第2話『密室シンフォニー』
生徒会室を出てからもずっと絢ちゃんに手を引かれている。教室に戻るのかと思いきや、教室とは違う方に向かって歩いている。教室棟の方ではなくて、特別教室が多く集まっている特別棟の方に向かっているみたい。そのためか、生徒も段々と少なくなっている。
そして、近くにあったお手洗いに入る。中には誰も人がいない。しとしとと降る雨の音だけが響いている。
絢ちゃんは私と一緒に一番奥の個室に入り、鍵を閉める。
「絢ちゃん、どうしたの? こんなところで……」
「……遥香」
私の名前を呟くと、絢ちゃんは私のことをぎゅっと抱きしめる。絢ちゃんの温もりと少し汗の混じった彼女の匂いが私を包み込む。
「ごめんね、遥香」
「どうしたの? いきなり」
「……雨宮会長に別れるかどうか聞かれたとき、迷っちゃったんだよ? 遥香のことを停学や退学処分にさせたくなかったから。今は友達になって、卒業してまた恋人になればいいって考えちゃっていたんだ」
「そうだったんだ……」
絢ちゃんの気持ちも分かる。私達を処分する理由は、私達が付き合うことによって生じる周りへの影響。
そして、雨宮会長は友達の関係なら認めると言った。それなら、在学中は友人で留まり、卒業したら再び恋人同士になるのはOKであると考えられる。
「私、恋人失格なのかもしれないね」
「そんなことないよ。最後は本音で話してくれたでしょ。それに、迷ったことも……私のことを考えたからなんだよね」
私も絢ちゃんのことを抱きしめる。
絢ちゃんもこれまで色々なことを経験している。自分の判断で他の人の人生を狂わせてしまうかもしれない場面になると、1年前のことを思い出してしまうんだろう。だからこそ、どうしても本音とは関係なく、私を第一に考えてしまった。
「もっと、絢ちゃんは自分の本音を優先していいんだよ? さっきは頑張って雨宮会長に答えを言えたね。私と同じだったから、とても心強かったよ」
「……あれは遥香が側にいてくれたからさ。1人きりだったら、私は雨宮会長の意に沿ってしまっていたかもしれない」
さっきの雨宮会長は物凄い剣幕だった。まるで、私達のことを毛嫌いしているように、私達の言うこと全てに否定的で。退学や停学という言葉が出てしまっては、雨宮会長の言う通りにしてしまいそうになるのも分かる。
「私も絢ちゃんが隣にいたから、付き合い続けるって言えたんだよ。それにね、私は絢ちゃんがどんな答えを出しても、それが絢ちゃんの本音なら反対するつもりはなかったよ」
「……ありがとう」
互いの気持ちを改めて確かめるように、私達は強く抱きしめ合う。
「ねえ、遥香」
「うん、なあに?」
至近距離で顔を見合うと、定期的に絢ちゃんの温かい吐息が顔にかかる。そして、絢ちゃんの熱い眼差しに吸い寄せられるように、彼女に顔を近づけていく。
「……キスしたいんでしょ?」
誰もいないお手洗いに入ってから、絢ちゃんの企みは分かっていた。全ては私とキスをするために、わざわざ人のいない特別棟まで連れてきたんだ。
「ねえ、そうなんで……んっ」
絢ちゃんは問いかけ続ける私の口を口で塞いだ。
これが、絢ちゃんの答えなんだね。キス、したかったんだよね。それを言葉じゃなくてキスで答えるところが絢ちゃんらしいというか。
さっき食べた卵焼きの味、残ってるよ。食べさせてもらっているときは普通に甘かったのが、今はとろけるくらいに甘いよ。無くなりかけていたのにとても甘くなったよ。
「絢、ちゃん……」
「……ドキドキするね。さっき、別れろって言われちゃったのに、学校のこんなところでキスするのは」
「いけないこと、しているんだね……」
「だから、せめても2人きりになれるところを選んだんだよ」
「でも、誰かがお手洗いに入ってきたら……」
「大丈夫だって。雨、強くなってきたし。このくらい雨音が鳴っていれば、少しくらい遥香が声を出しても気付かれないって。だから、さ……声、出してよ。気持ちいいときの遥香の声が聞きたい」
ね? と、絢ちゃんは私の額にキスをする。
「まったく、美咲ちゃんの言うとおり、絢ちゃんは甘えん坊さんだね。絢ちゃんが頑張ればきっと聞けると思うよ」
ここまでで既に結構ドキドキしているので、その時がくるのは時間の問題だと思う。
「遥香、好きだよ」
「私も、絢ちゃんのこと大好き……んっ」
また、不意打ちで絢ちゃんにキスされる。今度は唇に触れるだけじゃなくて、絢ちゃんの生温かく、甘い舌が大胆に入り込んできて。私の口を溶かしてくる。
「あっ……んっ……」
雨音が響いていると言っても、周りの人に聞かれてはまずい。絢ちゃんだけに聞こえるように声を必死に抑えている。
それでも、絢ちゃんの舌使いが上手く、て……。
「絢ちゃん、絢ちゃん……」
絢ちゃんのことが欲しくなって。絢ちゃんの名前を言い続けて、こちらからも舌を絡ませる。すると、
「はる、か……んあっ」
絢ちゃんの可愛らしい喘ぎ声が聞こえる。
「普段の凜々しい絢ちゃんも好きだけど、今みたいな可愛い絢ちゃんも好き」
このまま、2人の時間が永遠に続けばいいのに。
「……暑くなってきちゃったね、遥香」
「そうだね、絢ちゃん」
抱きしめ合って、これだけキスし続けていたらさすがに暑くなってしまった。体中が汗ばんでいるし。
「これが家だったら、お風呂に入って続きができるのに」
「……まったく、絢ちゃんのえっち」
「遥香も途中から乗り気だったじゃないか。舌を絡ませちゃってさ……」
「……だって、気持ち良かったんだもん。前よりも上手になったね。実は、声が聞きたいって言われたときにはもう、気持ち良くなってたんだよ」
「そうだったんだ。何か遥香の方がえっちなんじゃない?」
「……絢ちゃんが相手ならそれでもいいよ。絢ちゃんにしかこういうこと、しないから」
そう言って、私は顔を絢ちゃんの胸に埋める。
「絢ちゃんが好きな気持ちだもん。雨宮会長に何を言われても、処分で脅されても絶対に曲げたくなかったの」
「遥香……」
「……そろそろ教室に戻ろうか、絢ちゃん。残りのお弁当を食べる時間がなくなっちゃうから」
「そうだね。片桐さんや広瀬さんも待っているもんね」
ゆっくりと個室の扉を開けて、お手洗いの中に誰もいないことを確認する。
「キスした痕、残ってるかな?」
「大丈夫だよ、遥香。それよりも顔が赤くて、汗ばんでいることの方で怪しまれそうだけどね」
「それなら、絢ちゃんだってそうじゃない」
「……いつも以上にドキドキしたからね」
学校のお手洗いの個室でするキスは初めてだったから、私もドキドキした。さっきのこともあってか、キスが背徳行為のような感じがしたから尚更。
「まあ、教室へ戻る間にクールダウンできるよ。途中のパブリックスペースで冷たい水でも飲んでさ」
「そうだね、絢ちゃん」
パブリックスペースには水飲み場がある。そこで水を飲むと、必ずと言って良いほど絢ちゃんに手作りクッキーを渡したときのことを思い出す。まさか、あれから絢ちゃんの恋人になって、学校のお手洗いの個室でキスするようになるとは。
「何を笑ってるの? 遥香」
「……別に、何でもないよ」
初めて出会ったときから、絢ちゃんへの好意は一度も消えていない。だから、雨宮会長から別れろと言われたくらいじゃ、消せることなんて出来ないよ。ましてや、自分自身でなんて。
途中、パブリックスペースで冷たい水を飲んで、私達は教室に戻るのであった。