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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 3-メザメノカオリ-
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第3話『卯月牡丹』

 5月4日、土曜日。

 午前10時。私は制服姿で鏡原駅の改札前にいる。

 なぜ、今、私がここにいるのかというと、卯月さんのお見舞いに行くことになったから。昨日の夜に杏ちゃんから電話が来て、お見舞いの許可が下りたことを知った。

 美咲ちゃんと一緒に最寄り駅の上山駅まで行き、そこで絢ちゃんと杏ちゃんと合流して、卯月さんの入院している潮浜総合病院に行く予定。

 そして、制服姿なのは杏ちゃんが提案したこと。卯月さんが眠る前から杏ちゃんは天羽女子に行きたいと言っていたので、制服を着ることで無事に進学できたことを知らせたいらしい。


「遥香ちゃん、お待たせしました」


 黒いリムジンから制服姿の美咲ちゃんが降りてきた。さすがはお金持ち。


「おはよう、美咲ちゃん」

「おはようございます、遥香ちゃん」

「何だかリムジンを前にすると、電車で行っていいのかなって思うよ」

「構いませんよ。普段あまり電車に乗らないので実はとても楽しみなんです」


 いつになく、うきうきとした表情を見せる美咲ちゃん。天羽女子も徒歩圏内だし、電車に乗る機会はそうそうないもんね。


「ほら、さっそく行きましょう」

「そうだね」


 気付けば美咲ちゃんに手を引かれていた。本当に電車に乗るのが楽しみなんだなぁ。今の美咲ちゃん、凄く可愛い。

 潮浜方面の各駅停車がすぐにやってきた。ここから20分ほどかけて最寄り駅である上山駅へと向かう。ちなみに、絢ちゃんと杏ちゃんの家の最寄り駅も上山駅。遊園地での一件があった日に、絢ちゃんの家へ行く際に降りたことがある。

 車内は空いていて、美咲ちゃんと隣同士に座る。


「早く卯月さんに会ってみたいですね」

「うん。写真で顔は見たけれど、やっぱり実際に会ってみたいよね」

「私もです。それにしても、お見舞いの許可が思いの外早く下りましたよね。もっと時間がかかると思っていました」

「まさかゴールデンウィーク中にお見舞いに行けるとは思わなかったよ」

「理由は何であれ、早いに越したことはないですね」

「うん。こんなに早くお見舞いができるってことは、卯月さんの体調も良いってことだろうからね」

「そうですね。杏ちゃんもきっと安心していることでしょう」

「そうだね。絢ちゃんだってきっと……」


 きっと、卯月さんと会えることに喜ぶと同時に安心していると思う。特に杏ちゃんはこの日をずっと願い続けて待っていたんだろうな。

 それにしても、美咲ちゃん……目をパッチリさせて興味津々に車内を見渡している。普段とは違って子供っぽいな。

 電車に乗っていると、美咲ちゃんにとっては色々な発見があるみたいで、話題の絶えない20分間となった。



 午前10時半。

 あっという間に上山駅に到着した。

 改札を出たすぐ先に制服姿の絢ちゃんと杏ちゃんが待っていた。2人はこっちに向かって大きく手を振ってくる。


「ハル! サキ! おはよう!」

「遥香、広瀬さん、おはよう」

「絢ちゃん、杏ちゃん、おはよう」

「おはようございます、杏ちゃん、原田さん」


 絢ちゃんも笑顔だけれど、杏ちゃんの満面の笑みを見るとこちらまで自然と笑顔になってしまう。意識を取り戻した卯月さんに会うことのできる嬉しさがとても伝わってくる。


「ちゃんと制服姿で来たね、よろしい」

「電話で直接言われたんだから忘れるわけないよ。ね? 美咲ちゃん」

「そうですよ。メールでも散々確認させられましたからね」

「私も制服で来てって強く言われたな」

「むしろ、杏ちゃんが一番心配でしたよ。時々、忘れ物もしますからね」

「なっ! 言いだしたあたしが忘れるわけがないでしょ!」


 杏ちゃんは顔を赤くしてカッとなる。


「ほら、さっさと病院に行くよ。あたしについてきな!」


 プンスカ言って歩き始める杏ちゃん。

 ちょっとからかいすぎちゃったかな、と反省しつつ私達3人は杏ちゃんについていくのであった。



 上山駅から潮浜総合病院までは結構近く、歩いて五分ほどで到着した。

 さっきは不機嫌だった杏ちゃんも、卯月さんに会える嬉しさからかすっかりと機嫌が治り、笑顔を取り戻していた。

 潮浜総合病院は潮浜市の中でも1、2を争う規模の大きさを持つ病院で、潮浜市の人はもちろんのこと、鏡原市から通院する人も結構いるらしい。私は昨日の電話で名前を聞くまで全然知らなかったけど。

 卯月さんが眠り始めたのは中学3年生の頃だったこともあり、現在も小児病棟のフロアにある病室で入院しているとのこと。病室番号は405号室。

 受付で面会の手続きを済ませ、面会者を示す名札を付けると、さっそく卯月さんのいる405号室へと向かう。

 小児病棟のフロアだけあって、あちこちから子供の声が聞こえる。今日は土曜日だし、家族の人がお見舞いに来てはしゃいでいるのかもしれない。

 ただ、卯月さんの入院する405号室が近づく度に静かになっていく。長期で入院している患者さんがいるため、あまり騒がれないよう配慮がなされているのだろうか。さっきとは打って変わって静寂に包まれていく。また、この無機質な匂いがちょっとした緊張感をもたらす。

 そして、405号室の前まで辿り着く。扉の横にあるネームプレートには『卯月牡丹』と書かれている。


「ここに卯月さんが入院しているんだね」

「そうだよ、ハル」

「何だか緊張しますね」

「サキとハルは初めて牡丹に会うんだもんね。しかも、こういう形で。大丈夫だよ、牡丹は優しい女の子だから2人とはすぐに仲良くなれるよ」


 私達を安心させるために、杏ちゃんは優しく微笑む。


「私も同感だ。卯月さんはきっと2人と仲良くなれると思うよ。卯月さん、ここにいるのも何だし早く病室の中に入ろう」

「そうだね」


 そして、杏ちゃんが病室の扉をノックする。


『はーい』


 女の人の声が聞こえた。落ち着いた声なのでお母さんかな?


「杏です。原田さんと高校の友達を連れてきました」

『まあ、そうなの! 入ってきていいわよ』

「ありがとうございます」


 さあ入ろう、と言って杏ちゃんは病室の扉を開ける。杏ちゃんの後に私、絢ちゃん、美咲ちゃんと続く。

 白い壁に囲まれた病室はとても広く感じる。真ん中にはベッドがあり、そこに卯月さんがこちらを向いて横になっていた。

 赤紫色の髪は写真の通りだけど、それ以外は写真よりも幾らか大人っぽくなった感じがする。眠っている間に成長したのかな。ショートヘアの髪型からセミロングに変わったからそう見えるのかも。

 卯月さんは無表情で私達のことを見ている。目覚めてから日も浅いので、喜怒哀楽がはっきり出せるほどの元気はまだないのかな。

 ベッドの横には卯月さんの御両親らしき人が立っている。


「初めまして、牡丹の母の美紀(みき)といいます。みんな、牡丹のためにお見舞いに来てくれてどうもありがとう。その制服ってことは、杏ちゃんの通っている高校の女の子なのね」

「はい。2人のクラスメイトの坂井遥香です」

「同じく、広瀬美咲と申します。以前、2人から卯月さんの話を聞きまして。彼女とは是非会いたいと思っていました」

「そうなの。嬉しいわ」


 美紀さんが微笑んでいると、卯月さんは美紀さんの服の袖を掴む。


「どうかしたの?」


 卯月さんは美紀さんの耳元で何やら囁いている。美紀さんがクスッと笑っているけど、何を言っているんだろう。


「みんなが来たから私達はもう帰っていいって。今日はもう検査とかを受ける予定はないし、友達同士だけの方が色々と話せるでしょ。牡丹の言うとおり、私達はもう帰るわ。牡丹、具合が悪くなったら、すぐにそこのボタンを押して病院の人を呼びなさいね」


 美紀さんがそう言うと、卯月さんは軽く頷いた。


「みんなにもお願いしていいかしら?」

「あたしもいますし、安心してください」

「そうね。杏ちゃんもいるし、これだけお友達がいれば大丈夫よね。じゃあ、私達は帰るわね」


 そう言って、卯月さんの御両親は病室から出て行った。

 病室には私達5人だけとなる。


「牡丹、私……杏だよ。分かる? 原田さんもいるよ」


 杏ちゃんがそう言うと、卯月さんは一度頷く。


「卯月さん、ひさしぶりだね。目が覚めてくれて……良かった」

「牡丹、天羽女子でできた友達を連れてきたよ」


 杏ちゃんのその言葉を合図にして、私と美咲ちゃんは一歩前に出る。


「初めまして。坂井遥香です。杏ちゃんや絢ちゃんのクラスメイトで、絢ちゃんとは……」


 付き合っていることを言ってしまっていいのだろうか。絢ちゃんに振られた直後に卯月さんは眠り始めてしまったために判断しづらい。

 そんな私の気持ちを察してくれたのか、絢ちゃんが私の肩に手を乗せて、


「私、遥香と付き合っているんだ。2週間くらい前からなんだけどね」


 落ち着いた口調でそう言った。

 卯月さんもさすがにこのことには驚いているようだった。目を見開いている。


「原田さん、はっきりと言って良かったんですか? 卯月さん、驚いていますけど」

「言っても言わなくても、遥香と付き合っていることには変わりないよ。それに、卯月さんに隠し事をしたくなかったからね」


 確かに絢ちゃんの言うとおりだ。私達が付き合っていることに変わりない。絢ちゃんはきっと正直に言った方が、卯月さんのためになると思ったのだろう。


「絢ちゃんの言うとおり、私達……付き合ってます」


 私も付き合っていることを言うと、卯月さんは小さく頷いた。


「初めまして、広瀬美咲です。ここにいる3人とはクラスメイトです。これから、宜しくお願いします」


 深くお辞儀をする美咲ちゃんに対して、卯月さんは小さく頭を下げた。

 ようやく卯月さんの口が開く。


「……坂井さん、広瀬さん。初めまして、卯月牡丹です」


 小さく掠れた声で卯月さんは自己紹介をする。可愛らしい声だ。


「杏ちゃんも原田さんも……ひさしぶり」

「うん、ひさしぶりだね、卯月さん。また、話すことができて良かったよ」

「私も原田さんと話せて嬉しい」


 そう言うけど一瞬、卯月さんの目が鋭くなったような。気のせいかな。


「牡丹、ハルとサキも1年前のことは知ってる。だから、牡丹の目を覚ましたことを知ったときには凄く喜んでくれたんだ」

「……そうなの。2人とも、ありがとう」


 卯月さんは私と美咲ちゃんの方を向いて微笑む。


「……あのね、牡丹。あたし、牡丹に謝らなきゃいけないことがあって……」

「何のこと?」


 卯月さんの声、さっきまでとは比べものにならないくらいにはっきりしている。それに、やっぱり目つきが鋭くなっているような。


「杏ちゃんは、何のことで私に謝らなきゃいけないの?」

「1年前のことだよ。牡丹が原田さんに告白する前、あたしが言ったじゃん。早く告白しないと他の人に原田さんを取られちゃうかもしれないって。でも、あれは――」

「もういいよ。その先のことはもう聞きたくない。私、分かってるから」

「でも、言わせて! あたし、本当は――」

「何も聞きたくないって言ってるでしょ!」


 突如放たれた気迫のこもった卯月さんの声に、誰もが驚いてしまう。卯月さんは杏ちゃんのことを鋭い目つきで見ているし。まさか、さっきまでの振る舞いは演技だったの?

 杏ちゃんと卯月さん。今の2人を見ていると……裁く人間と裁かれる人間のように見えた。卯月さんはきっと、1年前のことについて杏ちゃんを裁こうとしているんだ。


「杏ちゃんの顔は見たくない。だから、もう二度とここには来ないで」

 

 それは、2人の関係を断ち切る酷な判決だった。

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