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第37話:廃屋に隠された錬金術

 外に出た俺と父さんとピールは周囲を見渡す。

 やはりあの暴動にほとんどの人間が参加していた様で、どこにも人の姿は見られなかった。

「どこから捜そうか……」

「そいつはどっちに向かったんだ?」

「分からない……ただ、この状況だから目立つと思う」

 それを聞いたピールはいつもの様に能力を使い、手をリンゴの皮を剥く様に解れさせる。

「それならさ、私にいい考えがあるんだ」

「何? いい考え?」

「まあ見ててよ」

 そう言うとピールは解れさせた部分を捻り、縄の様な形に変えていく。捻った部分はいつもよりも強固になっている様に見えた。

 やがて両腕を解れさせ捻ったピールは、地面を伝わせる様に解れさせた部分を伸ばしていった。伸びていった部分はどんどんその場から離れ、路地裏や屋根の影へと消えていった。

「何してるんだピール?」

「例え身体を分解させたとしても、私の身体である事には変わりないじゃん? だからさ、こうやって伸ばせば音とかを拾えると思って」

 どういう事だろう? 音を拾える?

 すると父さんが口を開く。

「ああ、俺も子供の時にやったな。あれだろ? こう、コップに糸を括り付けて、その端にまたコップを付けてって奴だろ?」

「そうそう! 前に本で読んだんだけど、あれって音で空気が揺れてて、それを糸が拾ってるから聞こえるんだって」

 何だろう……そう言われると何か覚えがある様な……。これも俺がかつて持っていた知識って事か。

「ただ、さ……」

 ピールが目を逸らす。

「私がこうやってる間は離れないでね? やっぱりこうやってる間は下手に動けないしさ」

「うん。分かってるよ。離れたりしないって」

 勿論離れるつもりなんて無かった。ここで離れる必要も無いからだ。

 だが、俺はピールの顔を見て気付く。

「……本当に大丈夫?」

 ピールの顔には包帯を思わせる様な形の亀裂が入っており、よく見ると服がぶかぶかになっている。

 まさか……体の方も解れさせてるのか……?

「ピール! 待って! これ以上はまずい!」

「大丈夫だってば……ちょっと今、先行した腕の方からまた解れさせて枝分かれさせてるからさ、静かにしてて……」

 まずい……このままじゃ体のほとんどの部分を解れさせてしまう。俺はピールの能力の限界を知らない。だが、もし体そのものを完全に解れさせたらどうなる? 心臓はどうやって動かす……?

 俺はピールを止めるために左手を伸ばそうとしたものの父さんに腕を掴まれ、止められてしまう。

「オーア、待て」

「でも、父さん!」

「大丈夫だ。ピールを信じろ」

 俺は父さんの真剣な表情に圧され、止めるのを諦める。

 ピールの体はどんどん解れていってる様で、服が更にぶかぶかになっていた。顔色もいつもと比べると悪くなっている様に見え、呼吸が大きくなっていた。

 心が痛む……流石に死んでしまう様な無茶はしないとは思うが、俺のためにここまでやってくれているというのが申し訳なさに拍車を掛ける。だが、口に出すのは止めておこう……きっとまた怒られちゃうな……。

 その時、ピールの体から何か小さな音が聞こえた。何の音かは分からないが、何となく人の声の様に聞こえた。

 ピールは遠くまで伸ばしていたであろう左腕を一気に自分の下へ戻し、再構築した。それにつれてピールの体は部分的に元に戻ったらしく、俺の見慣れた体型に戻った。

「分かったよ。多分合ってると思う」

「どこだった?」

「正確な位置では無いけど、メガーサちゃんの家の近くにある廃屋」

 それを聞いた父さんが腕を組む。

「あそこか。しかし……あれは何であそこにあるんだろうな? 取り壊してもいい筈なんだが……」

「誰も住んでないなら、壊してもいいんだよね?」

「まあ住む人間がいないならな? なのに何故か壊されてないんだ。あれは……誰かの所有物なのか……?」

 ピールは右腕も元通りに戻す。

「とにかく行ってみようよ!」

「そうだね。行こう」

「ああ」

 俺達はピールが示した場所へと向かって走り出した。



「こっちだよ!」

 ピールが先頭を切り、路地裏へと消えていく。俺と父さんは後を追って路地裏へと入ると、薄汚れた扉の前でピールが立っていた。

「ここだよ」

「……確かに見た感じ、手入れとかされてないね」

「お前達は後ろに来い。俺が最初に入る」

 そう言って父さんは俺達を後ろに移動させ、ノブに手を掛ける。

「……入るぞ」

 父さんがノブを回し、ゆっくりと押すと扉は軋む様な音を立てながら開いた。扉の奥は薄暗く、埃っぽくなっていた。

 父さんの後に付いて中に入ると、明らかに室内が乾燥しているのが分かった。中は他の建物と同じ様にレンガなどが使われており、構造自体にはあまり違和感は無かった。

「止まれ……」

 父さんはそう言うとその場にしゃがみ込み、床を観察し始めた。

「何……?」

「ここ、埃が積もってないだろ? 誰かが最近通ったって事だ」

 言われた場所を見てみると、確かに埃が無くなっている部分があり、その跡はその奥の部屋へと繋がっていた。

 俺は目を閉じ、奥の部屋へ意識を集中させる。

 そこには一人分の人間の気配があり、恐らく女性だった。

 もしもこの人があの役所で会った人なら、近くにオーレリアも居る筈だ。彼は俺の能力では探知出来ない。気を付けなければ……。

 俺は更なる情報を手に入れるためにその気配の主と視覚をリンクし、彼女の見ているものを観察しようとした。

 視界にはこの部屋と同じ様に薄暗い部屋が映っており、近くにある机の上には何やら見たことも無い道具が置かれていた。中にはフラスコの様な物も置かれており、まるで何かの実験を行う場所に見えた。

 視界が横に動くと、そこには大量の本が入った本棚が映っていた。ヘルメスお姉ちゃんが持っていた本によく似た物もあれば、何が書かれてるのか分からない程分厚い本も並んでいた。

 そんな中、視界にオーレリアが映る。彼は何やら話すと、本棚に入っている本の一つを指差した。

 女性がその本を取り、表紙を見ている。表紙には『人体練成記録』と書かれていた。女性は本を開き、中を見始める。そこには人の体のスケッチと思われる絵が描かれており、それぞれの絵にナンバーが振られていた。

 これは……ズィーブントが言っていた事と一致している様なする。トリスメギストスは亡くなった娘を復活させるために錬金術を使っていたらしい。そして、全世界の人間に娘は最初から生きていたと思わせるために……俺を利用しようとしている……。

 その時、突然視界が大きく動き、俺達が居る部屋へと繋がる扉へと向く。

 俺は慌てて能力を解除し、目の前に居る父さんの肩を叩く。

「父さん! 来る!」

「何!?」

 その瞬間、扉が勢いよく開け放たれ、あの時の女性が本を脇に抱えた状態で姿を現した。

 父さんが立ち上がり身構える。

「お前か!」

「誰だお前ェは」

「この子達の父親だ。オーアから聞いたぞ。あの暴動に関係してるらしいな?」

 女性はこちらを見据えたまま、後ろに居たオーレリアに本を渡すとこちらに近寄ってきた。

「なァ……アタシ言ったよな? ガキが首突っ込んでいい話じゃねェってよ」

「俺達はトリスメギストスを捜してるんです! あなた達もなんですよね!?」

「……いい加減にしろよクソガキ。あれはアタシらが殺る。テメェらはすっこんでろ」

 父さんが怒鳴る。

「お前! どういうつもりだ! 何者なんだ!」

「何でもいいだろうが。それよりどうすんだ? アタシを止めるか?」

 父さんは今にもここで殴り合いを始めそうな雰囲気だった。しかし、俺は目の前の女性に不可解な恐怖を感じていた。何故かは分からないが、この人には勝てない……そういう本能的な警告を感じた。

 俺は父さんの肩を掴み、後ろに引っ張る。しかし、採掘場での仕事で鍛えられた父さんの体はビクともしなかった。

「ピールッ!!」

 俺がそう叫ぶと、ピールは両腕を解れさせ、父さんの体を拘束した。俺はすぐに父さんの前へと周り込み、二人の間に入る。

 女性は俺を睨み続けている。

「お願いです。俺達も協力させて下さい」

「駄目だ。こういうのはアタシみたいな人間の仕事だ」

「オーア! 下がれっ!!」

 父さんはピールに引きづられながら元来た道へと連れ戻されていった。

「お前ェの親父さんの言う通りだぜ? 下がりな」

「いいえ……下がりません。俺だってトリスメギストスのせいで散々な目に会ったんだ。それに……俺が出会った人達も……」

「それも含めてアタシがやる。お前ェがやる必要はねェ」

「それでも俺はっ……!」

 その瞬間、俺の体に鈍い痛みが走り、後ろへ吹っ飛ばされる。

 何……だ? 何が起きた……?

 痛みの発生源である腹部を押さえながら、何とか肩膝を付いて体を起こして前を見ると、女性は先程と同じ位置に立っていた。

「これで分かったろ? お前ェとアタシとじゃあ実力にこんだけ差があんだよ。今何が起こったか見えなかったんだろ?」

「何……を……」

「遊びじゃねェンだよ。アタシは手加減してやったが、あのクソジジイはそうはいかねェぞ? 本気でお前ェの事を殺しに掛かってくる。今までもそうだったんだろ?」

 実際、今まで俺を殺そうとしてきた奴らは俺を殺そうとしていた。だが、それでも生き残ってこれたんだ。彼らの命と代償に……。俺には、その分働く義務がある。

 俺はふらつきながら立ち上がり、女性を睨む。

「俺は……彼らの分まで戦う義務が、あるんです……!」

「彼ら?」

「俺を殺そうとした人達……あの人達もまたトリスメギストスに利用された人達だったんです。あいつさえ居なければ……あんな風に死ななくても済んだ筈なんです……!」

 女性は呆れた様な目付きで俺を見る。

「とんだお人好しだな。殺そうとしてきた相手に対してもそれかよ」

「あの人達は……根っこの部分は悪い人じゃない筈なんです……」

 女性はこちらへと近付いてくる。

「今のお前ェの発言で分かったよ」

 俺の鳩尾に女性の拳がめり込む。

「お前ェは人殺せねェよ。殺せる人間性じゃねェ……」

 酸素が一気に体外に吐き出されたせいか、呼吸が出来なくなり、視界が歪み、その場に倒れ込む。

 俺を見下ろしながら女性は何か言っている様だったが頭が上手く働かず、頭に入ってくるのはただの音と化していた。

 女性は歩き出し、俺の視界から外れていった。オーレリアは俺を一瞥すると、女性の後を追って歩いていった。

 何とかして起きようとしたものの、体に力が入らなかった。

 あの女性は悪い人では無いかもしれないが、父さんはいつまで抑えられるだろうか……? ピールは大丈夫だろうか……?

 俺は少しでも早く回復するために、少しずつ呼吸を元の調子に戻していった。

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