第2話『立見真奈』
4月24日、水曜日。
原田絢へ礼の手紙を送ってから3日が経った。今日もできるだけ彼女を見張っているけれど、特別変わった様子を見せることはない。教室では大勢の女子に囲まれ、人気があまりない場所では遥香とイチャイチャしている。
「早く次の方法を考えないといけないな……」
まだ卯月牡丹の写真という『切り札』は出していない。早くこの写真を使うべきか。それともメッセージをもっと過激なものにするべきか。
良い方法が思いつかないまま、今日も放課後が訪れた。
「そういえば、最近は休み時間に教室にいないよね」
部活が始まる前、女子更衣室で体操着に着替えていると、真奈から突然そんなことを言われた。
「……そ、そうかな?」
そういえば、休み時間のほとんどを遥香と原田絢を見張ることに費やしてしまっていた。クッキーの件以前は、クラスメイトや隣のクラスから遊びに来た真奈と話していたけど。
「そうだよ。椿ちゃんが言っていたよ。今週になって急に、休み時間になると血相を変えて教室を出て行くって」
椿というのはクラスメイトの中では一番話す女の子のこと。
しまった、真奈や椿のことを考えてなかった。遥香と原田絢のことを考えるあまり、自分の変化を怪しまれることを全く考慮していなかった。
とりあえず適当に答えておかないと。
「え、ええと……最近、お腹の調子があまり良くなくて」
「そうなの? それじゃ部活なんて……」
「大丈夫。部活の時には調子が戻っているから。実は体を作るために、自分で作ってみた特製ドリンクを飲んでいるんだけど、飲み慣れてないから翌朝に副作用が出ているのかも」
友人に適当な嘘をつくことは、原田絢にしていることに比べればよっぽど可愛いことなのに、物凄く罪悪感がある。
「そうなんだ。でも、それならもう止めれば良いのに。辛いでしょ」
「そんなに心配するほどじゃないって。授業がまともに聞けないわけじゃないし。とりあえず1週間続けることにしたんだ」
1週間で終わればいいけど。
「もしかして、部活の休憩中に眠いのって……」
「あれは昨日も話したとおり、練習を頑張っているからだよ。真奈ってそんなに心配性だったっけ?」
「……瑠璃が変わっちゃったからだよ、もう」
少しからかうような口調で言ったせいか、真奈は不機嫌そうな顔をして頬を膨らませた。何時にない表情で可愛らしい。
私は真奈の頭を優しく撫でる。
「私は大丈夫だから。安心して」
「……うん、分かった。でも、無理しちゃダメだからね。変に体がおかしくなったら、一緒にレギュラーになることなんてできなくなるんだから」
「分かってるよ。我慢できる範囲を越えたら、絶対に止めるから」
もう、精神的には我慢の範囲はとっくに超えているけれど。
あの観覧車でのキスを見た瞬間、今までにない自分が目覚めた気がした。そいつが一瞬にして私の本能を支配し、今も私を動かしているように思える。
この状態がずっと続いたらいずれは体に悪影響が出るかもしれない。早くどうにかしないといけないな。
「さあ、今日も練習頑張ろう!」
せめても、部活中は2人のことを忘れないと。四六時中考えちゃうのが私の悪い癖だ。一生懸命やらないと真奈や他の部員に申し訳ない。
それに、こんなことで部活に支障が出てしまうなら、真奈と一緒にレギュラーになるなんてことは絶対にできないから。
「行こう」
私は真奈に向けて右手を差し出す。
すると、真奈の顔から今までの不安そうな表情が消え、穏やかな笑みを浮かぶ。
「うん。頑張ろうね、瑠璃」
真奈がそう言うと、私達は手を繋いで体育館へと向かったのであった。
バスケに集中しようと決めたおかげで、今日の部活では結構調子が良かった。休憩中も2人のことをあまり考えずに済んだ。普段から心がければ、真奈や椿から心配されるようなことはなくなるかな。
「今日は調子が良かったね、瑠璃」
「……そうだな」
「もしかしたら、瑠璃の作った特製ドリンクの効果が現れ始めたのかも」
「そ、そうかもしれないな」
そういえば、自分で特製ドリンクを飲んでいることにしていたんだっけ。
「真奈の方も今日は調子が良かった気がするけど」
「……瑠璃の調子が良いからだよ」
「えっ?」
予想外の言葉に思わず声が漏れる。
「だって、昨日と一昨日は何か物思いにふけていた感じがして元気がなかったから。珍しいから不安になっちゃって。だから、私も集中できなくて……」
「ごめん。心配かけちゃって」
私がそう言うと真奈は首を横に振った。
「瑠璃ちゃんのせいじゃないよ。さっき、瑠璃が言ったとおり……私、心配性なところがちょっとあるの」
「真奈……」
「クールな瑠璃の様子がおかしくなるなんて考えられなかったから、だから必要以上に心配しちゃった。ただ、それだけ」
「……そっか」
思っているよりも周りの生徒は私のことを見てくれている、ってことか。
真奈のためにも2人のことには早く決着をつけないと。そのためにも、2人を引き離す良い方法を考えなければ。
「でも、瑠璃が元気になって良かった」
真奈は嬉しそうに笑って、女子更衣室に入っていく。
そんな真奈を追いかけて、私は後ろから彼女のことを抱きしめた。
「る、瑠璃?」
「……真奈がいるから、私はバスケができているんだ。感謝してる」
真奈がいなかったら、気持ちを切り替えることができなかったと思う。遥香と原田絢のことで頭がいっぱいになって、バスケどころじゃなくなっていた気がする。
「……デレたね、瑠璃。可愛いよ」
「べ、別に私はデレたつもりじゃ……」
「あははっ、照れてる。別にからかっているわけじゃないんだよ。ただ、瑠璃からこうしてもらえることが嬉しかっただけ」
そう言って、真奈は私の手を掴んだ。
「絶対に一緒にレギュラー入りしようね、瑠璃」
「うん。それで目指すはインターハイ出場って感じ?」
「凄く大きな目標になったね」
「目標くらいは凄く大きくてもいいんじゃない?」
「……そうだね。大きく持っていいよね」
えへへっ、と真奈は笑い、しばらくの間、手を離そうとしなかったのであった。