孤児院の娘
金属と金属がぶつかり合う音が試合場に鳴り響く。
今試合場ではメルと一人の男によるナンバー入れ替え戦が行われていた。
男の槍による素早い連続突きを体を逸らし、時には自分の得物である大剣ではじき返す。メルは決して無理をせず相手の攻撃を防ぐことに集中する。数撃ののち守りの固さに焦れた男が突きから一歩踏み込み大振りな横薙ぎを繰り出す。メルは右手の大剣を素早く逆手に持ち替え横薙ぎを受け止め、すかさず男の腹を蹴り飛ばす。
さらに男が態勢を崩した所にお返しと言わんばかりに逆手での横薙ぎを繰り出す。男はとっさに飛び退き、轟と大剣が通り過ぎる。その剣の圧力に押され男は氷の矢をけん制として打ち出しながらさらに距離をとる。メルは一薙ぎで矢を撃ち落とすがそのまま動かない。
――まずい。そう男が気づいたときにはメルは魔術のチャージを終え電光を打ち放っていた。
男は高速で迫りくる雷を槍でなんとかガードするが高威力を誇る雷属性の魔法に槍は砕け散ってしまった。
しかしここで引くわけにはいかない。雷属性の魔法はチャージがやたら長い分威力、速度、範囲に優れる。雷属性を持つ相手に距離を空けるのは愚の骨頂であった。
男は役割を果たせなくなった槍を投げ捨てると腰に刺された短剣を抜き一気に距離を詰める。メルは距離をとりながら再び魔法のチャージに入る。
男がメルに追いすがり突きを繰り出すがメルの方が一瞬速くチャージを終える。そしてメルが手をかざし雷を打ち出そうとした。
しかし出てきたのは空気の抜けるような音だけであった。
不発――お互いの脳裏に同じ考えがよぎる。焦るメルと笑う男。
「もらったァ!」
男は更に一歩踏み込み一気にメルの体めがけて短剣を突き刺す。
その刃はメルの脇腹の表面で止まっていた。
「なっ……!」
男は驚愕するがそれが命とりであった。男は間髪入れず振るわれた大剣による袈裟切りをもろに食らい吹き飛ばされた。
魔法が不発した瞬間メルは全身に魔力による身体強化を施し、カウンターを狙っていた。目の前の大きな隙に釣られた男はそれにまんまと引っかかった形となった。
なおも追撃を加えようとチャージをするメルだが試合の監督官が男の傍に現れた。
「ダイフ・ギルバート、戦闘不能によりメル・マックスウェルの勝利だ。」
勝利宣言を聞きメルはチャージと緊張を解く。
「ありがとうございました」
メルは担架で運ばれる相手を見送ると自分の控室へと戻って行った。
「これでナンバー59。順調順調、お疲れさん」
メルが控え室に戻るとアレンが我が物顔で待ち構えていた。
「ありがとうございます。今回はどうでしたか?」
労りへの感謝もそこそこにメルが先の試合について尋ねる。
「不発を除いても魔法の精度が悪い。距離取られとき追撃の素振りも見せなかったせいで雷属性持ちって気取られた。あの場面はけん制を捌きつつ接近して相手の反撃の出鼻をくじく形でぶっぱなすべきだった」
ヘラヘラ顔のまま返ってきたのはメルの期待通りの忌憚のない意見であったが、あまりにストレートな言い方であったため少しショックであった。
「だけど不発の後のカウンターは見事だった。ちゃんと教えたことは出来てるみたいだね」
感心感心、と言いながら医療用のヒールクロスと呼ばれる小さな布を放った。しょぼくれたメルにすぐさま飴の言葉を渡す、
魔法の発動に失敗したら瞬時に身体強化をしてカウンターを叩き込むという戦術は実はメルがその場で考えた物ではなくアレンの入れ知恵であった。
「発動が安定しないんだからその場合の対応策は用意しとかないとね。バカみたいな魔力で強化と攻撃を受け止める覚悟があればBクラスの攻撃くらい受け止められるでしょ」とは彼の談である。
「ありがとうございます……いたたた」
メルが受け取ったヒールクロスを短剣で突かれ赤くなった脇腹に当ててやるとヒールクロスに紋が浮かび上がった。
いくらメルの強力な身体強化でガードしたとはいえ流石に勢いをつけた短剣の突きをもろに食らえばあざ程度はできてしまう。
「治療と着替えが終わったら寮の共同談話室に集合ねー」
メルが治療をしながら人心地ついているとアレンはこの後の予定を言うなりさっさと出て行ってしまった。
訓練が終わったときもあんな風にふらっといなくなってしまうな、とメルはぼんやりと思った。
控室のベンチにぽつんと一人取り残されたメルはこの数日間のことを思い返していた。
アレンに訓練を見てもらうようになってから毎日ナンバー入れ替え戦を行っていた。しかもその時挑める一番上のナンバーにだ。今までいくら戦っても上に上がることができなかったがここ数日は連戦連勝、トントン拍子でナンバーが上がりあれだけ遠かったBクラスの中堅に片足を突っ込んでいる状態だ。
指導した本人曰く「その場しのぎで大したことはしてない」とのことだがメルからすればとんでもない実績であった。かつてメルを指導してきた親が用意した傭兵や取り入ろうとしてきた貴族がつけた教官達はどれだけ時間をかけても誰もメルをここまで戦えるようにすることは出来なかった。そんな今までの指導者たちの成果をアレンは数日で追い越してしまったのだ。
どこかで指導の訓練でも受けたのだろうか。しかしメルにとってはどうでもいいことだ。
理由がどうあれ今自分は確かに前に進んでいる。なにより自分を見離さず導いてくれる人がいるそれが嬉しくてたまらなかった。たった数日の、まだまだ何をなしたとも言えない小さな成果ではあったがこの恩に報いたかった。彼の計画のために自分はもっと強くなって上を目指さなければならない。
メルは勢いよく立ち上がると気合を込めて。
「よし!」
クロスが剥がれ落ちるとそこにはもう傷はなくなっていた。
数刻の後、アレンとメルはBクラス所属のジェスティ・ブラウンという女生徒を勧誘し
「嫌よ」
断られていた。
「なんか少し前同じやり取りした気がする」
「わ、私こんな血も涙もない断り方してませんよ!?」
「本人の前でよく言うわねあんた……」
二人は勧誘のため直接Bクラスの教室を訪ねたのだが友人と話していたジェスティは心底嫌そうな顔をして空いている談話室に場所を移した。のこのこついて行った二人が最初にぶつけられた言葉がこれである。
「大体なんで私なのよ。私Aクラスじゃないわよ」
そういいながらソファにどかっと座り金色のポニーテールを鬱陶しそうに払う。
「なんかこのやり取りも数日前にやった気がする」
「奇遇ですね、私もです……」
同時にデジャヴを感じアレンとメルは同時に天井を見上げた。
「何勝手に思い出に浸ってんのよ。大体そっちのあんたも――」
とメルを上目遣いに睨む。
「――Bクラスでしょ? Aクラス一人とBクラス二人でパーティ組む気? それともあんたBまで落ちてくるの?」
厳しい言葉で返すジェスティ。彼女はかなり不機嫌らしく仏頂面だ。だがアレンもこの程度ではひるまない。のほほんとした顔と軽い口調でアレンは受け流す。
「いやあそりゃー二人とも頑張ってAクラスに上がってもらうのさ」
「簡単に言うわね。そう易々とAクラスに上がれるなら苦労はないんだけど」
ここまでは先日のメルとのやり取りとまったく同じだ。メルはデジャヴを感じながら二人のやり取りを見ていた。
「いや、ジェスティ・ブラウン。あんたがAクラスに上がれるだけの実力があるのは知ってる」
だがここから先は違った。メルが驚いた顔でアレンを見るがアレンは構わず続ける。
「あんたは自分からは入れ替え戦の挑戦をしないが挑戦されて試合をするときは絶対に負けない。Bクラスのやつらを軽くあしらうだけの実力がある。それどころかAクラスでも」
自分の実力をほぼ把握されていることにジェスティは舌打ちをする。
「ふぅん、流石去年から私のことストーカーしてるだけはあるわね」
「えっ!? アレンさん私以外にもむぐぐ……」
先ほど以上の衝撃を受けメルはつい声を上げるがアレンはすぐさま手でメルの口を押える。今この場で話すことではないし話が面倒になる前に本題を済ませたかった。
「つまりはあんたがOKしてちゃちゃっとAクラスに上がってくれれば何の問題もない」
目の前の男の一方的な宣言に立ち上がってぐいっと顔を近づけ詰め寄るジェスティ。
「問題大有りよ。たとえ私がAクラスに行けるとしても絶対あんたたちとは組まない」
「ぷはっ……ど、どうしてですか? Bクラスのお友達と組みたいとか先約があるとかですか?」
「いや、まだパーティは決まってない。先約が入ってるって話も聞いてないな」
ジェスティが答える前にアレンが即答し、ジェスティはさらに苦虫を噛み潰したような顔になる。
「そこまで調べがついてるってわけ? ほんっとうに気持ち悪いわね……」
ドン引きしてぐぐっと体をひっこめるジェスティ
「断る理由は簡単。あんたたちが貴族だから」
沈黙が降りる。メルは少し緊張した面持ちでアレンの顔を窺うがいつもの気の抜けた顔のままだ。平然としているのか内心動揺しているのかはまだ付き合いの短いメルにはわからなかった。
「あんたたち貴族は私たち平民のことなんか気にもかけないだろうけど私たちは長い間、それこそ産まれた時からずっとあんたたち貴族の下を這いつくばって生きてきたのよ」
ジェスティはいったん言葉を切ると談話室の窓の枠に両手をつき外を見る。
見下ろした先には屋外訓練場を広々と使い汗を流す数人の貴族たちとその端の限られた空間で何人もの学生が窮屈そうに訓練をしていた。等しく同じ学生であるはずなのに貴族の訓練のために多くの人が端に追いやられ不便を余儀なくされている。
この光景はなにもこの学校だけのものではない。この国全体の縮図とも言えた。
「この学園でこそ完全実力主義が謳われるけど外に出れば全くの別。どんなに優秀な成績を修めても、私たちは精々が使い潰しの下っ端士官にしかなれない。私たちは現状を変えるチャンスすら得られない」
「だからそんな貴族様の手伝いなんかしたくないってことか」
「そういうことよ。分かってんじゃない」
ジェスティは訓練場から視線を外すと言いたいことは言い終わったと言わんばかりに出口へと歩き出す。扉を開いてもう一度アレンたちに顔を向ける。
「そういうわけだから。他を当たりなさい。私は絶対あんたたちとは組まないからね」
それだけ言うと乱暴に扉を閉めて出て行ってしまった。
メルの心を自責の念が刺す。今まで自分は自身が力をつけること、ひいては自身を周りの期待に応え認めてもらうことしか考えていなかった。
だが自分が見えない、いや見ようとしていなかった現実を突きつけられどうしようもない自己嫌悪の気持が胸中を渦巻いていた。
「こら」
突然頭を叩かれた。
「あ痛っ!?」
同時に屋上に響き渡る小気味の良い破裂音。とっさに大げさに声を上げ叩かれたところをて抑えてしまったが実際にはほとんど痛みはなかった。
「な、なにするんですかアレンさん!」
メルが振り返るとアレンがどこから取り出したのか平べったい棒を持って立っていた。
「なんですかそれ……」
「魔道具ってやつ。かるーく叩くだけで大音量が出せるだけのおもちゃだけどな」
そういって魔道具で持っている方とは逆の左手をスパァンスパァンと叩く。叩くたびに響く小気味よい効果音と魔道具に印された魔紋の輝きが中々にシュールな光景であった。
「平民のこと顧みなかったって自己嫌悪に陥ってますって顔に書いてあったから」
「い、嫌に具体的ですね……」
「平民には平民の、貴族様には貴族様の悩みがあんのさ。あんなの俺らが心を痛める必要はないよ」
自分の思い悩みをあっさりと切って捨てたアレンにメルは怪訝な顔をする
「それは、貴族ではない人のことは放っておけばいいということですか?」
「そりゃあんたの自由。今のままでいいなら気にしなければいいし、もし今の体制が間違ってると思うならこれから実力と地位を手に入れて正せばいいだけだ。申し訳なく思って落ち込んでも誰も得しない」
魔道具を弄びながら更にあけすけな言葉を言うアレンにむっとなる。アレンという人間は一見反論の余地のないが感情的に受け入れづらいことを平気で言う。
「んじゃ次行こうか」
「え、ジェスティさんはいいんですか?」
「あいつはまた時間をおいてから攻めるから今は後回し」
「そうですか……ちなみに、次の方のクラスは?」
なんとなく答えが分かっているような気がしつつも聞いてみるメル。
「Cだよあともう一人の候補はD」
「やっぱり……」
アレンがまっすぐ屋上に行き目的の人物を見つけ、メルはチームメンバーの候補として調査していた人物自分だけではないことに確信を持った。どこまで計画的なのかと感心する一方で調べていたのは自分だけではないのかと少しもやもやした。
屋上の淵で足を投げ出して座っている後ろに髪をまとめた少年に話しかけ――
「何か用かい? アレン君と……もう一人は誰かな?」
突然返ってきたのんびりした声の主はこちらに振り向きもせずアレンであることに気付いた。
「これはメル・マックスウェル。名前くらいは聞いたことあるんじゃないの?」
「ああ、マックスウェル家の令嬢さんか」
「これ……ええと、メルマックスウェルです。あの……」
少年はゆっくりとこちらに顔を向ける。柔和な顔立ちと柔らかな低音の声に落ち着いた印象を与えた。
「ワンダ・ノーリッシュだよ。」
「よろしくお願いします、ワンダさん」
メルにとって聞いたことのない家名、ということは彼は平民の出自なのだろう。
それよりも気になったのはどうやらワンダとアレンは顔見知りであるという点だ。先ほどのジェスティは調査していることを知っている一方でお互いに面識はないという関係だった。今回は二人は顔見知りである。となればワンダの勧誘は意外とスムーズにいくかもしれない。もちろんこのワンダがAクラスで戦えるだけの力を持っていればの話ではあるが。
「で、アレン君とメルさんは何しにきたの?」
足をふらふらと振りながら再び問いかけるワンダ。彼の顔はすでに二人から外れ目下の街並みに向けられていた。
「俺たちとパーティを組んでほしい」
「ふーん……今パーティの人数って何人なんだい?」
しばしの思案の後ワンダは問うた。相変わらずこちらを見ずに。
「二人だ。俺とこれ」
「これ……」
「二人じゃ困るなぁ」
ワンダの言葉も当然である。パーティ申請の締め切り日までに人数がそろわなければ申請していない人同士ランダムで組まされることになるのだ。いわゆる地雷パーティの道連れになるのは勘弁したいだろう。
「じゃあAクラスを4人用意したら?」
提示された条件にしばらく思案するワンダ。メルはといえば改めて自分がAクラスに上がらなければならないという事実を再確認し自信なさげな顔をしている。
そんな未来の仲間候補の様子をじっと見つめワンダはまたしばらく思案した後
「考えとくよ」
とだけ答えてまたぼんやりと街並みの方へ顔を向けた。
メルが大丈夫なのかと思っているとアレンは話は終わったとばかりに屋上の出口へ戻っていき、慌ててメルは追いかける。
「なんだかちょっとアレンさんと似てる人でしたね。ぽやぽやしてて」
「そう? 全然似てないと思うけど」
ワンダは根っこから穏やかなタイプだがアレンのそれは人付き合いをする上で円滑にやり取りが進むように見せているだけのうわべの性格である。似ていると思われているということはその処世術がうまくいっているという証拠なので良いことなのだが。
「本当にあれでよかったんですか? もし私がAクラスに上がって他に3人パーティメンバーが用意できたとして彼が入ってくれるか……それにジェスティさんもパーティに入ってくれるかどうかわからないですよ?」
扉を通り抜け校内に入ったアレンにメルが問いかける。確約をもらったわけでもないのに交渉を打ち切ったことがどうしても解せなかった。そもそも先のジェスティからも色よい返事が貰えたとはいいがたい。今日一日の交渉の中でアレンが本当に5人メンバーを集める気があるのかどうか疑いの念を持ち始めていた。
「ワンダはあれで大丈夫。あいつが断る気ならその場で断ってるって」
アレンからすればほとんど確信のようなものである。ワンダとは半年以上も前から事前に話をしてきた。その中で知った彼の性分を考えた上でワンダは条件さえ満たせばパーティに来るだろうという確信があった。そんな事情は露ほども知らないメルにとっては何の保証にもならなかったが。
ずんずんと階段を下りていくアレンの背に一抹の不安をぬぐえないメル。
「それにジェスティの説得はまだ終わってない」
「それではまたジェスティさんのところに? あの様子だと勧誘は難しいと思いますけど……」
「正攻法ではね」
至極真っ当な意見を述べるメルに不穏な言葉を発する。またよくないことを考えているのではとメルが心配しているとアレンは意地の悪い笑みを浮かべながら振り返った。
「ああいうのは……外堀を埋める」
ジェスティは一日の活動を終えて帰路についていた。エスターテに所属している学生は寮に入るのだが、ジェスティは割り当てられた部屋ではなく自らの我が家であり、生まれ育った孤児院で生活していた。
別段相部屋の相手が嫌いというわけではない。相手もそれなりにいい商家の娘だが仲良くやっている。それ以上に鼻持ちならない貴族たちがのさばる空間で生活をしたくなかったのだ。
今日はいつも以上に面倒な一日だった。しばらく前からこそこそと自分の近辺を嗅ぎまわっていた男からパーティへの勧誘を受けたし帰り際に貴族から面倒な絡みを受けたりもした。早く孤児院の家族たちの顔を見て癒されたかった。
そんな気持ちがジェスティの足を進ませたのかいつの間にか孤児院の前についていた。院の象徴ともいえる時計塔の上にはいつも座している友の姿はない。時期が時期であるしパーティ決めで忙しいのだろう。親友がいないのは残念だがじき返ってくるだろう。ジェスティはグレーマン孤児院の扉を開けた。
「おかえり~」
「……は?」
ジェスティを出迎えたのは先ほどパーティ勧誘をしてきた、なぜかエプロン姿のアレンだった。
「なにやってんのあんた」
「せっかくお友達になれたんでお家の方にあいさつを」
「あんたと友達になった記憶はないしそもそも家の場所教えてないし何その恰好……」
「あ、スープが煮立っちゃうからあとでね~」
ジェスティが矢継ぎ早に投げた問いをすべて受け流して厨房のほうへと姿を消してしまった。
しかも改めて部屋を見れば孤児院の子たちと遊んでいるのは先ほどアレンと一緒にいた、メルとかいう女子生徒だった。
まともに答える気のないアレンは放置してこちらのもう一人から事情を聴くのが早そうだ。
「ちょっとあんた、いったいどういうつもり?」
「え、あっ! お、お邪魔してます! あのその、今日お邪魔したのはジェスティさんともうすこしお話したくてですね」
「私パーティの話ははっきりと断ったはずだけど?」
「はい、それはそうなんですが……ええっと……」
ジェスティが再び拒否の姿勢を取るとメルはしどろもどろになる。その様子を見て子供たちが二人の間に飛び出した。
「ねえちゃんメルちゃんのこといじめないでよ!」
「そうだよ。めるちゃはとってもやさしいいい人なんだぞ」
「あんたたちね……こいつは貴族なのよ?」
敵の増援にたじろぐ。しかし
「貴族でも孤児でも同じ人間だって父ちゃんはいつも言ってるぞ」
「それは、そうだけど」
言葉に詰まるジェスティ。相手が身内の子供なだけにやりづらい。
「ぶーぶー」
「ジェスティの分からず屋! バカ! アホ! バカ!」
「あんたらあああああああ!」
「グゲァァアアアアアア!」
エスカレートする援護射撃に激昂して手近な子供を締め上げるジェスティ。
「えっと、ジェスティさん」
「な、なによ……」
収拾がつかくなりつつある中メルが口を開く。すると義を振りかざす小さい援軍たちも口をつぐんだ。我が院ながら教育が行き届いているなと先ほどの暴言を棚に上げジェスティは思った。
「確かに私はマックスウェル家の娘でジェスティさんは孤児院の出です。けれどそれだけでお互いのことを知らないままというのは悲しいことだと思うんです。ジェスティさん、今はパーティのことも忘れましょう。生まれとかそういうものも関係なくお話ししてくれませんか?」
虫のいい話というのは分かっていた。メル自身生活の苦しい市民や孤児たちの生活のことを何も知らない。搾取する側の人間が彼らのせいで苦しんでいる人々に仲良くしましょうと言ったところで到底受け入れられない提案であることは分かっている。
しかしそれでも相手のことを何一つ知らないまま立場だけで憎み合うということをメルはしたくなかった。今まで肩書ばかりを見られ期待され失望された彼女だからこそなおさらそう思ったのだ。
そんな意図こそ知る由もないがメルにすがるような顔で懇願され子供たちからも抗議の視線に押されれば意固地になって拒否することはできなかった。義理の父親である院長の言葉もある。
「分かったわよ、ここにいる間は喧嘩はなし。その代わり学園の話もなし。これでいいでしょ」
「はい、ありがとうございます!」
「ねえちゃん! つづきやろつづき!」
子供たちと遊ぶメルに呆れていると厨房からおさげの少女が顔を出した。
「あっ、ジェスティさんおかえりなさい!」
「ただいまクロエ、悪いわね私もリンも居なくてご飯作るの任せちゃって」
「ううん、いいんです。今日はアレンさんが来て手伝ってくれましたしメルさんが小さい子たちの面倒見てくれましたから」
クロエと呼ばれた少女は太陽のような笑顔で答えた。
「というかあいつらどうやって入ってきたの? まさか私の友達だって上がり込んできたんじゃないでしょうね?」
「うーん、よくわからないですけど最初はお父さんが応対して、なにかしばらくお話ししてたんですけど、院長がこの人は大丈夫だからってうちに入れたんです」
人差し指を顔に当てながら答えるクロエ。すると厨房からクロエを呼ぶ声がかかりはーいと返事をしながら厨房へ向かっていった。
「あ、クロエ! 院長はどこいったの?」
「なんだか急用ができたって言って出ていっちゃいましたー!」
遠ざかりながらも聞こえるよう大きな声でクロエから返事が返ってきた。
余り面識のない相手を子供たちが上げてしまったのなら問題だが孤児院の父たる院長が許可したのであれば問題ないだろう。
そう思い遊んでいるメルと子供たちを見る。お人好しな来客者は子供たちと遊んでいる。先ほどの口約束に無邪気に喜んでいる姿や今までの危うさを見るとこんなのが血を血で洗う貴族社会でやっていけるのかと心配してしまった。
「あれで色々事情があって箱入り同然だからねー。ま、無知は罪ともいうけど」
「んなっ!」
なぜか今日初めて会った危なっかしい貴族の子のことを心配していると急に後ろから声をかけられ飛び上がるジェスティ。背後から現れたのはスープの盛られた皿を器用に6つ持ったアレンだった。ジェスティの反応も待たず食卓へと向かっていった。
「ほれー、晩飯できたぞー。手洗って座れー」
「走っちゃだめよー」
アレンとクロエの言葉にはーいという子供たちの返事が返ってくる。あわただしく集まってくる子達。すっかりなじんで子供たちと一緒に席についているメル。同じく当然のように配膳をしているアレン。この後にやってくる逃げられない食卓風景にジェスティはため息をついた。
「それでね、アレンってばずっと勝ちっぱなしなんだよ!」
「そうそう、アレンとやってもおもしろくない」
「捨て札全部覚えてないお前らが悪い」
「アレンさん大人げないですよ……ちょっとくらい手加減して負けてあげても」
「メルちゃんとやると絶対勝てるから面白いんだぞ!」
「アレンも見習え」
「マックスウェルはする必要なさそうだな。手加減」
「……うぐぅ」
いつにもまして騒がしい食卓で一人仏頂面のジェスティ。どうやらジェスティが帰ってくるまでは星札というカードのおもちゃで遊んでいたらしい。アレンによる星札の勝ち方講座が始まっているのを余所に一人スープを口に運んでいる。
「姉さん、姉さんってアレンさんとお友達なんですか?」
「そんなわけないでしょアルス」
どういうわけか目を光らせ聞いてくる少年に面倒くささを隠さずに答える。黒い短髪に真黒な瞳の小さな少年はそんな態度も気にすることなくしゃべり続ける。
「アレンさんってエスターテで唯一の一属性でのAクラス入りをしたんですよね! すごいなぁ、ぼく一属性っていうからすごい大きくて強い人なのかと思ったけどそれほどでもないし、どうやってAクラスまで上り詰めたんだろう」
「知らないわよ」
「ぼくも今はクレイとかバーダ、女子にも負けてばっかりだけど頑張れば勝てるようになるかなぁ」
「お前は体の成長がちょっと遅いだけだ、そのうち女子くらいは追い越すくらいデカくなる」
突如背後から伸びてきた手がぽんとアルスの頭をたたく。
「リンさん! おかえりなさい!」
「あらリン、帰ったのね」
リンと呼ばれた手の主は空いている隣の席にどかっと座った。くせ毛でぴんと跳ねた黒い艶のある緑髪を肩まで伸ばした小柄な少女は二人の迎えの言葉におうと答えると食事に手を付けた。
「今日は遅かったわね」
「まぁな。パーティ申請は結構手間かかるぞ。お前も早めにやっとけよ」
「うえー、マジかぁ……」
親友であるリンに遅くなった帰りについて問うとあまり聞きたくない答えが返ってきた。
げんなりしているジェスティをしり目にリンが食事を続けながら食卓を見回すとすぐに来客を見つけた。
「おうウィングフィールド、うちに来るなんて何の用だ? あとそっちのは?」
リンが気さくに話しかける。リンはアレンと同学年かつAクラスであるためアレンとは親しくなくとも面識があった。そうでなくともアレンはちょっとした有名人である。
「おかえり。ちょっとブラウンに用があってね。こっちは俺のパーティメンバーのメルだ」
「初めまして、メル・マックスウェルです」
「おう、リン・ホワイトだ。よろしくな」
さらっと自己紹介を済ませる二人。
「で、ジェスティにお前が用ねぇ?」
薄く笑みを浮かべながらジェスティに視線を移すリン。できればごまかしたかったがリンの顔を見るに言うまで追求してきそうな上に無理にごまかせば子供たちを焚きつけて聞いてきかねない。リンとはそういうやつだ。
「こいつが私をパーティに入れたいんだってさ」
「へえ。じゃあお前もついにAクラスに行くのか」
「行かないわよ断ったし」
手をかざしてすぐさま否定するジェスティ。ほうと小さく驚いて見せたリンはアレンのほうに視線を送る。アレンはほんのわずかに目を合わせるとすぐに視線を切った。
「えー! ジェスティなんでAクラスにならないんだよ! いつでもなれるってリンがいつも言ってるのに!」
「そうですよ姉さん、せっかく入れてくれるパーティがあるんですから変な意地張ってないで行きましょうよ」
子供たちやアルスが煽りたてる。ジェスティがAクラスに行く実力がありながらAクラスに上がらないことはグレーマン孤児院では周知の事実であった。貴族と平民の確執も知らない子供たちにとってエスターテのAクラスというのはただひたすらに羨望の的であり皆ジェスティにはそこへいってほしいと思っていた。
「あーうるさいうるさい! あんたたちがなに言っても私の意思は変わらないわよ!」
その場の少年少女を一喝して黙らせたジェスティ。まさかこの男これを狙っていたのではないのかとアレンを睨み付けるが本人はどこ吹く風である。
「まぁまぁ、今日は学園のことはなしにしましょうよ」
「ん……そうね」
「へいへい」
「はーい」
メルがその場を取りなすとジェスティもリンも子供たちもその話題には止めて別の話に移った。
アレンだけは終始、パーティの話をしなかった。
食後他愛もない話をし、また子供たちと遊んだアレンとメル。夜も更けてきたので暇することになった。
「今日はありがとうございました。ご飯の食材もいただいてしまって」
「まぁ大した量じゃないけどねぇ」
「とんでもないです。とても助かりました」
見送りに来たクロエがお礼を言いアレンの謙遜をアルスが否定する。
「気が向いたらまた来い。今度は俺が出迎えてやるよ」
「いや一生来なくていいわ」
腰に手を当て笑顔で送り出すリンをすぐさま否定するジェスティ。
「また来るね~」
「くるなっつの!」
「あ、あはは、それじゃお邪魔しました」
孤児院の面々に見送られて二人は帰って行った。
「ったく、私の家まで調べてるなんてほんと悪質よね」
「だが悪人ってわけでもないだろうさ。あいつらが壁を作らずに遊んでたってことはそういうことだ」
リンが親指で孤児院へ入っていく子供たちを刺しながら言う。グレーマン孤児院にくる子供たちというのは大体がスラムの出身か親の身勝手な事情で捨てられ辛い仕打ちを受けた子供たちである。そういう経歴からか彼らは他人の害意に敏感であった。
その子たちがあの二人には心を開いて遊んでいたということは悪意を持って近づいてきたわけではないことを示していた。
「本当にそうかしらね……」
院長も子供たちも拒絶しなかったという事実がありながらも素直に受け入れられない。そんなジェスティに少し思案した後、リンは口を開く。
「なあ、ジェスティ……」
アレンとリンはどちらも帰る場所は学校の寮である。しばらくお互いに同じ道を歩き何も話さず歩いていた。
「今日は残念でしたね」
沈黙を破ったのはメルであった。
「何が?」
「何がって……ジェスティさんのパーティ勧誘に行ったのに結局いい答えはもらえなかったじゃないですか。わざわざ孤児院の子まで巻き込んだのに」
元々孤児院の子達がAクラスに行かないことを知ってたのは予想外でしたねと付け加える。
二人はワンダの勧誘の後いくらかの食材を買い込み孤児院へと向かった。メルは孤児院の子供たちと遊ぶアレンを見て子供たちにAクラス入りの後押しをさせようと考えているのだと理解したが、実際にはジェスティの意思は孤児院の中でも周知の事実であった。
その上でジェスティ自身が拒否しているのであれば今回の孤児院訪問はいい効果を上げたとは言い難いように思えた。
「いや、今日の目的はすべて果たしたさ」
だがメルの想像とは逆の答えが返ってきた。
メルが困惑しているとアレンは足を止める。気づけばいつの間にか寮の前まで戻ってきていた。
「え、それはどういうこと……」
「ま、明日になればわかる。そんじゃおやすみー」
そういうとアレンは男子寮のほうへと去って行ってしまった。
「明日になればわかるって……」
置いていかれたメルは今日一日で何が果たされたのかさっぱりであった。
翌日、訓練のためアレンとメルが修練場に向かう途中、前方から見覚えのある人物が歩いてきた。
「よう」
「うっす」
「こんにちはリンさん」
「おう、メル。昨日はガキどもの面倒見てくれてありがとな」
昨日孤児院にて顔を合わせた小柄な女性に挨拶をすると笑顔で返事が返ってきた。
「ブラウンは?」
挨拶もそこそこにアレンがジェスティのことを聞く。
「さっき入れ替え戦をやってたぜ。もちろん勝って昇格だ」
「え、それってもしかして……」
「あいつからの伝言だ。『しっかり人数揃えておきなさいよ』ってさ。お前もあいつと同じパーティになれるよう頑張れよ」
メルに激励の言葉をかけるとそのまま手をひらひらと振りながら横を通り過ぎて去っていくリン。
「昨日のあの様子からどうして急に……」
リンの言うことが本当であればジェスティはAクラスへの昇格にを目指して動き出したということ、つまり自分たちのパーティへの参加をすることに決めたということだ。Aクラスの別のパーティの誘いに乗ったという可能性も僅かながらにあったがリンの口ぶりではそういうことでもなさそうだ。
「言っただろ? 外堀を埋めるって」
納得のいかないメルが考える。外堀、孤児院の子達、リン……そこでハッとなる。ギギギと首を回してアレンのほうを見ると
「もしかして外堀って孤児院の子達じゃなくて……」
「部外者や学校の実情を知らない身内より中のことをよくわかってる親友が説得したほうが効果的だろうなー」
つまりアレンが埋めた外堀というのはジェスティの実家である孤児院ではなく、Aクラスの友人であるリン・ホワイトであったのだ。そのことに気付いたメルがゆっくりと問い詰める。
「じゃあ、私が昨日、孤児院に行く必要は、なかったと」
「いやーそんなことないって。だってホワイトに信用してもらわなきゃ説得してもらえなかっただろうからね」
つまり昨日は外堀の外堀を埋めるための行動だったということだ。
しかしメルとしては納得がいかない。確かにアレンの都合もあるとはいえ戦闘の師事をしてもらっている彼の役に立ちたいという思いは本当だが、こうも何も説明されずに振り回さればかりというのも多少不満が残る。
「あの、アレンさん」
「何?」
「次からパーティで何かするときは何が目的なのかちゃんと教えてくださいね」
「んー、時と場合による」
「アレンさんっ!」
校内にメルの声が響き渡った。
こんにちは! 初めての次回予告を務めさせていただきますメルマックスウェルです!
どうにかこうにかジェスティさんの加入にめどがついて3人そろった私たちのパーティ。でもなんだか最近アレンさん私の訓練はほったらかし。確かに入れ替え戦の調子はいいですけどたまにはこっちの様子も見に来てほしいです。と思っていたところでアレンさんがなんと学園最強と謳われるDクラスの学生とパーティ加入をかけて模擬戦? 最強なのにDクラスなんてなんだかわけありみたいです。でもこれでやっとアレンさんの実力が明らかになるんですね! きっと学園最強とも互角の勝負を繰り広げてくれるはず……ってなんですかその勝敗条件は!?
次回シングル・フォース、『無敗の男を討て!』
次回も頑張ります!