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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 4-アメノカオリ-
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第7話『ホンネ』

 6月14日、金曜日。

 今日の天気は曇天。

 今日は絢ちゃんに会えないかと思ったけど、登校したときにちょうど陸上部が出発するところだったので校門近くで会うことができた。周りに生徒がいたので、軽く抱き合うくらいに留めておいた。絢ちゃんを激励すると共に、雨宮会長の方については私や美咲ちゃん達に任せておいてと伝えた。

 そして、絢ちゃんが教室にいない1日はあっという間に過ぎていき、放課後になった。

 私、美咲ちゃん、夏帆さんはさっそく生徒会室の方へと向かう。その目的はもちろん、霞先輩が雨宮会長に告白してどうなるかを確認するためだ。


「……あれ?」


 生徒会室の扉の前に霞先輩が立っていた。


「どうしたんですか? こんなところで」

「……一度、夏芽ちゃんと一緒に生徒会室に来たんだけど、緊張しちゃったから忘れ物を取りに行くって嘘ついて、ここで坂井さん達を待ってたの」

「これから告白するんですもんね。緊張しちゃいますよね」

「うん……今もドキドキしてる」


 そんなことを言いながら、頬を赤くして笑っている霞先輩は、まさに恋している女の子そのものだった。私も絢ちゃんと付き合う前はこんな感じだったのかな。


「坂井さんはどうだったの?」

「私の場合は絢ちゃんが先に告白しましたから」

「あら、そうなの。ちょっと意外だね」

「でも、好きな女の子からの告白だったのでとても嬉しかったです。当時の絢ちゃんは高嶺の花って感じだったので驚きもちょっとありました」


 告白したときは夕陽が照らす観覧車の中だったから、絢ちゃんのことがより輝いていたと思う。あのときのことは昨日のことのように覚えている。思い出すと、今でもドキドキしちゃうな。


「でも、私も……告白とかを考えていたときはドキドキしていました。でも、大丈夫だと思います。好きな人からの告白は嬉しいはずですから」

「……そういうものなのね」


 そう言って、霞先輩は生徒会室の扉の前に立つ。


「……みんなも一緒に来てくれないかな」

「でも、それだと私達の前で告白するんですよ? 2人きりの方がいいんじゃ……」

「もう、みんなは夏芽ちゃんが好きだってことを知っているから。だから、みんながいてくれた方が逆に言いやすいの。だから、一緒にいてくれないかな」

「霞先輩がそう言うのですから、一緒に行きましょうよ。遥香ちゃん」

「……そうだね」


 霞先輩がそれを望むなら、断るわけにはいかない。本当だったら、生徒会室には入らずにここで中の会話を聞こうと思っていたんだけど、霞先輩の告白を見守ろう。


「お姉様、本音で返事をしてくれるのでしょうか……」


 夏帆さんが少し不安げな表情をしてそう呟く。

 そう、今回のことで一番大切なのは、霞先輩の告白に対して雨宮会長が本音で返事をしてくれるかどうか。私達がいることで本音を隠してしまうという不安が残る。それでも、まずは霞先輩が告白しないと始まらない。


「そろそろ行きましょう。雨宮会長も戻ってこないと心配するでしょうから」

「そうだね。じゃあ、そろそろ入ろうか」


 そして、霞先輩は生徒会室の扉を開く。生徒会室の中には雨宮会長だけがいた。告白しても大丈夫な状況だ。

 霞先輩だけかと思ったのか雨宮会長は穏やかな表情だったが、私達の姿を見てすぐに険しい表情へと変わる。一昨日のことがあったからか、私達の方を意図的に見ないようにしている。


「……これはどういうつもり? どうして坂井さん達がここにいるの? まさか、あなたが監視しているときに坂井さんが何かしたのかしら?」

「違います、お姉様。私達がここにいるのは霞先輩のお願いで……」

「霞が? どういうこと?」


 雨宮会長の視線が霞先輩の方へと向く。

 霞先輩は今から告白することを宣言するかのように、私達の方を見て一度頷いた。そして、一歩前に出て、雨宮会長と向き合う。


「私、夏芽ちゃんに伝えたいことがあるの」

「……何かしら?」


 霞先輩はなかなか言い出すことができない。ここに来て、また緊張してしまっているようだ。背中を押してあげたいけれど、私達にできることは霞先輩の後ろで黙って見守っていることだけだ。

 雨宮会長も相手が霞先輩だからか、不機嫌な表情ながらも黙って待っている。

 そして、そのときがついに訪れた。


「夏芽ちゃんのことが好きです。私と付き合ってください」


 そのストレートな言葉は、雨宮会長に対する霞先輩の本音そのものだった。

 霞先輩からの告白を受けた雨宮会長は頬を赤くして目を見開いた。そして、表情を隠したいからか、右手で両目を覆う。


「……私のことが好き、ですって?」

「うん。夏芽ちゃんと1年の時から、ずっと気になってたの。これからは友達としてやクラスメイトとしてじゃなくて、恋人として夏芽ちゃんと付き合いたいの」


 霞先輩からの本音という追撃が効いているのか、雨宮会長は下唇を噛んでいる。きっと、雨宮会長の心が揺れ動いているんだ。

 霞先輩は本音を雨宮会長にぶつけた。あとは、雨宮会長がその事に対してどう返事をするのか。霞先輩のように、自分の本音を話してくれるのか。

 目だけ隠していても、表情が歪んでいるのが分かる。それは霞先輩の告白が雨宮会長の心に届いている証拠だ。一昨日の私の追求よりもずっと、彼女の本音に近づくことができているんだ。

 そんな雨宮会長を見ても、霞先輩は特に何も言わない。どうやら、自分の言うべきことは全て言えたと判断したようだ。

 しばらくの間、雨宮会長は目を隠し続けていたが、ようやく右手をどかす。そこにはこれまでとは比較できないくらいの鋭い目があった。それは霞先輩に向けられていた。


「……最低ね」


 目つきを見てすぐに告白を断ることは分かっていたけど、雨宮会長の言葉のチョイスと物凄く低音な声に身震いした。


「私には許婚がいるのが分かっているのに、どうして告白するの? 私の気持ちを知っているくせに。私のことを苦しめたいの?」

「そんなことないよ。私は苦しむ夏芽ちゃんが見たくなくて……」


 霞先輩がそう言うと、雨宮会長は両手で机を思い切り叩いた。


「あなただったら分かってたはずよ! 告白したら私がどういう気持ちになるのか。まさかそれを分かっていながら、告白したんじゃないでしょうね?」

「夏芽ちゃんが私のことが好きだっていう気持ちは分かってるよ! だから告白したの! 夏芽ちゃんの本音が聞きたいから! 夏芽ちゃんの本音を知りたいから……」


 霞先輩は精一杯の声で雨宮会長に訴える。

 雨宮会長もこれまで必死に押えていたものの、涙がどうしても溢れてしまう。


「……今更どうすることだってできないじゃない」

「えっ……」

「雨宮家の長女にとして生まれた私はこういう恋愛をしちゃいけないの! 霞と私の気持ちが重なっても、明日には全てなくなっちゃうんだから。一般家庭に生まれた霞にはこういう気持ちは絶対に分からないわよね」

「夏芽、ちゃん……」

「……これ以上、私を苦しめないで。あなたは最低よ。あなたさえいなければ、こんな気持ちにはならなかったのに。叶えられない想いを抑えるために、ここまでやったのに。あと1日だったのに」


 雨宮会長は私達の方を背にして、


「……私は霞のことが大嫌いよ。大嫌い……大嫌い!」


 脚を震わせながら、罵倒するかのようにそう言った。


「……ごめんね、夏芽ちゃん」


 霞先輩はそう言うと、生徒会室から走り去ってしまった。


「私が追いかけます!」


 すぐさま、霞先輩の後を追うために美咲ちゃんは生徒会室を飛び出した。

 そして、生徒会室には私、雨宮会長、夏帆さんの3人だけになる。


「どうして、霞先輩にあんなことを言ったんですか。雨宮会長だって霞先輩のことが好きなのに」


 雨宮会長が霞先輩のことが好きなのは確かだ。でも、霞先輩を突き放すような言い方はなかったはずだよ。 


「霞先輩のことが好きなのが本音じゃないんですか。それなのに、どうして霞先輩のことを嫌いだって言うんですか! 私、納得できません!」


 それが今の私の本音だ。

 雨宮会長は私達の方にゆっくりと振り返る。涙はもう止まっていた。


「……あなたのように、普通の家庭に生まれていれば本音で生きていきたいわよ。でもね、雨宮家の長女は違う。基本、本音で生きてはいけないの。周りの事情を考えて、円滑に物事を進めるために、会社で今働いている人やこれから働き始める人のために、本音を殺さなきゃいけないときがあるの」

「それ、でも……」

「……世の中を渡り歩くには、建前で接しなきゃいけないのよ。皮肉なものよね。愛したい1人の女性じゃなくて、禄に会ったことのない人を優先しなければいけないなんて。あなたの言う通りよ、坂井さん。恋愛は自由よ。普通の家に生まれたならね」

「……恋愛は誰でも自由にしていいと思いますが」

「だったら、どうして許婚の話が浮かんでしまうのかしらね。相手を愛しているならまだしも、数回しか会ったことのない、何の特別な感情を抱いたことすらない人と結婚することを周りが決めようとするのかしら。それって、恋愛や結婚は自由じゃない典型的な例でしょ」


 政略結婚は結婚した2人なんてどうでも良くて、そこから生まれることで得られる利益が第一の目的なんだ。本達ではなく、周りの人間のための結婚。それを雨宮会長は強いられようとしている。


「一昨日言ったとおり、これはあなたが動かせることではないわ。だからもう、これ以上……私に関わることはやめなさい」


 その言葉に私は答えを示さなかった。


「……1つ、雨宮会長に聞きたいことがあります」

「何かしら?」

「もし、雨宮会長が一般の家庭に生まれて、恋愛も何もかもが自由でいい環境だったら、霞先輩と付き合っていましたか?」


 そんな私の問いに対し、雨宮会長は何も答えなかった。ここまで来ても、霞先輩のことが好きだと言わないんだ。あくまでも、許婚と結婚するという建前を貫き通すつもりなんだ。


「……夏帆」

「何ですか、お姉様」

「坂井さんと原田さんの監視はもういいわ」

「ど、どうしてですか?」

「監視の必要がなくなったからよ。坂井さん達は恋愛が自由なんだから。坂井さんには悪いことをしたわね。自分の恋愛の縛りを押しつけてしまって。まるで、八つ当たりのようにしてしまって。原田さんにも後で伝えておいて」

「……分かりました。伝えておきます」

「坂井さん、あなたのことを悪く言うつもりはないわ。霞に私のことを諦めさせることができたし、これで私も明日へと気持ちを向けられるから。私にはやらなければならない仕事が残っているから、2人は出て行きなさい。今日はもう霞は戻ってこなくていいから、霞のバッグを渡しておいてくれないかしら」


 そう言って、雨宮会長は霞先輩のスクールバッグを私に渡すと、席に座って机の上にある書類に目を通し始めた。


「雨宮会長」

「まだ何か用があるのかしら?」


 今の雨宮会長には言いたいことがたくさんある。でも、それは全てたった一言に纏めることができる。


「……最低ですね」


 私がそう言うと、雨宮会長は冷たい笑みを浮かべ、


「そうかもしれないわね」


 と、私達の方を見ずにそう言った。


「お姉様……」

「……夏帆さん、今は霞先輩のところへ行こうよ」

「そうですね。……ですが、その前に言わせてください。私はお姉様が大好きですが、今のお姉様は大嫌いなのです」


 妹のそんな言葉にも動じることなく、雨宮会長は書類を見続けていた。

 絢ちゃんにこのことをどうやって伝えよう。限りなく最悪に近い状況だから、あえて伝えない方がいいのかな。迷ってしまう。


「霞先輩のところに行きましょう、坂井さん」

「そうだね」


 私と夏帆さんは生徒会室を後にしたのであった。

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