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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 4-アメノカオリ-
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第5話『詮索ワーニング』

 放課後。

 終礼が終わり、絢ちゃんはすぐに陸上部の方へと向かっていった。今もなお雨が降っているけど、関東大会がすぐそこまで迫っているので、今できることを精一杯やるとのこと。絢ちゃんには大会の方に集中してほしい。

 今日は水曜日なので、今日は茶道部の活動はない。ただ、杏ちゃんは卯月さんの家庭教師をするために、すぐに帰ってしまった。

 この放課後の時間に少しでも雨宮会長のことについて知りたいところだ。美咲ちゃんも放課後はフリーなので私と一緒にいてくれるらしい。

 そして、監視役の夏帆さんが私のところにやってきた。


「今日の授業お疲れ様なのです、坂井さん。あれ、原田さんはどこに?」

「絢ちゃんは陸上部の方に行ったよ。関東大会が明後日だからね」

「そういえば、朝にそんなことを言っていましたね。それで、今は美咲ちゃんと一緒にいるのですか?」

「ええ。今日は茶道部の活動がありませんからね。それに、雨宮会長のことで色々と気になることもありまして」

「お姉様のこと、ですか……」

「昨日の雨宮会長の態度が気になるからね。だから、その理由を知りたいなと思って」


 あのときの雨宮会長は、わざときつい態度を取っていたような気がしてならない。女の子同士で付き合うことが悪いって言っているのは、どうも私達を別れさせる以外に何か理由がありそう。

 雨宮会長の内面を知るためには、妹である夏帆さんに訊くのが一番良さそう。学校以外での様子も知っているだろうし。さっそく訊いてみよう。


「あの、夏帆さん」

「何でしょうか、坂井さん」

「……単刀直入に訊くね。どうして、雨宮会長は女の子同士で付き合うことを悪く言っているのかな。理由を知っているなら教えて欲しいんだけど」


 私がそう言うと、夏帆さんは黙って俯いてしまった。いきなりすぎたかな。


「……私に心当たりはないのです」


 夏帆さんは小さな声でそう言った。ただ、本当に心当たりがないなら、俯く必要はない気がするけれど。


「そうなんだ。じゃあ、雨宮会長って普段からあんな感じなの? 昨日、呼び出されたときは結構高圧的な感じだったけれど」

「お姉様は凛としていて、優しい人です。私にも優しくしてくれるのです」

「そうなんだ。じゃあ、私や絢ちゃんを監視してくれって言われたことは驚いた?」

「理由を聞いたときには驚きましたけどね。でも、お姉様のお役に立てるのはとても嬉しく思っています」

「そっか」


 夏帆さん、雨宮会長のことが大好きなんだなぁ。

 今の話を聞いていると、どうやらあの高圧的な態度は私達だけに取っているみたい。ただ、凛とした雰囲気は本来持っているもののようだ。


「……あの、お姉様の詮索をしてどうするつもりなのですか。理由によってはお姉様に報告しなければなりません」

「私はただ、どうして会長が女の子同士で付き合うことを嫌っているのかを知りたいだけだよ。美咲ちゃんの話によると、そんなことを言う人じゃないって言っていたから」

「昨日、遥香ちゃんからその話を聞いたときに驚きました。凛としていて、厳しいイメージもありましたけど、恋愛に関して否定的なことを言うとは思っていなかったので」

「なるほど。それでお姉様のことを……」

「遥香や原田さんだけではありません。私も知りたいです。その理由が雨宮会長を苦しめているのなら助けたいと思っています」


 美咲ちゃんの話を聞いていると、雨宮会長は昔と変わってしまった印象を受ける。そこには何かしらの理由があると思ったから、雨宮会長のことを聞いてみようと考えた。美咲ちゃんの言う通り、その理由で雨宮会長が苦しんでいるようなら、私達は彼女を助けたいと思っている。


「お二人の気持ちは嬉しいですが、お姉様を助けられるとは思えないのです」

「そういう風に言うってことは、何か心当たりがあるのかな」

「……直接関わっているのかどうかは分かりません。ですが、お姉様のプライベートなことなので私からは。申し訳ないのです」

「謝らなくていいよ。それに、私達が勝手にやってることだし」

「……しかし、お姉様が何かに苦しんでいるのなら私も助けたいのです」

「……夏帆さんと同じ気持ちで嬉しいよ」


 どうやら、雨宮会長に何かあるのは確かなようだ。ただ、今の話を聞く限り、妹の夏帆さんでも知らないことがあるみたい。だから、夏帆さんは心当たりがあるんだけど、確信が持てない。

 夏帆さんから訊けることはこのくらいかな。他に、雨宮会長のことをよく知っていそうな人は……。


「波多野副会長くらいしかいない、か。美咲ちゃんは他に雨宮会長のことをよく知っている人知らない?」

「いいえ、私にも心当たりはありません。私も、夏帆ちゃん以外なら波多野副会長が雨宮会長のことを一番知っているのではないかと思っています。しかし、夏帆ちゃんでも知らないことを波多野副会長が知っているのでしょうか」

「妹には話せなくても、同級生なら話せることがあるんじゃない? それに、副会長ってことは会長の奥さん的な役割だし」

「奥さんって……。しかし、彼女が副会長という立場にあると考えれば、彼女になら話せることがあるかもしれませんね」

「妹としては複雑ですが、その可能性はありますね」


 夏帆さんも段々と私達の行動に対して、肯定的になっている気がする。彼女だって、監視の理由を聞いたときに驚いたんだ。どうして、雨宮会長がそう思い至ったのか。本当はきっと、彼女もその理由を知りたいんだろう。

 やっぱり、夏帆さんの他に雨宮会長のことをよく知っていそうなのは波多野副会長くらいしかいないか。


「じゃあ、波多野副会長に話を聞きにいこうか」

「ということは、生徒会室に行くんですか?」

「生徒会室に行くと高確率で雨宮会長と出会っちゃうからね。とりあえずは波多野副会長のクラスに行ってみよう」


 出会える確率はあまりなさそうだけど、教室なら上手く波多野副会長だけと出会えるかもしれない。


「雨宮会長と出会わないという意味ではそちらの方がいいかもしれませんね。夏帆ちゃん、波多野副会長のクラスはどこでしょうか?」

「3年1組です。お姉様と同じクラスですが……」

「お、同じクラスなの?」

「ええ。なので、2人はいつも一緒だと思うのです」

「そ、そっか……」


 まさか、同じクラスだとは思わなかったな。違うクラスだったら、波多野副会長1人と会えそうだったんだけど。


「ま、まあ……教室だったら他の生徒だっているから、変なことは言えないかもしれないし。生徒会室に行くよりはいいと思うよ」

「……そうお考えですか。まあ、いいのです。私が教室までご案内します」

「うん、ありがとう」


 私がそう言うと、夏帆さんはほんの僅かに口角を上げた。

 そして、私達は3年1組の教室に向かうのであった。



 3年1組の教室に辿り着くと、中には今から帰ろうとする数人の生徒しかいなかった。その数人の中に波多野副会長も雨宮会長はいない。

 私達は波多野副会長がどこに行ったのかを訊くと、終礼が終わるとすぐに雨宮会長と一緒に生徒会室に行ったそうだ。どうやら、それがいつものことのようで。


「やっぱり、教室にはいなかったか……」


 生徒会副会長ということを考えれば、それが普通なんだ。教室で出会うことも一縷の望みくらいにしか考えていなかったけど、実際にいないことが分かるとがっかりする。


「生徒会の人ですからね。やはり、雨宮会長と一緒に生徒会室に行ってしまったんですね」

「私はそう思いましたが。お姉様と波多野副会長は常に一緒だと。昼休みと放課後は2人とも生徒会室にいると」

「……考えが甘かったみたいだね」

「しかし、これからどうします? 波多野副会長と会うには、生徒会室に行くしか方法はないと思いますが。ですが、そうなると雨宮会長とほぼ確実に会ってしまいますね」

「そうだね……」


 美咲ちゃんの言う通り、波多野副会長と会うには生徒会室に行く以外はない。そうなると、雨宮会長に会ってしまう可能性が非常に高い。

 波多野副会長以外に雨宮会長のことをよく知る人がいればいいんだけど、私達にそんな心当たりはないし。明日以降、波多野副会長だけに会えるチャンスを伺うしかないのかな。


「あなた達、こんなところで何をしているの?」


 それは私達が一番聞きたくない人の声だった。

 そう、雨宮会長だ。

 雨宮会長が1人で3年1組の教室に歩いてきたのだ。私の顔を見るなり、雨宮会長は不機嫌そうな表情を見せる。


「どうしたんですか? 雨宮会長」

「……忘れ物を取りに来ただけよ。あなた達がこの教室にいる時点で大体の予想はついているけど。まったく、夏帆もどうして坂井さんをここまで連れてくるのか……」

「だって、お姉様……」


 夏帆さんは雨宮会長のことを悲しそうな表情で見る。


「……まあ、ここに連れてきたことはどうでもいいわ。夏帆、坂井さんと原田さんはどうだったかしら?」

「私の監視の限りでは、何も変なことはしなかったのです。原田さんは関東大会のために部活動に励んでいるようです」

「それはいいことね。彼女は陸上部のエース。インターハイ出場がかかった大切な大会だもの。さすがに、その直前だと坂井さんとべったりすることはしないのね。これも、昨日……私が忠告したおかげかしら」


 今の言い方だと、まるで私が絢ちゃんの邪魔をしているみたいじゃない。陸上選手としての絢ちゃんのこともちゃんと考えてるよ。


「……美咲さん、ひさしぶりね。天羽女子に入学していたのは知っていたけど」

「おひさしぶりです、雨宮会長」

「そんな風にかしこまった呼び方じゃなくていいのよ。前みたいに、夏芽さんって呼んでくれたって……」

「……申し訳ありませんが、今のあなたに名前で呼ぶことはできません」


 雨宮会長の目つきが途端に鋭くなる。


「何ですって?」

「……遥香ちゃんと原田さんから聞きました。女性同士で付き合うことに否定的で、2人が付き合っていることで周りに悪影響を及ぼすからと別れさせようとしたと」


 美咲ちゃんがそう言うと、雨宮会長は声に出さずに笑った。


「さすがに、美咲さんはもう知っているのね」

「……あなたがそのようなことを言うとは信じられません。凛としていて、時には厳しい印象はありましたが、恋愛感情にとやかく言うような人ではなかったはずです。何故、女性同士で付き合うことに否定的になったのですか」


 美咲ちゃんのその問いに、雨宮会長は初めて焦った表情を見せた。しかし、それは一瞬のことで、それを紛らわすように私のことを鋭い目つきで見る。


「……やっぱり、そういうことだったのね。余計なことをしなくていいのよ、坂井さん」

「美咲ちゃんから今の話を聞いて、やっぱりそうだと思ったんです。昨日の昼休みの態度は単に私達が付き合っていることに対して怒っているんじゃないって。だから、あなたがどうして女性同士で付き合うことに否定的なのか知りたくて。その理由で苦しんでいるなら助けたいと思って――」

「あなたには関係のないことよ!」


 私は雨宮会長に物凄い剣幕で、教室の扉まで追い詰められる。そして、両手で肩を強く掴まれる。


「何を言うかと思えば、私を助けるですって? 身の程を知らずによく言えたものね。第一に、私が助けを求める素振りを見せたのかしら?」

「……夏帆さんには心当たりがあるみたいですよ?」

「えっ……」

「ただ、具体的なことは何も知りません。夏帆さんだって、私達が雨宮会長のことを詮索するようなことは否定的でした。でも、夏帆さんは雨宮会長が何かに苦しんでいるかもしれないと思ったから、私達は今、ここにいるんです」


 私がそう言うと、さっきまで私の方に向けられていた雨宮会長の視線がちらつく。どうやら、今言ったことに間違いはないみたい。


「……夏帆がそう思ったとしても、私は何も苦しんでいないわ」

「嘘ですね。だったら、どうして今……私から目を逸らしたんですか」


 そこから、雨宮会長は私の両肩を掴んだまま、黙り込んでしまった。気持ちが安定していないのか、呼吸が乱れている。


「お姉様……」


 今の雨宮会長が普段と違うからか、夏帆さんは心配そうに見ている。

 私と目を逸らして必死に隠そうとしているけれど、それは無駄だよ。何かに苦しんでいるのはもう分かっている。


「雨宮会長、私達は――」

「……何ができるのよ」

「えっ?」

「あなたが私のために一体何ができるのよ! 私のことなんて誰も救えるわけがないじゃない!」


 そう言う雨宮会長の目からは涙がこぼれ落ちていた。その涙は口から出る言葉よりも、よっぽど正直に思えた。


「あなたでも救えることならとっくに助けを求めてるわよ! でも、そんなことは無理だって分かってるから、こうするしかなかった……」

「こうするしかなかった? どういうことですか? それって――」

「もう、これ以上私のことに踏み込まないで。これは私の問題なの。夏帆はどんな理由で私が苦しんでいると思っているかは知らないけど、余計なことは一切言わないで。あなたは坂井さんと原田さんが健全に過ごしているかどうかを監視すればいいんだから」


 そして、雨宮会長はようやく私から離れ、手で目に浮かんだ涙をぬぐい取る。その目元は赤くなっていた。


「こんなところで油を売っている暇はないの。用がないなら、さっさと帰りなさい。私も生徒会の仕事があるから、これで失礼するわ」


 雨宮会長は本来の目的である忘れ物を取りに行くことを遂行すると、逃げるようにして私達の元を後にするのであった。


「遥香ちゃんの考えが当たっていたみたいですね」

「……うん。雨宮会長はやっぱり苦しんでいたんだ。その理由こそ、女性同士の恋愛を嫌うことに繋がっている」


 雨宮会長曰く、それは私達には解決できないようなこと。涙が出てしまうほどだから、とても強大なことなんだろう。それが何なのかは夏帆さんの持つ心当たりなんだろうけど、とても今の状態で訊けないか。それに、雨宮会長からも口止めされているし。


「……そろそろ帰ろうか。今日、できることはもうやったと思うから」

「そうですね。明日、どうするか再び考えていきましょう」


 とてもじゃないけど、今から生徒会室に行って波多野副会長と話が出来るような状態じゃない。雨宮会長に見つかって追い出されるだけだろう。

 それから程なくして、私達は重い足取りで下校するのであった。

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