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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 5-ミヤビナカオリ-
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第4話『スイートナイト-前編-』

 あれから、大学の最寄り駅の近くにあるショッピングモールに行き、雅先輩に衣類を買ってもらってしまった。できるだけ安いものを選んだつもりだったんだけど、気付けば合計金額が5桁に到達。諭吉さんが1枚手元から離れてしまうなぁ……と思ったら、その斜め上を行くカード払い。雅先輩はやはり他の生徒とは何かが違う。

 衣類も買ったので雅先輩の家に行くかと思ったら、ショッピングモールの中にあるパスタ屋で早めの夕飯を食べた。ここではさすがに男として自分が払おうと思ったら、申し出る前にカードで払うからと先手を打たれてしまった。お金持ちが故なのか、彼女の言うように相手が俺だからなのか。

 夕飯を食べ終えると、時刻は午後7時を過ぎていた。

 俺と雅先輩は彼女の家に向かって歩き始める。


「さっそくデートみたいなことしちゃったね」

「……そうですね」


 雅先輩が楽しそうだからまだいいけど、俺にとっては奢られてばかりだったから何とも言えない気分だ。


「あっ、そういえば」

「どうかしましたか?」

「隼人君って夕飯の後には必ず甘い物を食べるんだよね。コンビニでスイーツを買ってから帰ろうよ」

「いいですね」


 甘い物の話になると、雅先輩が相手でも心が弾んでくる。最近のコンビニスイーツはレベルが高いのに安いから、甘い物好きの俺にとってはコンビニが聖地のように感じている。


「さすがはスイーツ男子だね。やっと楽しい顔になってくれた」


 雅先輩は優しい笑顔をして俺のことを見てくる。


「……あんなことしちゃったら、なかなか笑ってくれないのは当然だよね。でも、もっと普段から隼人君が笑っていられるように頑張るから」


 そういう気持ちがあるなら、俺を彼氏にするからといって、あのときに遥香と絢さんが写っている写真を使わないでほしかった。あの写真を出してしまった以上、雅先輩の頑張りに応えることはできないだろう。彼女がどうしてそこまでしたのかが分からない限り、その考えが変わることはない。


「自分勝手な人ですね、まったく」


 自分と付き合わせて、一緒に住まわして。俺のことなんて全然考えていない。本当に雅先輩は自分勝手な人間だ。


「……雅先輩」

「なに?」

「スイーツは俺に奢らせてください。つり合わないとは思いますが服と夕飯のせめてものお礼です」


 俺がそう言うと、雅先輩はクスクス笑った。


「……本当につり合わないね」

「すみません。でも、とにかくスイーツ好きの人間として奢らせてください」

「うん、分かったよ。隼人君ってスイーツのことになると人が変わるよね」


 笑いながら言われているけれど、馬鹿にされては……ないな。遥香と絢さんのことで笑ったときの表情とは違うから。

 その後、近くにあったコンビニに寄って、俺はチョコケーキ、雅先輩はバームクーヘンをチョイス。そして、約束通り奢る。

 雅先輩に後で半分こし合おうねと言われた。彼女は俺が選んだチョコケーキも食べたいのだとか。まあ、一度で2種類のスイーツが食べられるから得だと判断して、彼女の意見を快く受け入れた。

 それから数分ほど歩いて雅先輩が住んでいるらしいマンションに辿り着いた。外観を見た感じではそれなりに高そうで、一般の大学生が1人暮らしするようなレベルの所じゃない。雅先輩がお金持ちの娘であることをようやく実感し始めた。


「さっ、入ろうか」

「……はい」


 俺は雅先輩の後についていき、ようやく雅先輩の住む家に辿り着いた。


「おおおっ……」


 雅先輩の家に入って心に抱いた率直な感想は、やっぱり大学生が1人暮らしするには広すぎるということ。ワンルームではなくて、リビングの他にキッチンや寝室まである。俺と一緒に暮らして丁度いい感じじゃないだろうか。あと、女性の家というだけで身震いが。


「これなら私と一緒に暮らしても大丈夫でしょ?」

「……そう、ですね」


 俺の場合、家の広さとかはあまり問題じゃない。女性の家であることが問題なのだ。あぁ、息苦しくなってきた。バルコニーで引きこもりたい。


「そんなに構えなくていいんだよ。女の子の家はやっぱり緊張する?」

「……年上の女性の家に泊まるのは初めてですからね」

「へえ、そうなんだ。妹さんもいるし、香川さんっていう幼なじみがいるから平気だと思ってたよ」


 女性恐怖症さえなければ、最初は緊張していてもすぐに慣れるだろう。遥香がいるから、女性と一緒に暮らすこと自体は慣れているし。


「じゃあ、さっそくスイーツでも食べようか。隼人君は紅茶とコーヒーどっちがいい?」

「コーヒーでお願いします」

「砂糖かミルクは入れる?」

「いえ、ブラックで」

「分かった。隼人君はそこのソファーに座ってて。荷物は適当な場所に置いておいて良いから」


 雅先輩の言うとおり、さっき買った衣類はドアの近くに置いて、テーブルの近くにある長いソファーに座った。

 ソファーの正面にテレビがあるってことは、普段、雅先輩はここで横になりながらゆっくりとテレビを見ているのかな。このソファー3人ぐらい座れるし。俺なら絶対にする。

 そんなことを思っていると、コーヒーの匂いがしてきた。俺にとってそれはリラックス効果を生み、心を落ち着かせてくれる。


「ホットで良かったかな。外は暑かったから冷たい方が良かった?」

「いえ、ホットで構いませんよ。ここ、涼しいですし」


 汗を掻いているから少し寒いくらいだ。ホットの方が有り難い。

 雅先輩は俺の前にホットコーヒーと、スイーツ用の皿とフォークを出す。これらも全部高そうに感じる。


「私はホットティー。コーヒーはカフェオレにしないと飲めないんだ。それに、この時間に飲むと眠れなくなっちゃって」

「ああ、俺も最初はそうでした。今は飲んでもちょっと目が冴えるくらいですね」

「やっぱり、スイーツを食べるときには敢えてブラックを飲むとか?」

「そうですね。苦みがあるから、スイーツの甘さが映えるんですよ。あとは糖分を取り過ぎないようにするためです」

「意外と健康志向なんだ」


 そりゃそうでしょう。

 雅先輩は俺の右隣に座ってくる。彼女もさっきまで汗を掻いていたから、彼女の匂いがふんわりと香ってくる。

 それぞれ選んだスイーツをお皿に出して、さっそく一口食べてみる。


「バームクーヘン、美味しい!」

「チョコケーキも美味しいですよ」


 カカオの苦みよりも砂糖の甘みの方があるので、ブラックコーヒーでちょうど良かった。


「ほら、隼人君。食べてみてよ」


 雅先輩はそう言うと、バームクーヘンをフォークで一口サイズに切って、俺に食べさせようとしてくる。


「ほら、あ~ん」

「……いや、それはちょっと恥ずかしいというか……」


 それに、そのフォーク、雅先輩が口を付けたものだし。女性恐怖症的にはかなりまずい。バームクーヘンは美味しいだろうけど。


「2人きりなんだから遠慮しないで。それとも、私が口を付けたから嫌?」

「……そ、そんなこと……ないですよ」


 俺は意を決し雅先輩にバームクーヘンを食べさせてもらった。しっとりとしていて美味しい。甘さもしつこくなくていい。バームクーヘンの美味しさが勝ったからなのか、女性恐怖症の症状に苛まれることはなかった。


「じゃあ、私にも」

「はいはい」


 さっきの雅先輩のように、俺もフォークでチョコケーキを一口サイズに切って、雅先輩に食べさせてあげた。雅先輩は嬉しそうに食べている。


「うぅん、甘くて美味しい。もっと苦みがあると思ってた」

「もう少しカカオ成分が多いと思っていました」


 砂糖の甘みも感じられるから、ブラックコーヒーが口直しになる。俺は今も熱いコーヒーを少しずつ飲む。


「……私達、間接キスしちゃったね」


 耳元でキスとか囁かれるから思わず吹き出してしまった。せっかくスイーツのおかげで平常心を保てていたのに、今の囁きで少し症状が出始めてしまった。耳に生温かい吐息がかかって気持ち悪い。


「か、間接キス……」

「互いのフォークで食べさせあえばそうなることは確実なのに、実際にするとドキドキしちゃうものなんだね」

「は、はははっ……」


 俺もドキドキしていますよ。女性恐怖症的な意味で。

 間接キス、というワードのせいで何だか変な空気になり始める。雅先輩は頬を赤くして俺のことをちらちらと見てくるし。昼間の先輩とは確実に違う。


「スイーツを食べたら、衣類の整理をしよう? そうしたら、お風呂に入って……私の部屋で一緒に寝ようよ」

「そ、そうですね……」


 この後、風呂に就寝と……かなり危険なことが待っている。今の雅先輩の感じだと何をしてくるか分からない。故意に間接キスをしてきてドキドキしてしまうほどだ。気の抜けない夜はまだまだ続きそうだ。

 そんな不安をチョコケーキの甘さでごまかしていくのであった。

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