第65話『戻ってきた朝』
8月27日、火曜日。
ゆっくりと目を覚ますと、部屋の中は少し明るくなっていた。カーテンの隙間から朝陽が漏れている。
「んっ……」
隣には裸の絢ちゃんが眠っている。そういえば、昨日の夜はずっと絢ちゃんとイチャイチャしていたんだっけ。絢ちゃん、凄く可愛かったな。
体を起こすと、正面にあるテレビの反射で……私・坂井遥香の姿がぼんやりと映っていた。笑ってみたり、頬を膨らましてみたりすると、テレビに映っている私の姿も同じように笑ったり、頬が膨らんだりしていた。
「本当に戻ったんだ、私……」
2日近く彩花さんの体にいると、ちょっとだけ違和感があるけれど……やっぱり、自分の体はいいなと安心感を抱く。
部屋にある時計を見ると、今は……午前6時過ぎか。朝ご飯まで時間もまだあるし、もうちょっと寝ていてもいいかな。
「すぅ……」
こ、このまま……絢ちゃんの可愛らしい寝姿を側で見続けるのもありかな。
「んっ……」
そんなことを考えていたら、絢ちゃんは目を覚ました。
「遥香、でいいんだよね……?」
「……うん、合ってるよ」
まだ、絢ちゃんも私が元の体に戻ったことがちょっと信じられない部分があるのかな。
それでも、絢ちゃんは優しい笑みを浮かべて、私のことを抱き寄せ……キスをした。そのことでイチャイチャした昨晩を思い出す。あぁ、ドキドキしてくる。
「……遥香がここにいるね」
唇を離すと絢ちゃんは嬉しそうな笑顔を見せる。
「また、こうして遥香と一緒に朝を迎えることができて嬉しいよ」
「……うん。何だか、まだ夢を見ているようだよ」
「じゃあ、もう一度キスをしてみようか」
そう言って、絢ちゃんは再びキスをしてくる。この温かさにこの甘さ……そして、背中に触れている絢ちゃんの手。本当にあることなんだ。
「本当だね。本当に……戻ったんだね」
「そうだよ、遥香。まあ、2日経ったから今日で家に帰っちゃうんだよね」
「そうだね。まあ、ちょっと寂しい気持ちもあるけれど、これはこれで思い出深い旅行になったかな。……って、まだ今日が始まったばかりなんだから、できるだけ多く楽しい思い出を作っていこうよ」
それに、今回の旅行は今日で終わりだけれど、またいつかここに来ることにしよう。このホテル、とても良かったし。海やプールで遊べるし、このホテルのある地域や近隣に観光地がいっぱいあるようだから。
――コンコン。
隣の部屋へと行ける扉からノック音がする。
『遥香ちゃん、絢ちゃん。奈央だけど、入ってもいい?』
「いいけど、服着てないから奈央ちゃんだけね」
『うん、分かった』
そう言うと、扉が開いて浴衣姿の奈央ちゃんだけが部屋に入ってきた。
「遥香ちゃん、絢ちゃん、おはよう」
「おはよう、奈央ちゃん」
「おはようございます、奈央さん」
「……今日も抱きしめ合っちゃって。でも、彩花ちゃんの時よりも今日の方が仲が良いっていうのが伝わってくるよ」
と、奈央ちゃんは嬉しそうな笑みを浮かべている。
「昨晩は遥香とたくさんイチャイチャしました。それで、やっぱり遥香はとても可愛くて素敵だなって」
「……もう」
誰か他の人がいる前でそんなことを言われると恥ずかしいんだけれど。裸だからっていうのもあるかもしれない。
可愛いと言ってくれた今の絢ちゃんはとてもかっこいいけれど、絢ちゃんだってえっちなことをしているときとても可愛くて素敵だったんだから。
「絢ちゃんこそ、昨日の夜は私に甘えることが多かったよね」
「……だって、ひさしぶりだったんだもん。それに、旅行の忘れられない思い出を一つでも多く遥香と一緒に作りたかったんだよ」
からかうつもりで言ったのに、絢ちゃん……爽やかな笑みを浮かべ、私の頭を優しく撫でてくれる。根っからの王子様気質なのか、それとも奈央ちゃんがいて2人きりじゃないから恥ずかしい気持ちを隠しているのか。
「すっかりと元通りって感じだね。いや、むしろ……入れ替わる前よりも更に仲良くなっているように見えるよ。色々とあって、微妙な空気になっているかもしれないから、仲直りすることに奈央お姉さんが協力しよう思ったけど、端から必要なかったのかもね」
奈央ちゃんはそう言うと、ちょっと顔を赤らめながら笑っている。どんな風にして協力してくれるのか知りたい気持ちはあるけれど、今はその気持ちを有り難く受け取り、何も訊かないでおこう。
「まあ、2人がこうしてまた仲良くなっていて良かったよ。これで本当に一件落着だね」
「……そう言えるのは直人さんと彩花さんが、これまで通りの仲に戻ったことを確認してからだよ、奈央ちゃん」
「確かに、遥香の言うとおりだね。私と遥香はまた恋人として付き合うことに決めたけれど、向こうがそうじゃかったら……一件落着とは言えないよね」
私と彩花さんの体が入れ替わった特殊な状況だったとはいえ、私達は直人さんと彩花さんに色々なことをしてしまったから。もし、それが原因で2人の仲が悪くなってしまったのなら、その状況を改善するように私達も努力をしていかないと。
「なるほどね。2人の言う通りかも。ただ、向こうも今日でチェックアウトするみたいだから、早いうちに状況を聞いた方がいいね」
「そうだね、奈央ちゃん」
「まあ、今はまだ早いだから……朝ご飯に訊いてみることにしようか」
「そうしましょう」
「朝ご飯までも時間はあるからさ、これから大浴場に行かない? 私、実はまだ……一度も行っていないんだよね」
「えっ、そうだったの?」
というリアクションをしたけれど、そんな私も初日の夜に絢ちゃんと一緒に行っただけなんだよね。
「そ、その……小さい頃みたいに、隼人と一緒に部屋のお風呂に入ったら、そっちの方がいいかなって思っちゃって。だから、三日三晩、お風呂は隼人と一緒に入っていたんだよね……って、何言っているんだろう、私……」
奈央ちゃん、とても顔を赤くしている。お兄ちゃんと3日続けて一緒にお風呂に入るなんて、奈央ちゃんもなかなかいい感じだと思う。このままの状態で温泉に入ったら確実に奈央ちゃんがのぼせそうな気がするけれど、
「せっかく温泉のあるホテルに来たんだもんね。一度は入った方がいいよね、絢ちゃん」
「そうだね。広い湯船や露天風呂に浸かるのは旅行の醍醐味ですよ、奈央さん」
「……うん。そういえば、今回の旅行で遥香ちゃんや絢ちゃんと一緒にお風呂に入っていなかったもんね。そうだよ、一度は入らないとね」
うんうん、と奈央ちゃんは頷いている。お兄ちゃんと一緒にお風呂に入ったことを話しちゃったから、どうにかしてその恥ずかしさを紛らわしているように見える。
「せっかくだから、隼人も誘ってみるね。じゃあ、2人は行く準備をしておいてね」
「うん、分かった」
奈央ちゃんは隣の部屋に戻る。
そして、お兄ちゃんも一緒に行くということなので、私達は4人で大浴場へと向かうのであった。