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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 2-ウラヤミノカオリ-
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第4話『空っぽな心』

 4月25日、木曜日。

 椿からの告白が頭から離れなくて、昨日は一睡もできなかった。付き合うことはできないとはっきりと断ったのに、もやもやとした気分のままだ。

 告白があったからか、遥香と原田絢を引き離す方法も考えられなくなっていた。どうして、2人を引き離そうとするのか。その理由が未だに分かっていないから。

 何をする気にもなれない。でも、何もしないでこのままスッキリするとは思えない。

 まさに、最悪の状況だ。

 2人を引き離そうという卑劣極まりないことをしようとしている。そのツケがこうして回ってきたのだろうか。

 もう、何も考えずに心を空っぽにしないとダメなのかな。


「はあっ……」


 これで何度目のため息だろう。そんなことを思いながら、学校へと向かうのであった。




 1年3組の教室に入ることに、これほど気が重くなったことはない。

 もう、椿は教室の中にいるのかな。

 告白を断るにしても、さっぱりと断ったならまだ良いけれど、私の場合は断った上に椿のことを傷つけてしまったから。椿に合わせる顔がない。

 緊張と不安の中、ゆっくりと教室の中に入る。


「いない……」


 教室全体を見回したけど、彼女の姿は見当たらなかった。そんなことにほっとしてしまう自分に罪悪感を抱く。

 自分の席に着き、机に突っ伏す。眠いというのもあるけど、それよりも誰とも顔を合わせたくない気分だったから。

 目を閉じて、しばしの眠りに付こうとする。すると、


「瑠璃ちゃん」


 椿の声が聞こえた直後、右肩を叩かれた。

 このまま突っ伏しているわけにはいかないので、ゆっくりと体を起こして振り返ると、そこには椿の姿が。

 椿は昨日のことを何も気にしていないのか、落ち着いた笑みを私に見せてくれている。


「椿か。おはよう」

「……おはよう。昨日はごめんね。いきなり、告白しちゃって……」

「気にしなくていいよ。私こそ、椿を傷つけるようなことを言って本当にごめん」


 色々なことが見えなくなっていても、椿に謝りたい気持ちだけははっきりと心に刻まれていた。


「じゃあ、これからも友達でいてくれるかな」

「……もちろんだ」


 私がそう言うと、椿はほっとしたのかやんわりと微笑んだ。


「良かった。瑠璃ちゃんと話せなくなるのは嫌だなって思ってたから」

「そうだったんだ」

「瑠璃ちゃんと付き合えなくても、これまで通りの関係でいたいなって。それって図々しいのかな……」

「ううん、そんなことないよ。私も同じことを考えてたから」


 椿とは今までと変わらない関係でいる。そんな答えに辿り着いたのに、どうも心がスッキリしない。これも、遥香に抱いているような『特別な感情』のせいなのかな。

 そんな私に対し、椿は昨日のことについて踏ん切りがついたように見える。告白前よりも可愛らしい笑顔を浮かべている。


「何だか安心した。瑠璃ちゃんが遠く離れていきそうだったから。昨日の瑠璃ちゃん、本当に何か悩み事を抱えていた感じがして、本気で私を突き放す感じだったから」

「……ご、ごめん……急に告白されたからよく分からなくなっちゃって」


 心の中を全て読まれた気がして、一瞬、ゾクッとした。

 真奈もそうだったけど、椿も私のことをよく見ているんだな。おそらく、今週に入ってからの私の変化に気付いているだろう。


「いきなり告白しちゃったもんね。困らせちゃってごめん」

「いいよ、謝らなくて」

「……真奈ちゃんも言っているかもしれないけど、最近ちょっと……様子がおかしいよ。何かあったの?」

「体の増強のために作った特製ドリンクを試し飲みしているんだ。そのせいでちょっと体調が思わしくないだけ。慣れてきてるから大丈夫だって」


 嘘も言い続けるとこんなにも自然に言うことができるんだな。


「それならいいけれど。何か悩み事があったら私に言って。私、瑠璃ちゃんの力になりたいの」

「……ありがとう」


 精一杯の作り笑顔を見せると、椿は嬉しそうに笑って自分の席に行った。

 羨ましいよ。振られたのに、翌日にはそれまでと変わらずに接することができるなんて。自分の気持ちを言葉に出して、スッキリさせることができるなんて。

 私なんて、同じ嘘を繰り返しているだけだ。


 ねえ、椿。どうすればあなたみたいに、自分の気持ちが分かるようになるの?


 些細なことでもいいから、教えてよ。私、ますます分からなくなっちゃったんだ。あなたに対する特別な想い。

 でも、そんなことを椿に訊くことなんてできるわけがなかった。



 椿の告白が引き金となって浮かび上がった、分からない感情。

 私の心の中で煙のように漂い続け、何かに集中することで振り払うこともできなくなっていた。常に堂々と居座り、逆に普段の私を壊し始める。


「瑠璃!」


 真奈の声に気付いた時にはボールが目の前まで迫っていて、彼女からのパスを受け取ることができなかった。


「すみません! ちょっと休憩してもいいですか!」


 今は放課後の部活動の真っ最中。

 今日は実践的な練習ということでミニゲームを行っている。真奈と一緒のチームになったけれど、彼女からのパスをまともに受け取ることができない。

 真奈はそんな私を気遣ったのか、真奈が相手チームにタイムを申し出た。タイムが認められると、真奈は私を体育館の端に連れて行く。


「瑠璃、今日はいつになく調子が悪いけど……体の具合でも悪いの?」

「ど、どうなんだろう……」


 寝不足というのはあるけど、それさえなければ身体的には大丈夫だ。

 分かっているよ。不調の原因は精神的なものだって。だけど、その根本的な原因を真奈に話せるわけがない。


「特製ドリンクが原因なのか分からないけど、今日はもう練習に参加せずに休んだ方が良いと思う。今週になってから、調子が悪い日が多かったじゃない」

「別に、大丈夫だから……」

「大丈夫なはずないでしょ!」


 真奈は珍しく声を荒げた。女子バスケ部の他の生徒もそれに驚いてこちらを見ている。


「私には分かるよ。瑠璃をずっと見てきたんだから。今の瑠璃は普段よりも調子が全然良くない。今日は教室にいたけれど、ずっと元気がなさそうだったじゃん。無理しなくていいんだよ」


 真奈は私の頭を優しく撫でる。

 私……真奈に迷惑かけちゃってる。

 何も関係ない真奈を心配させちゃってる。そんな自分が許せない。

 でも、どうすればいいのかよく分からなくて。遥香達のことなんて言えるわけないし。

 だから、いつも同じ答えに辿り着く。


 ここから逃げたい。

 真奈の前から姿を消したい。


「……真奈」

「なに?」

「考えてみれば、真奈の言うとおり……特製ドリンクのせいで体が限界に来てたのかも。だから、今日は大事を取って帰ることにするよ」

「そうした方がいいよ」

「うん。心配かけちゃってごめん。じゃあ、先生に行って私は帰るね」

「分かったわ。部長や先輩には私から伝えておくから」

「ありがとう」

「じゃあ、今日はしっかりと休みなさいよ」


 そう言って、真奈はコートの方に戻っていった。

 真奈の言うとおりだ。今の私じゃ、基本的な動きすらまともにできない。離れるべきなんだ。もしかしたら、今だけじゃなくてこれからずっと。

 私は顧問の先生に体調が優れないことを告げ、体育館から去ったのであった。



 遥香達のことや椿のことがなかなか言えない。

 でも、誰かに打ち明けてみたいという気持ちも少しずつ芽生えてきた。

 誰もいない女子更衣室で1人寂しく着替えながら、そんなことを思っていた。


「誰かに話してみるのもありなのかな……」


 私にとって何を話しても大丈夫そうな人。スマートフォンの電話帳を見ながら、そんな人を探してみる。


「……いた」


 1人だけ、いた。

 広瀬美咲。中学校に入学した直後に出会った私の親友。遥香とも親友だし、美咲となら少しは話せるかも。

 美咲は確か、遥香と同じ茶道部に所属している。今日は木曜日だから茶道部の活動はあるはず。とりあえずメールでも送ってみようかな。


『ひさしぶりに2人きりでゆっくりと話したいんだけど、部活が終わった後大丈夫かな。

 大丈夫そうなら電話してくれる? 私はもうフリーだから』


 こんな感じで大丈夫か。

 美咲にメールを送り、私は体育館を出て人気のない適当なベンチに座る。

 ――プルルッ。

 すると、電話がかかってきた。確認すると発信元は美咲だった。彼女の名前を見てちょっとほっとしている。


「もしもし」

『たった今、部活が終わりました。瑠璃ちゃん、メールを読みましたよ』


 声を聞くと、そのほっとした気持ちがさらに強くなっていく。


「ごめんな。急に誘っちゃって」

『いえいえ、私も瑠璃ちゃんとひさしぶりにゆっくりと話したいって思ってたんです。高校に進学してから、全然お話ができていませんでしたから。遥香ちゃんと3人でなくていいんですか?』

「メールで書いたとおり、今日は美咲と2人きりがいいんだ。学校を出てどこかでゆっくりと話したいんだ」

『そうですか、分かりました。では、待ち合わせの場所はどこにしましょうか?』

「体育館の入り口前でもいいかな。そこなら2人で会えると思うから」

『分かりました。では、体育館の入り口前で』


 通話が終わり、体育館の方へ戻る。

 さっきよりも気持ちが落ち着いているということは、美咲と会うことが間違っていないんだと思う。そう信じるしかない。

 体育館の中から響く女子バスケ部の音を聞きながら、私は親友を待つのであった。

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