プロローグ『月明かり』
Fragrance 3-メザメノカオリ-
――苦しい。
いつもいつも、呼吸をすることが難しくて。
もがいてももがいても、この苦しみから抜け出すことができなくて。
死ぬことができたと思っていたのに、これじゃ……死ぬことよりもずっと辛い。早く力が尽きてこの苦しみから解放されたいはずなのに、どうして抵抗するんだろう?
私はずっとそんなことを考えながら、何もないこの世界で彷徨い続けている。
こんな風になってどのくらい経ったのかはもう分からない。
けれど、もういい加減……こんな状態でいるのは嫌になってきた。
死んでいいからもうここから出させてよ。こんな風になった原因は全部私なのは分かっているんだから。
――どんな報いだって受ける覚悟はあるから。
すると、急に周りの世界が急に光に包み込まれるように眩しくなり、何も見えなくなってしまう。
そして、誰かに手を引かれるような感覚を感じつつ、意識が遠のいていった。
目を開けると暗い天井が見えた。だけど、見覚えがない。
無機質な匂いに、定期的に鳴る機械音。何か被せられているのか、呼吸をすると口元が熱くなる。
そして、左腕から感じられる針の刺さるような痛み。そこから何かが私の中に入っていくのが分かる。
「ここ、病院、なんだ……」
息苦しいことには変わりないけど、あの時に比べればまだいい。布団の重みやエアコンの涼しい風がとても新鮮に感じられる。
「生きているんだ。本当に……」
ただ苦しいだけの夢の中はとても辛かった。誰かの掌の上で操られているようで、とても嫌だった。
でも、今は違う。五感が私に生きているってことを伝えてくれている。
「そういえば今、何時なんだろう……」
窓からは半月よりも少し大きな月が見える。今はまだ、月明かりさえも眩しく感じる。
そっか、今は夜なんだ。
でも、何月何日の夜なのか。そこまでは今の状態だと分からない。首を吊ったのは夜だから、まだあまり時間が経っていないのか、何日も経っているのか。
体を起こそうとしても、重くて全然動かない。どうやら、目を覚まして、何とか呼吸をするくらいの体力しか残っていないみたい。窓の方に顔を向けることで精一杯。
「もう、眠くなってきちゃったな」
夜なんだから眠るのが当たり前だよね。眠くなって当然だよね。
それで、明日の朝になれば起きられるよね。苦しい想いをしても、目覚めることができたんだから。だから、安心して眠っても大丈夫……だよね。
あのときと同じように。
あなたの顔を思い浮かべながら、ゆっくりと眠りに落ちてゆく。