記憶
どうして、こんなことになったのだろう。
「ミナトさん…私たち…助かると思います…?」
絶望と困惑が入り混じった表情を浮かべ、織姫がつぶやいた。
あいつらが残してくれた水もそろそろ底をつきそうだ。
だがもう、問題は水なんかじゃなかった。
「…なあ織姫、アレ…何なのかな」
しぼりだした声は、思ったよりも力なかった。
織姫からの返事はなかった。答えようがないのだろう。
この島に流れ着いたとき、10人だった。
それが、もう、2人だけ。
白鳥は死んだ。
羽衣も、月船も死んだ。
多田羅さん親子も死んだ。
雨宮と天之川も死んだ。
鵲も死んだ。
「なんなんだ…どうしてなんだよ…」
わけがわからなかった。
わけがわからないまま、全員死んだ。
「…腕、怪我してます」
「え、ああ、いいよ。これくらい。それに今、記憶が飛んだら、やばいだろ」
「……はい」
織姫が最後に笑ったのはいつだったか。
良く笑う子だと思った記憶がある。記憶しかなかった。
これからどうすべきかわからなかった。
途方に暮れると言うのはこのことだ。
―――あいつは最後に、『がんばれ』と言ったんだと思う。
その言葉通りに、頑張ろうとしたけれど、もう、積んだのかもしれない。
あれから5日経った。救助は来る気配がない。
今は逃れているが、今度見つかったら生き残れない。そんな気がする。
戦える「まほうつかい」はもういない。自分と織姫の「まほう」は戦闘に適さない。
「…くそっ」
「ミナトさん…」
温かさが右手を包む。織姫の手だった。
心配そうにこちらをのぞき込み、両手でこちらの右手を包んでいた。
その手が、かすかにふるえている。
なにを、弱気になっている。
織姫はこんな状態でも、俺のことを心配してくれている。
もう皆死んでしまったけれど、まだ織姫が残っている。
「織姫…俺、絶対お前のことだけは…」
それ以上は言葉にならなかった。
織姫がいなくなった。
厳密に言うと違う。
俺の右手を包んでいた両手は残っている。
それ以外が、
腕、首、足、胴体が、バラリとばらけた。
「…え」
おそらく自分のものであろう悲鳴を、どこか人ごとのように聞いた。
どうして、こんなことになったのだろう。
どうして、俺たちがこんな目に遭ったのだろう。
***
ある暑い夏の日だった。
一隻の旅客船が、沈没した。
数人は救命ボートで漂っているところを救出された。
数人は水死体として回収された。
ひとつの救命ボートが発見されたのはその6日後。
小さな島に、ひっそりと。乗客の姿はなかった。
彼らは、島のあちこちに散らばっていた。
あまりに凄惨な光景に、報道規制がひかれたほどだった。
その島で、10人の男女が、死んだ。
もしも
もしも
もしももしも
もしももしももしももしももしも
叶うなら
もう一度
あと、一度
――――――――――はじまりは、5日前まで遡る。