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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 3-メザメノカオリ-
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第2話『朗報』

 5月1日、水曜日。

 朝、天羽女子に登校すると、1年生の女子に囲まれてしまう事態に。どうやら、絢ちゃんによる昨日の恋人宣言が学年中に伝わったみたい。主に絢ちゃんのファンから「おめでとう」と祝福された。何だか私達が結婚してしまったような騒ぎようだ。

 教室に向かう途中で目に止まったのが、廊下にある掲示板に貼られていた『1年生きってのビッグカップル誕生!』という見出しの学内新聞。天羽女子には新聞部があって、部員が面白がって記事にしたものと思われる。


「まさか、ここまで大事になるなんて……」


 相手が絢ちゃんでもこんなに大騒ぎになるとは思わなかった。それとも、前に杏ちゃんが言っていたように、私と絢ちゃんで人気が二分しているからこうなったのかな。学内新聞にビッグカップル誕生って銘打つくらいだし。

 私達が付き合っていることは事実だけれど『人の噂も七十五日』っていう言葉もあるくらいだから、いずれは落ち着く……よね。

 教室に着いたときにはもう疲れ切ってしまっていた。すぐに自分の机に突っ伏す。


「あー、疲れた」

「おはようございます、遥香ちゃん。今の様子では、お疲れ様の方が合っているかもしれませんね」


 顔を上げると、美咲ちゃんが前の席に座っていた。


「昨日の部活ではあまり訊かれなかったのに、一晩経ったら凄く人が集まってくるんだもん。しかも、ビックカップル誕生だなんていう新聞記事も書かれるし」

「廊下に貼ってありましたね。私もさっき見てきましたよ。半ば面白がっているように感じますけど」

「同感」


 絢ちゃんが恋人宣言したのは、学校でも気を遣わずに一緒にいられるように、っていうのが目的なんだけれど。ここまで騒がれると、逆に一緒に居づらくなる気がする。


「でも、変に誤解されるよりは良いと思いますよ。原田さんと一緒にいても、彼女のファンも付き合っているからだと納得できるでしょうし」

「……そう思うことにする」


 誤解されないように、っていうのも恋人宣言の目的の一つだから、そういう風に考えるようにしよう。ポジティブに考えないと。

 教室で美咲ちゃんと話していると、さすがに昨日のことに興味を持って訊きに来る子はいない。

 それから数分後、絢ちゃんが教室に入ってきた。

 今まではここで彼女のファンに囲まれてしまっていたけれど、恋人宣言をしたからかそんなことにはならず、私の所へすぐに来る。何だか新鮮な感じ。


「遥香、広瀬さん、おはよう」

「おはよう、絢ちゃん」

「おはようございます、原田さん」

「何かここに来るまで色々と訊かれたけれど、遥香もそうだった?」

「まぁ、渦中の女だからね」


 多少、皮肉っぽく言ってみると、絢ちゃんは声に出して笑う。


「確かにそうだよね。何か変に大事になっちゃっているね。遥香と付き合っていることをみんなに言っただけなんだけどな」

「私達、ビッグカップルらしいよ」

「掲示板に貼ってあった新聞に書いてあったね。さすがにアレを見たときにはどうかと思ったけど。私達にしてみれば、ごく普通のカップルだよね」

「そうだよ」


 互いに好き合っているありふれたカップルだよ。


「……まあ、時間が経ったら落ち着くと信じよう。とにかく、恋人だと宣言したことで今も遥香といられるようになったんだからよしとしないと」

「絢ちゃんも同じ考えで良かった」


 絢ちゃんの言うとおりだ。今のような時間に絢ちゃんと一緒にいられるのはとても大きい。今までのように寂しい想いをしなくて済むんだから。

 それにしても、ここまで騒がれているのに普段と変わらない絢ちゃんは凄いな。ファンに囲まれ続けてきただけはある。


「そういえば、杏ちゃんがまだ来ませんね。いつもならもう来ているんですけど」

「確かに今日は遅いね」


 気付けば、朝礼が始まるまであと10分になっている。何時もならとっくに登校してきているんだけれど。


「具合でも悪いのでしょうか」

「でも、杏ちゃんからは休むっていうメールは来ていないよ」

 何も連絡が無いとちょっと心配だ。ちゃんと来ればいいけれど。美咲ちゃんも心配そうに廊下の方を見ている。

「私が教室に来るときはいつも3人で話しているよね」

「うん。今日はまだ来てないからちょっと心配だよ」


 私よりも早く来ているときもあるから尚更心配だ。今日は休むのかな。

 3人で杏ちゃんの話をしていると、すぐにその張本人が慌ただしく教室に入ってきた。


「大変だよ、大変!」


 杏ちゃんは私達の前に立ち止まると、両手を膝に当てて息苦しそうに深呼吸をする。駅からここまで走ってきたのかな。


「おはよう、杏ちゃん」

「おはようございます、杏ちゃん」

「おはよう、片桐さん」

「う、うん……お、おはよう……」


 杏ちゃんは右手を軽く上げると、再び膝に当ててしまう。どうやら、相当急いでここに来たのだろう。

 杏ちゃんが落ち着いたところで、本題に入る。


「杏ちゃん、何かあったの? 大変だって言っていたけれど」

「うん。あのね……目を覚ましたんだ」

「えっ?」


 私がそう声を漏らすと、杏ちゃんは私の両肩をがっ、と掴む。


「目を覚ましたんだよ! 牡丹が!」


 ぼたん、って……前に杏ちゃんが話していた?


「牡丹って、1年前から眠り続けていた卯月牡丹さんのこと?」

「うん! 今朝、目を覚ましたんだって! 学校に行く直前に、牡丹のお母さんから電話がかかってきたんだ。そうしたら、遅刻しそうになっちゃって……」


 杏ちゃんはとても嬉しそうだ。親友だもんね。定期的にお見舞いにも言っていたみたいだし。卯月さんのお母さんはいち早く杏ちゃんに知らせたかったんだろうな。

 この朗報には絢ちゃんもとても嬉しそうだった。絢ちゃんもまた、卯月さんが眠り始めてからずっと心配していたから。


「片桐さん、卯月さんとはもう会えるの? 今すぐにでも会いたいんだけれど」

「私もそう思って訊いてみたんだけど、目を覚ましたばかりで体調面も心配だし、検査とかがあるらしいから当分は面会謝絶だって」

「……そっか。1年ぶりに目を覚ましたんだもんね。でも、嬉しいよ。卯月さんとまた話すことができると思うと」

「そうだね。私も同じ」


 2人とも卯月さんが目覚める瞬間が必ず来ると信じていたから、今回の一報は物凄く嬉しいんだろう。私もとても嬉しい。


「良かったね、杏ちゃん、絢ちゃん」

「まだ会えないけど、目を覚ましただけで凄く嬉しくて……」


 あまりにも嬉しすぎたのか、杏ちゃんの目には涙が浮かぶ。


「面会謝絶が解かれたら、すぐにでも卯月さんの面会に行きたい。彼女には色々と話したいことがあるし。面会の許可が下りたら連絡してくれる?」

「当たり前だよ。面会ができるようになったら、すぐに知らせるよ。その時はハルとサキも一緒に来て。2人のことを紹介したいから」

「分かったよ、杏ちゃん」

「卯月さんに会える日が楽しみですね。早く会ってみたいです」


 思いがけない朗報が舞い込んだことで、5月は最高のスタートが切れそう。

 卯月さんの面会の許可が下り次第、彼女の入院している病院に4人でお見舞いへ行くことに決まった。

 あとは、その日が1日でも早く来ることを願うばかりだ。

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