第三話
この時間帯バイトですね、たぶん。
「約束通り来たな、弟子よ」
「彼女は騎士団の人たちに任せました。あの人たちも彼女の言う言葉を真に受けていませんね」
「なるほど。私がいない間にどのように生活していたのかわかる報告だな」
いつもの場所――普段いかない森の奥にある道が何重にも偽装されている先の小屋――に来た僕は、さらっと現状を報告して無骨な丸太をそのまま椅子として利用する。というか、この小屋にはそんな椅子が二つしかない。
お師匠様は宙に浮きながらカップの中に入っている飲み物を口に含み、少し考えた様子を見せてから持っていたカップを僕に投げる。
「っと」
きっと淹れろということだろうと割らずにキャッチした僕は理解してカップを持って立ち上がり、染み込んだ動作で突如として現れた火に動じずポットを手に取り、その上に置いておく。
沸騰するまで待っていると、「世界に危機が迫っているのは本当だ」とお師匠様がポツリと漏らした。
僕は他人事のように反応する。
「それでしたら大変ですね」
「私は、だからお前の名を挙げた」
「お師匠様が行けば解決できますよね。そんなの」
「私が縛られていることを知ってるだろ」
「縛られていても関係ないですよね?」
「……」
「……」
睨み合いはないけど空気は険悪になる。僕はその雰囲気のまま沸騰したお湯が入ったポットを少し冷ましながら「紅茶ですか? それとも、東洋の国からもらったという緑茶にしますか?」と尋ねる。
「緑茶にしよう。久しぶりにあの苦味を味わいたい」
「煎じる時間によって渋味も出ますけどね」
お師匠様に許可を得ないまま慣れた手つきで準備し、茶葉を入れたもう一つのポットに少し冷ましたお湯を注いでさらにおいておく。
「弟子も飲め」
「いいですよ」
もう一つ――円筒状のカップ――東洋で湯呑というらしい――を棚から見つけた僕は残ったお湯とそれを持って外ですすぎ、特に問題なさそうなので水気をきってから小屋へ再び入る。
「このぐらいの蒸らしがちょうどいいなやはり」
戻ったら勝手に淹れて勝手に飲んでいた。まぁお師匠様のなんだけどさ。
慣れていた僕は気にせずに緑茶を湯呑に入れ、少しばかり湯呑が熱いことを気にせずに持ったまま尋ねた。
「お師匠様」
「なんだ」
「こんなことまでして、どうして僕を祭り上げたいのですか?」
その問いに対し、お師匠様は「祭り上げたいか……そうではない。これはもう、決められた道の途中でしかないのだ」と見通したように答える。
「それ、僕とお師匠様が初めて会ったときにも言ってましたね」
「弟子と会う前から弟子と会うのは知っていたし、それからどうなるのかも少しだけならわかっていたからな」
鼻で笑いながらカップで緑茶を飲むお師匠様。フードを深くかぶっていてよくわからない人だけど、とんでもない人物だというのは経験上知っている。
だって現に宙に浮き続けたまま飲み終わったのかポットを浮かせてカップに注いでいるし。手を使わないで。
この人いつもこれがデフォルトだからな…などと昔を思い返しながら、僕はのんびりとすすりつつ「そんなに使って魔力大丈夫なんですか?」と一応心配する。
返ってきた答えは、弟子がよく知っているだろ。だった。
お師匠様のことは詳しく知らないからあまり語れないけど、反則的な存在だということ。
岩を拳で貫通させたり、見えない速度で丸太を薪に変えたり、魔法を四六時中使っているのに疲れひとつ見せなかったりと、本当に恐ろしい人。
未だになんで目をつけられたのかわからない。何かひどいことしたかな……。
「むしろお師匠様のほうがひどいことばかりしてきた気が……」
「ところで」
おもむろにお師匠様が口を開く。僕はそれを真正面で見つめる。
「……お前はいつ来る」
その言葉で何のことか理解した僕は「世界を救うという名目なんて、彼女に任せればいいじゃないですか。あちらの方がぴったりです」と諭すように反論する。
「彼女一人では隣の国が抱えている問題で潰れる」
「僕だったら国が抱えている問題を解決の方向へ導く、と。ずいぶん過大評価しますね」
「私が調べている間、弟子がどう動いているのか気になっていたが……ずいぶんと卑屈になったものだな」
やれやれと言わんばかりの雰囲気を出しながらそう言ったお師匠様は、緑茶を飲んでからつぶやいた。
「理想や目標があるのはいいことだろ?」
「どこがですか? あんな虚しいもの」
「……」
――押し黙ってしまった。
僕の考えがあの時から変わってないことにこれで気付いて諦めてくれるだろうと思った僕は飲み干した湯呑をテーブルに置き、様子をうかがう。
すると、お師匠様は笑っていた。
「ここまで頑固だと思わなんだ。ある程度で妥協するのかと考えていたが、甘かったようだな。面白い変化だ」
「ではさっさと取り消して彼女を帰してください」
「だが断る」
仰々しく腕を組んで鷹揚に首を横に振るお師匠様。そのはっきりわかる態度に、これもう平行線になるなと経験則で理解。
ハァッとため息をつくと、お師匠様は「では私も少し変化してみるとしよう」と言ってフードをぬい……って、えぇ!?
「お、お師匠様」
「む。どうした弟子よ。そんなに驚くことか?」
「あ、当たり前じゃないですか…女性だというのもそうですしとても綺麗な顔立ちしてるなっていうのもありますけど、まさかギルド内伝説の最高位に君臨し、その功績から国ですら従わせるという『女帝』さんなんですから!!」
「……誰に説明しておる」
「チャオズお爺さんの説明を覚えてる範囲でお師匠様に確認の意味を込めていっただけですよ」
そういうと僕より確実に年上なはずなのに僕と変わらなそうな顔立ちをしているお師匠様は、「確かにその通り名が出回っているが……今ではギルドを引退したぞ? こうして隠居している身だ。これまで通りで構わないぞ」と偉そうに――実際偉いけど――言った。
……なんか実感がわかない。とんでもなくすごい人物が目の前にいるというのに、僕の心はとんでもなく冷め切っていた。先ほどまでの驚きはどこへやら。僕はもう、今まで通りに戻っていた。
「それでも行きませんよ」
「……チッ。気付いたか」
舌打ちしてお師匠様は浮くのをやめ、丸太に座る。僕は立ったまま、「どうしてそんなに行かせたいのかあまり理解できませんが……」と前置きし、正直に吐露した。
「何と言われようとも僕の現実は変わりませんよ。己の弱さが越えられない壁だと知った、あの時から」
「……」
「僕はもう現状を維持するだけで手一杯です。そこに維持してる現状より巨大なものを持ってこられても、僕には手が余りすぎてどうにもできません……まぁ何を言っても言い訳にすぎませんがね」
「……そうか」
折れてくれたのか、納得した雰囲気を出してくれるお師匠様。だけど僕は、絶対に別な案を考えてるんだろうなぁと推測し、小屋の窓から外の景色を見て夜になっているのを確認し、言われる前に「それでは今日はこれでお暇します。また何かありましたら昔と変わらない通りに」と言ってお辞儀し、僕は小屋を出ることにした。
何も言わなかったお師匠様が不気味だったけど、きっと力づくで連行する手段を考えてたりするんだろうね。
三年ばかりとはいえ一緒にいる時間が長かったからか思考パターンを読んでみた僕は、それだったら何かしらの対策をとらないとなぁと思いながら、来た道を、来た通りに進んでいった。
次は日曜日になる予定です。ここまでで質問等あればお願いします