第43話:宿敵
父さんとズィーブントを置いて先に進んでいた俺達はやがて人工的な広間に辿り着いた。さっきまで通っていた場所とは対照的に、壁も足元も全てが人工的に作られた物の様だった。そんな広間の中央には大きな機械があり、その前には一人の老人が立っていた。老人はローブの様な物を羽織り、口元には立派な白髭を蓄えていた。
「やはり、やってきたか」
「あなたは……?」
「待っていたぞ、君が来るのをな」
「し、師匠……」
ヘルメスお姉ちゃんの言葉で、今目の前に居る彼がトリスメギストスだという事に気が付いた。
「あなたがトリスメギストスなんですね?」
「いかにも。そして君は私にとって最も重要な存在だ」
マルデダが俺を守る様に立つ。
「あんた……」
「おや、誰かと思えば裏切り者のマルデダじゃないか。こんな所に何をしに来たのかな?」
「ふざけんじゃねェよ。そもそも俺はテメェに忠誠を誓った覚えはねェぜ。俺は兄貴に付いて行っただけだ」
実際マルデダの言う通り、彼はトリスメギストスの事を知らなかった。それは彼が下っ端だったからなのか、それともズィーブントが隠していたのか、それはもう分からない。
「フフ……いかにもチンピラらしい言い訳だな? 人として道理を外れておいてよくぞ言えたものだ」
それを聞いたマティ姉が一歩前に出る。
「あんたがそれを言うの? あたしの大切な弟の命を狙った外道の癖に……」
「ふむ……君は何かを勘違いしているな?」
「は?」
「私の目的はただ一つ、娘をこの世に生き返らせる事だ。行動原理は君達と同じなのだよ。家族のため、それだけだ」
「家族のため? だったらそれ以外の人間には何してもいいって訳?」
トリスメギストスの後ろにある大きな機械に付いてる扉から煙が溢れ始める。
「君達には私の崇高な目的が理解出来んのだろう。娘の復活だけがそこの彼を狙う理由では無いのだよ」
「他に何かあるっていうのか?」
「勿論だとも。私は、この世界を一つにする。それが目的だ」
世界を一つにする……? 何を言ってるんだ?
「君は何故戦争が起きるか理解出来るか?」
「……意見の相違、か?」
「そうだな。つまり、だ……全ての人間の意志を一つに統括する事によって、この世から戦争が無くなるという事なのだよ」
「それと俺に何の関係があるんだ!」
「君の能力、それは脳細胞を操る能力だ。それを使えば、全ての人間の意志を一つにする事が出来るんだ」
ヘルメスお姉ちゃんは泣きそうになっているのを堪えながら尋ねる。
「どうして……どうしてそんなっ! そんな事で、オーアを……」
「そんな事? ヘルメス、君は今そんな事と言ったのか? これ程素晴らしい事は無いというのに」
「れ、錬金術をそのために使うんですか……?」
「そうとも。錬金術に不可能は無い。彼が持っている能力を封じ込め、好きな時に使える様にすれば、いつでも可能となるのだよ。永遠の平和がな」
母さんは泣きそうになっているヘルメスお姉ちゃんを抱き寄せると、トリスメギストスを睨んだ。
「あなたは何も分かっていません。人は皆違うんです。時には喧嘩もするでしょう。でも、だからこそ相手を大切に思えるんです。自分とは違うから大切に思えるし、相手のために怒れるんです」
「いいや、違うという事は罪となるのだよ。言葉の壁、文化の壁、宗教の壁、どれもそうだろう。今までその違いでどれだけ多くの命が奪われた?」
「トリスメギストス、確かにテメェの言う通りかも知れねェよ。でもな、そうやって全部に一緒にしちまうってのは、逃げるって事なんじゃねェのかよ」
ピールは自分の右腕を解れさせ、トリスメギストスに伸ばすとそのまま腕に括りつけた。
「マルデダの言う通りだよ。皆違うから、意味がある。言葉の壁があったって、文化の壁があったって関係ない」
「そうかな? では君達が今こうやって仲良く出来ているのは何故だと思うね? 家族だからか?」
「当たり前でしょ、家族だからに決まって……」
「この私がわざわざ、認識を変えてやったからだろう?」
何……今、何て言ったんだ? 認識を変えた……? どういう意味だ……?
「そ、それはどういう……」
「考えてもみたまえ。君をこちらの世界に呼んだのは私だ。君が元居た世界とこの世界、同じ言葉が使われている訳が無かろう?」
「な、何言ってるんだ! 現に俺は皆と話せて……!」
その瞬間、トリスメギストスの背後の機械から金属音が聞こえ、煙を放ちながら扉が開き始める。
「そろそろ時間の様だな。よくここまで生きていたものだよ。それではな、次に会うのは君の能力を封じ込める時だな」
そう言うとトリスメギストスは小さな羽根の様な物を取り出すと、それを上に掲げた。その直後、その体は光に包まれ、その場から完全に姿を消してしまった。そのせいでピールが結び付けていた腕はその場に残されてしまった。
そして、開いた扉の向こう側からはオーレリアによく似た顔をした存在が姿を現した。その目は無機質で、オーレリアとは違い、動き易さを重視した様な、専用のスーツを身に付けている様だった。
「おい、何だあいつァ?」
「オーア、下がって。ここはあたしがやるから」
「でも……!」
俺がマルデダとマティ姉を止めようとすると、目の前にピールの解れた腕が伸び、遮ってきた。
「ピール……?」
「行ってオーア兄。ここで逃がしたら、多分もう追いつけなくなるよ。ここはあいつの本拠地なんだからさ」
「そうはいかない! 俺が……!」
無理矢理前に出ようとした瞬間、俺の体は母さんに抱き寄せられた。
「母さん?」
「オーア……お願い。ここは私達が食い止めるから、先に行って頂戴……」
「な、何言ってるの! 母さん、戦えないでしょ!?」
「オーア……親っていうのはね、子供のためならどんな相手とも戦えるのよ。それに今のままじゃ、ヘルメスが一人で行っちゃうわよ?」
そう言われて見てみると、ヘルメスお姉ちゃんはトリスメギストスから貰ったという杖を強く握り締めていた。しかし、その体は今までの彼女の様に恐怖や不安で怯えているという事は無かった。
「私には分かるのよ。あの子は今、今までの人生で一番の覚悟を決めてるの。このままだったら、あの子一人で行っちゃうわよ?」
「……分かった、よ。母さん……」
母さんは俺を強く抱き締める。
「ありがとうね、オーア……」
「何が……?」
「私達の子供で居てくれて……」
「こっちこそ……」
母さんからの温もりを受けた俺は、泣きそうになるのを何とか堪え、母さんから離れるとヘルメスお姉ちゃんの下へと向かった。
「行くんだよね?」
「う、うん。私はあの人の弟子だから……だからあの人の罪は私が償わないといけないから」
「そっか。それじゃあ、行こうか?」
「うん」
俺は振り返らない様にしながら、覚悟を決めた彼女と一緒に近くにあった扉から奥へと進んでいった。




