第3話『嫌悪感の原因』
教室に戻ると、杏ちゃんと美咲ちゃんが談笑していた。杏ちゃんが私達に気付いて大きく手を振ってくる。
「ただいま、杏ちゃん、美咲ちゃん」
「おかえり、ハル、原田さん」
「おかえりなさい。生徒会室に呼び出しだなんて珍しいことでしたけど、何かあったのですか?」
滅多にないことがあったから、美咲ちゃんは心配そうな表情をして訊いてきた。
「私が恋人宣言をしたことが書かれていた校内新聞についてだったんだけど……」
校内新聞、という言葉に杏ちゃんも美咲ちゃんも訳が分からないようだ。
「一言で言えば、雨宮生徒会長が私と遥香に別れろって言われた」
「えっ、ど、どういうこと?」
2人はますます意味が分からなくなっているみたい。
私と絢ちゃんは2人に生徒会室で雨宮会長に言われたことを説明した。女の子同士で付き合うのは間違っていて、私達が付き合っていることが周りに悪影響を与えているということを。そして、恋人という関係を解消しないと、重い処分が下されてしまうこと。
美咲ちゃんは落ち着いた表情で話を聞いてくれたけど、卯月さんと付き合っている杏ちゃんは途中から怒りを露わにする。
「意味分からないんだけど。恋愛は自由じゃん」
「杏ちゃんもそう思うよね……」
雨宮会長に別れろって言われたときも、まさにそういう想いだった。
「絶対に何か裏があるよ。そんなこと言って、実は遥香のことが好きだったりして。それで原田さんがうっとうしいから……」
「いやいや、それはないでしょ」
その可能性も一瞬考えたけど、それならあんな態度は取らないと思う。私と付き合いたいなら、私に嫌悪感を抱かせないようにするはず。
「まさか、遥香のことを……」
「いやいや、絢ちゃん真に受けないで。絢ちゃん以外とは付き合わないから」
「遥香……」
絢ちゃん、物凄く嬉しそう。パッと明るくなっちゃって。かわいい。
「しかし、雨宮会長がそんなことを言うとは思えませんが……」
「雨宮会長ってお金持ちの娘さんだよね。美咲ちゃんは顔見知りだったりしない?」
「最近はないですけど、小さい頃にパーティに参加したときは子供同士で集まっていました。雨宮会長とはよく会っていましたよ」
さすがは美咲ちゃん。やっぱり、会長とは面識があったんだ。美咲ちゃんなら雨宮会長の素顔を知っているかもしれない。
「生徒会室での態度がかなりキツかったんだけど、昔からそうだったの?」
「凛とした女性という印象で、少し尖った言葉を言うこともありますが……女性同士で付き合うことが悪い、と言うような人ではなかったです」
「そうなんだ……」
それなら、どうして処分という言葉を出してまでも、私達を今すぐに別れさせようとしたんだろう? 何か心境の変化があったのかな。
「広瀬さん、1つ訊いてもいいかな」
「何でしょう?」
「雨宮会長って誰か女性と付き合っていたのかな。女性と付き合っている中で、何か辛い目に遭ったとか」
「いえ、特にそんな様子はありませんでしたよ。女性の友達は多いそうですが、恋人として付き合っていると聞いたことはありませんね。まあ、私の知る限りで、ですけど」
「そっか。いや、辛い過去があって、女性同士で付き合うことがどうしても許せなくなったと思って。それで、あの恋人宣言が書かれた校内新聞を見て、堪忍袋の緒が切れたみたいな感じで」
「パーティぐらいでしか会ったことがないので、詳しいことまでは。実は付き合っていて、辛い想いをしたという可能性も否めませんね」
絢ちゃんも、雨宮会長のあの態度については疑問を抱いているみたい。何か理由があって女性同士で付き合うことに嫌悪感を抱いてしまい、あのようなきつい態度を見せてしまっていると考えているようだ。
雨宮会長が女性との恋愛経験がある、という絢ちゃんの考えもありそうだと思ったんだけど、美咲ちゃんの話だとその可能性は低そうか。
「ハルと原田さんのイチャイチャしている関係が単に嫌だったとか? 自分よりも目立っちゃってうんざり、みたいな」
「そ、そんな理由で今すぐ別れないと処分を下すって言うかな……」
「雨宮会長は財閥の娘なんでしょ? 大きな権力を持っている人間は、そんな些細な理由で人一人の人生を狂わせようとするんじゃない?」
「まあ、この学校の全ては私だとか言ってたし……」
杏ちゃんの言うことも否めないけど、やっぱりそれはないと思うな。ただ、財閥の娘という立場を自分の都合の良いように使おうとしているのは確かだ。
「それで、遥香ちゃんと原田さんは雨宮会長さんにどのような答えを? まあ、今のお二人の様子を見れば明らかですけど」
「絢ちゃんと別れるつもりはないって言ったよ」
「私とも同じ。遥香と別れるつもりはないさ」
「ですよね。そうでなければ叱っているところでした」
と、美咲ちゃんは笑顔で言う。美咲ちゃんが怒るなんて滅多にないことだから、叱っている場面を想像しただけで恐い。
「じゃあ、ハルと原田さんはもう処分が下っちゃったってことなの?」
「ううん、まだ。校内で変なことをしたら、その時点で処分を下すみたい」
そんなことを言われた直後に、お手洗いの個室でキスしちゃったけど。思い出しただけで頬が熱くなってきた。
「とにかく、2人は崖っぷちってことなんだね」
「まさにそうだね」
でも、未だに告白宣言の校内新聞が貼られているらしいし、私達が変なことをしなくても何か周りで問題が起きたら、その原因として私達に処分が下ってしまうかもしれない。まさに崖っぷち。
「でも、このまま黙ってちゃいられないよね。あんな態度を取られちゃったら」
「そうだね、遥香。女の子同士で付き合うことを悪く思う理由は知りたいよね。広瀬さんの話だと、昔からそういう風に考えていた人じゃなかったみたいだし」
「絢ちゃんも同じ意見で良かった」
もし、何か原因があるのなら、それを解決したい。そして、女の子同士で付き合うことが悪いことじゃないと雨宮会長に知ってほしい。
「雨宮会長のことを説得しようとしているんでしょ、遥香」
「まあ、ね。女の子同士で付き合うことは悪くない、って知って欲しいと思ってる」
「そっか。遥香らしいな」
「普通に生活していれば処分はしないみたいだから、ちゃんと勉強して、部活にも参加した上でやろう。どちらかでも疎かになったら、恋愛が原因だとか決めつけられて処分される可能性もあるからね」
「そうだね。心がけるよ」
今も雨宮会長なら、何か些細な問題でも絢ちゃんと付き合っていることが原因だと言いそう。それに、勉強と部活は大切なことだから、しっかりやらないとね。
「遥香! もうすぐ昼休みが終わっちゃうよ!」
「えええっ! 早くお弁当の残りを食べないと!」
お昼ご飯も大切だから、残さず食べないとね。
私達は残っていたお弁当を急いで食べて、午後の授業の準備をするのであった。