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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 1-コイノカオリ-
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第26話『告白』

 観覧車の前に待機列は全くなく、私達はすぐに乗ることができた。私達は互いに見合う形で座っている。

 時刻が午後5時過ぎとなり、観覧車の中にも夕陽が差し込んできている。観覧車が上に上がり始めると、広大な景色が見えていく。


「綺麗な景色だね、絢ちゃん」

「……そうだね」


 夕陽に照らされる海は今まで見た海の中でも一番綺麗だ。やっぱり海はゆっくりと見る方がいいね。来て正解だったな。

 それから、私は絢ちゃんと海を交互に見ている。絢ちゃんが話してくれるのをひたすら待つ。


「……遥香。本当に今日はごめん。遥香を守りきれなくて。それに、片桐さんのことに巻き込んじゃって。遥香は私の側にいただけなのに。いや、私が側にいたから遥香にも辛い想いをさせたんだ。本当にごめん」


 意外にもすぐに杏ちゃんはそう言って、深く頭を下げた。

 やっぱり、私が杏ちゃんに誘拐されたことに罪悪感を抱いているんだ。遊園地に行く約束を断ればそんなことはなかったんだから。


「気にしなくていいよ。それに、絢ちゃんは私のこと助けにきてくれたじゃない」

「遥香……」

「確かに誘拐されて怖かったよ。だけど、絢ちゃんやお兄ちゃん達が来てくれて凄く安心した。絢ちゃんだったら絶対に助けに来てくれるって信じていたから」

「どうして信じてくれるんだよ! どんな理由であれ、私は……一度、悪魔って呼ばれた人間なのに。広瀬さんの手紙で昨日から私のことを悪魔だって分かっていたのに、どうしてそこまで私のことを……」

「信じることに理由ってないといけないの?」

「そ、それは……」

「私は絢ちゃんを信じたいから信じたんだよ。たとえ絢ちゃんが悪魔だとしても、入学式の日に私を助けてくれた優しい絢ちゃんを私は知ってる。それに、杏ちゃんも言っていたでしょ? 王子様はここぞという時に助けに来てくれるって」


 今日を通してますます絢ちゃんが可愛い女の子だって思ったけど、やっぱり王子様のイメージは抜けきれなかった。


「絢ちゃんは私を助けてくれた。杏ちゃんも自分も気持ちに向き合えるようになった。そして、悪魔はどこにもいなかったこと。それは揺るがない事実だよ」

「それでも、遥香は私を嫌いになったんじゃないか? 女の子の気持ちを傷つけるような私のことを……」


 だから、1時間以上もずっと黙って俯いていたんだ。自分の過去を知ってそのせいで嫌いになったんじゃないかって。


「……私は絢ちゃんを嫌いになったりしない。絢ちゃんの本心を絢ちゃんの言葉で聞かせてくれれば。大丈夫だよ、私はここにいるから。2人きりなんだし、絢ちゃんの想いをそろそろ私に……思い切りぶつけてくれていいんだよ」


 もう、絢ちゃんも私に気持ちを打ち明けられると思う。何を言われても、私は全部聞くよ。たとえ、それで絢ちゃんが私から離れることになっても。

 絢ちゃんは一度深呼吸をしてから話し始める。


「私はなかなか本心が言えないんだ。中学生の時も今みたいに、周りにはたくさんの女子が集まっていた。たまには1人でゆっくりとしたかったけど、それを言うとみんな離れて行く気がして。怖くて言えなかった。だから、女子達に笑顔を振りまいて……土日で部活のないときには今日みたいにどこかへ遊びに行くことも多かった。私は友達の関係でいたいのに、それが言えなくて……相手をその気にさせちゃっていたんだ」


 絢ちゃんの言っていることは分かる気がする。あの爽やか笑顔と紳士的な振る舞いを前にしたら私だってその気になっちゃうと思う。

 そういえば、クッキーを渡しに行くとき……絢ちゃん、普段とは違うルートで更衣室に行っていたな。女子からなるべく避けるために。あれって、自分のできる精一杯のことだったんだ。

 そして、絢ちゃんはようやく私の前で涙を流す。


「だから、告白されて振るときには心が痛かった。ああ、また傷つけたって。卯月さんとはあまり話したことはなかったけど、告白を断ったときにはやっぱり辛かった」

 だから、卯月さんの自殺未遂を知ったときには罪悪感に深く苛まれていたんだ。

「卯月さんの件もあって、誰とも付き合わなければ今までのように振る舞うこともしないって決めた。でも、孤独になることが怖くて、卯月さんのことで私は悪くないって周りが言ったことに甘えて、結局今まで通りになった。告白されては振る日々。それが凄く辛かった。でもね、私は……遥香に救われたんだ」


 そう言うと、それまで暗かった絢ちゃんの表情が少し明るくなる。


「私に?」

「そうだよ。入学式の日、私が教室に行くと中学までと同じようにたくさんの女子が集まってきた。逃げるような感覚で近くのお手洗いに行って、その帰りに遥香と出会ったんだよ」


 絢ちゃんの言う通り、私が助けてもらったときって、絢ちゃんがお手洗いから出た直後だったな。


「遥香と目が合った瞬間、他の女子とは違う気がした。真剣に私を見る眼差しが、私の心を動かしてくれた。だから、困っている遥香に自分から向かうことができた。常に遥香のことを見ていたいから、同じクラスがいいなって思ったら、2組で凄く嬉しかった。きっと、これが……恋をするってことだと思った。それからはずっと、遥香のことがずっと気になってた。だから、遥香がずっと私を見ていたことは知っていたんだよ」

「そうだったんだ……」


 まさか、絢ちゃんが私と同じことを思っていたなんて。しかも、入学式の日から。夢なんじゃないかと思って自分の頬をつねりたくなる。


「だから、一昨日の放課後に遥香と会えたときは嬉しかった。遥香が入学式の日のお礼でクッキーをくれて。夢なんじゃないかって思ったほどだよ。あのことで遥香を思う気持ちは一段と強くなって、遊園地へ一緒に行くことになったから、今日……思い切って言おうって決めたんだ。遥香なら全部受け止めてくれるかもしれないって。気持ちを伝えても大丈夫だと思って」

「じゃあ、誘拐される前に言った絢ちゃんの『大事な話』って……」


 杏ちゃんと教会で話しているときも『大事な話』については密かに気にしていた。

 絢ちゃんはゆっくりと頷いて、


「大事な話は2つあった。1つは……卯月さんのことだ。そして、もう1つは……」


 私の手を掴み、真剣な表情をして私のことを見つめてくる。


「遥香に対する想いだ」


 もう、次に来る言葉はとっくに分かっているのに、ドキドキが止まらない。夕陽に照らされる絢ちゃんはこの上なくかっこいい。

 そして、絢ちゃんは言った。


「私は……遥香のことが好きです。私と付き合ってください」

 

 その真っ直ぐな言葉は私の心を震わせた。

 好き、という言葉にとても大きな力があって、こんなに素敵だと思えたのは生まれて初めてだった。その上、好きな人から言われると、


「ごめん、遥香……」


 涙腺を緩くさせ、涙が出てしまう。


「絢ちゃん。涙は悲しいときばかりに流れるものじゃないんだよ。今の涙は……凄く嬉しくて泣いているの。私が言おう言おうって思っていたことを、まさか絢ちゃんの方が先に言ってくれるとは思わなくて」


 入学式の日からずっと好きだと思っていたことが嬉しかった。時々目が合ったと思ったけど、あれは気のせいじゃなかったんだ。そして、教会へ助けに来てくれたときに好きだと言ったのも聞き間違いじゃなかった。

 早く絢ちゃんの告白の返事をしなきゃ。私が言うことはもう決まっている。


「私も絢ちゃんのことが好きです。なので……これからよろしくお願いします」

「ありがとう、遥香」


 この瞬間、私と絢ちゃんは恋人同士になった。

 私の目標がこんなに早く叶うなんて思わなかったな。次の目標はそう、恋人として絢ちゃんと一緒に楽しい時間を過ごしていこう。女の子同士でも互いに好きなら、きっとこの先ずっと一緒にいられると思う。

 気づけば、観覧車は最高点に到達しようとしていた。潮浜市の海沿いの景色が遠くまで見えている。


「卯月さんのことや今日のことはみんな、自分の気持ちが素直に伝えられないところから始まったんだよね」

「……そうだね」

「気持ちがなかなか言えないのは当たり前だと思う。でも、気持ちが言えずに終わるんじゃなくて、何時か言えるようになれればいいんじゃないかな。自分に正直な言葉なら、相手にきっと伝わる。私はそう信じてるよ」


 そう、今回の一連の出来事は自分の気持ちを明かさないことが発端となり、自分の気持ちを明かしたことで解決した。悪い人なんてどこにもいなかったんだ。ましてや、悪魔なんてね。

 絢ちゃんはそっと私のことを抱きしめてきた。絢ちゃんの温もりと匂いがとても優しく感じられる。


「あ、絢ちゃん……」

「……もう、遥香から離れたくない。遥香が誘拐されてより強く思った。遥香がいないと不安なんだ」

「私だって、絢ちゃんから離れたくないよ。恋人としてずっと一緒にいたいし」

「……だったら、誓ってくれないか?」


 もう、絢ちゃんの吐息が私の口元にかかっていた。そのくらいに私と絢ちゃんの顔は近かった。彼女の匂いが私を包み込んでいる。


「……私も、誓いたい」


 私はゆっくりと両手を絢ちゃんの後ろに回した。


「遥香、好きだよ。ずっと側にいて」

「……うん」


 私はゆっくりと目を閉じる。

 そして、その直後に……唇に温かく柔らかいものが当たる。少しだけ目を開けると、そこには目を閉じる絢ちゃんの顔があった。


 これが……キスなんだ。


 1秒でも長くしたくて、私は絢ちゃんを抱き寄せる。それに反応するかのように、絢ちゃんも私のことを自分の方へ抱き寄せてくる。隣の観覧車からこちらを見ている人がいるかもしれないけど、それが恥ずかしいとは全く思わなかった。

 私達が口を離したときには観覧車は下がり始めていた。


「キスしたら、遥香のことがますます好きになった」

「……私も同じ。絢ちゃんのことがもっと好きになった。それに、絢ちゃんにファーストキスをあげられて良かったな」

「私もこれがファーストキスだよ」

「じゃあ、お互いに初めてをあげられたわけだ。凄く嬉しいな」

「……私も嬉しいよ」


 ようやく、絢ちゃんも本当に笑うことができたようだ。その笑顔はやっぱり今までの中でも一番素敵で可愛く見えた。

 観覧車もだいぶ下がって、あと数分くらいで到着する感じだ。


「もうすぐ終わっちゃうね。私、この30分間は絶対に忘れないよ。絢ちゃんはどうだった?」

「私だって忘れられない時間になったよ。勇気出して告白できて良かった。遥香と恋人同士になることができたからね」


 どうやら、観覧車に乗るのはいい判断だったみたい。絢ちゃんの心にあったしがらみも取り払うことができたようだし。

 時間も5時半過ぎだから、鏡原市まで時間がかかることを考えるとそろそろ帰らないといけない時間だ。あまり多くアトラクションに行けなかったのは残念だけど、絢ちゃんと恋人同士になれたから今日は十分だ。今度また、絢ちゃんと一緒に来よう。


「観覧車が終わったら帰ろうか。もうちょっと遊びたかったけど、もうすぐ日も暮れるからね」

「……あのさ、遥香。1つ提案があるんだけど」

「どこか行きたいところがあった?」

「アトラクションは今度来たときにたくさん乗ればいいよ。それよりも、この後……私の家に来てくれないかな。正確には家で泊まって欲しいんだけど」


 絢ちゃんの家でお泊まりという思いがけない提案に、私の思考回路が一瞬止まった。絢ちゃんがいいのならもちろん泊まりたい。


「私はいいけど、突然押しかけてお家の人に迷惑じゃないかな」

「私の家族はみんな旅行に行っているんだ。明日の夕方まで帰ってこない。フリーパス券をくれた人が旅行券もくれて。旅行券もフリーパスと同じで明日までが有効期限で。指定されている旅館の部屋が4人までだから私が残ったんだ」

「そうだったんだ……」

「だから、今日帰っても私1人なんだよ。だから、その……1人じゃ寂しくて」


 絢ちゃんは少し頬を赤らめながら恥ずかしそうに言った。

 正直、絢ちゃんが寂しがるなんて意外だったから、今の絢ちゃん……とても可愛い。これがギャップ萌えって言うのかな。思わず抱きしめてしまう。


「うわっ! いきなり抱きつくなんて、びっくりするじゃないか……」

「さっきのお返しだよ。絢ちゃん、寂しがっちゃうなんて可愛いな」

「……そう言う遥香の方が可愛いよ」

「いやいや、絢ちゃんの方が可愛いって」

「遥香の可愛さに惚れたんだ。遥香以上に可愛い子はいないよ」


 きっと、今の光景を端から見たら私達ってバカップルに思われるんだろうな。こんなにイチャイチャして、お互いのことを可愛いって言い合って。そう考えると、段々と恥ずかしくなってきた。


「……これだと終わりそうにないから、そろそろ止めておく?」

「そ、そうだね。観覧車ももうすぐ終わることだし」


 絢ちゃんの言う通り、私達の乗る観覧車は出口のすぐ近くまで来ていた。係員の人の顔が確認できるくらいだ。

 そして、私達は観覧車から降りた。昼に比べると人も大分減っており、今いる人も出口の方へ向かう人が多い。

 私はお母さんに電話して、絢ちゃんの家に泊まっていいか交渉した。

 クラスメイトの女の子の家に泊まるということでお母さんは快諾してくれ、絢ちゃんの家に泊まることが決まった。


「お母さんに許可貰えたよ」

「……じゃあ、今夜は遥香と一緒に過ごせるんだ」

「そうだね。色々なことしようか」

「……2人きりだしね」


 2人きり、という言葉を耳にすると自然とドキドキしてくる。私達は恋人同士なんだから、色々なことをしちゃっていいんだよね。

 そんなことを思っていると、疲れているはずなのに目がさえてしまう。帰りの電車の中でも寝ている絢ちゃんの横でずっと起きていたのであった。

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