第38話:リオンシリーズ
安静にしていたせいかやがて痛みは治まり、何とか体を起こす事が出来た。俺は脚に若干のふらつきを覚えながらも出口に向かって歩き出した。
何とか出口に辿り着いた俺が扉を開くと、父さんとピールが居た。どうやら二人とも何とも無いみたいだ。
「父さん、大丈夫だった?」
「ああ……あの女、何なんだ?」
「分からない……でも、オーレリアさんが一緒だったって事は、多分あの人も何か関係してるんだと思う……」
「そうか……あの女だが、追うか?」
父さんが心配そうな顔をする。
「そうだね、追うのが一番いいかも……。すっこんでろって言われたけど、そういう訳にはいかないしね」
ピールが口を開く。
「じゃあ行こうよ。一応追跡してるしさ」
「追跡?」
ピールは右手を見せる。
ピールの右手の小指からは糸の様なものが伸びていた。
「最初にさ、音を探知するために解れた部分を捻って糸みたいにしたでしょ? あの時に気付いたんだ。最初から糸みたいに出せるって」
「えっとそれで……どうやってるの?」
「オーレリアさんの足に結んでるよ。糸が揺れてるからまだ走ってるんだと思う」
そういう事も出来たのか……。でも、それなら後を追うのが楽になるかな。
「じゃあ行こう。どこに居るか分かる?」
「正確な位置まではちょっと自信無いけど、糸を追って行けばいいよ」
「よし」
俺達はピールが伸ばしてくれていた糸を頼りに駆け出した。
糸は川沿いを伝う様に伸びており、今まで俺が言った事が無い場所へと続いていた。
「……止まった」
「え?」
「糸が揺れなくなった……気付かれた? でもこの先には広場位しか……?」
父さんが口を開く。
「この先の広場はホームレスの溜まり場として使われてる所がある。もしかしたら……」
「あの人がホームレスって事?」
「いや、隠れる場所ならいくらでもあるって事だ」
俺達は何が起こっているのか確かめるべく糸が伸びる先へと急いで走っていった。
やがて広場が見えてきたが、その真ん中に一人の女性が立っていた。その女性は見知らぬ顔で、右手に棒切れを持っており、綺麗な銀髪をしていた。
糸の先はその女性の手元から伸びていた。
「来たわね」
「……誰ですか、あなた」
女性は手に握っていた糸を離す。
「私が誰かなんて知らなくていいのよ。あいつから聞いたのよ。この件に首を突っ込んでる奴が居るってね」
ピールは解れさせていた部分を戻す。
「どうやったんですか……? 一回も解かれて無い筈……」
「さあね? 私はあんた達を止める様に言われただけよ。ただそれだけ」
何かを察した父さんが俺達の前に盾になる様に立つ。
「お前達の目的は何だ? トリスメギストスとかいう奴を殺す事か?」
「あら、そこまで知ってるの? じゃあ隠さなくてもいいか」
「どういう関係なんだ?」
「……それは関係無いでしょ? あんた達には関係無い。これは私達の問題なのよ」
俺は父さんの横に移動する。
「俺は、トリスメギストスに利用されました。命も狙われました」
「……そう。それで? どう利用されたの? 一応聞いてあげるわ」
「俺は……違う世界から連れて来られました。俺が持っている能力を求めて」
俺は目の前の女性に意識を飛ばし、視界をリンクさせる。
「……これは」
「見えますか? これが俺の能力です。体をリンクさせる……正確には脳細胞を操る能力らしいですけど……」
「それで?」
「あいつは俺を連れてきて、埋めたんです。能力をより強化する事を目的にして……。あいつは……この世界に居る人間の認識を弄るつもりなんです」
女性は黙ったままこちらを向いていたが、ゆっくりとこちらへ歩き出した。
「そういう事ね……。まぁ、あんたがあいつに怨みを持つ理由は分かったわ。でもね、これはあんた達が関わっていい事じゃないのよ」
「あの女の人も言ってましたね……どういう意味なんですか?」
「あんたなら分かるでしょ? あいつはね、目的のためなら平気で人を殺せるし、それで心を痛める事も無いのよ」
ピールが口を開く。
「私達もトリスメギストスさんを倒すのを手伝います。それじゃ駄目ですか?」
「ふぅ…………甘い……甘いなぁ……。あのさ、私は今まで何人も殺してきたから教えてあげるわ」
女性は手に持っていた木の棒を構える。
「戦いって、甘くは無いのよ?」
その瞬間、女性の姿が消えたかと思うと、いつの間にか俺のすぐ目の前に現れ、棒を上から振るってきた。俺はまだ完治していない右手を守るため、咄嗟に左腕で防ぐ。
腕に痺れる様な痛みが走り、思わず顔を歪める。
女性はそのまま横に居る父さんの頭目掛けて棒を横薙ぎに振るった。
俺はすぐに感覚をリンクさせ、女性の右腕を止める。少し反応が遅れた父さんは右拳でパンチを放ったが、簡単に回避されてしまう。
「へぇ……そういう事も出来るんだ?」
「お願いです……! 協力しましょう!」
「……嫌よ。あれは私達が蹴りをつけるべきなの。ただの被害者は引っ込んでなさい」
「俺は、家族を巻き込まれた事が何より許せないんです! 家族のために……あいつは倒さなくちゃいけないんです!」
女性は俺達から少し距離をとると、手に持っていた棒を捨て、足を揺さぶり始める。
「……いい加減にしてくれる? 聞き分けが悪い奴ってムカつくのよ」
俺は相手の足と自分の足をリンクさせ、俺と同じ足の動きしか出来ない様にする。
「っ! ……なるほど、ね。まあ無駄な事よ。あんたは私の動きには耐えられない」
女性は体を前方に少し傾けたかと思うと、凄まじい勢いでこちらへと突っ込んできた。俺の足はその動きにつられる様に動き、凄まじい痛みが走った。
何だ……これ……? まるで無理矢理筋肉を動かされてる様な……。
女性は俺の体に組み付いてきたかと思うと、そのまま俺の体を空中へと放り投げた。
俺の体はまるで蹴り上げられたボールの様に宙を舞い、今までに感じた事も無い様な高さにまで達していた。
「オーア!!」
下から父さんの声が聞こえる……。ここで相手の体と俺の体の感覚をリンクさせれば、痛覚の共有でショック死させる事位は出来る。でも、俺にはまだやるべき事がある……トリスメギストスを倒すまでは、死ぬ訳にはいかない……!
俺は足の感覚をリンクさせたまま空中で足を動かし、力の限り空を蹴る。その瞬間女性の体が空中へと飛び上がり、俺の目の前に来る。
「っ!?」
「これが、俺の力ですよ」
俺は空中で腕の感覚をリンクさせ、組み付く。女性も同じ様に腕が動き、お互いの体をがっしりと捕まえる。俺は体を動かし、自分が上になる様にした。
「甘いなぁ……!」
女性は空中で体をひるがえし、足から着地する。本来なら確実に怪我をする高さであるにも関わらず、女性は全く負傷した様子を見せず、その表情からは余裕が見て取れた。
「それで? ここからどうする訳?」
俺は能力を解除し、離れながら胴体に蹴りを放つ。しかし、それを見切っていたかの様に左手で受け止められてしまう。
「なかなかのセンスだと思うけどね。でも、場数が違うのよ」
俺は振り払おうとして足を動かそうとしたものの、完全に掴まれているからか全く動かすことが出来なかった。
「オーア兄ぃ!」
ピールの声が聞こえると同時に俺の体に解れたピールの体が巻きつき、更に父さんが相手に殴りかかった。
女性は俺の足を離すと同時に父さんの体に打撃を打ち込み、蹴り飛ばした。俺はピールが支えてくれたお陰で体勢を崩す事は無かった。
「父さん!!」
「……あっちは全然ね。図体がデカイだけで、戦闘センスは全然……」
「父さんは、あなたみたいなのとは違って優しい人なんです。戦いに慣れてる訳が無い……!」
「そうね。私みたいなのとは違ってね。でも、それが正しいのよね、この世界では……」
ピールは俺に巻き付けていた体を戻す。
「本当は戦いたくてやってる訳じゃないんですよね……?」
「……さあね、私にも分からないわよ。どこまでが私で、どこまでが私じゃないのか……」
俺は視線を横に向け、父さんを見る。
どうやら痛みで動けなくなっているだけで、怪我は無さそうだ。本当にこの人は、戦う気は無いのかもしれない。
「……折角だから教えてあげるわ。私はね、あいつに作られたのよ」
「え……?」
「トリスメギストス。あいつに作られたのよ」
「それは……俺と同じって事ですか?」
「あんたの方がマシよ。あんたは人間でしょ? そっちの子も人間ね。ちょっと変わった能力を持ってるだけでね。私は……人間ですら無い」
女性は首をポキポキと鳴らす。
「さっきおかしいと思ったんじゃない? 私の足とリンクしたんでしょ?」
「……確かに何か変な感じはありましたけど」
「それが、私が人間じゃない証拠ね。普通の人間の体の構造じゃない」
女性は静かに歩き出し、目の前まで来ると俺の脇腹に目にも止まらない膝蹴りを放った。
「がっ……!?」
「痛いでしょう? それも普通の痛みじゃない、でしょう?」
言われた様に、蹴られた場所がまるで電気でも浴びているかの様に痛み、立っている事も出来なくなり、膝を付いてしまう。
「私は『リオンシリーズ』の一番目……戦場でしか生きられない生体兵器……」
リオンシリーズ……? 生体兵器……? 俺達みたいな能力を持った人間を作ってるのか……?
「悲しいものよね? 戦う事でしか生きられない。他の事は上手く出来ないのよ? 私に至っては薬が無ければ生きていく事すら難しい……」
「り、リオンさん、みたいな人は……他にも、居るんですか……?」
「私が知る限りは妹位ね。最も……今はどこぞの女とよろしくやってるみたいだけど……」
「そうですか……。俺と、約束してくれませんか?」
「何?」
「俺達が、今からあなたに勝ったら、俺達を止めないと」
リオンは口角を上げ、クスクスと笑う。
「なるほどねぇ。やっぱりあんた強いわね? 力は弱いけど、心が強い……。まっ、いいわよ? やれるんならね?」
了承を得た俺は立ち上がり、ピールと共にリオンと向かい合った。
「さぁっ! どこまでやれるか見せてみなさいっ!!」
リオンは今まで見せていた静かな様子から一変し、心から戦いを楽しんでいるかの様な表情へと変わった。
俺達はこの人であって人で無い強敵を倒すべく、静かに身構えた。