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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-
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第5話『美咲の提案』

 午後5時。

 連絡を取ってから程なくして美咲と落ち合った。遥香は部活が終わってすぐに原田絢の所へ行ってしまったため、1人で来るのは容易だったらしい。

 学校内で話すのも何なので、駅前の喫茶店で話すことに。


「ひさしぶりですね。瑠璃ちゃんとこうしてゆっくりと話すなんて」

「そうだね。高校に入学してからだと初めてだよね」

「別のクラスになってしまいましたからね」


 高校に入学して美咲や遥香と話すことが急に無くなった。部活で忙しいのもあるけど、一番の理由は別々のクラスになってしまったことだ。

 原田絢との一件より前、実は美咲に嫉妬していた部分があった。遥香と同じクラスなのが羨ましいって。私が1人だけ別のクラスになったからのけ者にされた感じがして。

 私は注文したアイスコーヒーを一口飲む。


「美咲は最近どう?」

「楽しいですよ。同じクラスの親友もできましたし。最近は色々とありましたけどね」


 色々……ああ、遊園地でのことか。そういえば、何故か美咲もいたな。隼人さんや美咲さんと一緒に行ってたのかな。


「瑠璃ちゃんこそどうなんですか?」

「あ、ああ……最近、疲れが溜まっちゃって。今日は部活を早退してきたんだよ」

「そうだったんですか。そういえば、バスケ部の活動が終わるにはまだ早いですもんね。やっぱり、高校だと練習のレベルが違うんですか?」

「うん。練習量も全然違って、厳しい先輩もいて。でも、楽しいよ。一緒にレギュラーになろうって言ってくれた同級生もいるし」

「そうですか。お互いに高校生活は良いスタートが切れましたね。良かった」


 美咲はそう言うと嬉しそうに注文したモンブランを食べる。

 不思議とこうして話すだけで気持ちが少し軽くなる。状況は全く変わっていないのに。これが親友の力なのかな。


「そういえば、私と2人きりで話したいだなんて。何か話したいことでも?」

「いや、その……美咲と2人きりで話したことがあまりなかったし、それに遥香は……」

「……さすがに瑠璃ちゃんは気付いていたのですね」

「えっ?」

「遥香ちゃんに恋人ができたことです。相手は同じクラスの原田絢さんっていうんですけど。まだ、2人とも付き合っていることを宣言してなくて」

「そうだったんだ」


 遥香と原田絢の関係は一部の人間しか知らないのか。


「それでも、瑠璃ちゃんには分かったんですね」

「……まあ、ね。部活が終わったときに、遥香と原田……さんが一緒にいるのを見たけど、いつもの遥香と少し違う気がして。だから、2人は付き合っているかもしれないって思ったんだ」

「そうだったんですか。見事に正解ですね」

「2人は……付き合っているのか」


 改めて、あの時のことを思い出す。

 遊園地の観覧車で2人がキスをした瞬間を。キスをしたほどなんだから、2人の間は相当深いんだろう。

 思い出しただけで胸が苦しくなってしまう。でも、その理由がよく分からない。私は遥香とどうしたいんだろう?


「もしかして、2人きりで話したい理由って遥香ちゃんのことですか?」

「べ、別に……そんなわけないよ」


 相手は親友なのだから、素直に言ってしまえば良かったのに。核心を突いてくれたのにそれでも否定するなんて、私って臆病……だな。

 それでも、美咲は私の真意を分かっているような表情をしていた。


「遥香ちゃんって不思議な力があるんですよ。普通に友人として接しているはずなのに、いつの間にか彼女の虜になってしまって。私、遥香ちゃんのことが好きになってしまったんです。だから、遥香ちゃんが原田さんのことを好きだって言ったとき、正直悔しかったです」


 美咲は頬を赤くして照れながらそう言った。


「瑠璃ちゃんだから話しますけど、実は私……2人のことが気になりすぎて、遊園地へのデートにこっそりと尾行しちゃったんです」

「えええっ!」


 わ、私と同じ理由で美咲も遊園地に行ってたのかよ!


「お、大声出さないでくださいっ!」

「ご、ごめんごめん」


 高校生になってから一番大声を出した気がする。

 遥香のことが好きだっていうのは想定内だったけど、遊園地の件には驚いた。じゃあ、あの日は美咲も私と同じように1人で遊園地に行っていたのか。


「瑠璃ちゃんも聞いたことがあるかもしれませんが、原田さんって実は中学時代のことで悪い噂が流れていたんです」

「小耳に挟んだことはあるよ。女の子が今も眠ったまま……とか」

「そこまで知っていれば話は早いです。あの噂、実はその女の子の友人の方が流したことで、原田さんは何も悪くなかったんですよ」

「そ、そうだったのか……」


 じゃあ、卯月牡丹を眠らせたのは原田絢じゃなかったのか。ということは、原田絢は悪魔じゃなかったのか。


「私、原田さんの悪魔の噂を信じてしまいまして。2人を引き離さなきゃいけないと思って尾行したんです。それで遊園地で色々あって、原田さんが優しい人だっていうことが分かって、気持ちに区切りを付けることができたんです。原田さんが遥香ちゃんを泣かせてしまうようなことがあれば、私の彼女にすると約束しましたけどね」

「そう、なんだ……」


 私と同じように美咲は2人のことを引き離そうとしたんだ。

 美咲の場合は原田絢がいい人だと分かったから気持ちの整理がついた。

 けれど、私は……今の話を聞いても気持ちが全く晴れてこない。これまでと同じく、もやもやとした感覚が続いている。


「美咲は2人にどうなってほしいと思う?」

「……2人の一番幸せな方向に向かってほしいと思っています。今は2人がいい仲でいられるように見守るようにしてます」

「そっか……」


 美咲の包容力に驚く。

 どうすれば、そんな風に考えることができるのだろう。2人が幸せになることを願って、それを見守るなんて。視界には常に2人がいるのに辛くはないのか。


「はい、瑠璃ちゃん」


 気付けば、私の目の前には一口サイズのモンブランが乗ったフォークが差し出されていた。


「あーん」


 テーブル越しに食べさせてもらうなんて恥ずかしいけど、断ったら美咲に悪いし私は素直に食べさせてもらった。


「美味しいですか?」

「……うん」

「苦いコーヒーもいいですけど、悩んだときには甘い物を食べるのが一番ですよ」

「そうかもね。ちょっと気持ちが軽くなった」


 甘い物は嫌いじゃないからな。

 また、顔に出ちゃったんだ。その所為で周りの人を心配させている。これ以上迷惑をかけないためにも美咲に打ち明けた方がいいのかな。

 どうしよう。いざ、言おうとすると口が開かない。


「……ねえ、瑠璃ちゃん。私に一つ提案があるのですが」

「な、なに?」

「明日は金曜日ですし、明日の夜に遥香ちゃんの家に泊まってみてはどうでしょうか?」

「は、遥香の家に泊まる?」

「ええ。私よりも遥香ちゃんの方が良い話し相手になるんじゃないかなと思って。一度、二人きりで話してみるのが良いと思いますよ」


 いかがですか、と言って美咲はホットティーを一口飲む。


「遥香と2人きりって、それじゃ原田さんに悪いよ」

「別に大丈夫だと思いますけどね。それに、きっと遥香ちゃんだって瑠璃ちゃんと話したいと思ってますよ。高校に入学してからまともに話していないんでしょう?」

「そうだけど……」

「だったら、2人きりで話すべきです。遥香ちゃんには私から話しますから」

「でも、それじゃ美咲に――」

「お節介させてください」


 その一言は私の心の全て見透かしていることを伝えているようだった。

 美咲、あなたはなんて優しい人なんだろう。私の気持ちが分かっているのに、はっきりと訊くことをせずに遥香と2人きりになることを促すなんて。

 美咲はスマートフォンを取り出して遥香に電話をしている。

 そんな彼女を見ながら残りのアイスコーヒーを全て飲む。


「瑠璃ちゃん、遥香ちゃんはOKですって。それで、瑠璃ちゃんと話したいから変わってと言われました」

「で、でも……」

「大丈夫ですよ。電話なんですし」


 半ば強引に美咲のスマートフォンを渡され、通話に出る。


「ひさしぶり、遥香」

『そうだね。高校に入学してから全然話せてなかったね。美咲ちゃんからの電話なのに、瑠璃ちゃんを泊まらせてほしいって言われたときは驚いたよ。自分で言うのがそんなに恥ずかしかった?』


 見張っているときに遥香の声は聞いていたけれど、電話越しでも私に話しかけてくれるのは嬉しいな。


「ちょっとね。それに、彼女もいるんでしょ?」

『まだ言ってなかったんだけど、瑠璃ちゃんは気付いてたんだね。別にそこは気にしなくて大丈夫だよ』

「……そっか。ちょっと安心した」

『明日が楽しみだなぁ。どうしよっか。部活はあるでしょ? 終わるまで待ってようか?』

「そうしてくれると嬉しい」

『うん、分かった。じゃあ、また明日ね』

「うん、じゃあね」


 そう言って、私の方から通話を切った。

 ひさしぶりに遥香と話したけど緊張したな。

 電話越しだったけれど、遥香の声を聞けて安心した。これで安心できるんだから、美咲の提案は間違っていないのだろう。

 私は美咲にスマートフォンを返す。


「ありがとう、美咲」

「……私の知っている瑠璃ちゃんの顔に近づいてきましたね。明日は遥香ちゃんと楽しい時間が過ごせるといいですね」

「……うん」


 正直、もやもやとした気持ちは今も堂々と居座っている。

 けれど、遥香と2人きりでいられると思うと凄く嬉しい。ひさしぶりに、明日が待ち遠しく感じるのであった。

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