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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 5-ミヤビナカオリ-
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第1話『Campus Life』

 7月1日、月曜日。

 今日は梅雨の間の快晴で、俺の通う潮浜国立大学がある潮浜市はとても暑い。真夏日になっているんじゃないだろうか。

 午前11時。1時限目の授業を終え、俺は同じ学科の友人2人と一緒に空き時間を過ごすことに。外は暑いので、マルチユーススペースという生徒が自由に過ごすことのできる場所に移動する。

 マルチユーススペースに着くと、早速1つのテーブルを確保する。


「1時限目からの講義はけっこうキツかったな」


 水澤宏樹(みずさわひろき)は笑いながら言う。彼は同じ経済学部経済学科の友人の1人だ。容姿端麗なので彼は女子からの人気が高く、時々同じ学科の女子がやってくることがある。女性恐怖症の俺にとって彼と一緒にいるのは危険だけれど、彼はそのことを知っているので上手いこと女子と相手をしてくれる。


「ああ、そうだな」

「まったく、1時限目に必修科目を入れるのはどうかと思うよ。深夜アニメを観る僕にとっては辛いことだよ……」


 岩坂祥平(いわさかしょうへい)はぼやく。水澤と同じく、同じ学科の友人の1人だ。彼も俺の女性恐怖症のことを知っている。また、生粋の漫画、アニメオタクで、こうした空き時間に水澤と一緒に彼から色々と布教されている。そのおかげで今は俺も水澤もかなり好きになっている。

 また、岩坂の紹介で水澤は漫画研究会に入っている。俺も入ろうかと思ったけど、意外と女子が多いので入っていない。


「録画でいいんじゃねえの?」


 水澤がそう呟くと、岩坂は言語道断と言わんばかりの荘厳な顔つきになる。


「何を言っている。リアルタイムで観るのが最高なんだ! 確かに多ければ優先順位を付けるけど、昨日やってたやつは一番好きな作品で最終回だったし……」

「そいつは大変だなぁ……」


 と、水澤は苦笑いをしながら言う。どんなことがあっても笑顔を絶やさないのが彼の良さであり、それが女子からの人気を上げている。

 深夜アニメを観る岩坂にとって、1時限目に授業があるのは何よりも辛いことなんだろう。しかも、必修科目できちんと出席も取るからなぁ。月曜から1時限目があるのはちょっと気分が下がる。大学生になったら朝はゆっくりできると思ったんだけど、それは甘い夢だったんだなぁ……と、入学して3ヶ月経った今も思う。

 文学部国文学科の奈央とは基礎科目などで一緒に授業を受けることがある。そういうときや空き時間が重なった場合はここで彼女と一緒に過ごすことが多い。今、奈央は授業があるのでそちらに行っている。

 毎日、行き帰りも奈央と一緒ということもあって、入学直後よりかは女子からの視線を受けることは少なくなった。持つべきものは女子の幼なじみだ。


「坂井。夏休みになったらどこか行こうぜ。免許も取ったんだろ?」

「ああ、取ったけど」


 って、今から夏休みの話か。その前に期末試験という試練が待っているのに。水澤は頭がいいから試験なんてそこまで重く感じてないのかも。


「でも、ゴールデンウィークにも行ったからなぁ。金が……」

「バイトすればいいじゃん」

「……俺の体質のこと忘れてないか? 少なくとも接客業は無理だ」

「そっかそっか」


 女性恐怖症なんてなければ普通にバイトをするつもりだが、女性と全く関わらなくていい仕事なんてないからなぁ。


「それに、父親が日本に帰ってきて、その時に家族で旅行に行くかもしれないから、下手に予定を入れられないんだよな……」

「そうか。まあ、それじゃ今から決められないな。せっかく坂井が免許を取ったから、レンタカーでも借りれば交通費が結構浮くと思って」

「確かにそうだな。まあ、その代わり割り勘だけど」


 車で行けば交通費が浮くから、それなら行けなくもないか。ただし、免許を取得しているのは俺だけだから、ずっと運転する羽目になるけど。そうなったら、この2人に払わせようかな。


「バイトをするのは賛成だね、僕は」


 意外だ、インドアな岩坂がそんなことを言うなんて。


「どうして?」

「何を言っているのかな、坂井君。夏にはコミケがあるだろ! そのための資金集めに決まっているだろう!」


 と、岩坂は意気揚々に言う。

 コミケか。聞いたことがあるイベントだ。確か、東京の方でやっている大規模な同人誌即売会だった気がする。


「コミケに行くと散財するのか?」


「当たり前だよ、坂井君。同人誌だけでなく、限定グッズまで買えばかなりお金が飛ぶ」

 と、岩坂が自分のパソコンを取り出し、俺達にあるホームページを見せる。そこにはコミケに出展するブースが販売する商品の一覧が載っていた。そこに書いてある値段は四桁ばかりで、中には五桁の商品もある。


「俺、これ欲しいんだけど!」


 水澤はある作品のグッズセットに目を付ける。値段は1万円弱に設定されていた。欲しいグッズがいくつもあったら散財するのは必至か。


「食いついたね、水澤君。この他にも魅力的なものがたくさんあるんだよ」

「なるほどなぁ、これは行きたい」

「欲しい物をより多く手に入れるのはもちろんお金が必要だ。そのためにバイトをして資金集めをしようと言っているんだよ」

「あれ、でもお前ってバイトしてたっけ?」

「今はしてない。授業もあるからね。その代わり、試験監督などの1日だけの単発アルバイトをこれから入れるつもりさ。それなら、終わったらすぐにお金が貰えるし1日働くから値段も高い」


 なるほど。試験監督だったら俺でもやれそうだ。検定試験や受験の時に受けた塾の模擬試験でも、学生らしきスタッフがいたな。女子がいても大抵は年下だろうからそれなら何とかなりそう。


「特に試験監督はオススメだよ。今月も色々な検定試験があるし、下旬になれば高校生以下は夏休み。特に受験生向けの模擬試験が多くなる時期だからね。ちなみに、コミケは8月のお盆の時期。どうだろう、3人で試験監督のアルバイトをやってみない? コミケに行ってお金が余れば9月に入ってから旅行に行けばいい。宿もそっちの方が安いからね」


 確かに9月に入れば旅行シーズンではないから費用も安くて済む。それに、人があまりいなければゆっくりと観光とかもできる。遥香のこともあるから、家族旅行があれば確実に8月中だ。9月なら大丈夫そう。


「岩坂の提案、俺は賛成だ。試験監督なら何とかできそうだし。水澤はどうだ?」

「俺も賛成。コミケに行って、余裕があれば9月に旅行に行こう」


 この様子からして、水澤は旅行ではなくコミケが第一になったみたいだな。その証拠に、今もなおグッズのページを熱心に見ている。

 俺も水澤ほどではないけど、コミケには行ってみたい。岩坂のおかげで好きになった作品は結構あるから。


「決定だね。今後の日曜日にこのキャンパスで検定試験が行われる。そのスタッフを募集しているから、さっそくやってみようか」


 そして、俺達はそれぞれ、来週の日曜日にここで行われる検定試験のスタッフ募集に応募する。水曜日までにメールで採用されるかどうか分かるとのこと。

 応募を終えると俺は岩坂オススメの漫画を借りて読み始める。水澤は岩坂のパソコンでアニメを視聴し、岩坂はスマートフォンでゲームをしている。締め切りが近い課題がない限り、俺達は空き時間をこのようにして過ごしている。

 普段なら何事もなくこのまま昼休みに突入するけれど、今日は違った。

 正午になった頃だろうか。突然、周りがざわつき始めた。主に男子の声だ。

 一体何があったのかと周りを確認すると、マルチユーススペースにいる殆どの男子の視線がある女子に向けられていた。

 その女子の名は神崎雅(かんざきみやび)。経済学部の人間なら知らない人はいない、男子から圧倒的な支持を誇る2年生。経済学科なので正真正銘の俺達の先輩である。

 可愛らしい顔立ちをしていて、ブロンドの髪のセミロング。背は少し小さめだけど、スタイルは抜群なので男子だけでなく女子からも支持が凄いのだとか。頭も良いらしいので、まさに才色兼備。

 そんな彼女がいても、水澤はタイプではないらしいのでちらっと見るだけで、岩坂に至っては2次元の女性にしか興味が無いとのことで見向きもしなかった。俺も女性恐怖症ということもあって彼女に興味は無く、すぐに読書を再開するつもりだったけど、


「坂井君」

「……俺のことですか?」


 無視してもムダだと思ったので声の主の方を見ると、俺のすぐ側に神崎先輩がいた。俺のことを興味津々そうに見ている。

 ま、まずい……女性恐怖症の影響か息苦しくなってきたぞ。


「うん、坂井隼人君。ちょっとあなたに話したいことがあって。ここじゃ何だから別の場所に行きましょう? 2人きりで話したいの」


 神崎先輩はそう言うと、強引に俺の手を引く。


「ちょっと待ってください。坂井は――」

「あなたに用はないの。確か、水澤君だっけ? あと、今もスマートフォンに夢中なのは岩坂君よね。私に興味を示さない珍しい男子だから君達のことは覚えているの」


 ニコッと神崎先輩は笑顔を見せる。

 水澤は俺のことを考えて止めに入ったんだろうけど、彼女は俺と2人きりで話したいと言っている。女性恐怖症的に危険だけど彼女の言うとおりにしよう。


「ありがとう、水澤。大丈夫だ、用が済んだらすぐに戻ってくるから」

「……坂井がそう言うならいいけど」

「ああ。水澤は岩坂とここで待っててくれ」

「分かった。でも、無理はするなよ」


 そう言う水澤の表情に笑みは当然無かった。それだけ俺の女性恐怖症のことを真剣に考えてくれているからだろう。


「行きましょう。神崎先輩。ですから、手を引くことはやめてください。その……緊張してしまいますので」

「へえ、クールな印象だったけど、結構可愛い一面があるのね」


 なぜだか分からないけど、神崎先輩はかなり危険な気がする。そんな彼女に女性恐怖症であることをばらしたらまずそうだ。女性恐怖症を知られるくらいなら、可愛いと嘲笑される方がよっぽどマシだ。

 神崎先輩は俺と2人きりになって何を話すつもりなのだろうか。不安な気持ちが膨れ上がる一途を辿るのであった。

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