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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 3-メザメノカオリ-
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第14話『置き言葉』

 広瀬さんと萌衣さんについて行く形で、私は片桐さんの泊まっていた部屋へと向かっている。普通の家とは違って、走ってもすぐには着かない。


「ここです!」


 そう言って、萌衣さんは扉を開く。

 部屋の中に入ると、片桐さんの物らしき大きなバッグがベッドの上にあるのが見えた。バッグの側には折りたたまれた紙が置いてある。


「萌衣さん、ベッドの上にある手紙が杏ちゃんの言っていた?」

「そうだと思います、お嬢様」

「そうですか。さっそく見てみましょう」


 私達は片桐さんが横になっていたベッドまで行き、広瀬さんが『サキへ』と書かれた三つ折りの紙を手に取る。


「私宛になっていますね。何枚もありますね……」

「そんなにあるんだ。何が書いてあるんだろう?」

「……私が音読します」


 広瀬さんは三つ折りとなった紙を開き、ゆっくりと読み始めた。



『サキへ


 この手紙を見つけたっていうことは、あたしがここからいなくなったのを萌衣さんから聞いたんだね。

 今、サキ1人で読んでいるのかな。ハルや原田さんと一緒なのかな。もし、1人なら後でハルと原田さんだけに伝えてくれると嬉しい。

 牡丹が目覚めて、牡丹に二度と会いたくないって言われてからずっと考えてたの。あたし、どうすればいいのかなって。牡丹に会うのが怖くて、サキの家に家出してからもずっとそればかり考えてた。

 それで、今日になってやっと決断することができたんだ。あたし、この世からいなくなろうって。

 1年前、あたしは牡丹のことを苦しめた。牡丹のことを考えずに、原田さんを諦めてあたしの方に向いて欲しいから適当なことを言ったの。そのせいで、牡丹を身体的にも精神的にも物凄い苦しめちゃった。

 この世からいなくなろうって考えは、牡丹が眠った直後から何度も考えた。でも、あたしの中にある悪魔が「原田さんを悪者すればいい」って囁いて、原田さんを傷つけることでそんな気持ちを掻き消してたの。それを繰り返したまま、中学を卒業した。牡丹を眠らせただけでも酷いのに、原田さんまで苦しめるなんて酷いよね。

 高校に入学して、サキとハルに会えて嬉しかった。2人といると一時的にも心が救われた気分になったから。

 遊園地での一件で、牡丹と本音で向き合えばいいんだって思うことができた。牡丹のことが好きだって伝えようって決めたんだ。

 でも、現実は甘くはなかった。牡丹はあたしのことを恨んでた。あたしのせいで苦しんで1年間も眠ることになったんだ、って牡丹に言われて気付いたんだ。私みたいな悪魔はやっぱり、すぐに永遠に眠らなきゃいけないんだって。牡丹の味わった苦しみよりもずっと辛いことを受けなきゃいけないんだって。

 だから、あたしはここから出て行きました。


 サキ。あたしのことをずっと慰めてくれてありがとう。昨日も、会いたくないって言ったけれど、サキの優しさは十分に伝わったよ。本当に嬉しかった。

 ハル。遊園地での一件で真摯に向き合ってくれたから、牡丹への気持ちを再確認できたんだよ。ハルはとても強い女の子だから、これからは恋人の原田さんのことを支えてあげてね。

 原田さん。1年間ずっと酷いことをしてきてごめんなさい。原田さんが牡丹のことをちゃんと考えていたのは分かっていたのに、悪魔だって言い続けて。苦しかったよね。本当にごめんなさい。あと、ハルのことを幸せにしてね。


 あたしはこの世からいなくなるのが本望だから。そのことに関しては誰も悪くないってことをここに書いておきます。いたとしたら、それはあたし自身。


 もし、一緒に読んでいなかったら、ハルと広瀬さんだけにここに書いてあることを伝えてください。



 それじゃ、さようなら。    片桐杏』



 それが手紙に書いてある全てだった。広瀬さんは淡々と読んでいった。

 片桐さんは……今までのことを償うために自らの命を絶とうとしているのか。ということは、この手紙は私達に向けた遺書か。


「嘘だよね。ねえ、これって嘘だよね!」

「落ち着いて! 遥香!」

「だって、だって……!」


 遥香はそう言って、私の胸の中で泣きじゃくっている。


「私だって、嘘であってほしいよ」


 だけど、萌衣さんの話によると小一時間ほど前にこのお屋敷を出た。既にどこかの場所で命を絶ってしまった可能性は否定できない。

 一方、広瀬さんは、


「……こんな手紙、納得していいわけがありません」


 そう言って、片桐さんからの手紙をビリビリに破いてゴミ箱に捨てた。その時の表情はいつになく怒っている。


「私達は杏ちゃんが笑顔でいて欲しいですから」


 広瀬さんはベッドの上にあったバッグの中を漁っている。


「ダメですね。杏ちゃんのスマートフォンがここにあります。本人に連絡が取れれば一番良かったのですが……」

「でも、どうにかして片桐さんを見つけないと、彼女を止められない……」

「ええ。杏ちゃんの行きそうなところがあればいいのですが……」


 広瀬さんにそう言われてすぐに思いついたのが、卯月さんの家だ。今回の一件には卯月さんという女の子が深く関わっているから。命を絶つ前に卯月さんに会うという可能性も十分に考えられる。


「卯月さんに電話をかけてみる。広瀬さん、遥香を頼む」

「分かりました」


 今も泣いている遥香のことを広瀬さんに委ねて、私はスマートフォンで卯月さんに電話をかけてみる。

 発信してからものの数秒も経たないうちに、


『原田さん? どうかしたの?』

「卯月さん。片桐さんはそっちに来ていないかな」

『来てないけれど、何かあったの?』

「実は片桐さんの友達の家から、彼女の姿が消えちゃって。手紙が残っていたんだけど、彼女はどうやら自らの命を絶とうとしている」

『そ、そんな……』

「卯月さんのところに行く可能性もある。だから、片桐さんが来たらすぐに私に連絡して欲しいんだ」

『う、うん。そうする……』


 その瞬間、電話の向こう側からインターホンの音が聞こえた。そして、


『牡丹。杏ちゃんがお見舞いに来てくれたわよ』


 卯月さんのお母さんの声で、確かにそう言っているのが聞こえた。

 私は遥香や広瀬さん、萌衣さんにも聞こえるようにスピーカーホンにする。

 卯月さんも片桐さんが来たことを知ったのか、通話を切らずに片桐さんの所に向かっているらしい。


『杏ちゃん……』

『牡丹、ひさしぶり。色々あって来られなかったんだ。2人きりで話したいからさ、牡丹の部屋に行っても良いかな?』

『う、うん……』

『ところで、スマートフォンなんて持ってどうしたの?』

『な、何でもないよ。パズルゲームやってただけだから……』

『……そっか』


 卯月さん、上手く誤魔化してくれたな。ここで私と通話しているのがばれたら、どこかに逃げてしまうかもしれないから。

 何かが軋む音が聞こえる。階段を上がって、卯月さんの部屋に向かっているのかな。

 片桐さん、君は卯月さんの前に現れてどうするつもりなんだ?


『うわあ、ひさしぶりだな。牡丹の部屋。全然変わってないね』

『退院してあまり時間も経ってないからね』


 そして、扉が閉まる音が聞こえる。これで、片桐さんの希望通り卯月さんと二人きりになったわけか。


『そ、それで……2人きりで話したいことってなに?』

『……それは、ね』


 片桐さんがそう言ったその直後、


『きゃあっ!』


 卯月さんのそんな悲鳴が電話口から響き渡った。


「どうしたんだ! 卯月さん!」


 思わず、私は卯月さんの名前を呼んでしまった。


『杏ちゃんが……カッターを持って私の方に向けてるの』

「何だって!」


 どうして、カッターを卯月さんに向けているんだ? まさか、自分だけじゃなくて卯月さんも一緒に?


『誰と話してるの? 今の声、原田さんだよね?』

『えっと、その……杏ちゃん、まずは落ち着いて! ……いやあっ!』

「卯月さん! 何があったんだ!」


 ドサッ、という音がした次の瞬間、


『やっぱり、相手は原田さんだったんだ』


 電話口から片桐さんの声がはっきりと聞こえた。どうやら、片桐さんに気付かれてしまったみたいだ。


「そうだよ。今、片桐さんの泊まっていた部屋にいるよ。すぐ側には遥香と広瀬さん、萌衣さんもいる」

『そっか。じゃあ、私の手紙はみんな読んだんだね』

「読んだよ。でも、私達は納得してない。だって、片桐さんには生きていて欲しいんだから! だから、命を絶つことは止めてくれないか!」

「そうです! 杏ちゃんがいなくなったら、皆さん悲しみますよ!」

「杏ちゃん、死ぬなんて言わないでよ……」


 私達の訴えに片桐さんの心も揺れ動いているのか、無言の時が流れる。


『……手紙に書いてあった通りだよ。みんなには感謝してる。でも、もう……これ以上関わらないでよ。これは、あたしと牡丹の問題なんだから』


 片桐さんがそう言うと通話が切れてしまった。


「片桐さん!」


 私はもう一度、卯月さんのスマートフォンに通話をしようと試みるけれど、電源を切られてしまったようで通話ができない。


「ダメだ。電源が切られてる……」

「こうなったら、卯月さんの家に行くしかありませんね。すぐに車を出させます!」

「ありがとう。遥香、皆で卯月さんの家に行こう!」

「……うん。杏ちゃんに会って、思い留まらせたい」


 そうだ、私達にできることは片桐さんに会って直に説得することだ。そのためにも、一刻も早く卯月さんの家に行かないと。それまでは、卯月さん、君しか片桐さんを救える人はいないんだ。今こそ、君の本音を片桐さんに伝えてくれないだろうか。

 とんでもない形で、一連の出来事に決着が付きそうになるのであった。

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