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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-
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第9話『言葉の重み』

 4月27日、土曜日。

 正午過ぎ。私は遥香と一緒に学校のグラウンド横にいる。原田さんにこれまでのことを謝るためだ。

 今朝になると急に逃げ出したい気持ちも出てきたけど、遥香が側にいてくれたおかげで何とか学校に来ることができた。

 遥香によると、原田さんは午前中に陸上部の練習があるそうだ。なので、練習が終わり次第、原田さんと会うことになっている。


「瑠璃ちゃん、大丈夫だよ」


 遥香はしきりにそう言って勇気づけようとしてくれる。そして、私が逃げないようにするためなのか、ワイシャツの袖をぎゅっと掴んでいる。


「あっ、終わったみたい」

「本当?」

「うん、絢ちゃんもグラウンドから離れていくよ」


 じゃあ、もうすぐで原田さんがここに来るってことか。


 何だか、突然……足が震えてきた。ど、どうしよう。逃げたい気持ちがどんどん大きくなっていく。

「そんなに恐がらなくても大丈夫だよ。私がついてるから」

「う、うん……」


 そう……だよね。ここまで来て逃げてちゃ、遥香にも申し訳ない。遥香は私のことを信じて原田さんと合わせてくれるのだから。

 一度、深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、視線を真っ直ぐに向ける。

 すると、遠くから1人の金髪の女子がこちらに向かって歩いてきた。原田さんだ。その姿は次第に大きくなっていき、私達の前で立ち止まる。


「お待たせ、遥香。隣に立っているのが汐崎さん?」

「そうだよ」


 そう言うと、原田さんは私の顔を見てにっこりと微笑む。遥香が一目惚れしてしまったのが納得できるくらい、魅力的な笑顔だ。


「初めまして。原田絢です。遥香と同じクラスで……ちょうど1週間前から遥香と付き合っているんだ。それは遥香から聞いてるかな」

「ええ、まあ」


 私よりも背が高くて、こんなにもかっこいい笑みを見せた女子、見たことがない。遥香の立場だったら、惚れてしまっていたかもしれない。


「……汐崎瑠璃です。遥香とは中学の頃からの親友で」

「広瀬さんと同じか。彼女とも親友だったりする?」

「うん。中学の頃は遥香と美咲と3人でよく話したり、遊んだりしてた」

「そっか。きっと、中学の頃も遥香は可愛かったんだろうなぁ……」


 原田さんは笑顔でうんうん、と頷いている。

 って、和やかな雰囲気に浸っている場合じゃない。私には原田さんに言わなきゃいけないことがあるんだ。


「あ、あのっ!」

「うん?」

「え、ええと……私、原田さんに言いたいことがあって……その、遥香を通してここに来てもらったわけで……」

「そうだったね。本題に入らないと。それで、汐崎さんが私に言いたいことって、いったい何なのかな?」


 爽やかに微笑みながらも、原田さんはしっかりと私の目を見てくる。

 言わなきゃ! 言わなきゃ。


「……原田さん。あのさ、私……」


 ……言わなきゃ、いけないのに。

 謝りたい気持ちは私の心の中にちゃんとあるのに、どうして声に出そうとするのを躊躇ってしまうのだろう。あんなに酷いことをしたのだから、謝ることくらいやろうと思えば容易くできると思っていた。


 だけど、そんなわけがなくて。甘い考えなんだって。


 今になって、ようやく自分のしたことの重みを実感し、理解したのだ。原田さんを目の前にして、やっと現実と向き合ったんだ。

 自分のしたことの罪が深すぎて、謝る言葉も重くなってしまって……なかなか声に出すことができない。それがとても辛い。

 でも、原田さんはきっと今の私とは比べものにならないくらいの辛い想いをさせてしまったんだ。だから、ちゃんと原田さんに謝らなきゃ。許してもらいたいからじゃない。ただ、自分の気持ちを原田さんに示さなきゃ。


「原田さん、ごめんなさい。私、あなたに酷いことをしました」


 言い終わった頃には目から涙が溢れていた。

 次は自分の行った過ちを言わなきゃ。そのためには原田さんのことをちゃんと見ないといけないのに、涙が邪魔をする。

 涙を拭って言おうとすれば嗚咽を上げてしまい、その所為で再び涙が溢れ出す。その繰り返しでなかなか言うことができない。もちろん、怖いっていう気持ちが言うことを阻めているのもある。


「……写真のこと、かな」


 突然、原田さんがそんなことを言いだした。


「写真を送っていたのは汐崎さんなんだよね」

「原田さん、どうして……」

「……ごめん、瑠璃ちゃん。事前に、絢ちゃんには全部私から話していたんだよ。でも、瑠璃ちゃんが話しやすいように、絢ちゃんには知らないふりをしてもらっていたんだ」

「それで、汐崎さんがなかなか言えないようだったら、私の方から言うことに決めていたんだ。汐崎さんを試すようなことしちゃって、ごめん」

「……別に気にしないで。遥香が原田さんに言ったからって、私のしたことは変わらないわけだし」


 そうか、もう遥香が全て話していたんだ。それなのに、私と会ってくれるなんて原田さんは本当に優しい人だ。

 原田さんがもう知っている、と分かった瞬間、言う勇気が出た。


「ねえ、原田さん。今から私が言うことが合っているか確認してくれないかな。違うなら違うって怒ってほしい」

「……分かった」


 そして、私は原田さんに対して、自分のしたことを事細かに説明した。

 原田さんは何も言葉を挟まずにただ頷いて、真剣に聞いてくれた。


「……それが私のやったことの全て。私の勝手な気持ちで、原田さんを傷つけてしまって本当にごめんなさい」


 私は頭を深く下げた。それが、今できる精一杯の気持ちの表し方だったから。

 今、原田さんはどんな表情をして私のことを見ているのだろう。怒っているか。蔑んでいるか。呆れているか。もはや、見てもいないか。


「顔を上げてよ、汐崎さん」


 原田さんに言われたとおり、顔を上げる。

 そこに待っていたのは微笑む原田さんの顔だった。それがどうしても信じることができなくて、心の中では怒っていると思ってしまう。


「確かに、人から言わせれば汐崎さんのしたことは酷いことだと思う。きっと、心ない人がやったことだって思うかもしれない」


 当たっている。原田さんに写真を送っていたときの自分は、彼女の困った顔を見るのを楽しみにしていたのだから。


「でも、私にはそう思えなかった。写真の送り主は遥香のことを深く想っているのは分かったし、悪魔のことについてはしばらくの間は責められ続けると思う。そう覚悟をして、遥香と付き合うことに決めたんだ。だから、悪魔のことについてのメッセージを書かれても、それは仕方ないって思ってる」

「原田さん……」

「1週間前のことで、私は……卯月さんが目を覚ましたら、絶対に会いに行って謝ろうって決めたんだ。眠っているけど生きている。そう思ったら光が見えた。遥香達のおかげで」


 原田さんは遥香と笑い合う2人が本当に信頼し合い、愛し合っていることが伺える。


「汐崎さんの気持ちも遥香から聞いたよ。遥香がとても良い子で魅力的だから、きっとそう思ったんじゃないかな。そんな子を彼女にできたことを私は幸せに思う。それに、写真を送られるのが段々と嬉しくなってきちゃって。だって、デートの写真ってなかなかないじゃん。ツーショットの写り具合も良いし、あのワンピース姿の遥香は可愛かったし、他に写真があるなら全部欲しいぐらいだよ。もちろん、何も書かないでね」


 と、原田さんは照れ笑いをした。何だか普段の原田さんとは別人のように思えた。王子様と呼ばれるような人が、ここまで照れているなんて。


「……やっと笑ったね。瑠璃ちゃん」

「えっ?」

「瑠璃ちゃんはやっぱり笑顔が一番可愛いよ。これで、もう大丈夫なんじゃないかな」

「……そうだね」


 実は、この後……私はとある人に会う約束をしている。そのためには、原田さんにちゃんと謝らなきゃダメだと決めていた。


「何か用事でもあるの? 汐崎さん」

「ちょっとこの後、会いたい子がいて」

「……そっか」

「原田さん、本当にごめんなさい。それに、ありがとう」

「……私こそ、ありがとう。色々と考えることができたから」

「……遥香のことを宜しくお願いします。守ってあげてほしい」

「そのつもりだよ。遥香のことは私が守る」

「……安心した。もう、今は……原田さんにその言葉を言われると本当に安心する。遥香の親友だから、かな」


 私が言うのも何だけど、この2人なら……どんな壁がこの先待っていようと、苦労しながらも乗り越えられる気がする。それだけ、2人の絆は固く結ばれている。


「そろそろ行かなきゃ。待たせちゃいけないから」

「頑張ってね、瑠璃ちゃん」

「……ありがとう。2人に会って勇気が出たよ」


 そうだ、もう私は迷わない。そして、逃げない。

 彼女に会って、私の本心をぶつけよう。あのときの返事をするんだ。

 私は彼女との待ち合わせ場所に向かうのであった。

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