第一話
ここで第一章を始めたいと思います。ま、話の半分ぐらい説明ばかりですが。
僕が旅をすると決めた次の日。
僕達四人はこれからどこへ向かうか相談を――
「その前に弟子よ。お前、世界についてどのくらい知っている?」
「え、ひどく問題ばかり蔓延って、腐りきったものじゃないんですか?」
「……」
「え、無言で僕のお腹めがけて殴るのグボラァ!!」
「つまり、分かってないわけだな」
――する前に、僕が世間についてあまりにも無知だったため(殴られた箇所が痛い)、ひとまずこの国――リゲル王国の首都を目指しながら世界についてのレクチャーを受けることに。
正直首都(王都ともいう)へ行くのは気が進まない。だって僕、一応世界を救う救世主として宣伝されているから。これも全部お師匠様のふざけた占いと言う名の未来視のせいなんだけどさ。本当に困ったものだ。
「――だな。ここまでで質問は?」
「はい」
「なんだ弟子よ」
「どうしてお師匠様の荷物を僕が背負っているんですか?」
「お前弟子だろ。次」
説明に関係のない質問に対しバッサリと切り捨てるお師匠様。一応頑丈の部類に入る体だけど、お師匠様の荷物が多いのですごく疲れる。
そんなお師匠様は未だにフードを被ったまま「それ以外に今の説明で何か質問は?」と僕達――というか、明らかに僕――に聞く。
僕はバランスがそろそろ取れてきたと思いながら、「異世界から人を召喚できる国って、過去に召喚したんですか?」と尋ねる。
「少なくともそんな話は今まで聞いたことはないな。実績も四百年前に起こった大戦争の際だけらしいし。それが?」
「いえ。今回お師匠様が占ったことをひっくり返そうとその国が召喚して解決しようとするんじゃないかなぁと思いまして」
「お前本当に頭だけはいいな」
僕の考えを聞いたお師匠様は、息を吐いて僕をそう評価する。冒険者でメイドを自称する少女――リニアさんは「国の名前は知らないのにそんな考えを抱くとは……なかなか聡明ですね」と素直に感心し、ナオルニシアさんは素直に驚いていた。
頭がいいというか、単純に現実だったらそうなるんだろうな…と思っただけなんだけどなぁと思いながら、「その国の名前なんでしたっけ?」とお師匠様に真顔で質問する。
「…ミラード教国だ」
「ミラード教国ですね。結構遠いんでしたっけ?」
「今いる国からはそうだな……徒歩で二年ぐらいかかるんじゃないのか?」
「馬車で行っても一年はかかるので、転移魔法を使うか、転移屋に頼むしかありませんね」
「ちなみにお金は国によって単位が違うので気を付けてください」
「あ、うん」
一気に情報が来たので何とか整理する。整理しながら、「そういえば、お金見たことないんだよな…」と呟く。
みんなの足が止まる。それに合わせて足を止めると、お師匠様が「……お前が作ったという村。本当にすごいな」と感心した。ため息をついて。
「そういえば物々交換でした。あの村」
「何とも原始的でしたね」
ナオルニシアさんは思い返しながら、リニアさんは無表情のまま率直な感想を述べる。当然、それを聞いた僕は苦笑する。
現在お師匠様とナオルニシアさんが前に、リニアさんが僕の隣にいる。なんというか、とんでもなく肩身が狭いので、お師匠様に頼んで人が通らなそうな道を選んでもらっている。
ま、その結果自然と森の中。お師匠様に先導されながら、なんか秘境みたいな場所を歩いている。
木々はどこか神秘的に見え、時折聞こえる鳥のさえずりは空気を穏やかにしてくれる。
時々水が流れる音が聞こえるんだけど……本当に王都へ行けるのかな?
少しばかりの不安を抱きながらもぼけっとしていると、「弟子。今までに紹介した国の名前を全て答えろ」と言ってきたので、「へ?」と真顔で返す。
「聞いてなかったな?」
「リゲル王国とミラード教国ですよね?」
「……」
「あ、その手に持ってる太い枝を振りかざさないでください僕死にます!!」
どうやら話は進んでいたよう。短気のお師匠様の態度を見て僕はそう考え、「すいませんもう一度お願いできますか?」とこれまたいつの間にか進んでいた距離を縮めながら頼む。
次聞いてなかったら魔物に食わせてやると割と本気の声でそう言われながらも、お師匠様は教えてくれた。
「いいか? まず私たちがいる国がリゲル王国。人間が国王の中では一番大きい国だ。私達が今歩いているのは国境線となっている森だ。さっきまでいた場所が最西端で、すぐ隣が別な国となっている。首都はあそこから東にまっすぐ行けば近いが、どこかの弟子が恥ずかしいからと言う理由で北上して遠回りする羽目になっている」
「どこまでこの森を歩くので?」
リニアさんが僕の横を歩きながらお師匠様に質問する。表情は相変わらず。
「このままいくのならそうだな……日が沈むあたりでちょうど森が途切れる。そこから南下していけば、二週間ぐらいで到着するだろう」
「分かりました」
……そういえばお師匠様シスターの格好をしていたはずなんだけど、もうローブ姿のままで過ごすのだろうか。
不意に気になった疑問だけど、僕に害はないので放置。
代わりに、「リゲル王国の周りはどうなってるんですか?」と質問する。
「西にはエルフの国がある。森が国境になっているのもそれが要因で、許可証がないと入国できないように魔法がかけられている。とはいっても国境線の前にはこの国の騎士団とあちらの兵がいるからわかりやすいが」
「許可証を忘れたので私は遠回りしました。魔法の適用範囲外まで移動して」
「……こいつみたいに強くて裏事情を知ってる奴じゃない限り不法入国は無理。それは、どっち側でもいえることだ」
リニアさんをチラッと見てため息をついて説明してくれるお師匠様。だけど僕にとってはどっちもどっちだとしか言えない。
となるとあの時の足音はリニアさんだったのかな。魔物の死体があったとか言っていたから。
ランクレスってすごいなぁと思いながら「へぇ」と頷くと、「北を進めば氷の国。雪妖精と人間が共存している国へと続く山脈へ向かう道がある。東へ行けば海があり、南へ行けば草原が広がっており、そのまま南へ行くと獣人の国がある」と教えてくれた。
「ちなみにエルフの国はナチュル、氷の国はノザマ、獣人の国はビストロスだ」
「海ってことは、僕達の国はいちばん東端なんですか?」
「そうだな」
前を向いたまま返事をするお師匠様。まぁ当たり前なんだけど。
そんな中、ナオルニシアさんが「そういえばここにも獣人やエルフはいますよね。あと、海の方へ行けばウンディーネも」と何かを思い出したように付け足してくれる。
僕はその話を聞きながら、「エルフや獣人、雪妖精にウンディーネか……。そんなに種族あるんだね」と感想を漏らしたところ。
なぜかお師匠様にため息をつかれた。
理由に見当がついた僕は、何か言われる前に答えた。
「僕学校に通っていませんからね? あの村で通った人がいたかどうかも分かりませんし。今となっては」
「……そうだったな。お前、ずっとあの村にいたんだった。頭の回転が速いから、通ったことがあるのかと思っていた」
僕ずっとあの村にいたのをお師匠様は知っているはずなんですけど…と、お師匠様の記憶力を心配していると、「そういえばジーク様はおいくつなんですか?」とナオルニシアさんが訊いてきた。
「十五、六のどっちかだね……」
「分からないんですか?」
「正確には。いつからか数えるのを忘れたから」
「ちなみに私は十七です。ナオルニシアさまは?」
「私は十五ですね。今年で」
となるとお師匠様がやっぱり一番年上なのか。顔立ち僕達と変わらないけど。
そんなことを考えていると前方から小石が飛んできて僕の眉間にあたった。
そこまで痛くなかったけど、眉間に手を当てながら飛ばしてきたと思われるお師匠様の方を見る。だけどお師匠様は僕の視線に気付かないふりをしながら先へ進んでいた。
ちょっとそれはひどくないと思ったけど、これ以上文句を言ったら王都にたどり着く前に僕が死ぬ恐れがあるので何も言わずについていく。
どのくらい歩いたかわからないけどどうも森の景色が変わり始めて日が差し込まなくなったなぁと感じるぐらいになった時、不意にお師匠様が立ち止ったので僕も立ち止まる。
「飯にしよう。昼も食べずに延々歩いていたからさすがに疲れただろ?」
「今、夜なんですか?」
「そうだ。森の中だからわからないだろうが」
そう言われて周囲を見渡し僕は気付いた。
最初景色を気にしたときは木漏れ日とかで葉っぱや幹の色が見えたけど、今となってはそんな日差しはなく、周囲はほぼ真っ黒。
間違いなく夜になってるねと空腹感がないなぁとぼんやり思っていると、ナオルニシアさんは「やっとですか……!」とどこか待ちわびた様子だった。おそらく、だいぶ前から空腹だったのだろう。もはや目に光がない状態にまでなってるし。今戻ったけど。
リニアさんは表情も口調も変わらず。ただ「では少しお待ちください」と言って消えた……
「って、え? そこにリニアさんいましたよねお師匠様」
「大方、食べられるものでも取りに行ったんだろ。それじゃ、私達はここで準備をするか」
そういうとお師匠様は僕が運んでいた荷物を片手で持ち上げると、そこからテーブルやら椅子やら薪やら出した。
一体僕が運んでいたバックって何が入ってたんだろう…と、気になる大きさの数々が出てきたバックを見ながら疑問に思うけど、わかりたくないのでその疑問を捨てた。
「弟子も手伝え」
「ですよねー」
乱雑に出すだけ出したら僕に指示してきたので、逆らう気のない僕はそれに従い椅子を配置して僕の目の前に現れた火に薪をつけて他の薪のところに投げる。
薪の火が移って焚火になったと同時、リニアさんが音も気配もなく「戻りました」と報告してきた。
僕は驚いたけれど、お師匠様は普通に「何をとってきたんだ?」と尋ねる。
「木の実を少々と、赤剛の熊を狩ってきました。血抜きなどは済んでおります」
そう言ってドサリとお師匠様が置いたテーブルに置かれたのは、僕たちの身長より大きい熊の死体。
ところどころ傷痕はなく、毛皮が燃えるような赤さのまま、首だけがないという状態の巨体がテーブルからはみ出ている。
死体を初めて見た僕は、けれど非情にも可哀そうだという感情が湧かなかったし、特に吐き気を催すこともなかった。ただ、このテーブルよく壊れないなと感想を抱いていた。
熊の死体を見たお師匠様は「今夜は豪勢だな」と言ってその熊の毛皮を綺麗に剥がして肉をあらわにする。
なんというか、とことん慣れてるねお師匠様。
そのまま毛皮を例のリュックに入れたお師匠様はあっという間に解体し、「焼いて食べるぞ」と各々にその肉を投げてきた。