第44話『未来予想図・その2』
直人さんのことをベッドに連れて行き、とりあえず彼と隣り合った状態でベッドの上で仰向けとなる。
「……今日は色々とありましたね、遥香さん」
「そうですね。色々とあり過ぎましたよね」
「ははっ、確かにそうですね」
入れ替わりが起こった時点で私達は非日常の時間を過ごしているんだ。まさか、ここまで直人さんのことが好きになるとは思わなかったな。
そして、20年前にこのホテルで起こった事件を調べて、その関係者に会って。本当に……色々とあり過ぎて、今朝、元の自分の体のときにお腹が痛かったことが遠い昔のことのように思える。
「入れ替わったときは不安でしたけど、直人さんがずっと側にいてくれるので安心しています。本当にありがとうございます」
「いえいえ。それに、これはこれで楽しいですよ……って言っていいのか。でも、楽しめるんだったら楽しんだ方がいいのかなって」
「そうですね。それに、直人さんと一緒にいる時間はとても愛おしいです」
私は直人さんと腕を絡ませ、彼の肩に頭を乗せる。あぁ、居心地いいなぁ。
「ねえ、直人さん」
「何ですか?」
「……直人さんに訊きたいことがあるんです」
私は仰向けになっている直人さんを跨ぐようにして座る。
「直人さんは私のことが好きですか?」
直人さんのことを見下ろしながらそう問いかけ、キスをする。舌を絡ませ、厭らしい音を立てて。シャンプーとボディーソープの匂いもあってか、とても甘く感じた。
「私は直人さんのことが大好きです。でも、直人さんの気持ち……今まで一度も聞いたことがなかったなって。直人さんの想い次第では、私……直人さんともっと感じたいんです。さっき、彩花さんのバッグの中にある下着と寝間着を探しているときに見つけちゃいました。えっちなことをするときに、男の人に付けてもらうもの……」
下着と寝間着を探すために、彩花さんのバッグを物色しているとき、偶然見つけてしまったんだ。
「ねえ、直人さん。私への気持ちを……教えてくれませんか?」
直人さんの気持ちをどうしても知りたかった。私のことをどう思っているのか。
「……好きか嫌いかどちらなのかと言えば、好きですよ。遥香さんのこと」
「直人さん……」
凄く……嬉しいな。とても温かい気持ちになる。
「……ただ、人として好きなんです。遥香さんは可愛いですし、素敵な方で。彩花の姿や声をしていますから、うっかり女性として好きになってしまいそうですけど。何度も言ったように俺は宮原彩花という彼女がいるんです。ですから、女性としてあなたを好きになることはできません」
やっぱり……そうなんだ。人として私を好き、か。でも、それは……直人さんが前から言っている、宮原彩花の彼氏として坂井遥香に向き合ってくれている証拠なんだよね。
「……もしかしたら、彩花さんと元の体に戻れないかもしれません。もし、そうなってしまったら、直人さんはどうしますか? 体が宮原彩花さんである私のことを彼女にしてくれますか?」
それでも、私は……直人さんの彼女になれる可能性を探ってしまう。それは3人に対してとても失礼で、ひどいことだけど。
「……考えたことがないですね、そういうこと。俺は彩花と遥香さんが元の体に戻ると信じていますから。絢さんもきっと同じように信じているんじゃないでしょうか。元の体に戻った遥香さんのことをずっと待っていると思います」
直人さんははっきりとそう言った。私とここまでしていても、そう言えるなんて……本当は直人さんのように振る舞っていなきゃいけないんだよね。
「……そう、ですよね」
分かっていたのに、いざ言われると寂しくて、辛くて……涙が出てしまう。
「ごめんなさい、遥香さん。俺は……宮原彩花という女の子としか付き合わないと決めていますから」
「……私こそ、ごめんなさい。自分のことばかり考えていて、直人さんや絢ちゃん、彩花さんのことを考えてなかった……」
本当にひどいよ、私。元の体に戻ったら、絢ちゃんと元のように付き合っていくことができるようになるのかな。
「彩花の体に入れ替わっているんです。仕方ないですよ。それに……好きな気持ちを抱いてくれることや、それを言葉や行動にして俺に伝えてくれることはとても嬉しいです。それは本当です」
「……そんなに優しい言葉を言わないでください。私、直人さんのことがもっと好きになってしまうじゃないですか。もっと、直人さんのことを求めたくなってしまうじゃないですか……」
もっと触れたくなってしまう。感じたくなってしまう。体の奥底まで。
「……遥香さん」
直人さんは私のことを抱きしめて、そっとキスをした。
「……できないこともありますけど、今夜だけは……俺にイチャイチャしてきてください」
直人さんのその言葉に耳を疑ってしまう。
「……本当にいいんですか?」
「できないことはできないと言います。ですから、遥香さんは俺に身を委ねてください。それは今のうちに言っておきます」
それが、直人さんができる範囲なのだろう。
そして、私は直人さんとできる範囲でイチャイチャした。直人さんはとても優しかった。
「……あの、直人さん。20年前、相良さんと水代さんもこのホテルでこんなことをしたのでしょうか」
ふと、そんなことを思った。相良さんと水代さんは付き合っていて、このホテルで一緒に旅行に来ていた。そんな2人の夜は今の私と直人さんのようだったのかな、って。
「どうでしょう。ただ、2人は付き合っていました。相手のことが好きであれば、こういうことをしたかったんじゃないでしょうか。水代さん、彩花の体に入り込んだとき、俺を誘ってきたぐらいですから」
「そんなことがあったんですね」
「……もちろん、何もしなかったので安心してください」
「直人さん。今夜は……ずっと側にいてくださいね」
「もちろんですよ」
私は直人さんの腕を抱きしめる。そうすると、彼の視線はちょっと私からずれたところに向けられていた。
「今、彩花さんのことを考えましたね」
「……遥香さんも俺の考えていることを当ててくるようになりましたね」
「1日過ごしてみて分かりました。直人さんはクールそうに見えますけど、周りのことを考える優しい方だって」
容姿もいいけど、話すことで中身もいいということを知ることができた。優しさに溢れている直人さんなら、彼女である彩花さんのことを考えていることはすぐに分かった。
「……眠くなってきちゃいました。そろそろ寝ましょうか」
「そうですね」
「直人さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい、遥香さん」
直人さんにキスをし、程なくして眠りについたのであった。