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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
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第67話『朝スパ-男湯-』

 そういえば、この旅行に来てから、大浴場に入ったのは初めてだな。3日とも、風呂は奈央と一緒に部屋のお風呂に入っていたから。

 そして、俺は男湯の方の暖簾をくぐる。

 夏休みの終盤でも、平日の朝ということもあってか、脱衣所の中には全然人がいない。お年寄りの男性が2, 3人くらいってところか。まあ、人が多いよりも、人が少ない中で静かに温泉に浸かる方がいいよな。

 服を脱いで、タオル1枚で大浴場に向かう。

 脱衣所に比べると、人は多いけれど……お年寄りが多いためか静かな印象を受ける。一番はっきりと聞こえるのはお湯が流れる音だ。何だか、ようやく温泉地に来たような感覚になれた気がする。昨日までに1度くらい入っておけば良かったかな。

 洗い場もがら空きだ。一番近くのところに座って髪を洗い始める。


「坂井さん」


 何か、聞き覚えるある声が聞こえるな。

 入り口の方を見てみると、そこには藍沢さんがいた。


「はい? ああ……藍沢さんですか。おはようございます」

「おはようございます。隣、いいですか?」

「ええ、どうぞ」


 藍沢さんは俺の隣の椅子に座って、髪を洗い始める。藍沢さんがここにいるってことは、女湯の方には彩花さんが遥香達と会っているかもしれないな。

 奈央から聞いた話だと、遥香と絢さんは、藍沢さんと彩花さんの仲を気にしていたな。ちょっと、訊いてみるか。


「藍沢さん、その後……彩花さんの様子はどうですか?」

「元の体に戻れたことがとても嬉しかったみたいで……部屋に戻ってから、お手洗い以外はほぼベッタリです。やっぱり、俺の彼女は可愛いですよ。遥香さんも可愛らしいですが」

「ははっ、そうですか。恋人の体が元に戻ったらそれは嬉しいですよね」


 この様子なら、彩花さんとの仲は元通りと考えていいだろう。もし、遥香達が彩花さんと会わずにいたら、このことを後で伝えておくことにしよう。


「……はい。遥香さんの方はどうですか?」

「元の体に戻れて、とても嬉しそうでした。奈央から聞いた話ですが、昨晩は2人でかなり仲良くやっていたそうですよ」

「そ、そうですか」


 それも奈央からの話だけど。遥香と絢さんも仲直りして良かった。


「色々とありましたが、坂井さんのおかげで、スムーズに事が運んだのだと思います。ありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそ。それに、藍沢さんが落ち着いて対応してくれたことが一番だと思いますよ。遥香のことを守っていただき、ありがとうございました」

「いえ、俺は特に何も。色々ありましたけれど。3人で彩花のことを守っていただいて、ありがとうございました」

「いえ、そんな……」


 何だか、藍沢さんとお礼ばかり言い合っているな。でも、藍沢さん達はもちろんのこと、相良さん、水代さん、晴実さん、紬さん……みんなの協力があってこそこんなにも早く、そしてスッキリと解決できたんだと思っている。


「そういえば、藍沢さん。今朝のニュース、観ましたか?」

「いえ、起きてすぐにここに来たので観ていません。何かあったんですか?」

「氷高さん逮捕のニュースが大々的に報じられていました。避けられないことですが、水代さんの20年前の自殺についても。もちろん、水代さんの名前は伏せられていますが、いじめに関わった人は今頃震えているかもしれませんね」


 今日はもしかしたら、ワイドショーとかも氷高さんのことで持ちきりかもしれないな。


「そうでしょうね。中心人物だった氷高さんが逮捕されましたから。おそらく、水代さんは氷高さんが逮捕され、20年前の自殺を取り上げてもらうことで、自分へのいじめに関わったあらゆる人に恐怖を与えることが目的だったのでしょう」


 氷高さんは水代さんの自殺を口実に、相良さんへ脅迫していたんだ。その罪で逮捕されれば、必然的に水代さんのことも報道される。氷高さんと一緒にいじめをしていた人達が今、どこにいるかは知らないけど、テレビ、ネットなどでニュースされれば、いつかは彼女の逮捕を知り恐怖を味わうという算段なのだろう。


「相良さん、大丈夫でしょうかね。氷高さんはこのホテルで逮捕され、彼女から脅迫されたことを報道された今、このホテルに報道陣が押しかける可能性は大です」

「……氷高さんに非があります。相良さんに非難が浴びることはあまりないでしょう。相良さんが氷高さん家族に対して、本来よりも安い価格で最高級のサービスを提供したことについても。氷高さんの旦那さんも協力してくれるそうですから。大丈夫だと思いますよ」

「そうですね」

「それに……昨日の通報は上層部の面々が相談した上で決めたことです。ということは、これから何が起こっても、総支配人である相良さんをバックアップする姿勢を固めたということだと思います。それに、10年前から経営を頑張り、今のアクアサンシャインリゾートホテルを作ってきました。きっと、大丈夫でしょう」


 藍沢さんは落ち着いた口調でそう言う。最近の高校生はしっかりしているな。俺も今年の3月までは女性恐怖症持ちの高校生だったけれど。


「何だか、藍沢さんと話していると、俺の方が年下のように思えてきますよ」

「俺は坂井さんがさすが年上だなって思う場面が何度もありましたけどね」

「そうですか? 俺はただ……付き合っている彼女や妹がいる手前。しっかりしなくちゃいけないって思っただけで」

「俺も同じですよ。ただ……大切な人を失った苦しみや、切なさ、儚さという感情を抱いた経験があるので、相良さんの気持ちが何となく共感できたんです。ですから、あまり動揺せずに氷高さんとも話すことができたのかなと思います。あと、昨日のように水代さんと話すことができる相良さんが羨ましいです、本当に……」


 藍沢さん、その大事な人を失ったときのことを思い出しているのか、儚げな笑みを浮かべている。


「なるほど。もしかしたら、水代さんはそんな藍沢さんのことを知って、遥香と入れ替わる相手を彩花さんにしたのかもしれませんね」

「……そう、思っておきます」

「洗い終わったので、先に温泉に浸かっていますね」

「はい」


 俺は先に洗い場から離れて、湯船へと向かう。


「おぉ……気持ちいい」


 部屋のお風呂も広くて、奈央と一緒に入ってちょうどいい広さだった。ただ、やっぱり……旅行に来たらこういった広い風呂に一度は入らないとな。最終日にしてようやく旅行気分になっている。

 藍沢さんも髪と体を洗い終わったのか、湯船の方に近づいてくる。


「あれ、藍沢さん。何だかさっきよりもいい表情をしていますね。髪と体を洗ってさっぱりしたんですか?」

「まあ、そんなところですね。俺、もともと温泉が好きなんですけど、ここに来て……より好きになった気がします」

「そうですか。俺も好きですよ」

「そうなんですか。やっと旅行に来た感じがします。今日で帰ってしまいますが」


 藍沢さんも同じようなことを考えていたのか。温泉に浸かって、少しでも旅行気分を味わって家に帰ることにしよう。

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