《2小節目》~リコレクション〜
「むかーしむかし、ある所に……」
「李太郎か!」
昔話を言い始める部長に、皆の後ろに座っていたミールがツッコミを入れる。
「ナイスツッコミ!流石ミール!」
部長はそれを待ちかねていたらしく、一瞬ニヤリと笑った。その後すぐに表情を変えて一息つくと、ようやく触れた。
「という茶番はさておき、本題に入るね?……一年前──」
※※※※
一年前は、三年生の相川玲奈先輩が部長だったの。皆いつもと変わらず一生懸命練習に励んでいたわ……。しかしコンクールでは銀賞。銀賞の中で最優秀だった奨励賞を取ったけど、それは金賞の一歩手前。毎年のように金賞を取っていた流れが、崩れた瞬間でした……。
※※※※
「以上一年前でしたー」
「えっ!?」
「へっ?何かおかしいところでもあった?」
もっと長く、深刻な回想だと思っていたみんなは、唖然とした。部長はみんなの様子を見て少し驚いたが、納得したように微笑んだ。
「じゃあ、みんな挨拶の練習しよっかぁ!」
その時既に、一人が話し始めていた声が周りに伝染していた。風のように流されていった部長の声は、逆鱗を掠る。
「おいこら一、二年!」
鋭い声を発する部長の顔には般若の仮面が現れようとしていた。急に怒鳴り散らさせた後輩達はしばしの間、沈黙して動きを止めた。
「聞いてんのかっ!」
「は、はい!」
(これだから部長は……)
天崎ミールは、長いため息をつくと、みんなに溶け込むように横一列に広がった。気を付けの姿勢を保ちながら、部長の方へ全員が向く。
「じゃあいつも通りー。ミールから」
(しまった……いつの間にか端の方に並んでた……)
「はい」
「声が小さい!」
「はぁい!」
「もっと歯切れよく!」
「はい!」
三度目の正直。その時だけ、大きく返事すると、皆がそれに従って声を発する。
「はいっ!」
一人がいう度に、全員が呼応するシステムがいつもの挨拶の練習。横へ横へと次々に返事が繰り返され、やがて端まで辿り着く。
「はぁー。飽きたな……」
「流華先輩から言ったんでしょう?」
「そうなんだけどさー。つまんないよねー。なんか面白そうなの無い?」
本音にバリケードなど張っておらず、ポロッと口に出す癖を持つ部長は相変わらずだ。ある時まで特に特徴もない練習熱心な部員だったそうなのだが、一年前急に吹部の中で有名になったらしい。既に一年生だったミールは、それを見ていなかったが、友達が言うには口喧嘩になった先輩を、圧倒的な口答えで論破したそうだ。
「ネタないのかー。じゃあ解散。練習行ってねー」
部長はやる気のない声でそう言うと、後ろへ向いて一目散に校舎へ走っていった。それを追いかけるように皆が続く。ミールも一番後ろからついて行こうとしたが、誰かに肩を掴まれた。
「お前ってよく部長と話せるよなー」
「……僕に怖いものなんてないからね。部長なんて大してそう怖くない」
「そういう所ってミールの取り柄だよな!」
「君も運動能力があるじゃん」
明るく元気でのほほんとした声、笑顔がとても似合う爽やかな青年……という第一印象を持っているミールは、軽く返事を返すと、小幅で颯爽と逃げようとしていた。
後ろにいた青年は慌てて追う。そしてあっさり追い抜く。
「ミール遅っ!」
「うるさい……。知ってるだろ……それくらい……ハァ……ハァ」
「持久力もないよな」
「スゥー……。」
ミールは、限界まで息を吐いて、再度思いっきり腹式呼吸で酸素を入れた。
「勉強の持久力を身につけたらどうだい!──ハァ……ハァ……」
……吹奏楽部は肺活量が鍛えられるとよく言われるが、それはほとんど嘘である。たかが一年二年ちょっとでプロになれるはずもなく、早く走れるわけでもない。運動部はそこを大きく見誤っている。ましてや、中学生は成長期に入っているので、吹奏楽部とそれが重なって誤解を生んでいるのだ。運動部だって死ぬ物狂いで激しく呼吸を続ければ肺活量は多くなる。吹奏楽部イコール肺活量が増えるというのは丸々信じ込まない方がいい。
「勉強は別だろー?」
「別じゃないよ!」
息切れしながらも、ようやく音楽室にたどり着いたミールと青年──赤貝颯汰は、それぞれ楽器をとった。
「そう言えば、赤貝は休み明けテスト大丈夫なのか?」
「ホーホケキョ!」
「半分以上取らないと仕置があるぞ」
「ホーホケキョ!?」
誰からの仕置とは言わなかったが颯汰は察したらしく、目に涙を浮かべていた。
「手伝ってあげてもいいけど?」
「お、お願いします!」
「君の宿題はしないけどいい?」
「おっけーです!」
「半分取れなくても恨まない?」
「おっけーです!」
「千円な」
「おっけーです!」
「おっけぇ……フフフ」
交渉成立……。歪んだ笑みを見せたドSミールに颯汰は騙されたことを悟った。
「卑怯だぞ!」
「こ・こ。使わないとっ」
頭を右の人差し指でトントンと叩くとクラリネットと譜面台を持って音楽室を出ていった。颯汰もトランペットを持って追いかけるように出ていった。
「……煩い……」
二人が出て行った音楽室には、一人だけ残っていた。長い髪で視界を遮られていた彼は、二人が出ていくまでを遠目で見届けると、再び眠りに落ちた。
※※※※
「なぁミィルゥ!千円取り消してくんない?」
「あとから取り消すことはできませんよー。ニヤリ」
声と共に見下すような目で見られた颯汰に、怒りマークが浮かぶ。
「こん野郎!」
譜面台をミール目掛けて当てようとしたがミールはわざとギリギリでかわす。
「うわぁ、もう少しで当たるところでしたぁ」
「馬鹿にしやがって!」
一定のトーンで嘲笑うミールに、颯汰の怒りマークは大量生産されていく。
「これならどうだ!」
譜面台を真横に向けた颯汰は、乗せていた譜面が真下に落ちる代わりに、横に譜面台をスライドさせた。と同時に、ミールは十字に重なるようにクラリネットを構えた。
流石に楽器に当てることは悪いと体に染み付いていた颯汰は、当たる寸前で引き止めた。
「卑怯な!」
「そんな事より譜面落ちましたよー?」
「む……うぅ……」
颯汰は不満そうに口をへの字へと変えると、譜面台を置いて譜面を取る。その様子を無表情で見つめるミール。
「おーい、起きてるかー?」
「あぁ、うん。大丈夫大丈夫。疲れただけだから」
「ミールって、たまぁに無表情になるよなぁ。ちと怖いぜ?」
「ごめんごめん。でも力いれないから楽なんだよね」
「ふぅーん……」
何となく頷いた颯汰は、譜面を台に乗せ終わり、無意識に窓を見た。浅見中学校はコの字型なっていて、向こうには各学年の教室が見かけられる。各学年の教室は、音楽室や家庭科室などとは反対にある。
ボーっと見つめていると、左肩に手の感触がした。トントントンっと整ったリズムで叩かれた颯汰は、振り返ると今度は左の頬をプニっと押された。
「柔らかいねっ」
もちろん差出人は笑顔のミールだった。
「……お前ってほんとSだな」
「早く行かなきゃ遅れちゃうよ?犬飼先輩、犬のように吠えちゃうよ?」
「先輩にも容赦ないな、ミールって。そっちの黒練流華先輩も大丈夫なのか?足組んで待ってそうだぞ?」
「大丈夫だよ、言ったでしょ?怖くないって。赤貝颯汰君も、いつまで部長をフルネームで呼ぶんだかっ」
「いいんだよっ。それは……。(近づけるわけねぇだろ……)」
「なんか言った?」
「いや、別に?」
(赤貝君、赤くなってるっ。フフッ)
颯汰の様子を横目で見たミールは、もうお気付きのようだった。
楽器や譜面台で、遊んではいけませんよ♪
by部長(般若の仮面)
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