこで思いついたのが、
(そういや、ここは鉱山の町じゃん!鉱石たくさんあるなら丈夫だし、彫金師の人にそれで教材造ってもらえば…?)
そして冒頭の質問に戻る。
今日は朝からアンジェに町へ行ってもらい、教材を作ってくれる人を探してもらったのだ。
そして彼女はつい先程戻って来たばかり。
…だがアンジェは緩く頭を振る。
「申し訳ございません…。彫金師は多数いたのですが、一介の侍女の話を聞いてくれる方がいらっしゃいませんでした…。」
「そうか…。」
起き上がって、ごめん…ありがとう…。
と言ったカイルに いえ…、お役に立てず申し訳ございません…。
と恐縮顔のアンジェ。
しかし、一日中探し回ったのだろう、彼女も疲労の色が濃く出ていた。
(だよな…。貴族の子女付き侍女が依頼しても、若造の道楽が!とか思われるのがオチだよなー。
かと言って子供の私が行ったところで、更に門前払いだろうし…やっぱり、ツテとかコネとか名声とか実績とか…)
ベッドの上に座ったままウンウン唸っていると、コンコンと扉を叩きよろしいでしょうか、とドアの外から声がした。
アンジェがすばやく扉に近づきドアをカチャリと開ける。
そこに立っていたのはこの館の家令、グラハムだった。
彼は頭に白いものが混じるが、皺一つない執事服に厳格が滲み出るような容貌。
身長は高くないがビシリと背筋の伸びた姿勢。一分の隙もない彼をカイルは少し苦手だった。
「お寛ぎのところを申し訳ございません。」
カイルはササッとベッドから立ち上がった。
それを了承と捉えたグラハムは扉に控えたまま続きを話し出す。
「有難うございます。実はギル・バウアーという商人が見えておりますが、いかがいたしましょう。」
「商人!?」
「はい。代々王族の方々はこのバウアー商会と懇意にしております。」
カイルの脳裏にすばやく計算式が浮かぶ。
リンゼの教材、商人に依頼する→
商人が彫金師に交渉→
OKの可能性高い!
一介の素性の知れない貴族の若造のたわ言よりは、よほど信頼性があるはずだ。
いける!!カッと目を見開いたカイルはグラハムにダッシュで近寄り、彼の両腕をガっと掴んで揺すった。
「その商人に会ってみたい!取り次げるか!?」
いきなりの剣幕に眉を少し顰めはしたがそこは超一流家令、動揺は毛ほども見せず
「かしこまりました。では後ほどご連絡致しますので、応接室までおこしくださいませ。」
「あ、ああ…。」
あくまで感情はフラットなまま。
そして流れるようにお辞儀をすると彼はその場から去った。
アンジェがパタンと扉を閉める。
反応薄いグラハムに肩すかしを喰ったカイルは、興奮の捨て所に戸惑う。
「…はぁー。さすがですわー」
「?何が」
扉から離れながら、溜め息を吐いたアンジェは両手を握りしめて興奮したように話す。
カイルは胡乱気に見やった。
「カイル様の、何度注意しても治らない
ビックリ破天荒な王子らしからぬ行動にも、眉を少し顰めただけで動揺すらしないとは…!」
「えっ?!」
(ちょっと!?。私ってアンジェの中で奇想天外な危ない奴認定だったワケー!?)
衝撃告白にガーンと立ち尽くすカイル。
アンジェは、「私もまだまだですわー。精進しないといけませんわねー!」と自分の世界に入っていたので、カイルの
(アンジェひどい…)
というハンカチを噛みしめてそうな視線には気づかないのだった。
その後、離宮の応接室を訪ねたカイルはすでに入室していたギル・バウアーと目が合った。
椅子から立ち上がった彼はカイルに挨拶をしてきた。
「夜分遅く申し訳ございません。初めてお目にかかります。バウアー商会北西支部の支店長を任されております、ギル・バウアーでございます。以後、お見知りおきを。」
ギル・バウアーは20代後半〜30代前半、ひょろりとした柔和な顔立ちの腰の低い青年だった。
この国の者にしては平凡な顔ではあるが(基本北欧系)身なりには気を使っているらしく、所々流行りのモノや彼のこだわりが服装に見て取れた。
雰囲気イケメンってやつか。
さておき、この若さで支店長とは…。
見た目以上に有能なのだろう。
カイルも一通り挨拶を済ませると近くにあるソファーに座った。
が、どこまでこちらの事情を話せば良いものか悩んでしまう。
リンゼフェルトの存在は王宮でも今の所、極秘扱いだ。
しかも障害を負っているとなれば尚更。
目の前の彼は温厚そうでもシュヴァィツェルではかなり幅を利かせている、バウアー商会の商人。
下手な嘘は言わない方が今後の信頼にも係わる。
うーんどうしよう〜と考えていると、向かいに座っていたギルが手を口に当ててクックッと笑っている。
何だ?と思いカイルは彼を見やった。
「…申し訳ございません。表情がクルクル変わるのが面白…コホン興味深かったのでつい…。」
(今、面白いって言った…。)
ギルは真面目な顔を装ってはいるが、口角が上がったままだ。
不審気に見るカイル。
「恐らくカイルヴァイン様が懸念しておられるのはリンゼフェルト様の事でしょうか?」
(え!?知ってるの?)
「はい。」
アレ?私、今声に出したっけ?首を傾げるカイル。
ギルは堪え切れず更に笑いながら説明する。
「クっ、クっ、クっ!カイルヴァイン様は素直でいらっしゃるので、そのまま表情に出てますよ。」
え!?マジですかっ?片手を頬に当てて、カイルはドア近くに待機していたアンジェを見た。
…が彼女が微苦笑するのを見て、あ…ホンとなんだ…とちょっと落ち込んだ。
「あ、後ラインハルトは私の兄ですから大体状況は把握しておりますので、ご安心を。」
「え!?ラインハルトと兄弟!?」
似、似てない…。
全っ然まったく人種違うんじゃねーの?くらい似てない…。
確かにラインハルトのファミリーネームはバウアー。
彼の実家も商家と聞いていたので縁戚関係だろうかとは思ったが、まさかの兄弟とは…。
しかし、腰の低いところはやっぱり兄弟…?
彼は言われ慣れているのか、苦笑すると話の続きを促す。
「仰りたいことはよーくわかります…。そういえば先程、家令の方から依頼したいことがあると伺ったのですが…。」
なんでしょうか?と問うギル。
ここまで事情を解かっているのならば問題無い、とカイルは身を乗り出した。
「実は、或る物を彫金師に造ってもらいたいのだが、その話をあなたから職人に通してもらいたい。」
「ほう!造ってもらいたいモノですか。」
がぜん瞳がギラリと光るギル。
…あー、こーゆーとこ兄弟似てるかも…。カイルは続ける。
「リンゼフェルトに必要な教材を造って欲しい。」
「教材…ですか。」
口頭だけでは伝わらないと思いアンジェに紙とペンを持ってこさせると、カイルは自分のイメージを書き出した。
カイルが考えたのは、単純な所謂日本の芋版を応用したものだ。
芋版はサツマイモなどの断面に文字を彫ってインクを付け紙に押して写す。
今回は、この地域の資源である鉱山から取れる、鉛、錫、銅などの金属で造りたいのだ。
まず父型とよばれる凸の型を金属を削って造る。それを銅版などの軟らかい金属に鎚で叩いて凹の母型を造る。
次に鋳型とよばれる型に母型を入れ、そこに溶かした金属(鉛、錫の合金)を流し入れて最終的に型が取れる。
アルファベットの形で造れば立派な全盲の人用教材になり得ると考えた。
そしてその応用技術も忘れない。
実はこの世界、印刷技術はあるが木版画によるものだったのだ。
木版画とは、木に彫刻刀で文字を彫りその表面にインクを塗って紙に写す。
日本で言う浮世絵はコレで刷られた世界に誇れる傑作だ。
絵だけなら木版画でもさほど不便はないが、大量の文章ともなると違う。
文字を彫るベースとなる原版と言う木があるが、1文字でも間違えて文章を彫ると初めからやり直さなければならず、一瞬たりとも気の抜けない大変な作業だ。
そこで今回の技術が生きてくる。
要は前世で云う活版印刷のことだ。
活版印刷の素晴らしいところは、アルファベット部分の部品さえ先程の技法で大量に生産すれば、それを組み替えるだけで文章を作成出来 しかも素材が硬い金属だと印刷による磨耗も少ない優れもの。
(印刷は何千何万と繰り返し刷るので原版の表面が擦れ切れてしまうから)
という訳で先程のリンゼ教材の事と、この教材を造ることに関しての見返りとして技術の応用を提供しようとギルに説明したのだが…。
「…と言う訳でこの技術を印刷に応…」
「素晴らしい!!」
バンッとテーブルを叩いて立ち上がるギル。
(…またかよ。こんな所まで兄弟似なくていいのに…。)
遠い目で見上げるカイル。
扉側に立っているアンジェも同様に目が遠くを見ている。
そんな事お構いなしに興奮したギルは続ける。
「実は近年、ザカルーン公国と共同で印刷技術の向上に向け、色々と開発を進めていたのです!」
(ほうほう。技術の立ち遅れには思う所があった、と。)
へー、という顔でギルの話に耳を傾けるカイル。
「しかし思うようなモノが出来ず、一端白紙に戻そうと話していたのです!!」
「……。」
「ですが!!!今回の話を聞いて光明が差しました!!!!」
(…え…?何かヒートアップしてますけど…もしや…)
タラリとカイルの額に冷や汗が落ちる。
ギルは彼女の手をガッチリと握りこんだ。
「なっ!?」
「カイルヴァイン様!!あなたのその素晴らしい発想力を見込んで是非!我が技術向上委員会の顧問に!!」
「キャーーーー!!!」
思わず奇声を発するカイル。
尋常でない様子にアンジェが駆け寄った。
そしてカイルの声に扉の外で警護をしていたフレディも「何事か!?」と部屋に入ってくる。
一時部屋の中は、
「お願いします!!!」
「イヤっ!!!」
「お願いしますぅぅぅ〜〜!!!」
「下手に出てもイヤーーーっっっ!!!」
という応酬を繰り返し、フレディに取り押さえられて渋々とギルが退出した後、事の次第を一部始終聞いていた家令のグラハムが、珍しく青筋をたてながら
「王族が簡単に声を荒げるものではありません!!」
…と、コンコンと説教されてしまったカイルなのだった…。
(うぅ…。やっぱりグラハム苦手…。それにしても!!なんでこの兄弟はオチまで一緒なんですかねー!!もう受難はコリゴリですから!!ええ。今回は本っ当ーに、全力で!アンジェもフレデリクも巻き込んで断固断りましたから!!)
ギル・バウアーとの商談から6ヶ月。
色々試作品を繰り返し、なんとか教材は形になった。
今現在カイルは自分の勉強の傍ら、リンゼにその新教材で文字を教えている最中だ。
技術提供した活版印刷の方はといえば…もう一つだけアドバイスをして、後は専門の技術者さん達が一丸となって開発に勤しんでるようである。
…たまに現状報告と共にギルが名残惜しげに見てくるが、バッサリと斬って捨てているカイルなのだった。
さて今日も今日とてカイルは絨毯に直に座り込み、リンゼとお勉強だ。
「よし!今日は歌で勉強しよっか。」
…まぁリンゼは耳聞こえないんですけど、ニュアンス ニュアンス。
今回はドレミの歌をアレンジして教えようとしている。
「ドーはドーナツーのドー」のアレ。
でもメロディラインはそのままに、コチラ用に言葉を変換しないといけなかった。
なのでオリジナルを混ぜつつ歌詞を考えるのに少々時間がかかったカイル。
そして本日!新たな素材で作った教材にて単語の勉強をすることにしたのだ。
…とはいえ新素材=紙粘土である。昔、小学校の工作とかで使ったアレだ。
実はコレ簡単に作れる。
古紙(新聞とか)、ぬるま湯、のり←材料これだけ。
次に道具として混ぜる用の大きな容器と、水分漉すための目の粗い布があれば良し。後は材料を混ぜて、水分を漉しコネコネして好きな形にしたら乾かして完成!
ナゼ紙粘土を思いついたかというと、アルファベットの基本を教えるだけなら文字数分の形があれば良かった。
しかし単語やちょっとした文章となると、その分の文字が大量に必要になる。
キリが無いので、だったら凹の型に軟らかい素材で形を抜き取れば簡単に大量生産できるじゃないかと。
軟らかいモノ→粘土→固まればなお良し→紙粘土…と云う訳だ。
技術提供云々じゃなくて最初からコレにしとけばよかったじゃん!とか言わない!
…まぁそれは置いといて、今回の単語紙粘土の制作はいわずと知れたお二方に手伝ってもらいましたー。(ほぼ強制的)
アンジェは「カイル様の発想は想像がつきませんわ!」と言って好意的だったのに対し、フレディは(俺、何でこんなことやってるんだろ…)と遠い目をしてました。
フッ、ウチはそういう方針だ!諦めろ!
そんな訳で勉強の方はというと…。
まずは単語を歌詞通りにあらかじめベニヤのような薄い板に置く。
それをリンゼに触らせながら歌っていく。
「ドーはドーナツーのドー。レーは……」
忘れないのがちゃんと実物のモノも準備して、そちらも同時に触らせてゆく。
今の単語の名前が今触ったモノだと、解からせるためだ。リンゼも興味深々に単語に触り、実物も触る。
そして反復させた。
この勉強方法をリンゼがいたく気に入ってくれた。
…いやー教師冥利に尽きます!
最近ではカイルの口元とのど元に手をやりカイルのドレミの歌をマネようと声を出している。
まぁ「あーうーおー」くらいしか言えませんが。
でも回数を重ねる事になんとなく音程が合うようになってる。
(いや、すごいよこの子!物覚えも速いし、教える方としてもこれだけすぐに吸収してもらえると遣り甲斐あるし。じゃあ今度は絵本辺りか〜。うーむ、これまた難題〜)
とリンゼの勉強の合間に次回の学習内容を考えていたある日の事。
それはある時唐突に視界の隅に現れた。
見た目でいえば、光る玉の様なもの。
フヨフヨ浮いて現れてはフッと消える。
あまりに何度も遭遇するのだが、今の所カイルしか見えていない様。
まぁこの世界は魔法がかつて使えたし、ファンタジーらしく精霊さんか何か?と思ってそれとなくアンジェに聞いてみたが、今までその様なものが目に見えたとは聞いた事がないそうだ。
そして今日、1人部屋にいるカイルを狙ってかまたも光る玉は現れた。
とはいえ何かしてくる訳でもないので無視していたのだが…。
『コリャ!無視するな!』
「……。」
UFO(アンノウン、フライング、オタマ)←カイル命名。
…がしゃべった。
しかも、しわがれたおじいちゃん声な感じで。
ピクッとカイルは反応したが(いやいや気のせい)と頭を振ると思考を再開しようとする。…が
『カイルヴァイン・フォン・ミューラー=シュヴァイツェル!!お主の事じゃ。聞こえとるんじゃろ?』
名指しされフッと顔をあげ、グルリと頭を巡らしひたと玉を見据えるカイル。
反応を返したのがうれしかったのか、UFOはふわふわ浮いたまま、ピカピカ点滅している。
彼女はじーっとUFOを見つめたまま答える。
「…どちら様でしょうか?」
『ワシじゃよ、ワシ!』
「……。」
…オレオレ詐欺ならぬ、ワシワシか!スーッと無表情になったカイルは機械的に言った。
「…この番号は、現在電波の繋がらない所にいるか、使用されていないかで使えません。」
『………ブッ』
(…ブ?)
『ブヒャヒャヒャ。お主!やっぱり面白い子供じゃのう―!』
…すごく笑われた。
カイルは目を眇める。
しかしまぁ良くは解らないが危険なモノではなさそうなので会話に付き合うことにした。
「で、本当にどちら様なんですか?」
『んー、皆からはカスパーとか言われとるのう?』
「!?」
カスパーだと!?思わず光る玉を凝視するカイル。
この世界の三賢者の1人とされるカスパール?
…かつてこの大陸に災厄が訪れた際、3人の賢者と1人の若者が世界を救ったという伝説がある。
しかも1000年前。
…いやいや伝説の賢者が、こんなおちゃらけ爺ちゃん?んな訳ねーよ、やっぱワシワシ詐欺じゃね?と即座に判断を下した彼女は一蹴した。
「間に合ってます!!」
カイルはガシッとUFOを掴むと(掴めた!?)そのまま窓を開け、外へペイっと捨ててバタンっと閉めた。
…しっかし残念!すり抜け機能があるようで、またスーッと戻ってきたUFO。
…ですよねー。現われたり消えたりするんだから、すり抜けますよねー。
『荒っぽいのう…まぁワシは嫌いじゃないがのー。』
嬉しげにピカピカ光るUFO。
(ほほう…。懲りないとみえる…。てか、マゾの申告なぞ聞きたくありませんから!)
こめかみに怒のマークを張り付けたカイルは次こそ教育的指導と、指をバキボキならす。
『待、待て、待てーー!!今日はお主にとって悪くない話を持ってきたんじゃー!』
「…悪くない、話?」
胡散臭そうに見やるカイル。
そうじゃ、そうじゃと語り出すカスパー(仮)。
彼はカイルを落ち着かせると説明をした。
曰く、ここ数日カイルとリンゼの勉強風景を見ていたらしい。
そこで気づいたのがリンゼに纏う闇色の気配だった。
「闇色の…?」
『そうじゃ。アレは闇魔法でも特殊な呪式に使われるもんじゃ。
…何かわからん変異もしとるようじゃし…こればっかりは調べてみんことには解らんが…』
(え…?ということは…。)
「呪式…?もしかして、リンゼの障害は高熱によってではなく意図的に誰かからやられた…と言う事でしょうか?」
『…まぁ意図的か偶然かはまだ解らんがのう…。』
てゆーか、今サクッとスルーしましたが、
「あの。この世界、魔法って使えるんですか?」
訝しげに質問するカイル。
一応1000年前に魔法は消失した事にはなっているが…。
カイルはゲーム知識(?)として今だに使えるであろうことを知っている。
だが、カイル自身今まで魔法と称するモノを見た事が無いし、使い方も知らない。
何故なら魔法関連のものや書籍は近年までタブーとされ、文献にも削除されていたからだ。
前世でいう、魔女裁判のようなものもあったらしい。
現在はそのようなことは無くなったが…。
しかし彼は自称(?)賢者。もしかして、我々の知らない何かを知っているかもしれない。
けれどもカイルの質問を受け、あからさまにビクーッとしたカスパー(仮)。
分かりやすすぎる…。
『えっ、イヤ、ん?何のことかの〜?』
キョドるカスパー(仮)
(…いや今更遅いから。自分で闇魔法とか言っちゃってるし。)
ジト目で見ながら話を続けるカイル。
「…まぁ話したくないならいいですけど。で、カスパー(仮)さんはリンゼの障害を治せるのですか?」
そう、ココ重要。今更だがリンゼが障害有と無しでは、カイルの今後の人生も随分と違ってくる。
無しならば、カイルの当初の目論見通り彼を立太子させる事が可能となる
。そうなればカイルは晴れて自由の身、死亡フラグからもゲーム(?)のシナリオからも外れる。
万々歳だ。カスパールの光る玉はふよふよ飛びながら(思案気?)に答えた。
『それは何とかなりそうじゃな…。』
「カスパー様!!」
俄然目をキラキラさせ、胸の前に両手を組むカイル。
『…お主、…本当に解りやすいのう…。』
…という訳で以外な救世主(?)を得たカイルはカスパー様の指示の元、彼の本体(?)があるらしい王都ウォルゲインは、王宮設立前からの建造物である謎の塔(死の塔)に向かうことになったのだった。
3日後。
王都に一時帰郷したカイル達。
今回は前回ほどの荒業ではなかったのでゲロまみれは免れたカイルは胸を撫で下ろし、王宮…ではなくラインハルトの邸に滞在することになった。
やはり王宮は危険と考えたためだ。
現在、ラインハルトは王宮にて出仕中とのことで、邸では奥方がもてなしてくれた。
小柄な感じの可愛らしい人だ。
(美女と野獣…)と思わないでもなかったが、新婚さんで妊娠3か月目だそう。
リア充なことだ。
帰省1日目はそのまま休み、翌日に「死の塔」に向かうことになったカイル達。
今回塔に行くメンバーは、カイル、リンゼ、フレディの3人。
アンジェはラインハルト邸で留守番をしてもらう事になった。
ところで「死の塔」とは王都の西の外れにある、天にも昇れそうな高さの建築物だ。
王国設立以前の建物だけに、名前の由来も謎。
昔からソコに近づいてはいけないと言われていて、塔が建っている周り半径10mくらいは更地となっている。
実は以前に怖いもの知らずな男が、この更地内に家を建てたことがあった。
だが、夜な夜な「塔からうめき声が聞こえる」とか「白い球が現れては消える」などを言い始め、終には男自身が夢遊病者のように徘徊するようになり結局彼はそこから逃げ出した。
それ以降、誰も立ち入る事はなくなったという。
さて、そんな訳で「死の塔」にやって来たカイル含む3人。
本日の出で立ちは、傍から見れば良いとこの兄妹とそれに付き添う従者、といった所か。
(そう!リンゼは女装されているんです!!超――カワイイーっ!!!まぁドレスではなく、シンプルな白ワンピに帽子被って!でも服がシンプルだけに、余計超ーーっ美少女っぷりに磨きがかかるというかっ!!しかもそれはそれでラインハルトの奥方とアンジェが嬉々として着替えを選んでました…。いーなー女性ってあーゆーの本当に好きだよなーって、ハッ自分もじゃん!!)
とセルフつっ込みをしていたカイルは白いシャツに茶色のベスト。
ひざ上までの短パンにウィッグ被っている。
いつもは王族の正装である、黒い軍服(子供仕様)を着ているのでなんだかとても新鮮だ。
カイルの藍色の髪は珍しいので一般的に多いとされる茶髪のウィッグを使用。
フレディもよくある従者服を着用していた。
しかし護衛なので帯剣はしている。
一応、塔の近くまで馬車で来たので、そうそう人目にはつかないと思うが念のための変装を皆がしていた。
「…はー。」
馬車から降りたカイルは下から塔を見上げ、感嘆のため息を吐いた。
いや本当に天井知らずの塔だ。
幅は直径17〜18mほど。
高さは果てしなく天に伸びている、苔むした石造りの塔だ。
1000年以上前に造られた、と歴史の本で見た事はあるが実物は迫力が全然違うし、かなりの年月を経たという重厚感がハンパない。
圧倒されていたカイルだったが、隣りにいたフレディが余計な口を挟む。
「口開いてますよ、カイル様」
思わず彼女はカポッと口を押えた。
(ホントに敬ってない、と言うかフランクと言うか!)
ギローリとフレディを見るが彼はニヤニヤと笑い、どこ吹く風だ。
そんないつもの2人のやり取りを気配で感じたか、カイルの腰にしがみ付いていたリンゼが不満を漏らした。
「ううー!!」
ああ、ごめんな〜?とカイルはデレデレ顔のままリンゼの頭を撫でる。
すでに立派な兄バカが1人でき上がっていた。
フレディは生温かい目で彼らを見ている。
その時彼らの上空をピーッと言う甲高い鳥の鳴き声がした。
思わず空を仰いだカイルは信じられない光景を目にする。
今まさに3羽の渡り鳥が塔を横…え?突っ込んだ!?
そう。横切るのではなく、円柱の塔に渡り鳥が突っ込んだのだ!
そして数秒後、何事もなかったのようにユラリと景色がたわんだかと思うと、鳥たちは突っ込んだ塔の反対側から出てきて飛び去った…。
まるで、塔は陽炎で出来ているかの如く。
「…どーゆー事…?」とカイルはフレディに尋ねるがフレディも困惑顔で(わかりません)と首を横に振るのだった。
とその時、カイル達の目の前に、カスパーの光の玉がパッと現れた。
『お主ら!!何しとるんじゃ!早う入れ!』
「死の塔」塔内。
…螺旋状階段の上階にカスパールの住む部屋があった。
カイル達は光の玉に促され、扉をカチャリと開けて中に入った途端、南国ムードに包まれる。
要するに空(?)には太陽、足元は砂浜、ビーチパラソルにリクライニングチェア。
テーブルにはご丁寧にもトロピカルドリンクが。
明らかに塔の中の部屋ではあり得ない。
(何コレ、もう色々と突っ込み所満載なんですけど…)
呆気にとられるカイルと立ち尽くす2人。
「コリャ、そんな所につっ立っとらんでコッチこんか!」
長椅子で寝ていたご老人が、クルリとこちらを向きしゃべる。
そのままテーブルに置いてあったドリンクをチューっと飲んだ。
声の感じからして…どうやら彼がカスパール本人らしい。
頭部はツルぴか、しかし真白な長い髭を蓄えた 見た感じ聡明そうな方ではある。
服装は南国に合った花柄開襟シャツと短パン姿だ。
あの人がカスパール?さあ?という会話を目でした、カイルとフレディ。
このままでは進まないので彼のそばまで行くと、一応本体とは初対面という訳で、カイルは挨拶をした。
「…初めまして。カスパール様ですか?」
『何じゃ!他人行儀じゃのう。ワシとお主の中ではないか』
「うおっっ!?」
カイル達を塔内へ案内した後消えていた光の玉が、また現れて目の前でしゃべりだした。
さすがにビックリしたカイル。
『…カイル様、品位品位。』
とフレディがカイルの耳元で注意する。
わかってる!!と睨みつけた。リンゼは何故か眉を顰めたままカイルにしがみ付いている。
咳払いすると、改めて話し出すカイル。
「…ゴホン、良く解りました。…で、早速で申し訳ないのですが…」
「土産。」
「…は?」
「他人の家に訪問に来たら、まず手土産じゃろが。」
カスパール(本体)はドリンクのストローをクルクルさせながら、不満そうに口を尖らせる。
対して、話しの腰を折られ目を眇めたカイル。
何こいつメンドクセーなーと思わないでもなかったがあくまでこちらはお願いする立場。
ここはグッとこらえ、一応持ってきていた土産をフレディから受け取り渡す。
「フレディ」
「…はい。」
「…では、どうぞ。つまらないものですが。」
「えー。つまらんのならいらんのー。」
「!」
くっ、しまった…。
つい日本人の常套句が!思わず視線を流すカイル。
フレディが「ツマラナイモノ…?」と首を傾げている。
カスパーはプイっと横を向いている。(カワイクない!)
「…いえ、つまらなくありません。大変美味しゅうございます。」
カイルは正面に向き直って笑顔を貼り付けると、カスパールに再度土産を差し出す。
コレはラインハルトの奥方から聞いた、今王都で超―っ流行の東方から来たお菓子らしい。
早速、フレディにお店の長蛇の列に並んでもらった一品だ。
味は保障済み。
案の定、フレディはその行列に並ぶ時 恨めしげな視線をコチラに向けていたが。
いい加減うちのやり方に慣れろ!
「そうかの?じゃ、もらっとこーかのー。」
クルリと向き直り、いそいそと受け取るカスパール。
某ファンタジーの魔法学校校長みたいな見た目なのに、性格はこれまた超有名格闘アニメの亀の甲羅背負ったエロ仙人のようだ。
…まぁこの賢者さんにエロ設定があるかどうかはさて置き…。
などとカイルが思いに耽っている間に南国設定が消え、普通の研究室っぽい部屋に変わっていた。
フレディがおおっ、と驚きリンゼは目が見えないので特に無反応だった。
「…色々言いたいことは山々なんですが、リンゼをどうすれば良いのでしょうか?」
とりあえず、本題に入ってくれそうなのでカスパールの指示を仰ぐカイル。
彼はカイルの隣にいたリンゼをじーっと見た後、(リンゼは異様な気配にビクついてカイルの影に隠れた。)
「…そーじゃのー。ちょっと待っとれ。」
と言って、研究部屋の棚に向かい机の引き出しを開け始めた。
無いのー?どこに仕舞ったかのー?とガサゴソしている。
カイルの後ろに隠れ、しがみ付いていたリンゼは疲れたのかツンツンと服を引っ張ると、彼女の手のひらに指で
(ツカレタ、スワリタイ)
と書いた。
(…そーなんです!うちの子、短い文章だけど書けるようになったんですー!イヤもうこの子本当に賢いわー。)
カイルは頭をナデナデしてやると、カスパールに問いかけた。
「…申し訳ございませんが、座らせていただいてもよろしいでしょうか?」
カスパールはなんだか色々モノが入っている木箱の中をガサゴソしながら、コチラを向くと、おおっ!スマンのうー。てきとーに座っとれ。
と言ったので近場にあった3人掛けソファーに座った。
フレディはカイルのそばに立つ。座ったリンゼは少し安心したのか、次々とカイルに質問を投げかける。
(ここはなんのへや?)(カスパーってなんかコワイ…)(はやくいえにかえりたい…)
など等。いえ…とは離宮のことを指す。
広大な敷地にある、小川の流れる庭が彼のお気に入りなのだ。
(カスパール様怖いかー?)
首を傾げつつその質問に一つ一つ答えていると、奥の方であった、あった!とカスパールの声がした。
「こんな所にあったわい!…じゃあ早速、始めるかのー。」
カスパールの探し物…手のひらサイズの歪な半透明の水晶玉のようだ。
多分ソレで何かしら魔法で治療を施すのか。
カスパールはそれを持って、スタスタとカイル達にそばまでくると彼女の隣に座っているリンゼの頭上に翳す。
カイルはわたわたと焦った。
え!ちょっと、こちらの心の準備無しですか!?
「ほい。終わったぞい。」
「え!?」
「えっ!?」
確かに、翳した途端 リンゼの身体から黒い煙の様なものが出て水晶玉にスーッと吸い込まれた気がしたがそれだけだった。
あまりの速さに思わず口をそろえるカイルとフレディ。
リンゼは目をパチパチさせている。早っ!!なんかこう魔法陣展開―とか、長ったらしい呪文―とかないの?とカイルは呆気にとられていた。
なんと云っても初!魔法体験。
この世界では消失した魔法そのものを隠蔽しようとした過去があり、魔法に関するモノや書籍等はタブーとされ 歴史書にも削除されていた歴史があるのだ。
なので、それなりにドキドキしつつ構えていたのに。
「ワシ、そんなのしなくてえーもん。」
そう、あっさりと言ったカスパールはちょっと得意げに胸を張っている。
(…あーそうですか。何気にチート自慢しておりますか!そしてまた表情読まれた…。そうだ!リンゼは!)
ハッとリンゼを振り返るカイル。
「リンゼ?」
ピクリ、と反応するリンゼ。
彼はすぐに声のした方を向くが視線が合わない。
まだ見えていない?カイルはグルーリと正面に立つカスパーを不満げに見る。
「…カスパール様?本当に治ったんですかー?」
「んー?どうかのー。今回は石が小っちゃかったからかのう?多分治っても1箇所だけじゃな。」
「はぁ!?」
なんだそれは!?聞いてませんけど!!目を見開くカイル。
「そりゃ、カイルが聞かんかったからじゃ。わしゃ全部治すとは言っとらんもん。」
プクッと口を膨らませるカスパール。(だから、カワイクない!!)
治すって言ったら、普通全部治してくれるって思うでしょうよっ!?…詐欺だ。
やっぱ、ワシワシだ!!こめかみをピクピクさせて、スーッと目を細めたカイルは側にいた従者に低い声で冷徹に下す。
「…フレデリク」
「ハッ」
顎をクイっとカスパールに向ける。
「やれ。」
「…畏まりました。」
一瞬目を見開いたフレデリクはしかし、主の本気を感じとり持っていた剣をカチャリ、と取り出す。
「待っ、待て待てーーっ!!本っ当に短気じゃのーお主は!今回は仕方なかったんじゃ!!」
「…何が、ですか?」
無表情で見据えるカイルにココも本気を感じとったカスパールは弁明を試みる。
「この石が小っさすぎたんじゃ。もうちょい大きければ、全部治すことは可能じゃった!」
「…意味が解らないんですが。」
おお!そうか。
スマン、スマン。とカスパールは理由を語る。
曰く、先程の手のひらサイズの水晶玉は(魔石)の空石で、(魔石)とは(魔法の力)を蓄えるいわば(器)。
今日はその小さい魔石でリンゼに纏っていた闇魔法の力を吸い取って、障害を一部治した訳だが(魔石)の容量が少なすぎて全部を吸い取るに至らなかった、とそう言いたいらしい。
この世界の魔法とは人間がおいそれと使えはしない。
大気中に散らばる魔法の元素である(魔素)をこの(魔石)に取り込み、専用の器具で放出する という形のようだ。
ちょっと意味は違うが今回のケースは、保存するデータの容量が小さすぎて 吸い取りきれなかった、という訳だ。
「…新たにその魔石(?)を見つけるとか創る事はできないのですか?」
へー、そういうものなんですねー。
と背後でフレディが感心している。
カイルも新しい情報にほうほう、とは思ったが今日の事は納得できない。
カイルは質問を投げかける。
カスパールも眉間に皺を寄せつつ答えた。
「残念ながら、今の技術では新しく創るのも難しいのうー。既存のモノも今は使用中でなー。」
「…使用中ですか。ならば、その使用中の魔石に今蓄えられている魔力が無くなれば また新たに蓄えられるんですよね?」
「まぁ、普通に考えればそうじゃのー」
「だったら魔力が無くなるのを待って、空石になった容量十分な魔石を使えばすべての闇魔法吸い取ることができて リンゼの障害が治るのでは?」
「確かにそうですね…。」
どうやら魔石とは、失われし古代人の高い技術力で造ったモノで、未だ現代において似たものすら造ることが出来ない代物らしい。
カスパールの話に頷けないカイルは、他に出来得ることはないかと意見を言ってみた。
フレディも彼女の言葉に賛同する。
しかしながら んー、と顎に手をあて唸るカスパール。
「そうなんじゃがのー。申し訳ないんじゃが、既存の魔石達はすべて世界に関わる重要任務を遂行中でなぁ。」
いきなり「世界」という言葉を出されてなんだ?とカイルは眉を顰めたが、それを見たカスパールがニヤーリと笑う。
「聞きたいか?重要任務って何か知りたいかの?」
とってもイイ笑顔で聞いてくる。
カイルは即座に悟った。
あ、コレ聞いたらダメ系だ!絶っ対受難、災厄コース間違い無い!!
「イエ!結構です!!」
手のひらをカスパールに全力で向け、すぐさま返すがしかし
「聞きたいんじゃろ〜?実はな〜。」
「聞こえません!あー、あー」
「魔石はの〜」
「あーーーー!!」
「…(ニヤニヤ)」
無理やり聞かせようとするカスパールに耳を手で塞ぎ声で誤魔化すカイル。
フレディは事の成り行きを面白がって見ている。その時カイルの隣でフッフッと声にならない音がした。
見るとリンゼが…笑ってる?
「リ、リンゼ!?」
大丈夫か?と言う前にリンゼが手のひらに書いて答える。
(カイルへんたい!)
なぬ?
「変態!?」
またも答える。
(ちがう?えっと、おかしい?)
「オカシイ…?」
あれ?あれ?と言葉を探すリンゼ。
(あ、おもしろい!あってる?)
「面白い…。」
リンゼ君よ…3段階で嬉しくない言葉の羅列をアリガトウ…。ん?それより、
「リンゼ、耳が聞こえるのか?」
リンゼはコクリと頷く。
そっか…耳は聞こえるようになったんだ。
とりあずは良かったねー。
とカイルが頭をナデナデすると、グリグリとカイルの体へ嬉しそうに頭を擦り付けるリンゼ。
うーん、やっぱうちの子カワイイわー!一方フレディは、(うわー溺愛だー)と生温かい目で見ている。
「こりゃ!2人の世界に入るな!寂しいじゃろが!」
放置プレイ気味のカスパールがちんまりその場にしゃがみ込んで不満を漏らす。
叩かれるのは良いが、どうやら放置はお気に召さないらしい。
おおっとそうだ。話が途中だった。
あわてて向き直るカイル。
「では現段階これ以上の治療は無理、という事ですか…。」
全てが治ると期待していただけに、ちょっとイヤかなり落胆してしまったカイル。
しかしカスパールは立ち上がると、打って変わって明るく返す。
「ところで、1つ頼みがあるんじゃがいいかの?」
「……。」
(オイ!コラ!空気読めジジィ!!今の会話の流れで何でそんな話が出来る!!)
ギッとカスパールを睨みつけたカイル。
カスパールはフンフンフーンと、どこ吹く風だ。
…しかしすぐ後、もうなんだかこのジジイに何言っても無駄!と諦めモードが入ってしまった彼女は変わらずジーっとカスパールを見ながら答えた。
「…一応聞きますけど、何ですか?」
「ザカルーンにいる、ワシの孫を訪ねて欲しいんじゃ」
カイルの頭の中で、ガチャガチャチーンと音が鳴る。
「…報酬は?」
「イヤーン、カイルちゃんがめついのう?」
くねくねと体をくねらせながら抗議するカスパール。
「…フレデリク。」
先程からこのやり取りを面白がっているフレディはニヤニヤ笑っている。
「はい。」
言いながら、むき出しの剣先をカスパールに向ける。
「あー?!うそ!うそじゃー!!もーすぐ実力行使なんじゃから!ワシの孫ん所にも魔石があるんじゃ。もし空石があればリンゼフェルトを治すこともできよう!どうじゃ?」
「そー言うことは、早く言って下さいよ!!」
一気に体の力が抜けたカイル。
何だかとてもクエストじみてきたが、今度はカスパールの依頼の元 隣国ザカルーン公国に向かう事になったカイル達。
しかしこの地でまた新たな受難に遭遇しようとは考えもしない彼らなのだった…。
「…そー言えば、今日は南の方の区画で市が開かれとったかのー?」
「…市?」
「死の塔」から表に出て、ラインハルトの邸に帰る為塔の近くに止めていた馬車に乗り込もうとしていたカイル達。そんな彼等を、見送りにと出てきていたカスパールがボソリと言った。
王都は、グルリと城壁に囲まれた城塞都市だ。
北に王城をいただき、後は東、西、南と王国民が住まう街が形成されている。
軍事国家として世界に名を馳せている傍ら、貿易にも力を入れているので国内外から様々な貿易品が揃う。
月に2度、それぞれのエリアで国外の貿易品を含めた市場が開催され、食べ物屋などの出店も出て毎回お祭りのようになっていた。
今回はどうやら、南区画で市場が開かれているらしい。
経済の勉強でこの市場の事は知識では知っていたが、実際に見た事は無かったカイル。俄然興味を惹かれてしまった。
カイルの後ろにいたフレデリクは余計な事を!と振り返り、カスパールを睨みつける。
カスパーは「ワシの独り言じゃもーん」と言ってスキップしながら塔に戻ってしまった。
半分乗り込んでいた馬車から降りたカイルは、フレディをジーッと見つめる。
「…なんですか。」
「やだなー。フレディ、解ってるくせにー。」
「…。」
カイルはフレデリクの服をツンツン引っ張る。
カイルは「おねだり」を覚えた!…だが従者は無言で切って捨てる。
(むーー)
口を尖らせてむくれるが、どうやらカイルではまだまだ「おねだり」レベルが低かったらしい。
しかし諦めきれず、すでに馬車に乗っていたリンゼを見てハッと思いついた。
「リンゼ!!」
「?」
リンゼはカイルの方に向かって「何?」と首をかしげる。
くーカワユイー!…と萌えてるとこじゃなく!
「リンゼも!街を!歩いてみたいよね!!」
「??」
リンゼはますますハテナマークだ。
フレデリクはカイルの意図が解ったのか、苦い顔をしている。
カイルはリンゼを抱っこすると(リンゼはまだ小さい上にとても軽い)フレディに見えない角度でその耳元に囁く。
コクリと頷いたリンゼはカイルに抱っこされたまま、フレデリクに向き直った。
『マチヲ・アルイテ・ミタイ』
「……くっ!!」
カイルはリンゼのためにフレディの手を取ると、リンゼはその掌に今の言葉を書いた。
至近距離で更に首をかしげ、ウルウルの目でジーッと見つめる。(見えてないけど!)
プラチナシルバーのサラサラな髪は太陽の光を弾いてキラキラと煌き、透明度の高いエメラルドの瞳は清純に輝き、白磁の肌に桃色の頬と唇は可憐に映る
。予想通り!カイルと違って、破壊力があったらしい。(複雑)フレディにダメージを5000与えた!!キターーー!!
(よし!!リンゼ、ダメ押し!!)
カイルは更に指令を与える。
『オ・ネ・ガ・イ?』
「…ぐはっ!!」
ドスドスドスっ!!リンゼの必殺!「超ー美少女!!ぶりぶり(死語)上目遣い攻撃!!」がフレディを襲う!
彼は心臓を押さえて膝をついた。
(よっしゃーー!YOU WIN!!)
カイルはガッツポーズをとった。
…やはり男と解っていても、これだけ超ーー美少女のおねだりはフレデリクですら反撃不能だったようだ。
本物の女のカイルは心中複雑だったが。
さて、色々あってリンゼが歩いて帰りたい(本人が本当に思っていたかは不明)と言う訳で歩いて帰る事にしたカイル達。
いまだにフレディは納得いかない顔をしているが、さっくり無視したカイル。
彼女は一応リンゼに帰りのルートを説明する。
「さーて。ココからラインハルトの家まで南周りで帰ろうかー。
途中、賑やかなとこ通るかもしれないから手を離さないでねー?」
「…確信犯…」
「…ソコ。うるさいよ。」
ボソリとフレディが言い捨てたのを聞きとがめたカイル。
しかし、初めての市場に行けるウキウキが止まらないので許してやることにした。
けれども今回の事で耳が聞こえるようになったが、目と口は未だ利けないリンゼ。
歩くにはカイルが手を繋いで誘導しつつ、彼女の眼の届かない範囲はフレディが声で進路を促していた。
しかし変装しているとはいえ見た目美少年と超ー美少女の兄妹。目立たない訳はなく、早々に心ない輩に狙われてしまった
。王都にある石造りの街並みを歩いていると、カイルの後ろよりドンっと押す者がいた。
「おっと、ゴメンよっ!」
「わっ!?」
ハンチングを深めに被った少年が、カイルに体当たりしてそのまま去る。
「カイル様!」
すぐに気付いたフレディが、だから言わんこっちゃない!と思いつつカイルに問うた。
「何か盗られたモノありませんか!?」
あわてて上ポケット、下ポケットなどを探る。次に胸元。あ!!
「…母様のブローチが…無い!!」
カイルの胸元に付けていた母親の形見のブローチが無くなっていた。
母親は物心つく前に亡くなっていたので、母との思い出の品はソレしかない。
前世持ちで精神的にはすでに大人でもこの世界の母親の形見が無くなるのは悲しい。
カイルは前方に走り去ったハンチングの少年を逃すまいと、待て!!、と言って走って追いかけて行った。
「カイル様!?」
フレディも追いかけようとしたが、カイルから突然手を離されたリンゼが、泣きそうになって彼女を探している。
しかし、そうしている間にも本人の姿が遠くに離れてしまう。
フレデリクは付いて来ていたラインハルトの使用人に命令する。
「君!」
「は、はい!」
「リンゼ様を邸まで連れて行ってくれ!」
「畏まりました!」
だが、その話を聞いていたリンゼが他人に触られたくない、と盛大に嫌がる。
それでなくとも今の一幕で、随分と人だかりができていた。
仕方無い…と諦めたフレデリク。
「…変更だ。君はカイル様を追ってくれ。こちらもリンゼ様を送り次第、応援を向かわせる。」
「了解しました!」
使用人の青年はあわててカイルの後を追って行く。
フレデリクはその後ろ姿を見据えながら、次に自分の服の裾を申し訳程度に掴み、多分カイルの向かった方向へ向け瞳を潤ませているリンゼを見る。
そして同じくカイルの去った方角を見て溜息をついた。
「…カイル様、色々と王子の自覚足りなさ過ぎですよ…。」
一方、カイルは早くも後悔していた。
先程は感情のままに走り出してしまったが、曲りなりにも自分は王子。
今まで王宮から出た事はあっても、城下町には来た事が無いのでココの地理に明るくも無い。
しかもさっきの彼はスリのプロであろうし、この界隈を知り尽くしているはずだ。
素人に見つけられる筈もない。
それを示すように今、完全にハンチング帽の彼を見失った上 場所もどこだか判らない。
彼女は途方に暮れた。