第一章 騒乱の元へ
すいませんが、これで完結とさせていただきます。
「……ここが首都、ね。ずいぶんと栄えたものだね」
「だよなぁ、ジーク。三十年でここまで変わるなんて、さすがは生物って感じだよな」
霧が晴れたら見たこともない門の前にいた。お師匠様たちは当然のように、いない。
代わりに、目の前には僕をぼこぼこにした老人の姿をした奴が。
「思い出したかよ、体に刻まれた俺たちとの記録を」
「まぁね。一部分――三十年前だけど」
もう混乱することはない。思い出したものが今の僕にすべてをつなげていく。
目つきや雰囲気が変わったが伝わったのだろう。彼ないし彼女は戦闘態勢をとる。だけど僕は、自然体のまま。
それを不審そうな顔で見ながら、それでも警戒しつつ目の前の悪魔は訊いてきた。
「構えねぇのかよ?」
対し僕は、正直に答えた。
「うん」
時が、止まった。
「……どういうことだよ」
「どうって、そのままの意味だよ。僕には体術、武術、魔術のすべてを鍛えてないし、これから鍛える予定もない。だって鍛えたところでたかが知れているから。だから僕に構えらしい構えなんてないよ」
「なんだよそれ。ふざけるなよ」
そういって彼は咆哮する。
「テメェは俺が殺してやるんだよ! あの頃のテメェと同じ土俵で、あの頃のテメェより鍛えた力で!! それなのに『鍛えたところでたかが知れているから戦えません?』だとぉ? ふざけてんじゃねぇよテメェ!!」
……ああ。どうしようもないことに喚き散らす彼の姿を見て、僕はこの悪魔は戦うのが好きなんだなと心底思った。
「君は――」
戦うのが好きなんだね。そう言おうとしたところ、目の前の門が突如として開いた。
そこから見えるのはレンガ造りの建造物たち。だいぶ遠くに塔みたいなものが見える。あれは一体なんだろう。
どうして開いたのかではなく、目の前の光景に関心がいってしまったため、僕は気付かなかった。
「――もういい。死ねよ、ジーク」
「がっ」
接近されて腹を殴られ、近くの木に激突したことに。
背中と後頭部が幹に激突して脳を揺らす。意識が混濁としてきたせいで視界がぼやけてきた。
「――よ」
距離があるのか聞き取れないうえに、視界がぼやけてるせいで彼の姿がよくわからない。おそらく老人の姿だろうと考えながら、僕は正常に戻すために地面に頭突きした。
「デッ」
「! おいおい。まだ生きてたのかよ。おとなしく死んどけって」
遠くから呆れた物言いでいう彼。確かにその通りだし、僕は希望なんて見出してないからこのまま意識を失いたいけど、本当に死んだわけじゃないので、『悔しさ』に負けたくないために起きる。
混濁した意識を強引に覚醒させた状態で体を起こし、立ち上がる。そのせいでうまく腕とか使えない気がするけど、そこらへんはいいや。
足を引きずりながら僕は元の場所へ戻る。戻りながら、僕は言葉を紡ぐ。
「君は僕を簡単に殺せた。だけどそうはしなかった。なぜか。興味がなくなったという可能性もあるだろうけど、僕の過去の記憶を呼び起こしてリベンジを果たしたいからあえてやらなかった。そうでしょ?」
どう考えても聞こえるはずがなさそうな距離なのに、彼は叫んで反論した。
「何言ってやがる! 俺はいつだってお前を殺せるんだよ! 誰かに乗り移って、誰かの願いをかなえながら、片手間でお前を殺すなんて簡単なんだよ!!」
「だけど今僕はこうして生きている。それが証拠だと思うんだけど?」
「だ、だけどよ! お前はこうして死にかけている!! 次喰らったら今度こそテメェは終いだ!」
「そもそも、さ。こうして生きている時点でおかしいんだよ」
段々と彼に近づいているのがわかる。彼の焦っている顔がだんだんはっきり見えてくる。
こうしてみると彼らも人間やエルフたちみたいだと思う一方で、距離はだんだん詰まっていく。
ついに最初の場所まで戻ってきた僕は、狼狽えている彼に言った。
「最初の邂逅。あの時すでに君は僕のことを完全に殺せていた。まぁあれはイレギュラーのせいで殺せなかっただろうけど。そして次。つまり今の一方的な攻撃だ。僕は手も足も出なかったのだから、超常的な力を使ったり、衝撃波とかで切断したり、膂力でちぎったりできたはずなのに、しなかった。ただのパンチで終わらせようとした。さっさと殺せたのに」
老人の彼の顔が驚愕に染まる。何かにおびえるように一歩後ろに下がる。
「いつでも殺せるから放置することにした? そんなことはありえない。だって僕はこうして君たちの前に現れたのだから。あらわれなくても殺しにかかってきたのだから、放置なんて考えはない。では他は? いったい何が考えられる?」
「なんだよ、お前……そのプレッシャーは!」
ついに耐えられなくなったのか叫ぶ彼。僕は特に気にならなかったので、「プレッシャーなんて君の錯覚だよ。僕の言葉がただ君にとって重しとなっているだけ」と教えてあげる。
「君は乗り移らなくても存在できる特殊な悪魔だからあまり頭を使わないのかな? ふつう悪魔っていうのはね、甘言を使って人を惑わし、誘う存在なんだよ。自分の都合のいい条件でね。だからそれなりに言葉に関しては理解している。どういえば簡単に落ちる、とかね。だけど君は違う。戦闘力だけで悪魔として存在している。だから力を求める単純な奴らに居つきやすい」
「ぐはっ! な、なんだよこいつはよ……」
急に倒れ伏す。体に力を入れようともがくさまを見ながら、僕は彼を無視して先へゆっくりと進む。
「……待て、よ」
「僕を殺したいのならさっさと殺せばよかったんだよ。今の君では、もう僕のことを殺せない」
「んだ、と」
必死に体を起こそうとしてるのが解る。けれど僕にとってさしたることでもないので、そのまま足を引きずりながら開けっ放しの門をゆっくり通り過ぎた。
「畜、生……! またテメェはころさねぇのかよ!!」
門が背後で閉まる中、倒れ伏した彼がそんなことを叫んだのを聞いたけど、そこの記憶を思い出せない僕はどういう意味か解らなかった。