第1話『恋人宣言』
4月30日、火曜日。
ゴールデンウィーク前半のお休みが終わり、今日は平日で学校がある。金曜日から後半の連休でもあるので、今日から3日間の授業を全て休んで旅行に行っている子もいる。
私は昨日、絢ちゃんと映画デートに行ってきた。毎年この時期に公開されている人気アニメのシリーズ最新作だったので、とても楽しい時間を過ごせた。
連休の谷間でも昨日のデートがあったので、午前中の授業は意欲的に取り組むことができた。
けれど、昼休みになると……気持ちが沈んでしまう。
「今日もブルーな気持ちみたいだね、ハル」
「……ちょっとね」
苦笑いをしながら訊いてくる杏ちゃんに、私はつい本音を漏らしてしまう。
絢ちゃんと付き合うことになってからも、教室ではあまり話すことができていない。せめて、昼休みくらいは特に一緒にいたいけれど、相変わらず絢ちゃんの周りには彼女のファンが集まっている。
昨日が楽しかっただけに、今の状況とのギャップが激しい。昨日のデートが夢だったんじゃないかと思ってしまう。
私が絢ちゃんのところに行ければ全て解決する。
けれど、実際にはなかなか行く勇気が出なくて、昼休みは杏ちゃんや美咲ちゃんと一緒にお昼ご飯を食べている。そんな自分が情けなくて、悔しい。
2人と一緒にいるのももちろん楽しい。
けれど、やっぱり……一番は絢ちゃんと一緒にいたい。
「でも、近いうちにみなさんの前で遥香ちゃんが恋人だと言うんですよね?」
「うん、そうだよ」
瑠璃ちゃんとの一件があって、私と付き合っていると宣言する気持ちが固まったみたい。あれから初めての学校だけど、さっそく言うのかな。
絢ちゃんのことを見てみると、絢ちゃんはいつになくしきりに私の顔を見ている。
「原田さん、こっちの方を結構見てるね。これは宣言するサインなんじゃない?」
「そうだといいけれど」
「みんなに言うのは原田さんに任せているんですか?」
「うん、自分から言い始めた方がいいだろうって」
その方がより早く信じてもらえそうだから、と。
「そうですか。では、遥香ちゃんにできるのはその瞬間を待つことだけ、ですか」
「そうなっちゃうね」
「まあ、あたしやサキと一緒に待っていようよ。何だったら、あたし達が原田さんの背中を押したっていいんだからさ」
「……ありがと、杏ちゃん」
絢ちゃんと一緒にいられなくて寂しい気持ちになるけど、杏ちゃんや美咲ちゃんの存在が私の心を温めてくれる。本当に優しくもあり、頼もしい親友だ。
お昼ご飯を食べ終わり、気付けば昼休みが残り10分となっていた。
今日はもう言わないかな、と半分諦めていたときだった。
「あ、あのさっ!」
女子達に囲まれていた絢ちゃんはそう言って立ち上がる。周りの女子達も絢ちゃんが急に声を上げたからか驚いているようだ。
「みんなに……話したいことがあるんだ」
絢ちゃんは真剣な面持ちで私のところに来る。
「遥香、行こう」
絢ちゃんは私の手を掴み、私と一緒に教壇の前まで行く。
教室を見渡すと、私達の関係を知っている杏ちゃんと美咲ちゃん以外は「何事?」と言わんばかりの表情をしている。
絢ちゃんの手が震えていた。なので、私は握る力を強くする。
絢ちゃんが勇気を出して言おうとしているんだ。絢ちゃんの恋人として彼女の側にいないと。
「みんな、今まで言えなくてごめん」
すると、絢ちゃんは突然私のことを抱きしめてきた。
「私、遥香と付き合っているんだ!」
『えええっ!』
みんな驚いてしまうのは当然だろう。教室内では、私達が付き合っているような素振りを見せていなかったのだから。
杏ちゃんと美咲ちゃんは「よくぞ言った!」という感じで喜んでいる。2人がそんな反応を見せてくれるだけで安心できる。
「遥香……」
気付けば、絢ちゃんが至近距離で私のことを見つめていた。
私もドキドキしているけど、抱きしめられているからか絢ちゃんがドキドキしているのがよく分かる。勇気を持って恋人宣言したんだもんね。
「絢ちゃん、ありがとう。頑張って言ってくれて」
だからもう離して大丈夫だよ、と言おうとしたときだった。
「遥香、好きだよ」
と、呟くと絢ちゃんは不意打ちでキスをしてきた。
そのキスが衝撃的すぎて、意識が急激に遠のいてしまう。その中で覚えているのは女子達の黄色い叫び声と、何度も私のこと呼ぶ絢ちゃんの声だけだった。
目を覚ますと白い天井が待っていた。
「良かった、遥香」
私のすぐ側には私のことを見て安堵の笑みを浮かべる絢ちゃんがいた。
どうやら、あれから私は保健室に運ばれたみたい。絢ちゃんが側にいるってことは、お姫様抱っこでもしながら運んでくれたのかな。それなら凄く嬉しいんだけど。
「絢ちゃんが運んでくれたの?」
「うん、すぐに保健室に連れていかなきゃと思って、遥香を抱っこして……」
「そ、そうなんだ……」
まさか、本当に抱っこをして運んでいたなんて。想像してみたらちょっと恥ずかしくなってきた。
「そういえば、今何時なの?」
「午後2時。5時間目の真っ最中だよ」
「ずっと側にいてくれたの? 教室に戻ってくれて良かったのに」
「そんなわけにはいかないよ。遥香が倒れたことだけでも心配なのに、ましてや私が遥香にキスをしたことが原因なんだから離れたくないって」
そう言いながら、絢ちゃんは私の頭を撫でてくれる。
「ごめんね、急にキスしちゃって」
「……まったくだよ。あそこでキスは反則だよ。あれでもう緊張とかドキドキとか遥かに通り過ぎちゃったんだから」
「付き合っていることをみんなに分かってもらうには、キスをするのが一番早いかなと思って」
「キスをするんだったら、事前に言ってくれないと。ただでさえ、みんなの前でいることで緊張していたんだから」
「本当にごめん」
ちょっとキツく言い過ぎちゃったかな。絢ちゃん、しょんぼりしてる。
今度は私が絢ちゃんの頭を撫でる。
「……でも、嬉しかったよ。本当は私が勇気を出して絢ちゃんと話せれば済むことなのに、絢ちゃんが頑張って言ってくれたから」
「遥香……」
「絢ちゃんに愛されているんだなって分かったよ」
みんなの前でキスしたのも、それだけ私のことが好きだからできたことだと思う。
「ねえ、遥香」
「なに?」
「……キス、してもいい?」
「えっ?」
「だって、キスするときは事前に言ってって言っていたでしょ?」
「だ、だけど……ここではダメだって」
「大丈夫だよ。カーテンで仕切られているから誰にも見られないし、保健の先生にだって私達の会話は聞こえてないだろうから」
確かにカーテンのおかげで見られる心配はないと思うけれど。
本当に2人きりのときの絢ちゃんって、可愛いというか甘えん坊というか。それにやたらとキスをしたがるし。
場所が場所だけにしない方がいいと思うけれど、絢ちゃんにここまで懇願されると……断ることなんてできない。
「じゃあ、さっきみたいに絢ちゃんからして」
「分かった」
私は目を閉じて、後は絢ちゃんに任せよう。
すると、すぐに唇に柔らかい物が当たる。絢ちゃんに抱きしめられることで、触れる面積が広がっていく。
やっぱり、キスをするなら2人きりのときが一番いいな。
「絢、ちゃん……」
「……私もずっと、学校でも遥香と一緒にいたいって思ってたんだ。きっと、みんな分かってくれるよ。私達が本当に付き合っているんだって」
「絢ちゃんがあんなに一生懸命になって言ったんだもん。きっと、大丈夫だよ」
突然のことで驚いている人も多いと思うけど、きっと分かってくれる。何かがあっても絢ちゃんと一緒なら、きっと乗り越えられる。
「じゃあ、もうすぐ5時間目が終わるから、休み時間になったら教室に戻ろうか」
「そうだね。みんなの反応がどんな感じなのかちょっと怖いけれど」
「私も同じ。でも、堂々と一緒に戻ろう」
「うん。もう、恋人宣言しちゃったもんね」
「そうだよ。宣言したんだから、一緒にいたって何にもおかしくない」
「そうだよね。じゃあ、一緒に戻ろっか」
そう言いながら、私達は笑い合う。
何か不安があっても、絢ちゃんといるだけで自然と安心する。絢ちゃんも同じ事を思ってくれていると嬉しいな。
休み時間になり絢ちゃんと一緒に教室に戻ると、物凄い歓迎を受けた。こっちが恥ずかしくなるくらいに。
どうやら、さっきの恋人宣言によって、私達は天羽女子の公認カップルになったみたい。ひとまず安心しました。