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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 4-アメノカオリ-
74/226

エピローグ『駆け抜けて』

 6月16日、日曜日。

 今日は朝から快晴で、昼前だけど蒸し暑くなっている。

 私は美咲ちゃん、夏芽先輩、霞先輩、夏帆さんと一緒に高校陸上の関東大会の会場に来ていた。その目的はもちろん、絢ちゃんのことを応援すること。昨日、夏芽先輩が提案してくれたのはこのことだった。

 私服でもいいと思うのに、学校の選手を応援するんだから制服じゃないとダメ、と夏芽先輩が言うので今はみんな制服を着ている。

 間もなく、絢ちゃんが出場する女子200mの決勝が行われる。私達が会場に来る前に予選も行われ、絢ちゃんは1位のタイムで決勝に進出していた。決勝も予選通りになればいいけど、スポーツだから何が起こるか分からない。絢ちゃんには頑張ってほしい。


「絢ちゃん、まだかな……」

「……あっ、選手が出てきましたよ、遥香ちゃん」


 と、美咲ちゃんはトラックの方を指さす。

 確かにユニフォームを着た女の子がゾロゾロと出てくる。そして、ついに、


「絢ちゃんだ!」


 天羽女子のユニフォームを着た絢ちゃんがトラックに姿を見せた。私達は絢ちゃんのことを見つけるや否や彼女の名前を何度も呼ぶ。

 その甲斐があってか、絢ちゃんは私達の方に振り向いた。サプライズで応援しに来たので、私達の期待通りに絢ちゃんは驚いてくれた。そして、爽やかな笑顔を浮かべて私達に手を振ってくる。


「どうやら作戦成功ね」


 今回の発案者である夏芽先輩は絢ちゃんのリアクションを見て満足のようだ。私達に別れろと言ったときからは考えられないような笑顔をしている。

 絢ちゃんを含む参加選手はスタートの所まで行く。

 どうやら、絢ちゃんは4レーンで走るみたい。こうして横一列に並んでも、長身で金髪だからか絢ちゃんは結構目立つ。他にも背の高い人はいるけど、絢ちゃんが1位になると思う。

 やがて、全員がクラウチングスタートの体勢になる。すると、会場も静まりかえり緊張感が漂う。

 スターターの持つピストルが鳴り響く。それと同時に選手達が走り始める。絢ちゃんはいいスタートを切った。


「頑張って!」


 私達はただただ応援した。絢ちゃんの背中を押すように、大きな声で応援し続けた。

 そして、あっという間に絢ちゃんは200mを駆け抜けた。僅差だったけど、私が見る限りでは絢ちゃんが一番だった気がする。

 結果は会場に設置されている電光掲示板に表示される。今はレーン番号と選手の名前が表示されている。

 さあ、最終結果はどうなったのか。

 上位が僅差だったこともあって、一位だと思っている人の名前やレーン番号が色々と聞こえてくる。


『先ほど行われた、女子200mの結果を発表します』


 というアナウンスと共に、会場が一気に静かになった。電光掲示板に注目が集まる。


『1位 原田絢(天羽女子) 24.06』


 その表示を見た瞬間に、私は思わず涙が出てしまった。声よりも先に涙が出たのだ。


「おめでとう、絢ちゃん……」


 私はトラックから電光掲示板を眺めている絢ちゃんを見る。絢ちゃん、かなり汗掻いているな。一生懸命走ったんだから、それは当たり前か。今の絢ちゃんはトラックの上にいる誰よりも一番輝いているよ。

 すると、絢ちゃんが私達の方を向いて、スタート前と変わらない爽やかな笑みを見せて、ピースサインを送った。それに応えるように私もピース。


「おめでとう!」


 絢ちゃんに聞こえるように精一杯の声で言うと、絢ちゃんは満面の笑みを見せて両手で私達の方に手を振った。



 今日の全ての種目が終わった後、表彰式が行われた。その時に、決勝で1位だった絢ちゃんはインターハイの出場が決定した。

 そして、会場の近くで私達は絢ちゃんと合流した。合流するや否や、私と絢ちゃんは抱きしめ合う。


「おめでとう、絢ちゃん」

「ありがとう、遥香。実は昨日が2位だったから不安だったけど、遥香達が応援しに来てくれたから、1位になることができたんだよ。本当にありがとう」


 そう言って、絢ちゃんは私のことを今一度強く抱きしめた。

 ひさしぶりだからというのもあるけれど、こうしていられて本当に幸せだと思う。少し汗の混じった絢ちゃんの匂いがとても愛おしく感じる。


「原田さん……いえ、絢さん。200m優勝とインターハイ出場おめでとう。素晴らしい走りだったと思うわ」

「ありがとうございます。……夏芽会長」

「そして、今までごめんなさい。個人的な理由であなた達のことを全否定するようなことを言ってしまって」

「私は全然気にしていませんよ。それに、そのくらいのことで遥香のことが好きな気持ちは変わりませんから」

「絢ちゃん……」


 キュンとさせるような言葉をさらりと言ってしまえるところに、またキュンとなってしまう。絢ちゃんのこういう所は出会った頃から変わっていない。


「夏芽会長と霞副会長が付き合うことになったんですよね。おめでとうございます」

「……あなた達に比べたらまだまだよね?」

「そうだね、夏芽ちゃん。今回のことでも、2人を見習いたいところがたくさんあったもんね」


 夏芽先輩と霞先輩は手を繋ぎながらそう言う。それまでの付き合いが長かったためか、恋人同士になった途端、急に距離が縮まったような気がする。


「絢さん、おめでとうなのです。さすがは陸上部のエースなのです」

「ありがとう、夏帆さん」

「インターハイが楽しみですね、原田さん」

「そうだね、広瀬さん。インターハイで優勝できるようにこれからも頑張らないと」


 そう、今日がゴールじゃないんだ。これから、絢ちゃんにはインターハイという大きな大会が待っている。まだまだ絢ちゃんの走る道は続いていく。

 それは分かっているけれど、昨日と今日のことを祝福したい。


「……ねえ、絢ちゃん」

「なに? 遥香」

「……この2日間、絢ちゃんが頑張ったご褒美がしたいんだけど。絢ちゃんのしたいことだったら何でもしてあげるよ」

「……そんなこと言って、本当は私のしたいこと何て分かっているくせに。で、でも……こんなところでして大丈夫なのかな。あまり人がいないけれど、会長達の前で……」

「しちゃいなさいよ。恋人宣言をしたときに、クラスメイトの前で堂々としたんでしょう?」


 と、夏芽先輩は私達をからかうように言う。意地悪そうに笑っちゃって。夏芽先輩ってこんなにお茶目な人だったんだ。


「……じゃあ、しよっか。絢ちゃん」

「そうだね。これはご褒美なんだから遥香からしてよ」

「……分かったよ」


 私は絢ちゃんにご褒美のキスをする。最後にキスをしてから1週間も経っていないけど、本当にひさしぶりにしたような感じがする。

 唇を離すと、絢ちゃんはまだまだキスし足りない様子。


「……みんなの前だからこのくらいしておこう? 2人きりの時にもっとしようよ。私だってこれだけじゃ足りないから」


 と、絢ちゃんだけに聞こえるくらいの小さな声で絢ちゃんに言った。


「……楽しみにしてるよ、遥香」


 そう言うと、絢ちゃんは私の額にキスをした。

 今回のことのように、これからも予想もしないことが待っているかもしれない。でも、絢ちゃんとだったら一緒に乗り越えて、駆け抜けることができるだろう。




Fragrance 4-アメノカオリ- おわり



Fragrance 5-ミヤビナカオリ- に続く。

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