一人目
何もない暗闇の中で光の玉が浮かんでいた
暖かく、しかし触れることのできない光が
一つ、二つと近づいては消え、離れてはまた浮かび上がった
光の玉へと手を伸ばしては、触れないことに傷つき
また、温もりを求めて手を伸ばす
次第に大きな二つの光が目の前に浮かんできた
――そうだ、これが、すべてを包んでくれる光
二つの光に触れたその時――
――オマエナンカソンザイシナケレバヨカッタ――
「――ン。アレン・ウィングフィールド!」
悪寒と呼ばれる声で黒髪短髪の男は自分の失態に気が付いた。
顔を上げると不機嫌そうにこちらを眺める初老の教師が目に入った。
「アレン、火属性の特徴について述べよ」
簡潔にそう言い放った。これに答えられなければ相応のお咎めを食らうということだろう。アレンはすっと立ち上がり答えを述べる。
「火属性は基本属性の中でも高レベルでまとまった属性と言えます。威力、速度、範囲どれをとっても優秀で、燃費についても平均的で応用力も高いためまさに理想的な属性です。」
アレンがおおむね模範的な解答をしたことで教師も多少機嫌を直したようだった。
「うむ、前年の復習であったが覚えていたようだな。しかし貴様、前年度座学でトップの成績とはいえ初回の授業から居眠りとは気が抜けているぞ。座学で抜かれんよう気を引き締めんか」
「すみませんでした」
それでもお小言は頂戴することになったがアレンはそんなことよりも眠ってしまったことそのものとその時の夢のほうが気になっていた。
前日遅くまで今年一年の計画を立てていたとはいえ授業中に眠りこけてしまったのは不覚だった。
だがそれ以上に先ほどの夢の不快感が頭にこびりついて離れなかった。
「ずるいよアレン!」
授業が終わりアレンは自分の教室へ引き上げているところに後ろから聞きなれた声がかかった。
「何がだよ、クミル」
そういいながら振り返ると見知ったショートヘアの金髪の少女が走ってきた。
「居眠りしてたのにちょっと怒られただけだったことだよ! あれ私だったら絶対課題増やされてたよ!」
「日ごろの行いのせいじゃないの」
適当に返事をしながら教室に入る。実際日ごろから座学で好成績をとっているアレンでなければ何らかの罰則を食らっていただろう。
そこへ先にアレンの机の上に座り待ち構えている茶髪で長身の男から声がかかる。
「そのとおりだな。アレンは今日が初めてだが君が居眠りをしているところは去年から何度も見ているぞ、クミル」
「うげっ、ウィズなんで先回りしてんの」
面倒な奴を見つけたといわんばかりにクミルが声を上げる。
「アレンと確実に話すため待ち構えていた、ではダメかな?」
「うわっ、気持ち悪い!」
「冗談だ。しかしアレンよ、君がクミルのような姿を見せるとは感心しないな。大方夜中に二回生から始まるパーティ制の計画でも立てていたのだろう」
ウィズはお見通しといった風にアレンをたしなめる。
感心しない姿呼ばわりされた不満顔のクミルをよそにアレンは席に座る。
「まあな。メンバーも決まったしさっさと動き始めないと」
「あ! 残りの二人のメンバー決まったんだね! 誰なの? ナンバーいくつの子?」
不満顔のクミルだったがパーティメンバーの話が出ると途端に表情が変わった。
「まだ残りの"四人"なんだけど」
「え、パーティメンバーって五人でしょ? アレンと私とウィズと残りは二人じゃ……」
クミルの疑問は教室に入ってきた担任の存在によってさえぎられた。ウィズもクミルもそれを認めると自分の席へと戻っていく。
「当然皆知っているとは思うがナンバー入れ替え戦は二の月をもって終了とする。今月が終了した時点でこの一年の君たちのナンバーが決まり、その時点でのナンバーが君たちの実力を示すものとなる。くれぐれもAクラスから落ちることの無いよう精進するように」
先ほどもアレンたちの授業を受け持った担任のシュウはいったん言葉を切った。そしてこれから重要なことを話すということを示すため目つきを鋭くする。
「そして三の月からはパーティ制へ移行する。パーティ制では個人の力量よりも味方の状況の把握、連携が大きく評価される。パーティでの働きは個人能力以上に卒業後の進路に大きく響くぞ。くれぐれも適当や勢いで決めるんじゃないぞ。分かってるか約一名!」
「そんなやつはいまい!」
シュウは自分勝手さならナンバー1であろうウィズに対して特に言い聞かせるがウィズは気付いているのかいないのかさらっと流して見せた。
「まったく……。パーティの申請は三の月までに学生窓口にてするように。それまでに提出していないものはこちらで勝手に決めさせてもらう。以上だ。では今日は解散だ」
「それで? "残り四人"ってどういうこと?」
放課となるやいなやクミルはすぐさまアレンの元へ問いただしに来た。
「そのまんまの意味だよ。まだパーティメンバーは俺以外集まってないってこと。これから勧誘に行ってくる。」
その言葉にクミルと後から来たウィズは驚愕に顔を染める。
「うそでしょアレン! なんで私たちと一緒じゃなくて他の……」
「バカな、なぜだアレン! 私のことが嫌いになったか!?」
「必死になる部分がおかしいんだけど……」
クミルの追及を遮るほどの大声でウィズが嘆く。いつものことながらウィズのアレンへのお熱っぷりにドン引きするクミル。
「違う違う。ただ単にお前らと組むとお互い動きづらくなりそうだと思ってね」
「そうか。ならばいい。よいパーティとなることを期待している。」
「ウィズは落ち着くのも納得するのも早すぎでしょ! 私は納得できないよ! 私とアレンとウィズが組むとなんで動きづらいの!?」
まだ納得いかないクミルに対しアレンは淡々と帰り支度を始めながら答える。
「このパーティ制は貴族様からすりゃすでにコネ作りの場でもあるからだよ。俺は貴族の後ろ盾もなきゃ才能のない"一属性"。俺がいる時点で名門貴族の奴らは絶対そんなパーティに入りたくない」
「え、そういうもんなの?」
「うむ、そういうもんだな」
名門出の割には貴族社会に疎いクミルが聞き、顔の広いウィズが答える。
「仮に誰か二人ほど、クミル達目当てでパーティに入ったとして連携は絶対にうまくいかない。まず俺の提案は拒否されるしAクラスにいるような奴らは自分より才能のない奴にあれこれ言われるのは我慢ならないだろうしな。そうなりゃパーティとしてはほとんど機能しない。今後の進路にかかわる。だから動きにくいってわけ」
アレンはそこまで言い切るとさっさと歩きだしてしまった。
「お前らだけなら対等にパーティ組めるしそっちはそっちで頑張れよ」
「え、ちょっとまってよ! そんなこと気にしない人だって……」
引き止めようとするクミルをウィズが止める。
「アレンとてその可能性は考慮しているはずだ。それでも我々と組まないということはよりよい選択肢があるということだろう。好きにさせてやれ」
「むむむー」
まだ納得いかないという顔のクミルだがウィズに止められた手前しぶしぶ引き下がった。
Cクラスの試合場の控室で一人の女生徒がうなだれていた。
実家は名門、三つの属性を操り総魔力の量も類稀なるものを持つ彼女だが未だにナンバーは91、Cクラスを抜け出せずにいた。
この魔法学校エスターテはAからDまでのクラスがあり、ナンバーの上位三十人がAクラス、その下から四十人がBクラスというようになっている。
Cクラスともなればナンバーが三桁の者も多く、一属性しか使えないもの、そもそも腕っぷしを競うのではなくコネ作りに入学しただけの者も多い。
彼女の輝かしい出自からすれば縁遠いはずのクラスであるし、訓練ではCクラスはおろかBクラスの生徒とも渡り合えるのだが、本番では実力を出し切れないのか魔術の行使の失敗のせいで今も入れ替え戦に敗北したばかりだ。
才能がないのかもしれない。自らの長い銀髪をいじりながらそんなことを考えてしまう。
そんな思いを振り切るように頭を振って控室を出る。
「どーも」
扉を開けると男子学生が目の前にいた。女生徒は驚いて、しかしすぐ扉の前を離れた。
「ご、ごめんなさい」
「いや、そこじゃなくて君に用事。」
えっという顔をしながら目の前の男に顔を向ける。
姿は黒髪短髪。身長は自分より少し高いくらいか。自分は女性にしてはすこし背が高いのでおよそ男性の平均身長程度か。そしてその顔には見覚えがあった。
何のことはない。アレン・ウィングフィールド。エスターテ魔法学校の長い歴史の中で初の一属性のみのAクラス入りをした人物だ。この学校の学生ならば誰でも知っている顔だ。
しかしそれでも疑問は残る。
「あの、私にご用、ですか? 私はAクラスの方にわざわざ出向いてもらうような者ではないと思うのですが……」
そう、Cクラスの自分にAクラスの学生が用事というのがそもそもおかしい。
下位でくすぶっている名門の自分を利用しようと近づいて来た人間は今まで何人もいた。
そしてそんな人間達にも実力の無さに見切りをつけられてきた。
最近はそんな輩は減ってきてはいたが久しぶりにそんな目的の者が近づいて来たのだろうかと身構えた。
「あれ、俺のこと知ってるの」
「え、ええ。一属性でAクラスなんて歴史的なことですから。かなり有名ですよ、アレンさん」
いやー照れちゃうねなどと頭を掻きながら軽口を叩いてみせるアレン。
「正真正銘君に用だよ。メル・マックスウェル。俺とパーティを組んでほしい」
用というのは大よそ理解のできないものだった。
メルはアレンの表情を改めて見てみるものらくらとした表情で真意は全くつかめない。
「すみません、それはできません。私はナンバー91でCクラスですからAクラスの貴方とはパーティが組めません」
やんわりと拒絶の意思を伝える。パーティは同クラスの者同士でしか組むことができない。
これは実力のない貴族が上位ナンバーの者に取引としてパーティに取り込んでもらい、成績をよく見せるという行為を防ぐためでもある。そのことは誰もが知っているはずだ。
「いいや大丈夫」
だがアレンは引き下がらなかった。
「Aクラスに上がればいい、君が」
「――何を」
おかしなことを、と言いかけて飲み込んだ。自分で自分のことを否定してどうしようというのか。
しかし言いかけた言葉はどこまでも真実だった。残り一か月、たったの三十日間。ナンバー91からAクラス入りのナンバー30まで入れ替え戦を勝ち抜くのはほぼ不可能だ。
それをわかってからかいに来たのだろうかと思う。
「そんな、無理ですよ」
「無理じゃない無理じゃない」
アレンは相も変わらず気の抜けた表情で言ってのける。そして
「やればできるって」
「――」
頭が、真っ白になった。
親が、姉が、親族が、家名に寄ってくる貴族たちが、フラッシュバックする。
「やめてください!」
つい大声をあげてしまった。
我に返って相手の顔を見る。さすがにアレンも少し目を見開いて驚いた表情を見せていた。
その光景にほんの少しこのふざけた男にやってやった、という感情が湧くがすぐに自己嫌悪に陥る。
「すみません。でも、無責任なことは言わないでください」
メルは失礼します、と言ってアレンを残してその場を逃げるように立ち去った。
「ありゃりゃ、怒らせちゃった」
一人軽口をたたくが見送るアレンの顔は険しかった。
翌日の朝、メルの目覚めは最悪だった。
嫌な夢を見た気がする。前日の変な男のせいでいろいろと思い出してしまったせいだろう。
しばらくあの人の顔は見たくない。そんなことを考えながら朝の訓練のため早々に身支度を済ませて学生寮の自室から出る。
「おはよう」
嫌な顔を見た。今日最初の感想はそれだった。
「パーティ組んでよ」
「お断りします」
昨日とは違いはっきりと拒絶する。一秒だってこの人と同じ空間にいたくない。その気持ちですぐさまアレンを置いてその場を離れた。
だが現実は甘くないということなのだろうか。アレン・ウィングフィールドは想像以上にしつこい人間だった。
授業のため教室を移動するときも
「俺もこっち側の教室なんだよ奇遇だねー。あとパーティ組もうよ」
昼食をとろうと食堂へ来ても
「あ、席とっといたよ。あとパーティ組もうよ」
どこへ行ってもひょこひょこと現れて何度拒否してもまるで効果がないかのようにまた次あったとき勧誘をしてくるのだ。
そんなことが三日も続いたせいかCクラスでは「あの有名な一属性のAクラスが"不出来な方のマックスウェル"を落としにかかっている」などという噂が流れるようになった。
それはAクラスでも同様のことでアレンがCクラスの女子にお熱、という話はすぐに広まった。
「ふーん、アレンは私たちよりCクラスの女の子をとるんだー、へー」
「拗ねない拗ねない」
「拗ねてない!」
精一杯の抗議の姿勢を茶化されて反発するクミルだったが誰がどう見ても拗ねているのは一目瞭然だった。
「三日も付きまとって全然だめなんでしょ? 他のメンバーも全然決まってないんだし地雷パーティに突っ込まれる前にあきらめてこっちに来なよー」
「やーだ」
もし三の月になったときパーティ申請がされない場合は余った者同士で学校側が強制的にパーティを組ませるのが通例である。
期間までに決まらなかったこともマイナス要素として学校側には記録されるしその余り者パーティは成績が良かったためしがないので地雷パーティなどと呼ばれたりもする。
だがアレンは頑なだった。
「君も自分の心配をするべきだぞ、クミル。こうなったらアレンは滅多なことでは折れん。いつまでも待っていると君も地雷原へ招待される羽目になるぞ」
またしてもウィズに制止される。ウィズはアレンの判断に全幅の信頼を置いているように見えるがクミルとしては不安であった。
「まぁ、そりゃそうだけど……そういうウィズだって決まってないでしょ? 大丈夫なの?」
「ふむ、問題ない」
水を向けられたウィズはくるりと振り返るとちょうど残りのパーティについて話していた一組の女子生徒に向かっていく。
「お困りのようだな! 私にいい考えがある!」
「ひゃい!?」
そのままとてつもない勢いで自分の売り込みを始めるウィズ。
「うわー、勢いで決めるなってシュウ先生の言葉、何だったんだろうね」
「くっくっく、ああいう風に勢いでなんとかなっちまうのがあいつの一番の強みだよな」
「えー、そうかな……何とかなってるのかな、アレ……」
あきれ返るクミルとおかしそうに笑うアレンをよそにウィズは早々と話をつけて戻ってきた。
そしてクミルのほうへ向きなおると一言
「早く決めろよ」
「あーっ! めっちゃむかつく! いいもん、アレンがパーティ決まるまで私待ってるから!」
どうだといわんばかりの顔のウィズに腹を立てるクミル。
「なんかその言い方恋人待ってる子みたいだな」
「変な言い方すんな!」
ついでに乗っかって茶化すアレン。
しかしウィズはじっとクミルを見つめたまま黙ってしまった。
「ん、どしたのさウィズ」
「……いや、私もアレンのことを待ち続けていたらアレンの好感度が上がったかと少し後悔しているところだ」
「安心しろ。何やってもお前への好感度は変わらねーよ」
「いつでもMAXということか!」
「やっぱさっきの言葉撤回する。お前の一番の強みはポジティブさだよ」
「お断りします」
Cクラスの演習棟の廊下にメルの冷め切った声が響く。
この数日間でおなじみとなったアレンのパーティ勧誘だ。
メルは試合場に向かいながら拒絶する。
メルはアレンが毎日のように勧誘を行うせいでただでさえCクラス内でできそこないの貴族として評価の低いメルはますますパーティが組めなくなってしまっていた。
「貴方のせいでこちらはいい迷惑なんです」
「ゴメンゴメン」
「謝るくらいなら来ないでください」
「それはできないかなー」
「いい加減にしてください!」
しつこい上にヘラヘラとした態度のアレンにメルは足を止め感情を爆発させる。
「私にはAクラスに上がることなんて無理なんです! いい加減わかってください!」
「無理じゃないね」
まただ。今まで聞いてきた数々の何の根拠もない保障。それと同じものをこの男は吐いている。
「あなたもそうやって根拠のないことを言って! みんなそう! 母上も父上も姉上も!家名につられて寄ってくる人たちも! あなたならできる、あなたなら立派になれるって! みんながそういうから、私も期待に応えようと思って頑張ったのに! 全然駄目で……才能なんてなかった……みんなの期待になんか答えられない……」
押し寄せる感情の波を抑えきれずまくしたてた。それほど親しくもない相手の前で不安、弱音を吐き出してしまった。気づけばメルはうつむき涙を流していた。
ここじゃ目立つな。アレンはそう判断すると感情が高ぶっているメルを手近な空いている控え室へ押し込んだ。
このままでは話にならない。アレンはメルが落ち着くまでメルを座らせて時間を空けた。
しばらく泣き続けるとメルも少し落ち着きを取り戻し始めた。
アレンは魔術を行使して控え室の備え付けのコップに水を満たすとメルに渡した。
ありがとうございます、と律儀に礼を言うメルに対してアレンが語りかける。
「根拠はある」
メルは顔を上げる。だが決してその言葉が嬉しかったわけではない。
「そ、それは私の、生まれつきの力が優れているから、ですか」
今までメルが聞かされてきたあてにもならない根拠を口にする。
アレンはそれを敢えて無視して続けて語り始めた。
「俺は知っての通り一属性しか持ってなくてね。そんな俺が勝ち上がる為には対戦相手の情報をかき集めてガッチガチに対策するしかなかった。その甲斐あってか今じゃAクラスのナンバー16だ」
「一属性のあなたにできたから、私にもできるということですか」
まだ嗚咽の残る声でまたしてもメルが口を挟む。
アレンは控え室の鎧やらの備品を弄りながら語り続ける。
「まぁまぁ、言いたいことはも少し先。それで続きだけども、そんな感じで入れ替え戦を切り抜けてたんだけど去年の七の月くらいからかな。そういう下調べはやらなくなった。他にやらなきゃいけないことができたからな」
「やらなきゃいけないこと?」
「今年のパーティ制に向けての情報収集。俺はウィングフィールド家からほぼ絶縁状態な上に一属性しかもってないからね。Aクラスにいる奴らはまず組んでくれないから他のクラスでAクラスに上がれそうでかつ俺と組んでも不満のなさそうなやつを探さないといけなかった。そこで初めに見つけたのが君。君がパーティに来てくれれば必ずうまくいくとそう思った。だから俺が君を鍛える。そうすれば君の才能なら必ずAクラスに上がれる」
しばらく控え室に沈黙が流れる。
「……今までたくさんの人にそう言われてきました。いろんな家庭教師をつけてもらったこともありますけど、結局変わりませんでした」
「そいつらは君の生まれ持った才能だけ見てただけだ。俺は半年間君を見てきた。君なら絶対上に行ける」
アレンはメルに向き直るとまたへらっとした顔に戻る。
「それに自分で言うのもなんだけど俺、指導には結構自信あるしね」
俺才能なかったからその分ね、と少し自虐を交えながら言う。
「どうせこのままでもCクラスの貴族じゃ適当な閑職に追いやられるか政略結婚の駒になるか……どちらにしろ碌な進路はない。なら俺と一緒に上を目指そう。駄目だったときは一蓮托生、仲良く地雷パーティに投げ込まれて路頭に迷えばいい」
メルはアレンの話を聞きながら泣きそうになっていた。自分の努力を見てくれている人がいてくれた、という嬉しさとどうせ今回も、というあきらめの気持ちがごちゃまぜになってどうしていいのかわからなかった。
「君の才能は必ず開花する。俺が開いて見せると約束する。だから俺と一緒に来てくれ」
誰からも期待されなくなっていた。親も姉も、周りの人間も自分に向ける視線はあきらめが入ったものばかりだった。
しかしまだ自分に期待してくれている人がいる。一緒に戦ってくれる人がいる。それが嬉しかった。
「……はい。よろしく、お願いします……」
その言葉を聞くとアレンは満足そうな顔でうなずいた。
「これからよろしく頼むぜ、運命共同体さん」
こうして一人目のメンバーが加わった。
翌日、Cクラスの修練場でアレンとメルは学校支給の戦闘服を着て早速鍛錬を始めていた。
「メルが訓練や模擬戦で勝てて入れ替え戦で勝てないのは精神的な弱さが問題なのでこれから基礎訓練をしよう。まずはこの修練場をかるーく二十周ね」
前後のつながりがおかしいアレンにメルが突っ込む。
「え!? し、試合中動揺するのが問題なら精神訓練とかのほうがいいのでは……」
「どうせ今から三の月までに精神を根本からガラッと変えるのは無理。なので試合中十の実力のうち一しか出せないなら今の実力を十倍して十の力が出せるようにします。ハイはじめ」
「そ、そんなめちゃくちゃな……ひ、ひえー」
ごり押しもいいところな理論にメルは若干引きかけるが、アレンが自信満々であること、またメルがパーティに入ることを決めた日からアレンのことを信じると決心したことから指示に従うことにした。
「あ、もちろん終わるまでずっと全力疾走で魔力による身体強化は使っちゃだめだからなー」
「ひえー!?」
中々の無茶ぶりをするとアレンは修練場の入り口へ引っ込んだ。
入り口の長椅子で今後の鍛錬のメニューの見直しを行うつもりだったがそこには先客がいた。
「あれがアレンの仲間の一人目か」
「相変わらずの神出鬼没だなウィズ」
アレンはウィズの隣に腰かけるとノートを取り出しウィズには目もくれず予定を確認し始めた。
「君の居る所ならばどこにでも現れるさ」
「帰っていいぞ」
ウィズのいつもの本気なのかそうでないのかよくわからない冗談をそっけなく返すアレン。
ウィズはそんな返事を気にした様子もなく長椅子から立ち上がり、修練場の一人で全力疾走しているメルを見る。
「ふふ、つれないことを言う。しかし君が勧誘するというのでどう言葉巧みに誘導し丸め込んだのかと思えば今回はずいぶんと真っ直ぐぶつかったようだな」
「俺を何だと思ってんだ。というかなんでそんなことわかるんだよ」
「彼女の目を見れば」
ウィズの視線の先には必死ながらも全く手を抜かず訓練を続けるメルがいる。
「たまにお前がエスパーかと思う時があるぞ」
「心外な、戦っているときの君のほうがよっぽどエスパーだ」
軽口をたたきあう二人。その後少し沈黙が流れた後アレンが口を開く。
「これから2年間、背中を預ける相手だ。真剣にぶつかるのは当たり前だろ」
「なるほど、違いないな。しかし彼女がか。確かにかなりの素質だが……」
「だが?」
ウィズの意味ありげな言葉にアレンが少し目を向ける。
「芽吹く才には見えんな」
「芽吹くさ。というか俺が芽吹かせる」
アレンは即答するとまたノートへ顔を落としてしまった。ウィズは驚きはせず満足そうな顔をして見せる。
「大した自信だ。それでこそ私の知っているアレン・ウィングフィールドという男だ」
アレンはノートを閉じると長椅子から立ち上がりウィズの隣に並び立つ。
「それに……」
「それに?」
「約束したからな」
「……アレン、私とも何か約束をしよう。今すぐに」
「帰っていいぞ」
「つれないことを言うな」
アレンはだがそれがいいなどと口走るウィズを放置して修練場へ入る。
「よーし、次は魔術の基礎訓練に移るぞ。ほら立った立った」
そしてアレンは丁度二十周走り終え倒れこんだメルの元へ歩き出す。
修練場にはメルのひえー、という悲鳴が響いていた。