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ハナノカオリ  作者: 桜庭かなめ
Fragrance 8-タビノカオリ-
202/226

第50話『誰が。』

「とりあえず、考えなければいけないのは……どうすれば氷高さんに自分のやったことが悪いことであるかを分かってもらえるか、ですね」


 お兄ちゃんは腕を組みながらそう言う。お兄ちゃんの言うとおりだと思う。

 自分のやったこと……主に、水代さんへのいじめ、水代さんが自殺したことをネタにして相良さんに脅迫を行なっていること。それらが悪いことだと分かってもらえればいいんだけど。


「今更、あの女が自分のやったことが悪いと思うことなんてないと思うけれどね。そうじゃないと、10年近くも悠子ちゃんのことを脅迫し続けないでしょう? 私は早急に脅迫の罪で警察に逮捕してもらうべきだと思う。私への謝罪の言葉は……なくてもいいよ」

「でも、円加は今でも許せないんでしょう? それなら……」

「2人とも、落ち着いてください」


 直人さんが相良さんと水代さんのことを落ち着かせる。


「色々と整理していきましょう。まず、今回の目的は水代さんへの謝罪、相良さんへの脅迫の解消、脅迫を理由とした逮捕です。その目的を果たすための重要なポイントが、水代さんへのいじめと相良さんへの脅迫が悪いことであると氷高さんに分かってもらうことです。そして、分かってもらうためにはどうするかを今、考えるべきかと思います」


 今回は20年以上前に起こった水代さんへのいじめが背景にある。そして、そのいじめの中心人物が氷高裕美さん。20年前の夏にこのホテルで水代さんが投身自殺を図ったことにも氷高さんが関わっている。


「私、考えてみたんですけど、今回のことには水代さんへのいじめと水代さんの自殺が関わっています。そのことについて、今一度、氷高さんに話すべきじゃないでしょうか。水代さんさえ良ければ、あなたから」


 絢ちゃんがそんな提案をしてくる。

 確かに、水代さんが自殺してから20年経った今……自分の犯したことの重さを知ってもらうには、これまでに起こったことをありのままに伝えるのが一番だと思っている。今、水代さんはこうして誰かの体に憑依することができる。水代さんさえ良ければ、彼女自身から話してもらうのが最も効果的かも。


「そうね……でも、私は既に死んでいるからね。生きている人間が解決しないと意味がないと思うのよ。まあ、妹のことになったら、こうして誰かに憑依して口出ししちゃっているから、そういうことを言う資格はないかもしれないけれど……」

「……円加の言うとおり、とは言い切れませんが、氷高さんは昔……私をいじめていたときにこう言っていました。死人に口なし、と。死んでしまったのだから、何も恐れることはないのだと。それを私に言うと、円加が自殺したことへの恐怖心がなくなったからか、いじめはなくなりました」

「……腹が立つね。前言撤回したいくらいだよ」


 目を鋭くした水代さんは声のトーンを幾らか下げてそう言った。生前からこのくらい強気で物事を言えていれば、もしかしたらちょっとは変わっていたのかな。


「絢ちゃんは水代さん本人が言った方がいいと言いましたけど、私は……第三者である私達が20年前のことを話した方がいいと思います。どうしても、水代さんや相良さんが相手だと当時の感情が湧き出してきて、自分は悪くないと主張し続けるかもしれませんし、もしかしたら新たな悪口を言ってくるかもしれません」

「私も同じことを考えていました。遥香さんの言うように第三者であれば、氷高さんは冷静に話を聞いてくれるかもしれません。そのことで、水代さんや相良さんへ謝罪する方向に持って行けるかも。ただ、何の関わりもない人が20年前のことをとやかく言う資格はないと言われるかもしれませんが。それに私達、全員学生ですし……」


 水代さんをいじめたと知ると、とやかく理由を付けて私達の言葉に耳を貸さないイメージを持ってしまう。


「どちらの考えも良さそうですけど、氷高さんに全く相手にしてもらえない可能性もあるんですよね。その上、第三者である俺達が動いたことが知られれば、相良さんやこのホテルのことについて、悪く脚色された形で世間に公表されてしまう危険もあります」

「藍沢さんの言うとおりですが、これまでの話から、氷高裕美さんという人物を相手にすると、どのような手段を使っても失敗の可能性は存在する、と考えた方がいいと思います。ただ、一番ダメなのは……何もしないことではないのでしょうか」

「……そう、ですね」


 お兄ちゃんの言うとおりかな。どんな形で氷高さんを相手にしても、そこには必ず何らかのリスクが存在するということ。ただ、何の行動もしないことが、最も選んではいけない手段であることは確かなようだ。


「俺は絢さんの考えも、遥香と彩花さんの考えもいいと思っています。ただ、生きている人間だけで解決しなければ意味がない、という水代さんの想いを尊重するのであれば、遥香や彩花さんの考えをベースにする。つまり、俺達6人を中心に動いていった方がいいでしょうね」

「是非、そうしてほしいな。最後の手段、という形で私が出てくるのはありだけれど。さすがに霊として20年も過ごしていたから、あの女ともまともに話せると思うよ」


 亡くなってはいるけれど、心は20年の間で成長しているということかな。きっと、氷高さんに言いたいことはたくさんあるんだろう。


「分かりました。では、相良さんと俺達6人で何とかやっていく形にしましょう」

「ありがとう、坂井君。悠子ちゃん、大丈夫だよ。この6人だったらあなたに協力してもらえると思って、宮原さんと坂井さんの体を入れ替えさせたんだから」

「……分かったわ」


 相良さんは力強く頷いた。

 私達6人と相良さんで何とかして氷高さんと決着を付けるか。基本的にはそうしていきたいよね。本人の意志でここに来るとしても、晴実さんを氷高さんに会わせるようなことはあまりしたくない。


「そうと決まったら、あとは生きている人達に任せるわ。個人的に……晴実に協力してもらうようなことにはなってほしくないけれど、本人の希望だったり、どうしても協力が必要だったりするなら止めないわ。ただ、みんなで晴実のことを守って欲しい。晴実、私によく似ているから、あの女が感情を爆発させて何か酷いことを言ってくるかもしれないから」

「晴実ちゃんのことは絶対に守るわ」

「……私と同じ目にだけは絶対に遭わせないでね」

「うん」

「……じゃあ、またね」


 そう言うと、奈央ちゃんの体がお兄ちゃんの方に倒れ込む。水代さん、奈央ちゃんの体から抜け出したんだな。奈央ちゃん、気持ち良さそうに眠っているな。


「あっ、直人お兄ちゃんと絢お姉ちゃんだ!」


 直人さんと絢ちゃんをこう呼ぶ女の子って、まさか。


「な、七実ちゃん……」


 ちょっと遠くの方だけど、水色のワンピースを着た七実ちゃんという女の子がこっちの方を向いて手を振っている。七実ちゃんと一緒にいるのはご家族かな。あの大人の女性が例の氷高さん、か。


「俺と絢さんで七実ちゃんの所に行ってきます。行きましょう、絢さん」

「はい」


 お兄ちゃん以外、私を含めて氷高さんのことを睨む。

 直人さんと絢ちゃんは七実ちゃんの所へと向かう。何だか気になるなぁ。


「ちょっと、私……お茶を飲むふりをして、氷高さんの話を聞いてきます」

「彼女に怪しまれないように気を付けろよ、遥香」

「うん、お兄ちゃん」


 私はお茶のサービスコーナーで緑茶をもらい、スマホを弄るふりをして絢ちゃん達の会話を聞いてみることに。


「七実ちゃん、ワンピース、よく似合っているね」

「……あ、ありがとうございます」


 七実ちゃん、直人さんのことを見てもじもじしている。もしかして、直人さんのことが好きになっちゃったのかな?


「家族みんなでこれからどこかに行くの?」

「うん! 今日は夕方まで観光に。岬とか、洞窟とかに行くんだよ!」

「へえ……」


 確か、旅行に行く前にこのホテルのある地域のことを調べたけれど、色々な観光地があったっけ。あと、七実ちゃんが言う洞窟は鍾乳洞じゃないかな。涼しいから夏の観光にはうってつけの観光スポットって紹介されていた。


「貸し切りバスで行ける半日ツアーというものがあるんですよ。今日はそのツアーに行って、夕方、ここに戻ってきたら海やプールで遊ぶ予定なんです」

「そうなんですか。海で遊ぶことを許したんですね」

「ええ、藍沢さんや原田さんの言うように、楽しい旅行にしたいと思っていますので」


 ふふっ、と氷高さんは笑っている。相良さんを脅迫してまでいい部屋に泊まっているにも関わらず楽しい旅行にしたいだなんて。ここまでいい笑顔を見せられると、ホテル側が最高級の提供をするのは当たり前だと思っているみたい。あぁ、腹が立つ。


「それにしても、お2人とも……相良さんと話していたようですけど?」


 相良さんの方に向けて鋭い視線を送っている。感付かれたかなぁ。


「近くに甘味処がないかどうかを訊いていたんです。俺達、甘いものが大好きで……せっかく旅行に来たんですから、ご当地スイーツを食べたいと思って」

「そうだったんですか」


 おっ、直人さん……上手いことごまかした。確かに、旅行に行くとご当地スイーツ食べたくなるよね。


「ええ。あっ、観光を楽しんできてください。ただ……昨日知ったんですけど、このホテルと周辺にはよくお化けが出るみたいなので気をつけてください。特に鍾乳洞のような暗い所では……」

「ええ、私……お化け嫌いだよ」


 七実ちゃん、お化けが嫌いなんだ。可愛いなぁ。氷高さんの娘とは思えないくらいに。


「大丈夫だよ、普段の行いが良ければ、仮にお化けが出てきても怖いことはしないって。何かありそうならお父さんやお母さんに守ってもらえばいいよ」

「直人さんの言うとおりだよ、七実ちゃん」

「……うん!」


 七実ちゃん、すぐに笑顔になった。氷高さんからよくこんなに素直そうな娘さんが生まれたもんだ。

 まあ、水代さんの霊が実際に出てくるかもしれないけれど、何もしないだろう。生きている人間が決着を付けるべきだと考えているから。


「……心配ないですよ、藍沢さん、原田さん。このホテルにはよく幽霊が出るようですが、写真でしか姿を現さないような小心者ですから」


 まるで、噂になっている幽霊のことを嘲笑うかのように言った。この様子だと、このホテルに出る幽霊が水代さんであると思っているんだ。

 それにしても、小心者か。水代さん……今の言葉を聞いて激怒していそうだ。


「それでは、そろそろ出発の時間ですので、私達はこれで」

「直人お兄ちゃん、絢お姉ちゃん、またね」

「うん、またね、七実ちゃん」

「会ったときには、お姉ちゃん達にお話を聞かせてね」

「うん!」


 そして、氷高さん一家はツアーに出発するためホテルを後にした。家族と一緒にいられるのは残り少ないから、せいぜい今は楽しい時間を過ごしてください。

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