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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 1-コイノカオリ-
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第8話『昼休み、屋上にて』

 4月19日、金曜日。

 昼休みになるとすぐに、私は原田さんのメールの通り、屋上へと向かった。

 他の高校と違って、天羽女子は教室棟の屋上は一般開放されている。だからか、四方の景色を眺めるためにそれぞれの方角に向けて立派なベンチが置かれている。7階建ての建物の屋上だからか、広い景色が見られると評判らしい。

 一般開放されているにも関わらず、屋上には誰もいない。今の私にとってはその方が好都合だけれど。

 私は階段に一番近い東の方角にあるベンチに座り、原田さんが来るのを待つ。

 東側の景色は主に学校周辺の住宅街で、私の家や美咲ちゃんの屋敷もこの方面にある。北側の方に視線を少し向けると、鏡原駅とその周辺に立ち並ぶ高層ビルが見える。さすがは市の中心部。


「さすがは評判通りのいい景色だなぁ」


 天気は快晴だし、こういう日は屋上で昼食を取るのもいいかもしれない。


「坂井さん、お待たせ」


 と、原田さんは左手を私の右肩に乗せながら言った。


「ひゃあっ!」


 あまりにも突然の事だっただから、私は思わず立ち上がってしまった。そんな私を見て原田さんは笑っている。今日も爽やかさは健在だ。


「昨日もそうだったけど、坂井さんって私が声を掛けると驚くよね」

「そ、そうかな……」


 驚くに決まってるよ。昨日も今日も突然だったし、それに……その声を掛けてくれた相手が好きな人なんだから。

 原田さんはベンチに座り、私も彼女の隣に座る。

 ううっ、昨日話したばかりでもやっぱり緊張する。原田さんのことを見るだけで精一杯なんだけど。


「ごめんね、ここまで呼び出しちゃって。クラスメイトなのにね」

「べ、別にいいよ! 原田さんと2人きりで話せるならどこでも……」

「……そっか。坂井さんがそう言ってくれて良かった。私も坂井さんと2人きりで話したくて屋上にしたんだ。まあ、1人でここまで来るのにはちょっと苦労したけど」

「ど、どういうこと?」

「私が歩いていると、誰かしらついてくるんだよね。だから、そういう生徒達を巻くために色々な所を走って……ね」


 だから遅くなっちゃんだ、と原田さんは苦笑いをした。

 原田さんもこういう表情をするんだ。原田さんって何でも完璧な印象があって、教室でも何時も爽やかに微笑んでいたから……今の苦笑いはとても可愛く思えた。


「坂井さん、昨日はクッキーありがとう」

「私、お菓子作るのが大好きだから。あれ、美味しかった?」


 昨日、美味しかったよ、っていうメールが来ていても、やっぱり直接感想を聞いておきたい。


「うん、とても美味しかったよ」

「……そっか。良かった」

「あんなに心のこもったクッキーを食べたのは初めてだった。スマホの番号とメアドをああいう形で教えてくれたのは坂井さんが初めてだったかな」

「……なるべく早く感想を聞きたかったからね」


 実際には原田さんにスマホの番号とアドレスを交換してほしい、って言える勇気がなかったからなんだけど。何にせよ、メモ作戦が成功して良かった。

 原田さんはブレザーのポケットから1枚のチケットを取り出した。


「今日呼び出したのは、坂井さんにこれを渡したかったから」


 私は原田さんからそのチケットを受け取る。チケットには『潮浜シャンサインランド1日フリーパス券』と書かれている。


「潮浜シャンサインランドって、潮浜市の海沿いにあるあの有名な?」

「うん。お父さんが知り合いの人から2人分のフリーパス券を貰ってきて。中学生の妹と小学生の弟がいるんだけど、2人は絶対に家族と行きたがって。それで、お父さんが仲の良い友達と行きなさいって私にくれて。でも、今まで誰と行こうか迷ってたんだ。いつも私と話してくれる女子達の中から1人選ぼうにも迷っちゃって」

「じゃあ、私にこの券をくれたのって……クッキーのお礼?」


 それでも十分嬉しいけど、もしそうなら少し気持ちはもやもやする。


「それももちろんだけど、坂井さんがいつも私のことを見てくれたのを知ってたしね」

「えっ……」


 てっきり、原田さんは全然話しかけなかった私のことなんて見てくれていないって思っていた。でも、実際は私のこと……気にかけてくれていたんだ。


「入学式の日に助けたクラスメイトだからね。私も坂井さんと話したいなってずっと思ってたんだ。だから、女子に囲まれていても坂井さんのことは逐一見てた」

「そう、だったんだ……」


 教室にいるとき、何度か原田さんと目が合ったんじゃないかと思っていたけど、それって勘違いじゃなくて本当だったんだ。

 ここまで原田さんが私に関心を寄せてくれるなら、告白する日も近いかも。


「だから、坂井さんからクッキーを貰えたときは嬉しかったよ。坂井さんとまともに話せたってね」


 意外と私と同じことを考えていたことが分かって、原田さんとの距離が一気に縮まった気がした。今はかっこいい王子様じゃなくて、1人の可愛い女の子に見える。


「話を戻すけど、そのチケット……使えるのが明後日までなんだ。坂井さん、明日か明後日のどっちかで空いている日はある? 私は両方、部活はないんだけど」

「私は基本、土日は大丈夫だよ」

「じゃあ、明日……2人で潮浜シャンサインランドに行こうか」


 原田さんはもう1枚のフリーパス券を見せながら言った。


「分かったよ。……明日が楽しみだなぁ」

「喜んでくれて良かった。あと、このことはあんまり他の人には話さないでね。もしかしたらそれで何か騒がれちゃうかもしれないから。坂井さんといつも一緒にいる片桐さんと広瀬さんなら大丈夫だと思うけど」

「うん、分かった」


 原田さんが細心の注意を払って1人でここに来るぐらいだからね。むやみに話すと大事になっちゃいそう。それに、私も……原田さんと2人きりの雰囲気を作りたいし、杏ちゃんと美咲ちゃん以外には話さないでおこう。

 それにしても、明日は原田さんと初デートか。凄く楽しみ。今夜、ちゃんと寝られるかな。興奮して眠れなかったらどうしよう。


「……ねえ、坂井さん」

「なに?」

「坂井さんのこと……名前で呼んでもいいかな」

「……私も原田さんのことを名前で呼ばせてくれたら」

「もちろんだよ、遥香」

「……あうっ」


 さりげないけど、原田さん……いや、絢ちゃんに下の名前を呼ばれると凄くドキドキする。こんな経験今までにない。


「じゃあ、私は絢ちゃんって呼ぶね」

「……うん」


 すると、絢ちゃんは突然右手で私の前髪を掻きあげて、


 ――ちゅっ。


 私の額に唇をそっと触れさせた。

 最初、私には何が何だかよく分からなくて。でも……額にキスされたことだけが分かると瞬間的に顔全体が熱くなった。


「クッキーをくれたことと明日、一緒に遊園地に行ってくれること。それと……私のことを下の名前で呼んでくれたお礼」


 そのようなことを言っても、絢ちゃんは爽やかな笑みを絶やさない。


「じゃあ、先に教室に戻るね」

「う、うん……」


 絢ちゃんは颯爽と階段の方へ行ってしまった。

 そして、私は……まさかの絢ちゃんからのキスですっかりと力が抜けてしまって、ベンチの上に仰向けになる。本来は喜ぶ場面なんだろうけど、衝撃があまりにも強すぎてそれすらもできなかった。

 いつしか全身に熱が伝わり、破裂するんじゃないかという勢いで心臓が鼓動する。絢ちゃんからのキス、私には効果が抜群だ。

 やっぱり、絢ちゃんほど人気があると額にキスぐらいは難なくできちゃうのかな。


「絢ちゃんにキスされちゃったんだよね……」


 気分が落ち着いてから教室に帰ろう。

 杏ちゃんや美咲ちゃんにもこのことは絶対に秘密にしよう。私と絢ちゃんだけの素敵な思い出として胸にしまっておこう。

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