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最終話:この青い青い空の下で……

 俺は気が付いた時にはそこに居た。どこかの村の様な場所の入り口に立っていたのだ。入り口から出て行く人達は俺の側を通る度にこちらを見ていた。

 ここはどこなんだろうか。それに俺は、誰だ……? 名前は何だっけ、好きな物は何だっけ、嫌いな物は何だっけ、家族は誰だっけ……。この服はどこで手に入れたんだろうか、誰かに貰った物なのか? それとも俺が最初から持ってた物か……?

 足を動かしてみると何故か不思議な感覚がした。別に怪我をしている風では無かったが、何故か違和感があった。腕も同様に動かしてみたものの、やはり不思議な違和感があり、何だか気持ちが悪かった。

「俺は……」

 そのままそこに居ても仕方が無いと思った俺は村の中へと足を踏み入れた。ほとんどの家が木材を使って作られている様で、所々につるはしの様な物も置かれていた。ここには炭鉱か何かがあるのだろうか。

 ……つるはし……? 何だっけ、何か分からないけど……大切な物の気がする……俺は、鉱夫だったのか……?

 頭に何かよく分からない痛みを抱えながら、少し歩いていると小さな姉妹の姿が見えた。二人は仲がいいらしく、一緒に何かのごっこ遊びをしていた。姉の方は活発らしく動きやすい格好をしていたが、妹と見られる方は大人しそうな雰囲気をしていた。

「っ……」

 何だ、まただ……痛い……俺は、何なんだ……? 俺にはああいう子供が居たって事なのか……? でも何かそれは違和感がある気がするな……。だとしたら何だこの感じは……俺はそもそも男なのか? いや……それは間違いないよな……。

 少し痛みが治まるまで休む事にした俺は近くに生えていた木にもたれかかる。少女達を見ていると、母親と思しき女性が近くの家から出てきて少女達に何かを伝えていた。二人は笑顔で手を繋ぎ、母親の後に続く様に家の中に入っていった。

 ……ああ、昼食か。まだ明るいけど、朝って感じはしないし、考えられるのはその辺だよな……何か俺もちょっと空腹だな……何も持って無いからどうしようもないけど……。いや、もし何か持ってたとしてもこの頭痛じゃあ、食べるのもしんどいか……。

 俺は木の根元に腰掛ける。

 俺は……誰なんだっけか。名前は何だっけ……何か……何かあった筈だ。誰だったかは思い出せ無いけど、大切な人から貰った名前があった筈だ。でもどんな名前だったっけ……忘れてしまう様な名前だったっけ……。

 何とか痛みが引いてきた俺は立ち上がり、再び歩き始める。それから数分程歩き続けていると、採掘場の様な場所に辿り着いた。入り口には誰の姿も無く、まるで放棄されているかの様な印象を受けた。

 さっき見たつるはしはここで使うための物なんだな。でも、何か変な感じするな。こういう所って人が少なからず一人は居るんじゃないのか……? こんな誰も居ないなんて事、ありえるのか?

 迂闊に入るのは危険だと頭では分かっている筈だったにも関わらず、何故か俺の足は自然とその採掘場へと動き出していた。完全に無意識での動きであり、気が付けば入り口の前に立っていた。

「何だっけ……」

 俺の頭の中に何かが浮かぶ。上手くは言い表せないが、何か不思議な感覚が湧いてくる。この先に行かなくちゃいけないって感じの使命感とでも言うべきか……。

 俺の体は最早自然と動き出していた。入り口に置かれていたつるはしを手に取り、奥へ奥へと進んでいく。それに従って、段々と俺の体は軽やかになっていった。先程まで感じていた頭痛もいつの間にか全く感じない程になっていた。どんどん歩く速度が速くなる。

 やがて俺は行き止まりになっている空間に辿り着いた。それ以上先に進む道は無く、ここが一番奥の様だった。

 ……もう迷いは無い。そうだ、俺は俺だ。忘れる訳がないじゃないか……全てはここから始まったんだ。きっとその筈だ、俺のこの感覚が、直感が正しければ……俺の始まりはここの筈だ。

 俺はしっかりと踏ん張りながらつるはしを構える。

 するべき事は分かってる。俺の始まりがここなんだ。だったら俺が俺になるためには、こうするのが正解な筈だ。

 俺は力を込め、その行き止まりの空間のある一点につるはしを打ち下ろした。岩壁は僅かに削れる。

「そうだ」

 再び同じ場所に振り下ろす。

「俺だ」

 再び。

「俺なんだ」

 再び。

「俺が始まったのはここなんだ」

 再び……。

「俺は……!」

 最後の一撃と言わんばかりに振り下ろされたつるはしは岩壁を大きく削り、ついにその奥にあったそれを掘り起こした。

 やっぱりだ。そういう事なんだな。俺はまだ目覚めちゃいないんだな。だからそんな顔してるんだろ? だからそうやって目を閉じてるんだろ? でももう終わりだ。もう起きる時間だ。

 俺はそこにある『それ』に手を触れて目を閉じる。

「さあ、起きて」






 目を開けると眩い光が目に飛び込んできた。そのせいで思わず目を瞑ってしまう。どうやら長い間眠ってしまっていたらしく、俺の目は光にまだ慣れていない様で、慣らすのに時間が掛かりそうだった。

 俺が体を動かそうとモゾモゾしていると、扉が開く音が聞こえ、誰かが部屋の中に入ってきた様だった。しかし、その人物は「あっ!」と声を上げるとドタドタと慌ただしく部屋を飛び出していった。

 そうか……俺、生きてたんだな……。まだ体は動きそうにないけど、幸い痛みは無いし大丈夫そうだ。それに今部屋に入ってきた人の反応からすると、皆も大丈夫みたいだ。皆驚くだろうな、俺が生きてるなんて知ったら。俺自身も死んだと思ってたし。

 そんな事を考えていると再び扉が開く音がし、複数人の足音が入ってきた。どれも足早で、一つ一つが力強いものだった。もう見なくても、誰が入ってきたかは分かっていた。

「良かった……!」

 俺がよく知る女性の声が聞こえ、俺は抱き締められる。その感覚は俺の心を安らがせてくれるあの人のものだった。

「全く……生きた心地がしなかったぞ……」

 俺がよく知る男性の声が聞こえる。ちょっと不器用なところもあるけど、優しくて家族思いのあの人ものだった。

「ったくホントさ……心配するじゃん……」

 俺がよく知る女性の声が聞こえる。活発で優しくて、年上として常に頑張ろうとしているあの人のものだった。

「本当だよ。もう、会えないかと思ったんだよ……?」

 俺がよく知る少女の声が聞こえる。大人しいけど、でも人の事を思いやれる優しい心を持った、家族が大好きなあの子のものだった。

「うっ……本当に……うぅ……また、会えるなんて……」

 俺がよく知る少女の声が聞こえる。引っ込み思案で臆病で、すぐに泣いてしまう泣き虫で自分自身を殺してしまおうとする程の不安定な人だけど、いざって時には勇気を持てるあの人のものだった。

「……まだ傷は全部治ってない。しばらくは安静にしとくべきだろうね」

「ありがとうございます先生! 本当に……うちの息子を……!」

「あたしはただ医者としてやるべき事をやっただけさ。後はこいつが生きたいって思えたかどうかだよ」

 先生は相変わらずだな……厳しい言い方はするけど、本当はその技術で色んな人を救おうとしてる優しい人だ。

「じゃあ後は家族水入らず、騒がない様に過ごしな」

 先生はそう言うと足音を立て、扉から外に出て行った。

 そうだ。まだ俺、起きてから一言も喋ってなかったな。皆が喋ってるのに俺だけ喋ってないっていうのも、何か変な感じがするな。

 俺は口を開く。もう言う事は決めていた。

「ただいま、皆!」


 俺はオーア・メイ。父さんと母さんの息子で、マティ姉の弟でピールの兄で、そしてまたヘルメスお姉ちゃんの弟でもある、メイ家の長男だ。

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