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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 5-ミヤビナカオリ-
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第17話『榎本里奈』

 午後6時40分。

 私達は榎本先輩の家の近くにある喫茶店に来ている。

 あの後、榎本先輩がお姉さんに電話をしたら、私達が行く頃には夜ご飯の時間になってしまうので近くの喫茶店で話すことになった。

 今、私達はそれぞれ飲みたいものを飲んでいる。ちなみに、私はアイスティー。


「ごめんね、遅れちゃって」


 榎本先輩と同じ紫色の髪でワンサイドアップの髪型をした女の人が私達の所にやってきた。この人が榎本里奈さんかな。


「私の姉です」

「里奈先輩、こんばんは」

「こんばんは、奈央ちゃん。そっちの2人は初めまして……って言っていいのかな。例の写真で2人がキスしているのは見たことあるから、何だか複雑だね。改めまして、榎本里奈です」


 と、里奈さんは苦笑いをしながら頭を下げ、蘭さんの横にある椅子に座る。

 里奈さんと蘭さん、さすがに姉妹だけあってよく似ている。並んで座っているからそれがよく分かる。ただ、里奈さんの方がやっぱり顔つきも体つきも大人びている。


「私、坂井遥香です」

「原田絢です」

「……ミディアムヘアをしたあなたが、雅ちゃんが付き合う坂井君の妹さんなんだ。まずは2人に謝らなくちゃね。私のせいでみんなに迷惑をかけてしまってごめんなさい」


 里奈さんはそう言うと頭を下げる。それにつられて、実際に写真を撮影した蘭さんも頭を下げる。


「いえいえ、私と絢ちゃんは別に……ね?」

「そうです。写真を撮られただけですから。それよりも、今回、一番大変なのは隼人さんだと思いますが」

「……そうね。彼にも後でちゃんと謝らないといけないわね」


 絢ちゃんの言うとおり、今回のことで一番振り回されているのはお兄ちゃんだ。何とか一連の背景を知り始めて、今もお兄ちゃんのペースで事が運んでいるけれど、写真を見せられて脅迫されたとき、お兄ちゃんは相当辛かったと思う。


「舞ちゃんに事情を話してって言われてからあんなことがあったのに、また雅ちゃんからキスシーンを撮影した写真が欲しいって言われたときはどうしたものかと思ったけど、全ては坂井君が今のために仕組んだことだったのね」

「……ええ、お兄ちゃんは実際に写真を撮影した人が誰なのかも知りたかったようですから」


 それよりも、今……里奈さんはかなり重要なことをさらりと言った。お兄ちゃんから写真のことを西垣舞さんにリークしたのは協力者、つまり榎本里奈さんであることは聞いていた。だけど、


「里奈さんは写真を使う目的まで知っていたんですか?」

「……うん。雅ちゃんにあなた達2人の写真を撮って欲しいって言われたとき、どうしてそんなことを頼むのか訊いてみたの。そうしたら、坂井君と付き合いたいからって。彼、女性とはかなり距離を置いているから、このくらいのことをしないと付き合ってくれないって思ったみたいよ」


 確かに、お兄ちゃんは女性恐怖症を患っていて、大学でも奈央ちゃん以外のほとんどの女子とは関わっていない。そうなれば、お兄ちゃんと付き合うことは難しいと思うけど、


「そんなことをする必要はあったんですか?」

「私も同じことを訊いたわ。でも、雅ちゃんは遥香ちゃんと絢ちゃんが付き合っていることをどこからか知っていたみたいで。それを利用してやるんだって」

「そこで、里奈先輩は遥香ちゃんと絢ちゃんの写真を使って、隼人に脅迫するのかもって思ったんですね」

「その通りよ、奈央ちゃん」


 写真を頼まれた時点でお兄ちゃんのことを脅迫することは分かっていた。


「だったら、どうして協力してしまったんですか! 脅迫なんていけないことなのに」

「……雅ちゃんの本当の目的がすぐに分かったからだよ、遥香ちゃん」

「本当の目的? それって西垣舞さんを付き合いたいってことですか?」

「その通りよ。私はあの2人と高校生のときからの親友で。高校生の時に、雅ちゃんが舞ちゃんに告白して振られたことも知っていたの」


 なるほど、だから神崎さんは里奈さんに私達の写真を撮って欲しいなんていう頼み事をしたんだ。そして、里奈さんもそれを引き受けてしまった。


「……それにね、これは雅ちゃんに隠していたことなんだけど、実は舞ちゃんも雅ちゃんのことが好きなの。今もね」

『えええっ!』


 私、絢ちゃん、奈央ちゃんの声が重なる。


「でも、西垣さんは神崎さんのことを振ったんじゃないですか?」

「……振ったよ。でも、それは……雅ちゃんのことが大切だったから。女性同士だと結婚できないし、子供だって作れない。色々と辛いことがあって、それを雅ちゃんに味合わせたくない一心で雅ちゃんの告白を断ったの。遥香ちゃんや絢ちゃんみたいだったら、今みたいなことにはならなかったかもね」


 2人は凄いね、と里奈さんは優しく微笑んだ。

 私も西垣さんのような悩みを抱いたことがある。それでも、私は絢ちゃんと一緒にいたい道を選んだけれど、当時の西垣先輩は恋人同士にならない道を選んだんだ。


「今も舞ちゃんは雅ちゃんに好意を抱いている。でも、諦めようとしている。そのために別の大学に通っている同級生の男子と付き合っているの」

「そこまでして必死に諦めようとするなんて……」


 絢ちゃんは複雑な表情をしながら、そんなことを呟いた。


「……私は悪い人間ね。両想いであることを知っていたから、雅ちゃんの計画に協力してしまったの。これを機に2人が急接近するかもしれないって。それで、蘭に写真の撮影を頼んだの。巻き込んでしまった坂井君には本当に申し訳なく思うわ」

「だけど、実際は神崎さんと西垣さんには大きな溝が生まれてしまいました。そのきっかけは何だったんですか? 事情を西垣さんに話してしまったと言っていましたが……」

「火曜日の放課後。つまり、雅ちゃんと隼人君が付き合い始めた翌日ね。2人が付き合ったという噂がキャンパス中に流れて、舞ちゃんは不思議に思ったみたい。どうして、こんなに突然……雅ちゃんが坂井君と付き合うことになったのかって。本人には訊けずに、私の所に訊きに来たの」

「それで例の写真の件が西垣さんにばれてしまったと?」

「坂井君が女子と距離を置いていることは経済学部の中じゃ有名だったからね。何か裏があるって舞ちゃんに問い詰められて。写真のことを話したら、写真のデータが欲しいって言われたからあげたの」

「も、もしかして……」


 何かに気付いたのか、絢ちゃんははっとした表情になった。


「神崎さんに対して、決定的な溝を作るネタを掴んだんですね。どんな理由であれ、脅迫はいけないことですから」

「その通りだよ、絢ちゃん。告白を断りながらも、一緒にいるから雅ちゃんへの好意を沈めることがなかなかできない。舞ちゃんにとって、雅ちゃんのことを諦める絶好のチャンスが巡ってきちゃったの」


 恋人になるか。それとも、疎遠な関係になるか。恋をしているからこそ、視野が狭くなってしまい、その2つの選択肢しか考えられないのかも。


「それで、昨日の放課後……西垣先輩は神崎先輩を激しく非難したんですね。そして、二度と関わらないで欲しいって言っていたことも隼人から聞きました」

「……そうだったんだ。昨日の夜、舞ちゃんからありがとうってメールが来て。私はいつの間にか、2人をくっつけるどころか、2人を別れさせる協力をしちゃったんだってその時に思い知ったの。だから、また雅ちゃんに写真が欲しいってメールが来たときには驚いた。でも、雅ちゃんのためならって、また協力することにしたの」

「そうだったんですか……」


 里奈さんは目から一筋の涙を流していた。2人が恋人同士になるためなら、と協力したはずが、実際には2人の間に決定的な溝を作る協力をしてしまった。里奈さんのショックや罪悪感は相当なものだろう。


「私が写真を撮ってほしいって蘭に言わなければ、こんなことにはならなかったのに……」

「お姉ちゃんは何も悪くないよ。私だって、2人を盗撮するようなことを平気でしなければこんなことには……」


 と、蘭さんは泣いている里奈さんの背中を優しくさする。

 確かに、里奈さんが神崎さんの計画に協力すると言って、蘭さんが私達のキスシーンを写真に撮らなければ、今のような状況にはならなかったと思う。


「でも、過去のことを悔やんでも仕方ありません。これからどうするかが重要なんだと思います。きっと、お兄ちゃんはそう思って、里奈さんにメールを送ったんだと思います」

「西垣さんは神崎さんに好意を抱いているんでしょう? それなら、まだ2人の関係を取り戻すチャンスはあるはずです!」

「絢ちゃんの言うとおりだと思います。互いに好きな気持ちがあれば、どんな状況になったって、いつかは絶対に恋人同士になれると思います」


 私がそう言うのも、お兄ちゃんがこんなことをしたのは……神崎さんも西垣さんに今も好意を抱いていることを確信しているからだと思う。そうじゃなかったら、きっとこんなことはしていない。


「でも、どうすればいいのか私にも……」

「……どうすればいいでしょうかね。お兄ちゃんは何かいい方法思いついた?」


 私がそう言うと、里奈さんと蘭さんは驚いている。


「何を言っているの、遥香ちゃん。どうして、そんな風に――」

『遥香のスマートフォンを使って、今の会話を聞いていたからですよ。榎本先輩。ようやく一連のできごとの背景について、全貌が分かりました』


 そう、実は喫茶店に来た直後から、私はスマートフォンとお兄ちゃんのスマートフォンの間で通話状態にしていた。協力者・榎本里奈さんと話すことができることになったら、スマートフォンを通じて会話を聞かせてほしいというお兄ちゃんの指示で。

 これからどうすべきなのか。私も一緒に考えるけれど、お兄ちゃんにバトンを渡すよ。今の口ぶりからして、お兄ちゃんには何か考えがあるみたいだからね。

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